化学物質の内分泌かく乱性を確認する試験法の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100882A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質の内分泌かく乱性を確認する試験法の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
今井 清((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原 力(大阪大学)
  • 井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 高木篤也(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 永井賢司(三菱化学安全科学研究所)
  • 松島裕子(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 吉村慎介((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 武吉正博((財)化学物質評価研究機構)
  • 広瀬雅雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 金子豊蔵(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 長尾哲二((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 白井智之(名古屋市立大学)
  • 長村義之(東海大学)
  • 吉田 緑((財)佐々木研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
176,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究は、当申請者らの過去3年間の研究によって、基本的なスクリーニング法の開発を終了し、「少数の個体レベルスクリーニング系の確立」および「内分泌かく乱性を確認するための試験法の考案」 が重要課題となってきた。したがって、本研究は、これらに対応する試験系の開発を推進することを目的とするものであり、1)個体レベルスクリーニング系の課題として子宮肥大試験およびHershberger試験を実用化する上での問題点の解決、包皮分離などを指標とした新たなスクリーニング系の確立、2)確定試験として、胎生期、新生仔期の高感受性時期に焦点を当てた新たな試験法の考案と経世代試験法の改良、複合効果や遅発性影響の検討を主な課題とした。
研究方法
(1)〈プレスクリーニング系追加開発〉
・酵母Two-Hybrid試験の改良とバリデーション -特に複合効果の検討-
酵母Two-Hybrid試験の測定条件や前処理法について検討し、改良とそのバリデーションを行う。スチレンダイマー、トリマーおよびビフェニル化合物等をS9Mixで前処理(30℃、4時間)し、酵母Two-Hybrid試験法(ER-TIF2系)によりエストロゲン様活性を測定した。陽性物質については代謝物の同定も試みたほか、ER結合性試験および培養細胞レポーター遺伝子試験を行った。
・子宮等への影響をおよぼす遺伝子の解析 -マイクロアレイ法の基盤調査-
マイクロアレイ法の主たる方式であるGeneChip型(Affymetrix社)とスライドガラス型(CLONTECH社)のプラットフォーム間の比較実験を目的とする。卵巣摘出したマウスに17β-estradiolを単回皮下投与し、子宮組織のmRNA解析を行い、プラットフォーム間の比較検討を行った。また、遺伝子発現を、従来の「発現比」による評価から、より絶対的なスケールで検討するための基礎的方法として、ほ乳類の遺伝子と相同性の無いファージ、あるいはバクテリア遺伝子を用いたスパイク系の開発を行った。さらに、これらの比較検討ストラテジーの一環としてマイクロアレイの用量相関性を検討するために、遺伝子発現プロファイルが大きく異なる2臓器として脳と肝臓を選び、それらのRNAをもとに混合比を変えたサンプルを調製し、一挙に多数遺伝子に関する検量線を作成した。 
(2)〈スクリーニング試験系確立研究〉
・ES細胞培養系における内分泌かく乱化学物質の影響
ES細胞は胚盤胞の内部細胞塊に由来し、全分化能を有する細胞である。また、ES細胞から形成される胚様体(Embryoid body:EBと略す)は胎児の卵筒胚(egg cylinder, 5~7日胚)に似ており、主に発生学の分野で発生初期胎児に発現する遺伝子の解析等に利用されている事から、ES細胞は、内分泌かく乱化学物質を含む種々の化学物資の発生初期への影響を調べる試験系として有用であると思われる。DES (diethylstilbestrol)は胎児に対して精巣発育阻害や膣上皮の扁平上皮化・膣癌等の種々の毒性を示すことが報告されているが、本研究ではES細胞培養系を用いて発生初期の過程へのDESの影響を調べる事を目的とした。実験方法は、ES細胞をゼラチンコートDish上で培養後、 LIFを除いたES培地に浮遊培養した。DESはエタノールに溶解して、最終濃度1nMで添加した。対照群にはエタノールを0.1%の最終濃度で添加した。まずEBにおけるエストロジェン受容体並びにERRの発現をRT-PCRで調べた。また、浮遊培養により形成された胚様体よりDES添加4日後のRNAを抽出し、c-DNAマイクロアレイを用いて影響を受ける遺伝子を調べた。
・子宮肥大試験およびHershberger試験における遺伝子発現変化に関する研究 
-未成熟ラットを用いたERα、ERβ、AR遺伝子発現の変化の解析-
基本的な実験系の確認を行うため、エストロジェン様活性物質としてethinylestradiol(EE 1μg/kg/day)およびgenistein(GEN 100 mg/kg/day)、抗エストロジェン様活性物質としてICI-182、780(ICI 1 mg/kg/day)を幼若雌ラットに3日間反復経口投与した。最終投与後24時間に解剖し、子宮および卵巣の重量を測定後凍結保存し、これらの臓器からRNAを抽出して、ERα、ERβおよびAR遺伝子の発現量を、ABI PRISM 7700 Sequence Detection Systemを用いたreal-time RT-PCR法により測定した。
・卵巣摘出マウスを用いた子宮肥大試験における遺伝子発現変化に関する研究
内部標準としてマウス遺伝子とホロモジーの無いλ phageの配列をspike RNAとして用いることにより、E2投与による子宮のhousekeeping geneの経時的変動をリアルタイムRT-PCRにより検討する。更に、子宮肥大に関連する標的遺伝子のうち、ERαおよびVEGFの経時的発現を定量PCRで検討し、その絶対的変動パターンを評価する事を目的とした。実験方法は、雌C57BL/6CrSlcマウスに卵巣摘出手術`後、2週間目にE2(溶媒corn oil)を1μg/kg単回皮下投与し、投与後、0(無処置)、30min、1時間、2時間、4時間、8時間、12時間および24時間毎に屠殺し、子宮重量を測定し、4℃のRNAlater中で1ヶ月間保存した。その後、RNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いて全RNAを分離・精製した。ABI PRISM7700 Sequence Detection Systemを用いてSYBR Green蛍光色素でPCR産物の増幅曲線をリアルタイムで検出した。標的分子の発現量に対して内部標準として添加したλphageの値で補正をかけた。Housekeeping geneとしてβ-actinおよびGAPDH、子宮におけるE2標的遺伝子としてERαおよびVEGFを測定した。
・内分泌かく乱化学物質の胎生期および新生仔期暴露による包皮分離試験に関する研究
化学物質の胎児期および新生仔期暴露の投与時期と雄ラットの性成熟時期の変化との関連を明らかにするため、フルタミドを妊娠あるいは生後の種々の期間に投与し、出生児の肛門生殖突起間距離を測定したほか、雄出生児の包皮分離時期の変化を観察することを目的とした。実験方法は、胎児期暴露実験については、SD:IGS妊娠ラットを用いて、妊娠14~17日あるいは妊娠18~21日に10 mg/kgあるいは100 mg/kgのフルタミドを強制経口投与し、出生時について生後6日に肛門生殖突起間距離を測定した後、各腹より4匹の雄出生児を残し、生後35日から55日まで包皮分離時期を観察して、生後56日に屠殺・剖検し、生殖器および副生殖器の重量を測定した。一方、新生仔期暴露については、SD:IGS雄ラットを用いて、生後35日から39日まで1mg/kgあるいは10mg/kgのフルタミドを強制経口投与し、生後35日から55日まで包皮分離時期を観察した後、生後56日および13週齢で屠殺・剖検して、器官重量を測定した。
・28日間試験の改良 -α2Uグロブリン評価の利用について-
α2Uグロブリン(AUG)は成熟雄ラットの血清及び尿中に存在するタンパク質であり、肝臓で合成される。AUGの生合成や遺伝子の転写は、各種ホルモンにより影響されることが知られており、特に、estrogen暴露による肝臓でのAUG遺伝子の転写や血清AUGが著しく低下する。
今回は、内分泌かく乱化学物質としてDES(diethylstilbestrol)をラットに投与し、肝AUGmRNAが著明に減少した個体と、変化のみられなかった個体の肝臓の遺伝子発現を網羅的に検討し、AUGに関与する遺伝子をみいだすことを目的とした。実験方法は、DESを0.01-1 mg/kgの用量で14日間ラットに反復経口投与し、肝臓におけるAUG mRNAの変動をRT-PCRで検討した。 更に、DES投与により肝AUG mRNAの減少がみられた個体と変動のみられなかった個体から得られた肝total RNAをTemplateとして蛍光標識probe(Cy3、Cy5)を作製しTAKARA社製InteliGene Rat Toxicology chip Ver.1.0を用いて網羅的に遺伝子の変動を観察した。
(3)〈OECD対応等試験開発部門〉
・臓器特異的ハイスループット検出系の開発ための網羅的な遺伝子発現解析
内分泌かく乱化学物質の各臓器に対するホルモンかく乱作用を取りこぼし無く解析するハイスループット検出系を構築することを目的に、子宮、視床下部を始めとする5種類の臓器を選び、遺伝子発現パターンを網羅的に解析した。実験方法は、卵巣摘出マウスに17-β-estradiolを1μg/kg単回皮下投与し、子宮、肝臓、腎臓、脳視床下部領域および海馬組織を採取した。各臓器の全RNAを抽出・精製し、GeneChip(Affymetrix、マウスMGU74Av2)を用いて網羅的に遺伝子解析を行った。
・子宮肥大試験およびHershberger試験
これまでに、OECDバリデーションプロトコールに準じて、幼若ラットを用いたethinylestradiol(EE)の経口あるいは皮下投与による子宮肥大試験が終了しているが、今回は、幼若マウスを用いて実施し、ラットとマウスの子宮の反応性を比較検討する事を目的とした。実験方法は、ICR系雌マウスを用いて、EEを19日齢から3日間、経口(0.3~150 μg/kg/day)あるいは皮下(0.1~50 μg/kg/day)投与し、最終投与24時間後に放血・致死させ、腟開口を観察した後、卵巣、子宮および腟を摘出して、子宮のwet weight およびblotted weight を測定した。
・OECDガイドライン407:28日間反復投与毒性試験法の適用に関する研究
内分泌かく乱化学物質を成熟動物に一定期間投与した時の生体影響を検出する目的で、投与動物の肝臓で発現の変動する遺伝子の網羅的解析に着手した。その予備的な検討として、7週齢の雄SD:IGSラットに、EE 0.5、5、50g/kgを、同系の雌ラットにtestosterone propionate 1、10、100 mg/kg をそれぞれ2週間にわたり連日強制経口投与して剖検し、解剖時に凍結保存した肝組織からtotal RNAを抽出して、CLONTECH Atlas Glass Rat 3.8 Arraysによる遺伝子発現を網羅的に検索した。
・内分泌かく乱化学物質検出試験の技術移転普及に関する研究
当研究班にて改良が加えられた酵母を用いたレポーター遺伝子法の試験操作についてのビデオ撮影を行った。ナレーションを英語で挿入し、東南アジアを中心とした外国での普及を目指し、PALコピー版も用意する予定である。
(4)〈確定試験等開発研究〉
・内分泌かく乱化学物質の性腺構築過程に及ぼす影響に関する研究 -経世代試験の改良- 
内分泌かく乱化学物質の胎児期暴露による生殖巣原基における傷害と、生後の生殖器官の発達ならびに生殖機能の障害との関連について検討し、性腺構築過程における傷害性の有無が内分泌かく乱化学物質の次世代生殖影響を早期に検出しうる指標となるか否かを検討することを目的とする。実験方法は、ICRマウスの妊娠10-13日(膣栓発見日=妊娠0日)に、DES) 100 μg/kg/dayを連日背部皮下投与し、最終投与24時間後に開腹し、子宮より胎児を摘出した。雄胎児の生殖巣を実体顕微鏡下で取り出し、光顕ならびに電顕観察を行った。さらに生殖巣におけるHSP70あるいはbcl2発現を免疫組織学的に予備的に検討した。
・胎児の子宮内位置と生後の発育・分化との関連に関する研究
マウスあるいはラットなどの胎児の子宮内での位置(例:子宮内で両側が雄胎児である雄あるいは両側が雌胎児である雄)が、子宮内での両側胎児から分泌される性ホルモンの影響により生後の性成熟の時期、行動・機能などに差違が生じるか否かを明らかにすることを目的とした。実験方法は、ICR雌マウスに交配前1週間から妊娠17日まで、エストロゲン(E2)0.05 (g/kgを連日皮下投与し、妊娠18日に帝王切開して胎児を摘出した。その際、生殖突起肛門間距離(AGD)および体重を各胎児について測定し、生存胎児のうち、子宮内での着床位置が雄に挟まれた雄(MMM:2M)、雌に挟まれた雄(FMF:0M)、雌に挟まれた雌(FFF:2F)、雄に挟まれた雌(MFM:0F)に該当するもののみを選択して、無処置のマウスに養母哺育させた。性成熟の指標として雄では生後30日から包皮分離の時期、雌では生後25日から膣開口の時期を調べ、雌雄とも完成日に体重を測定し、さらに雌については膣開口日から性周期を観察した。10週齢に剖検し、生殖器官(精巣、精巣上体、精嚢、卵巣)の重量を測定し、器官および前立腺は燐酸緩衝ホルマリンに固定し組織検査をした。 
・内分泌かく乱化学物質のラット神経核構築過程に及ぼす影響に関する研究
胎生期あるいは新生児期に、内分泌かく乱化学物質暴露後のラット視床下部に位置する性的二型核SDN-POAや前腹側脳室周囲核AVPvN-POAをはじめとする神経核の形成に及ぼす影響を早期に検索する目的で、視床下部におけるアポトーシスならびにその誘発に関連する遺伝子の発現、エストロゲン受容体発現ならびに熱ショック蛋白質HSPレベルなどを指標として検討し、視床下部神経核の形態学的観察による影響評価法に代わる方法の可能性を探る。本年度は新生児期暴露後の視床下部におけるHSP 90レベルをwestern blotting法により、さらにアポトーシス関連遺伝子の発現を予備的に検討した。実験方法は、SD系ラットを自然分娩させて得た新生児に、生後1日(出生日の翌日)から連続して5日間、DESを0、1、10、50あるいは100 μg/kg単回皮下投与し、最終投与24時間後に、各腹の雄出生児の半数を屠殺して脳を摘出し、視床を含む部位を0.1M燐酸緩衝10%ホルマリン液にて固定して、bcl2あるいはFasの免疫染色標本を作製した。残りの雄出生児も同様に屠殺し脳の視床を含む部位を液体窒素で凍結して、western blotting法および免疫化学的染色法によるHSP 90の同定を行った。
・内分泌かく乱化学物質の発がんプロモーション作用の検討
ラット中期肝発がん性試験法を用いて、内分泌かく乱化学物質の発がんプロモーション作用の有無を検討している。本年度は bisphenol A(BPA) によるラットの肝発がんプロモーション作用の有無を用量依存的に検討した。実験方法は、6週齢のF344雄ラットを用い、diethylnitrosamine (DEN、200 mg/kg)を腹腔内に単回.投与し、その2週間後より被験物質として、BPAを 2000、250、25および0 ppmの濃度で基礎飼料中に混餌投与した後、3週目に肝の2/3を部分切除し、肝細胞の増殖、再生を刺激した。実験は全行程8週間で終了し、剖検時、肝を摘出、ホルマリン固定し、発生した肝臓の前がん病変である glutathione S-transferase (GST-P)陽性細胞巣を指標病変として、画像処理装置を用いて定量的に解析した。また、血中testosteroneの測定、肝、腎臓、前立腺、精巣、精巣上体、肛門挙筋の重量を測定し、さらに精子の数、運動率、形態学的な異常の割合を検討した。
・内分泌かく乱化学物質の甲状腺発がん修飾作用を検出する鋭敏なモデルの開発に関する研究
内分泌かく乱化学物質(EDCs)の甲状腺発がん修飾作用を鋭敏に検索する試験系はまだ確立されておらず,早急にその試験系の確立が望まれている。これまで、DHPN(N-bis(2-hydroxypropyl)nitrosamine)でイニシエーションを行った後EDCsと抗甲状腺剤であるsulfadimethoxine (SDM) を組み合わせて投与するモデルについて検討してきた。今年度は、β-estradiol 3-benzoate (EB) の甲状腺発がん促進効果をより鋭敏に検出可能な抗甲状腺剤の組み合わせについて検討を行うための予備実験を行った。
[7日間予備実験] 卵巣を摘出したF344雌ラットにDHPN 2000mg/kg bwでイニシエーションを行い、その後EBの皮下埋植を行うと同時に抗甲状腺剤としてSDM (30、100ppm)、propylthiouracil (PTU、5、30ppm)、過塩素酸カリウム (KClO4、30、100ppm)、ヨード剤であるイオパノ酸 (30、100mg/kg) あるいは低ヨード食を投与し、投与7日で屠殺した。EB埋植を行わない各群も併せて設けた。甲状腺を中心に病理組織学的に観察するとともに、免疫組織化学的にproliferating cell nuclear antigen (PCNA) を検出し、濾胞上皮細胞における陽性率を計測した。
[長期実験] 卵巣を摘出したF344雌ラットにDHPN 2000mg/kg bwでイニシエーションを行い、その後EBの皮下埋植を行うと同時に抗甲状腺剤としてSDM (30、100ppm)、PTU (2、5ppm)あるいはKClO4 (30、 100ppm)を投与し、投与26週ないし40週で屠殺して、甲状腺を中心に病理組織学的に観察した。
・内分泌かく乱化学物質の乳腺発がんに及ぼす影響の検討
乳腺発がんについて、1)エストロジェンが単独で乳癌誘発作用があるか、2)またエストロジェンがDMBAによる乳癌発がんの促進作用を有するか否か、が今回の検討事項である。これらのことを検討する際に、乳腺におけるエストロジェンレセプター(ER)の動態解析は、内分泌かく乱化学物質の影響を知る上で極めて重要と考えられることより、卵巣摘出雌ラットを用いて、エストロジェン投与による乳腺のERα、ERβ遺伝子の動態を免疫組織化学染色、RT-PCRにより検討した。
・内分泌かく乱化学物質の胎生期・新生仔期暴露が雌性生殖器に与える影響に関する研究
内分泌かく乱化学物質問題の中で胎児期および新生仔期暴露による影響は、男性あるいは女性ホルモンの胎児期および新生仔期暴露が生殖器系の発育・分化へ不可逆的かつ重篤な変化をもたらすことから、最も懸念されているものの一つである。本年度はエストロジェン作用を有する代表的な内分泌かく乱化学物質の一つであるp-tert octylphenol(OP)を新生仔期に大量暴露することにより典型的な変化を確認することを目的とし、特に視床下部・下垂体・性腺系を介する間接的影響、子宮および膣への直接的な影響を掌握することを目的として実験を行った。実験方法は、子宮癌好発系のCrj:Donryuラットを用いて、生後24時間以内の雌新生仔の背部にOP100mg/kgを隔日に15日齢まで計8回皮下投与を実施した。成熟前の雌性生殖器系の発育に対する影響をみるために経時的に動物を剖検し、内分泌学的および形態学的検索を行った。10週齢に排卵数を確認し、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LHRH)投与し排卵の有無を検討した。OP新生仔期曝露した子宮および膣の変化と内因性エストロジェンとの関連性を卵巣摘出後の子宮重量および膣スメア像より検索した。また、性周期の異常を全実験期間にわたって観察した。
子宮発がんへの修飾作用を検討するために、新生仔期大量暴露を行ったこれらのラットに11週齢にてN-ethyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine(ENNG)を子宮腔内に投与して15ヶ月齢まで観察し、子宮の増殖性病変について形態学的に検索した。
結果と考察
(1)〈プレスクリーニング系追加開発〉
・酵母Two-Hybrid試験の改良とバリデーション -特に複合効果の検討-
スチレンダイマー、スチレントリマー、スチルベン、ジフェニルアミン、ジフェニルエーテル、ジフェニルメタンはS9Mix処理により代謝活性化され、これらの代謝活性化物質はER結合性試験および培養細胞レポーター遺伝子試験でも陽性であった。これらジフェニル体の陽性代謝物のひとつはHPLCおよびUVにより、それぞれの4-水酸化体であることを確認した。また、酵母Two-Hybrid試験(ER-TIF2系)により、アンタゴニスト活性物質を検索したところ、6物質が陽性であった。これらの物質はERに対する結合性を示し、培養細胞レポーター遺伝子試験でもアンタゴニスト活性を示した。
・子宮等への影響をおよぼす遺伝子の解析 -マイクロアレイ法の基盤調査-
マイクロアレイプラットフォーム間の比較では、代表的な2種、GeneChip型、スライドガラス型では解析結果が一致しなかった。個々の遺伝子の発現について定量RT-PCR法を併用した解析を進め、どちらのデータが正しいかを検討する必要がある。スパイクRNAを用いた遺伝子発現絶対量に基づく解析法が、GeneChip型マイクロアレイプラットフォームに適用可能であった。
・遺伝子プローブの定量性の検討
GeneChip上に配置された遺伝子プローブの組み合わせ数は約12000である。これらのプローブの遺伝子発現検出定量性に関する情報は殆ど無い。そこで本研究では可能な限り多くの遺伝子プローブに対して、その定量性を検討すべく系を組み、実験を行った。個々の遺伝子プローブが充分に発現しているRNAサンプルを材料に用い、サンプル量を振ってシグナル強度を得、両者の相関性を検討した。具体的には、全体の遺伝子発現パターンが大きく異なると考えられる脳と肝臓から各々RNAを抽出し、両者の混合比が脳/肝臓比として、100%/0%, 75%/25%, 50%/50%, 25%/75%, 0%/100%となるようにターゲット液を調製し、GeneChip MGU74Av2にハイブリダイゼーションし、得られたシグナルを解析した。脳と肝臓で2倍以上発現の異なる遺伝子数は4110個であった。それらの遺伝子のシグナルを混合比を横軸に取りグラフ化し、直線性を検討したところ、発現比が2倍から5倍の間にあった遺伝子群の中には直線性が得られないものもあったが、5倍以上の発現比を持つ遺伝子群は直線性を示すものが多いことが示された。
以上より、GeneChipに配置された遺伝子プローブは、発現比の大きい遺伝子に関してはその発現量に相関したシグナルを与えることが確認された。
(2)〈スクリーニング試験系確立研究〉
・ES細胞培養系における内分泌かく乱化学物質の影響
EBにおけるER並びにERRの発現をRT-PCRにて調べたところ、ERα、ERβ、ERRα、ERRβ、ERRγのいずれの発現も確認された。次いで、EBの4日培養後にc-DNAマイクロアレイをのべ3回実施し、DESにより影響を受ける遺伝子を調べたところ、複数の遺伝子発現の増加が確認された。さらに、これらの内のいくつかに対して、定量PCRを行った結果、1.5倍以上増加した遺伝子は、Oncostatin M(1.7x)、Leptin (1.7x)、Mast cell growth factor (1.7x)、Ets-2(2.0x)、 Wnt-4 (1.5x)であった。一方、内胚葉、中胚葉、外胚葉のマーカー遺伝子に変化は見られなかった。また、減少した遺伝子も認められなかった。 
・子宮肥大試験およびHershberger試験における遺伝子発現変化に関する研究 
-未成熟ラットを用いたERα、ERβ、AR遺伝子発現の変化の解析-
子宮重量は、GEN 100 mg/kg/day群で増加し、ICI 1 mg/kg/day群では有意な低値が認められた。ERα遺伝子の発現は、EE 1μg/kg/day群で増加、GEN 100 mg/kg/dayで減少、ICI 1 mg/kg/day群で増加した。ERβ遺伝子の発現は、EE 1μg/kg/day群で増加、GEN 100 mg/kg/dayで減少、ICI 1 mg/kg/day群で増加した。AR遺伝子の発現は、EE 1μg/kg/day群で増加、GEN 100 mg/kg/dayで減少、ICI 1 mg/kg/day群で増加した。
・卵巣摘出マウスを用いた子宮肥大試験における遺伝子発現変化に関する研究
子宮重量は、E2投与後、8時間でプラトーに達し24時間まで持続した。一方、子宮重量あたりの全RNA量は、投与後8時間目には減少したが24時間目には著明に増加した。これに呼応して、β-actinのmRNAの発現は、12時間後では2.5倍に達し、24時間目まで持続した。一方、GAPDHのmRNAの発現は、投与後12時間目では1.5倍となったが、24時目には回復した。 ERαはE2投与24時間後、2倍になり、VEGF mRNAは投与後すぐに上昇し始め8時間後にはピークに達し、その後減少した。
・内分泌かく乱化学物質の胎生期および新生仔期暴露による包皮分離試験に関する研究
妊娠動物の作出、妊娠期間中のフルタミド投与さらにその後の分娩まで終了し、出生児の肛門生殖突起間距離および包皮分離時期の観察は現在進行中である。一方、新生仔期暴露では、包皮分離は対照群では生後41日から、フルタミド1 mg/kg投与群では生後43日から、フルタミド10 mg/kg投与群では44日から始まった。各群の全例の包皮分離が完了したのは、1 mg/kg投与群では45日、10 mg/kg投与群では48日で、各群の平均値は、対照群が42.9日、1 mg/kg投与群が43.8日、10 mg/kg投与群が45.5日であり、10 mg/kg投与群では対照群に比べ有意に遅延した。
・28日間試験の改良 -α2Uグロブリン評価の利用について-
Diethylstilbestrol (DES)100μg/kg14日間投与によって一部の動物にAUG mRNAの減少が観察されたが、その変動は個体によって著しい差が見られ、感受性が異なることが示された。また、TAKARA社製InteliGene Rat Toxicology chipを用いた網羅的に遺伝子の変動をみる実験では、DESの投与の用量及びAUG mRNA減少と連動して発現する遺伝子、Solute carrier 16 (monocarboxylic acid transporter)、 member 1(NM012716)、calreticulin (X53363)、ribosomal protein L41 (X82550)、ezrin (X67788)、5HT3 receptor mRNA (U59672)の発現増加並びにsignal transducer and activator of transcription 1 (Stat1)(AF205604)、Glutamate cysteine ligase (gamma-glutamylcysteine synthetase) (L22191)、Superoxide dimutase 1、soluble(Y00404)の発現抑制が観察された。特にStat1の発現抑制は顕著であった。
(3)〈OECD対応等試験開発部門〉
・臓器特異的ハイスループット検出系の開発ための網羅的な遺伝子発現解析 
17-β-estradiol投与による各臓器の遺伝子発現変動の網羅的解析を行った結果、2割の遺伝子群が臓器特異的な変動パターンを示す遺伝子群であり、子宮では大きく変動する遺伝子が少なかったが、肝臓で発現が抑制される遺伝子群、海馬で発現が上昇する遺伝子群が存在することが明らかになった。
・子宮肥大試験およびHershberger試験
マウスを用いた試験の子宮のblotted weightは、経口投与では 30 μg/kg/day以上で、また皮下投与では1 μg/kg/day以上で対照群と比較して有意に増加した。子宮のwet weightもほぼ同様の結果であった。また、腟開口の早期化が、経口投与では 30 μg/kg/day以上の動物で、皮下投与では1 μg/kg/day以上の動物で観察された。
・OECDガイドライン407:28日間反復投与毒性試験法の適用に関する研究
今年度に予定されている動物実験は終了し、3,800遺伝子の搭載されているmicroarrayによる発現データを解析中である。明らかな発現変動を示した遺伝子については、その用量依存性を検索し、検出パラメータとしての可能性を検討する。
・内分泌かく乱化学物質検出試験の技術移転普及に関する研究
平成14年3月28、29両日ビデオ撮りを終了した。
(4)〈確定試験等開発研究〉
・内分泌かく乱化学物質の性腺構築過程に及ぼす影響に関する研究 -経世代試験の改良-
胎生14日(最終投与24時間後)の生殖巣の光顕は、DES投与群の間質細胞の細胞質に多数の脂肪滴と思われる褐色色素像がみられ、電顕観察により脂肪滴であることを確認した。さらに細胞質にグリコーゲンの蓄積も確認された。生殖索には、DES投与の影響を示唆する変化は、セルトリ細胞および生殖細胞にはみられなかった。 生殖索におけるHSP70およびbcl2蛋白の局在については現在観察中である
・胎児の子宮内位置と生後の発育・分化との関連に関する研究
出生日における体重には雌雄とも群間に有意な差はみられず、E2の影響もなかった。 AGDは、PLD摂取群では差はみられなかったが、CE-2摂取群では雄出生児で短縮した。雌の膣開口時期、性周期および雄の包皮分離の時期には飼料、子宮内位置およびE2投与の影響は確認できなかった。生後10週での剖検時に測定した生殖器官の重量にも、子宮内位置およびE2投与の影響はみられなかった。
・内分泌かく乱化学物質のラット神経核構築過程に及ぼす影響に関する研究
DES投与群(10 μg/kg)と対照群の新生児について免疫化学的染色法によるHSP 90の同定を行った結果、HSP 90は等電点5.2付近ならびに分子量20万前後にHSP 90のタンパク質として同定された。組織化学的にDES投与群で明らかなHSP 90の発現を認めたことから、対照群よりDES投与群においてHSP 90がより多く産生されることが示唆された。
・内分泌かく乱化学物質の発がんプロモーション作用の検討
DEN-BPA(2000 ppm)の群およびBPA(2000 ppm)の両群でそれぞれの対照群に比して体重の増加抑制が見られ、摂餌量ではBPA(2000 ppm)の投与群で高値を示す時期があった。臓器重量ではBPA(2000 ppm)投与群、すなわちDEN-BPA(2000 ppm)群およびSaline-BPA(2000 ppm)群で肝、腎、前立腺、精巣上体、精嚢および肛門挙筋に統計学的に有意な低値が見られたが、血中のtestosterone値はいずれの群も有意差は見られなかった。精子の数、運動率、形態学的異常は、いずれにも有意な変化は観察されなかった。精子生成過程のstagingの結果、各群に差はみられず、BPAによる精子形成過程に影響はないものと考えられた 。GST-P陽性巣は、数、面積ともに群間の差はなく、BPA単独投与群では、GST-P陽性細胞巣(直径0.2mm以上)は発生しなかった。
・内分泌かく乱化学物質の甲状腺発がん修飾作用を検出する鋭敏なモデルの開発に関する研究
[7日間予備実験] SDM、PTUおよびKClO4の各群で濾胞上皮細胞の肥大と濾胞コロイドの減少が用量依存的にみられ、特にPTU (30ppm)において顕著であった。また、SDMおよびKClO4の各群では、EB非投与群と比較しEB投与群で濾胞上皮細胞肥大の程度が増強する傾向がみられ、濾胞上皮細胞のPCNA陽性率は、対照群と比較してPTU (30ppm) 群で有意に (p<0.01)また、SDM (100ppm)、PTU (5ppm)およびKClO4 (100ppm)の各群で明らかに高値を示し、さらにいずれの群でもEB非投与群と比較して、EB投与群で高値を示す傾向がみられた。
[長期実験] 投与26週まで経過した時点で、SDM (100ppm)のEB非投与群では増殖性病変が認められなかったのに対し、EB投与群では2/4例に過形成が、1/4例には腺腫がみられた。また、PTU (5ppm)のEB投与群においてもEB非投与群と比較し、腺腫および腺癌の頻度が高くなる傾向がみられた。
・内分泌かく乱化学物質の乳腺発がんに及ぼす影響の検討
ERαは、エストラジオール3000μg/kg投与により乳腺上皮内の蛋白および組織内のmRNAともdown-regulateしたが、一方、ERβは、蛋白、mRNAとも発現が見られた。E2により増殖・拡張した乳管上皮細胞ではMIB-1(増殖細胞抗原)の陽性核が増加し、E2による細胞増殖が示された。
・内分泌かく乱化学物質の胎生期・新生仔期暴露が雌性生殖器に与える影響に関する研究
ラット生後24時間以内の雌新生仔の背部にOP100mg/kgを隔日に15日齢まで計8回皮下投与を実施し、成熟前の雌性生殖器系の発育に対する影響を観察した結果、性腺刺激ホルモン(卵胞刺激および黄体形成ホルモン)が明らかな低値を示し、生後14日齢から発育する子宮腺の形成が著明に抑制された。免疫組織化学染色の結果より10日齢から子宮被覆、腺上皮および間質のER発現および細胞増殖活性の異常が認められた。成熟後の子宮では8週齢から被覆上皮が過形成を示し、卵巣は明らかに小さく黄体がなく小卵胞のみからなるpolycytic ovaryの像を呈した。暴露群の膣開口は対照群より約1週間早い時期に認められ、性周期は正常なサイクルを示さずに持続発情を示した。一方、低用量暴露群では成熟後の性周期が正常に回帰したが、その後持続発情に移行する例が観察された。大量のOP新生仔期暴露によるラット子宮発がん修飾作用が認められた。すなわち、15ヶ月齢の検査において暴露群の子宮内膜腺癌の頻度は対照群と同様であったが、対照群のそれは高分化型の子宮内限局性の癌病変が主体であったのに対し、暴露群のそれにおいては、中・低分化型の腹腔内浸潤増殖性、あるいは遠隔転移を示す癌病変が有意に増加していた。また、上皮の過形成の頻度が有意に減少していた。
以上の各班員の結果から、すでにOECDガイドライン化が進んでいる子宮重量法においても、とくに実行段階ではいくつかの問題点が残されていることが明らかになった他、子宮重量法、Hershberger法、強化28日毒性試験法などの新たな評価指標として、遺伝子発現、包皮分離等を組み込む可能性が指摘された。さらに、新生児期の早い段階でエストロジェン作用を受けた雌動物においては、それらが性成熟に達した段階で生殖機能障害が発現し、特に子宮の化学物質に対する感受性に影響を及ぼすことが確認されたことから、今後の胎生期、新生児期に関わる試験法、あるいは経世代試験法の開発の上での新たな注意点として遺伝子発現、包皮分離等を考慮していく必要があると考えられる。
結論
内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する試験系の確立が急務であり、日本のみならず欧米諸国において重要な研究課題であるが、現時点では、「少数の個体レベルスクリーニング系の確立」および「内分泌かく乱性を確認するための試験法の考案」 に焦点が搾られてきている。したがって、これらに対応する試験系の開発を推進することを目的として、1)個体レベルスクリーニング系の課題として子宮肥大試験、Hershberger試験を実用化する上での問題点の解決、包皮分離などを指標とした新たなスクリーニング系の確立、2)確定試験として、胎生期、新生仔期の高感受性時期に焦点を当てた新たな試験法の考案と経世代試験法の改良、複合効果や遅発性影響の検討を行った。
研究初年度にあたる本年度は、ラットと平行してOECDガイドライン化が進んでいるマウスを用いた子宮肥大試験の実施上の問題点を検討し、幼若動物を用いる際にマウスとラットの間では投与期間、感度等に大きな差異は見られないことが確認された。さらに、遺伝子発現、包皮分離、など新たな指標を最終スクリーニング試験系あるいは確定のための試験系に組み込むことが可能か否かを検討するための基礎的な研究を行い、それらの有効性を示唆する興味ある成果を得た。また、発生・発達の比較的初期段階でエストロジェン作用を受けた雌性動物が、性成熟に達した段階で生殖機能に障害を来たし、さらに子宮の化学発がんに対する感受性の亢進が認められること(遅延性影響)が確認された。これらの指標が胎生期、新生仔期に関わる試験法あるいは経世代試験の試験法の開発に新たな視点を与えるという意味において有用であると考えられ、さらに、より精度の高い内分泌かく乱化学物質の生体影響を明らかにするための試験法の確立が期待される。

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