日本人男性の生殖機能に関する疫学的調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100883A
報告書区分
総括
研究課題名
日本人男性の生殖機能に関する疫学的調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 晃明(聖マリアンナ医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 野澤資亜利(聖マリアンナ医科大学)
  • 兼子智(東京歯科大学市川総合病院)
  • 石島純夫(東京工業大学)
  • 中堀豊(徳島大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質が男性生殖機能に深刻な影響を及ぼしているのか否かを検証するには、標準化された方法による疫学調査から信頼性の高いデータを継続的に収集することが必要である。本研究は、国際共同研究の一環として正常男性の生殖機能に関する疫学調査を実施し、その結果から日本人男性の生殖機能の現状を把握することを目的とする。また疫学調査で得られたヒト試料(血清、精漿等)を用いて、男性生殖機能を評価するための方法の改良・開発を目指す。調査に参加した男性集団の生殖機能パラメータ(精液所見、理学的所見、各種内分泌ホルモン値等)はデータベース化されて、地理的あるいは時間的に異なる他の男性集団から得られたデータと比較することによって、環境因子や遺伝的因子が男性生殖機能どのように関与しているかを検討するための基礎データとなる。
研究方法
①聖マリアンナ医科大学(川崎・横浜)、札幌医科大学(札幌)、大阪大学医学部(大阪)、金沢大学医学部(金沢)の附属病院および原三信病院(福岡)の各泌尿器科が調査の拠点となり、拠点病院、関連病院または協力病院の産婦人科で妊娠が確認された女性を介してその配偶者の調査への参加を募った。男性に対して精液検査、理学的検査を含む診察、採血(血液中の各種内分泌ホルモン値の測定等)を行い、さらに男性と妊婦の双方に対して生活習慣等の質問票による調査を行った。②1997年-1998年に川崎・横浜地域で実施した妊婦の配偶者を対象とした男性生殖機能調査で得られた精漿ならびに血清の一部を用いて、順天堂大学医学部衛生学教室の協力により、11種類の元素の濃度を測定した。測定法は、フレーム原子吸光法(Na、K、Mg、Ca、Zn)、マイクロ波誘導プラズマ-質量分析法(Cu、Fe、Rb、Se、Sr)、比色法(P)によった。③若年男性の疫学調査に参加する5施設から2名ずつ計10名の泌尿器科医が、12名の大学生ボランティアに対し2日間にわたって理学的検査を行った。精巣サイズはPraderのOrchidometerで測定した。精索静脈瘤の診断では、静脈瘤なし、第1度、第2度、第3度に分類した。④若年男性79名の精液検体を用いてTUNEL法により精子核のDNA損傷を評価した。⑤精液検査自動化のための基礎的検討を行った。コンピュータ画像解析用の標準精子画像を得るために、形態良好精子の精製、固定、染色法の検討等を行った。撹拌密度勾配法で精子濃縮を行い、Percoll によるswim down、Nycodenz直線密度勾配中での沈降平衡を経て回収した最も重い精子分画を、0.3%ローズベンガル、0.05% Triton X-100を含む等張培養液で染色し、メンブランフィルター上に捕捉して顕微鏡観察した。CCDカメラで画像を記録し、Simple PCIにて画像処理を行った。⑥精子無力症患者、妊婦配偶者および若年男性の精子を試料とし、精子形態と精子運動の解析を行った。精子の光学顕微鏡観察、生きた精子のコンピュータ画像解析、電子顕微鏡による超微形態観察を行った。高速度ビデオカメラを組み合わせたコンピュータ画像解析や精子運動自動解析装置を用いての精子の運動特性評価を行った。また精子運動装置の生化学的特性を明らかにするために、除膜精子にATPを加えて運動を再活性化し、溶液中のイオンや薬物を変えることにより、精子の運動の変化を調べた。⑦疫学調査で得られた血液を用いてY染色体上の5つのbiallelic DNAマーカーにより日本人集団のY染色体を6種類に分類して精子数との関連を検索した。従来のSRY、DXYS5Y、YAPに加えて、AZFa領域の12f2多型およびUTYイントロン4b多型をそれぞれPCR反応およびDHPLC法によって解
析した。またAZFc領域についてマイクロサテライトDNAマーカーYfm1 の蛍光標識プライマーで増幅の後,蛍光自動シーケンサーによるリピート数解析を行った。
結果と考察
①川崎・横浜、札幌、大阪、金沢、福岡の男性における精子濃度(生データ)の平均値±SDはそれぞれ120.9±103.9/110.4±84.9/96.8±78.4/104.9±83.6/124.9±179.5×106/mlであった。5地域とも精子濃度が精液1mlあたり1億前後で、この数値をみる限りにおいては、心配されている精子数の低下が示唆される結果ではなかった。今後は各地域からの精子濃度のデータに関してQC(Quality control: 精度管理)データに基づいた補正を行い、国内5地域間およびヨーロッパ4都市との比較を試みるとともに、血清中の各種内分泌ホルモン値等のデータとも対応させて総合的に判断したい。②元素濃度は精漿中と血清中では大きく異なり、特に精漿中のZnは血清中に比較して220倍も高濃度だった。精漿中のMg、P、Zn、およびSeの濃度と精子濃度との間にそれぞれ弱い相関が認められた(r<0.5, p <0.01)。精漿中で濃度が高く精液所見との関連の見られる元素については、造精機能マーカーとしての可能性の検討を今後も続けたい。③精巣サイズの測定結果、精索静脈瘤の診察結果ともに医師間・施設間・施設内すべてにおいてかなり大きな差異が認められた。したがって、疫学調査を行う前には医師間で検査結果の差を減じるためのトレーニングを行う必要があることと、異なる施設間で理学的所見の比較を行う場合にはこのような差が生じる可能性があることを念頭に入れるべきであることを確認した。④DNAの損傷の程度を表すTUNEL陽性率は精子濃度とは関連を示さず、精子運動率に対して負の相関を示した。⑤射精精液中の精子頭部は多様な形態を示したが、精製操作を行うことによりWHO基準で正常形態精子とされる楕円形頭部を有する精子比率が増大し、最終的に沈降平衡した精子分画ではほとんどが楕円形頭部を有する精子となった。この生存精子をTrion X-100処理したローズベンガルで染色し、メンブレンフィルター上に吸引・定着させて顕微鏡観察を行った結果、精子頭部が最大径面でフィルター上に固定され形態観察に適した標準画像が得られた。⑥精子無力症患者の精子は頭部や尾部についても形態異常が観察され、活発な運動を示すものは殆ど見られなかった。妊婦配偶者の精子では、異常率は頭部・尾部とも低下するが、精子無力症患者の精子で見られた構造異常の殆どが光学顕微鏡観察だけでなく、電子顕微鏡による超微形態でも確認された。運動率は平均で約50% と比較的良好で、前進速度の分布も正規分布に近いパターンを示した。若年男性の精子では、形態的にも運動率や前進速度についても個人差が大きかった。電子顕微鏡を用いた観察から、運動性の欠損は運動装置である鞭毛の形成不全が重要であることが明らかになった。細胞膜を除去した精子のイオンや薬物の精子運動に対する効果を調べたところ、cAMPにつては、濃度が高くなるにつれて、運動率だけでなく鞭毛打頻度も高くなり、その結果前進速度も速くなった。pHについては、7から9の範囲であまり差のない運動を示したが、この範囲外では精子は運動しなかった。⑦従来ハプロタイプIIとして我々が分類してきたY染色体は12f2多型の有無によってIIαとIIβの二つに分類され、またハプロタイプIはUTY遺伝子のイントロンに存在する多型(UTYintron4b)によってIαとIβに分類することができた。これによってY染色体を大きく6種類(Iα,Iβ, IIα,IIβ,III、IV)に分類した。Yfm1はA、A*,B、Cの4種類に分類できることが明らかとなった。タイプBはY染色体ハプロタイプIVと完全に連鎖していた。またハプロタイプIIはAまたはA*と連鎖していた。DAZ遺伝子を含むAZFc領域の欠失をもつ無精子症と乏精子症ではYfm1は完全に欠失していたが健常人では欠失は見いだせなかった。
結論
札幌、大阪、金沢、福岡で行われていた妊孕能を有する男性の生殖機能調査が終了した。先行の川崎・横浜地区での調査とあわせて精液検査の結果を解析した結果、平均精子濃度が1mlあたり1億前後と、良好な値であった。妊
孕能を有する男性の精漿および血清中における元素濃度を測定し、微量元素の濃度と精子パラメータとの関連を統計学的に解析した。来年度から全国各地で開始予定の若年男性の調査に向けて、調査に参加する4施設(札幌、大阪、金沢、長崎)に川崎の本部を加えた5施設で、理学的検査における医師(診察者)間差ならびに施設(調査実施場所)間差の検討を行い、医師間(内)でその結果にかなりの差が認められることを確認した。精液の質の評価に関する検討としては、TUNEL法による精子DNA断片化解析を行うとともに、精液検査自動化のための基礎的検討として、コンピュータ画像解析に用いる標準精子画像を得るための精液調製法の改良を行い、形態的に正常な精子標本が得られた。精子運動性異常の原因として、精子の形態異常の他に精子内の生化学的な条件による異常があると考え、カルシウムイオンやcAMP、pHの精子運動に対する効果を調べた。高濃度のカルシウムイオンや低いpHでは、運動装置に構造的な異常がない場合でも精子は運動しないことが分かった。疫学調査で得られた血液を用いてY染色体上の5つのbiallelic DNAマーカーにより日本人集団のY染色体を6種類に分類して精子数との関連を検索した。

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