温泉・公衆浴場、その他の温水環境におけるアメーバ性髄膜脳炎の病原体Naegleria fowleri の疫学と病原性発現に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100884A
報告書区分
総括
研究課題名
温泉・公衆浴場、その他の温水環境におけるアメーバ性髄膜脳炎の病原体Naegleria fowleri の疫学と病原性発現に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
遠藤 卓郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 福間利英(久留米大学)
  • 高橋 均(新潟大学)
  • 八木田健司(国立感染症研究所)
  • 黒木俊郎(神奈川県立衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
12,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
髄膜脳炎の病形はN. fowleriを病原体とした原発性アメーバ性髄膜脳炎とAcanthamoeba等の感染に起因する肉芽腫性アメーバ性脳炎の2型に大別される。前者は、鼻腔の嗅神経末端からアメーバが侵入し、嗅神経沿いに中枢神経へ到達し、感染から5-10日のうちに患者を死に至らしめる。本症では感染のごく初期に治療が施された4例以外に治癒例が知られておらず、初期診断の重要性が指摘されている。わが国では1996年に佐賀県在住の女性が本症に罹患・死亡している。後者の亜急性、慢性の肉芽腫性アメーバ性脳炎は免疫不全者における日和見感染とされ、1週間から数ヶ月を経て死に至る。これまで、本症はもっぱらAcanthamoeba感染を原因とするとされてきたが、Balamuthia mandrillarisという新たなアメーバが知られるに至り、必ずしも日和見感染に限らない可能性が指摘されている。わが国では、平成12年にAcanthamoeba 性脳炎、平成8年にBalamuthia感染が疑われる死亡例が発生している。
近年、個人住宅のみならず公衆浴場や旅館において循環式浴槽が普及し、浴槽水質の衛生管理を徹底し、生活環境からの健康影響を最小限に抑える必要が生じた。浴用水中のレジオネラ汚染調査に付随して当該研究者らが行った宿主アメーバ調査によって循環式浴槽のアメーバ汚染が著しいこと、特に循環式浴槽のろ過槽に蓄積した汚泥に多様なアメーバ種が高濃度に存在することが明らかとなっている。本研究事業では、3年間の調査期間を通じ全国規模で温泉を含む循環式浴用水、温排水等における病原アメーバ類の棲息状況(汚染実態)を調査し、汚染防止に係る監視と管理体制確立への提案を目指し、あわせて感染経路の解明を行う。あわせて、健康被害を最小限にとどめるべく、アメーバ性脳炎の早期診断技術と治療方法の確立を企図している。
研究方法
当該研究年度においては全国14箇所の地衛研の協力を得て、可能な限り広範な地域から温水等の検査試料を採取し、病原性を有する自由生活性アメーバによる汚染実態調査を行った。全国14地域の衛生研究所の協力のもと、307施設827件の温水試料についてアメーバの分離を行った。各地衛研で温度条件を42℃として初代培養を行い、得られたアメーバ分離株を国立感染症研究所に送付して解析を行ってきた。基本的に、アメーバの分類・同定は形態分類によった。次いで、Naegleria属に関してはPCRによる特異遺伝子配列の増幅、およびアイソザイム解析により種の分類を行った。
原発性アメーバ性髄膜脳炎の本邦初症例の患者より分離したN. fowleri YT9611株を抗原として、2種類の単クローン抗体を得た。単クローン抗体の特異性の検討はNaegleriaのプロテオーム解析とあわせて行っている。
アメーバ性髄膜脳炎の1例につき、電子顕微鏡的、免疫組織学的、さらに遺伝子学的手法を併用して病理組織学的検討を行い、他の国内発症例の5例と文献的な比較検討を行った。アメーバ症の診断方法の開発に向けて、マウスへの感染実験と鼻腔からのアメーバ分離方法について検討した。
アメーバの汚染防除対策として、温水環境に発生するバイオフィルムの洗浄・除去方法についてとりまとめを行った。
結果と考察
当該研究年度においては全国14箇所の地研の協力を得て、307施設から総計826件の温水試料を得て、病原アメーバ類による汚染実態調査を行った。その結果、197施設401温水試料より1,996株のアメーバが分離された。
浴槽水に関しては237施設を調査した。県を単位とした地域別の調査状況を集計すると、大半の地域において10以上の施設で調査が行われており、地域内の全域にわたって調査が行われたことがわかる。施設あたり調査浴槽数は約3カ所(2~6カ所)であった。浴槽水の試料総数は693件で、主に内風呂(男女)、露天風呂(男女)の他、ジャグジー、薬湯などが対象とされた。施設総数に対するアメーバ陽性率は63.7%であり、地域間では差があり、0~92.8%の範囲にあった。また、試料総数に対するアメーバ陽性試料の割合は、0~100%と地域差は大きいものの、概ね30~60%の浴槽水からアメーバが検出された。アメーバの属別検出率を見ると、Naegleria(15.4%)、Hartmannella(9.7%)、Acanthamoeba(5.3%)、Vannella(1.3%)となり、Naegleria は11の地域、Acanthamoeba は9地域で検出された。今回の調査ではこれまで温水環境との関連性が不明、あるいは無関係と考えられていたRhizamoeba、VannellaならびにNucleriaが、それぞれ3、5、および2地域から検出された。アメーバの出現傾向は比較的一様で、大きな地域差は認められなかった、4地域(E、I、J、K)ではNaegleria、Hartmannella、Acanthamoeba等の主要なアメーバの検出率が高い傾向が認められた。逆に低かったのは5地域(C、F、L、M、A)確認された。このうちLでは1施設9試料が調査対象となったが、いずれも塩素処理を施した後の試料であったこと、またCに関してはすべての試料が含硫黄泉であったなどの例外的な事例が含まれている。
各種アメーバのうち、Naegleriaは浴槽排水中から最も高頻度(86.6%)に検出され、浴槽水からは15.3%の率で検出された。分離されたNaegleriaのうちおよそ76%がN. fowleriの指標アメーバであるN. lovaniensisと同定されたことは注目に値する。換言すれば、これらの浴槽施設はN. fowleriにとって良好な環境で、汚染の危険性が高いと判断される。今後、N. lovaniensisの生息場所を精査し、N. fowleriの汚染の有無を詳細に検討する予定である。また、今回の調査で温度耐性を有するNaegleria 属アメーバ多様であり、新しいアイソザイムパターンを持つ分離株が複数見つかった。これらの病原性については全く未知であることから、速やかに動物への感染実験等による病原性の検証試験が必要と考えている。
すでに循環式浴槽は温泉等で普及しており、具体的な洗浄・管理技術の普及が求められている。本年度事業において、化学洗浄方法を中心として実行可能な洗浄方法について整理した。化学的除去では、バイオフィルム内部への浸透性、微生物の剥離効果を考慮した薬剤選択が鍵となる。加えて、使用薬剤の取り扱いや使用後の廃液(産業廃棄物等)の扱いには専門的な知識が必要となるが、次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素剤あるいは過酸化水素などの過酸化物が用いられることが多い。
アメーバの分離・同定技術の普及に向けてはDNA、単クローン抗体等を利用した検査法の開発が急がれる。この点で、N. fowleri YT9611株に対する単クローン抗体が作製された意義は大きい。Naegleria属アメーバの共通抗原を認識する単クローン抗体やPCRプライマーの作製が重要と考えている。また、アメーバ性髄膜脳炎の診断法、あるいは環境からの病原アメーバ検出法の開発にもつなげたい。
わが国で発生した症例の病理学的検討により、アメーバ性髄膜脳炎の病理像が明らかとなった。今後さらに、わが国の症例を対象にretrospectiveな解析を加える予定である。現在、動物への感染実験による検証から、アメーバの感染経路および病原性発現のメカニズムの解明を急いでいる。また、わが国ではアメーバ性髄膜脳炎そのものの認識の不足から、実際の症例数はより多いことが推測され、医療現場家並びに各関係方面への啓発活動も本事業の一環と考えている。
結論
当該研究年度においては全国14箇所の地研の協力を得て、広範な地域から温水等の検査試料採取を行ってアメーバ汚染実態を調査した。施設別には64.2%、温水試料としては48.5%からアメーバが分離された。分離アメーバの25%がNaegleria 属アメーバで、N. fowleriの指標アメーバであるN. lovaniensisが頻繁に検出されてたことに注目している。N. lovaniensisが検出された施設においては詳細なアメーバ叢の解析が必要と考えている。
本年度の研究事業で提案した浴槽等の温水環境におけるアメーバ類の管理方法はあらかじめ実機レベルへの適用を想定したもので、来年度には協力施設を得て具体的な管理方法の是非・問題点を検証したい。
アメーバ類の迅速鑑別にはPCRおよび単クローン抗体を用いた免疫学的な検査法が必須で、開発に向けて研究を行っている。また、これまでに得られたN. lovaniensis分離株を材料として18S RNA遺伝子など特定領域の遺伝子情報を収集し、わが国のNaegleria属アメーバの分子疫学的解析を行い、温水施設における汚染監視に利用したい。
わが国におけるアメーバ性髄膜脳炎の報告例は限られているが、その実態は不明である。本研究事業において亜急性に経過したアメーバ性肉芽腫性脳炎症例(当時53歳男子)につき詳細な病理学的検討を加え、既報症例に関して文献的知見の収集に努めた。今後、動物実験モデル、及びわが国のアメーバ性髄膜脳炎症例につきretrospective study を行うことで病原アメーバの確認・同定とその病理像の実体を明らかにする計画である。また、本研究事業を通して得られた知見を基にアメーバ性髄膜脳炎に関するモノグラフを出版し、医療現場家並びに各関係方面への啓発活動に努めたい。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-