ダイオキシン類の健康影響とくにそのTEFを中心としたリスク評価のための実験的基盤研究

文献情報

文献番号
200100887A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の健康影響とくにそのTEFを中心としたリスク評価のための実験的基盤研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
金子 豊蔵(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 安田峯生(広島国際大学保健医療学部)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 矢守隆夫(癌研究会癌化学療法センター)
  • 藤井義明(東北大学理学部)
  • 鎌滝哲也(北海道大学薬学部)
  • 鈴木勝士(日本獣医畜産大学重医学部)
  • 高木篤也(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 松木容彦(食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 井上達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 広瀬明彦(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
55,250,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
非意図的に生活空間で産生されるダイオキシン類の生体障害に対する正確なリスクアセスメントはそれらの生体障害の機構が充分に明らかでない中でも設定されなければならない。しかしながら、ダイオキシン類の本体に関する様々な分子種の働きについての解明はこの3年間で飛躍的に発展した。この認識に対応したTEFの設定、それを修飾するそれら分子種の変化の可能性をとらえることはリスクアセスメントの信頼性を高めるために必要である。本研究の目的は、ダイオキシン類の生体影響に関する様々な分子種の発現を指標としてTEFを求めると共に、発現の亢進と抑制を介在する分子種を指標とし、これらの結果を短期および長期の暴露実験と関連づけて進めることにある。
研究方法
妊娠マウスに2,3,7,8-TCDDの投与のみを行う群、TCDDとコルチコステロンを同時に投与する群、コルチコステロンのみを投与する群に分け,妊娠12.5日にそれぞれを投与し、妊娠18.5日目に胎児を取り出し,口蓋裂の有無を観察した。マウス胎児における上皮・間充織相互作用に関する遺伝子発現に対する影響を検索した。TEF算定のため、妊娠マウスに各種ダイオキシン類の投与を開始した。(金子)。アカゲザルを交配し、妊娠20日にTCDDを皮下投与し、その後30日毎に初回投与量の5%量を維持量として投与した。妊娠動物は自然分娩させ、児を哺育させた。出生時に体重を測定し、外表を肉眼的に観察した。死産児、生後死亡児は外表の肉眼的観察後に剖検し、主要臓器を病理組織学的に検査した。生存児が1歳齢以上に達したところで、指迷路試験により学習、認知機能を検査した(安田)。p53ヘテロマウスを用いたTCDD低用量発がん促進実験を開始した(菅野)。ヒトがん細胞パネル法を用いてTCDD、TCDFをはじめとする11種のダイオキシン類の評価を行った(矢守)。ES細胞を浮遊培養し、2,3,7,8-TCDDを添加、影響を受ける遺伝子を検索した(高木)。AhRR遺伝子の上流をluciferase遺伝子に結合させレポーター遺伝子を作製し、転写活性を測定した。制御配列への因子の結合はGMSA(Gel mobility shift assay)によって行い、特定の因子の同定には抗体を用いたスーパーシフト法によって確認した。AhRR遺伝子のクロモソームマッピングはFISH法によって行った。CYP1A2のXREIIへの結合因子のクローニングは、XREIIの塩基配列を持ったアフィニティーカラムによって精製し、エドマン分解によって部分アミノ酸配列を決定し、そのアミノ酸配列に基づいて行った。さらに、AhRの生殖機能への関わりをAhR-KOマウスを用いて行った(藤井)。ダイオキシンの標的遺伝子を同定するため、マウスおよびAhR欠損マウスにメチルコランスレン(MC)を投与した。最終投与より24時間後に屠殺し,肝を摘出した.肝より全RNAを調製した.AhRによりそのmRNAの発現が制御されている遺伝子の発現におよぼすこれらの化学物質の影響をdifferential display法を用いて解析する.(鎌滝)。幼若ラットに対する誘起排卵モデルの構築排卵誘起のためのeCG投与日齢を検討するとともに定量RT-PCRとダイオキシン測定用ELISAの条件検討を行う(松木)。卵巣摘出ラットを用いた生殖毒性試験の条件検討を行う(鈴木)。韓国の慶州で開かれる21th International Symposium on Halogenate
d Environmental Organic Pollutants and Persistent Organic Pollutants (POPs)における最新のダイオキシン類の汚染・暴露状況や健康影響に関する研究の進展状況に関する情報を収集する(井上、広瀬)。
結果と考察
口蓋裂の発生は、TCDD 群に対し、TCDD +CS群ではで口蓋裂の発生率はCS投与により増加傾向が認められ、TCDDとCSは口蓋裂発生に相加的に働くことが示唆された。また、特定の遺伝子発現が顔面の特定部位において減少していることが明かとなった。この遺伝子と口蓋裂発生との関連について今後検討していく(金子)。TCDD投与を受けたアカゲザルから生まれた生後死亡児の病理組織学的検査で2例に腎臓の両側性異形成が認められ、TCDDが腎臓の発生に悪影響を及ぼしている可能性が示唆された。指迷路予備試験の結果については、例数を増して検討する必要がある。今後は、親動物を再度妊娠させ、第2児(F1b)を分娩させて、第1児(F1a)での所見の再現性を確認する(安田)。 TEF との関連における展開として、少数種類の代表的PCDD、PCDF、およびCoplanar PCB の投与実験および関連遺伝子発現プロファイリングを開始した結果、一部の物質についてリガンド依存的なプロファイル(の差)が存在することが確認された(矢守)。 TCDDの発がん促進作用の検討および、TEFとの関連性(力価・シグナル伝達経路の多様性の有無--AhR以外への入力の有無)の検討のため、Tg.AC/AhRKOマウス作成に向けてのC57BL/6へBack crossした。AhR(+/+)およびAhR(-/-)マウスに対する、各種PCDD、PCDF、および、Coplanar PCBの影響を遺伝子発現プロファイル解析を開始点として、マウスにおけるフェノタイプとの対比、およびヒトガン細胞パネルにおける遺伝子発現プロファイルおよび細胞増殖促進・抑制効果との対比を開始し、データの蓄積を行った。今後、これらのin vivo系と、AhRKOマウスの組み合わせを用いた、AhR依存性・非依存性影響を含むリガンド依存性生体影響メカニズム解析を進め、これに基づいたTEF評価を進める(菅野)。In vitro試験系で、ES細胞由来の胚葉体の上皮・間充織間の相互作用に関与する一部の遺伝子発現の変化がTCDDにより起こされることが明かとなった(高木)。 AhRR遺伝子の染色体上での局在は、マウスでは13C2、ラットでは1p11.2、ヒトでは5p15.3の位置にマップされることを明らかにした。これらの染色体上の位置は各々種間で相同性のあることが知られている領域である。マウスのAhRR遺伝子3.2kb上流までをluciferase遺伝子に結合し、レポーター遺伝子とし、欠失変異と点変異を導入して発現制御に関係している3個のGC box、3個のXRE、1個のNF-kB部位を決定した。また、これらの制御配列には、各々、Sp1叉はSp3、AhR/Arnt、NF-kBが結合し各々協調的にAhRRの発現を活性化することが示された。またCYP1A2の転写活性化に働くXREIIには因子Xが結合するが、その一時構造をcDNAクローニングによって決めることができた。さらにAhR/Arntはその因子Xに結合してCYP1A2遺伝子の発現を活性化することが示された。また、AhRノックアウトマウスの解析を進めた結果、AhR-KOマウスの遺伝的背景(Genetic background)をC57BL/6jに揃えると雌は不妊になった。この不妊のメカニズムの解析をさらに進めている。これらの結果、AhRは転写因子として異物に対する生物応答の他に多くの生物現象に関わっていることが分かって来た(藤井)。ダイオキシンの標的遺伝子をスクリーニングした結果,特に低分子プレキニノーゲン遺伝子の発現がMCにより抑制されていた。MCの投与による低分子プレキニノーゲン遺伝子の発現量の低下は,PAHの毒性にみられる高血圧の原因のひとつであると考えられる(鎌滝)。TCDDの生殖毒性に及ぼす影響解析のための条件設定を行った。肝臓から合成したcDNAを約3万倍まで段階希釈して、Real-Time RT-PCR装置を用いてAhR、ARNT、CYP1A1およびGAPDHをコードするcDNAを定量し、良好な直線性を得た。ELISA法においてTCDD 1~100 pg/wellの範囲で測定可能となり、TCDDを10 pg/g以上含む生体試料を測定可能となった(松木)。ラットを6週齢で卵巣摘出、7週齢から投与する試験系における
、E2単独群とTCDD併投群を設定するための予備的検討を行った。次年度以降、ダイベンゾフラン、PCBについても、実験し相対力価を求める(鈴木)。 Dioxin'2001シンポジウムでは、幅広い研究分野における成果の発表やディスカッションが行われ、特に,ダイオキシンの毒性発現メカニズムやTEFを用いたリスク評価に関して情報収集を行った。今までのTEFの算出法は、動物実験の投与量値やin vitro実験の処理濃度を基にしたREP (relative potency factor)から求めていたが、最近のダイオキシンのTDI等の算定は投与濃度ではなく体内負荷量を基に算定されている現実からするとTEFの算定方法も再考する必要があると考えられる。試しにバックグランド暴露を受けているTEQの約80%を占めている6種類のダイオキシン類について肝臓中濃度を基にしたREPからTEQをもとめ、WHO-TEFを用いたTEQと比較した。その結果、今回試算したTEQはWHO-TEFを用いた値の約3分の1になるという結果が得られた(Connor and Finley, 2001)。しかし、REPを求めるための生体内中の組織濃度に関する情報は限られており、現時点ではすべてのダイオキシン類に対して適切なREPを算出することはできないが、今回の方法は、より適切なリスクアセスメントを行うための論理的なモデルであると考えられた(井上、広瀬)。
結論
口蓋上皮細胞の増殖抑制の過程では、TCDDとCSは口蓋裂発生に相加的に働くことが示唆された。また、TCDDは顔面前部の特定遺伝子の発現に影響することが明らかになり、ダイオキシンの奇形発生の機序解明に結びつく端緒が得られた。 アカゲザルの児の発生・発育・行動に影響を及ぼす体内負荷量が設定され今後の実験基盤を樹立できた。ガン細胞パネルを用いてTCDD、TCDFをはじめとする11種のダイオキシン類をガン細胞パネルで評価した結果、その阻害パターン(Finger Print)は固有の様相を呈した。この結果、構造活性相関、ならびに感受性の違いを説明しうる分子メカニズムの解明は、ダイオキシン類の毒性機構を理解する上で重要と考えられる。TCDDの分子メカニズムとして各種標的遺伝子が明かになった。ダイオキシン受容体であるAhRを対象とした種々の解析結果から、AhR作用の抑制因子AhRRの遺伝子発現に必要な制御配列とそれに結合して働く因子を明らかにした。さらに、AhRノックアウトマウスを用いたin vivoの研究から AhRが生殖機能に働くことを見出した。以上、本研究班における研究の進展の結果、これまで全く説明することの困難であったダイオキシンの生体影響本体の解明に近づきつつある。他方、解明される分子種をTEF設定することにより、より現実的なリスクアセスメントに寄与することが期待される。

公開日・更新日

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