内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究-特に低用量効果・複合効果・作用機構について-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100881A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の生体影響に関する研究-特に低用量効果・複合効果・作用機構について-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関沢純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 長谷川隆一(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 中田琴子(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 井藤悦朗((社)日本化学物質安全・情報センター)
  • 鈴木勝士(日本獣医畜産大学)
  • 江馬眞(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 福島昭治(大阪市立大学)
  • 三森国敏(東京農工大学)
  • 渋谷淳(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 今井清(食品薬品安全センター)
  • 白井智之(名古屋市立大学)
  • 長村義之(東海大学)
  • 井口泰泉(岡崎国立共同研究機構)
  • 広川勝昱(東京医科歯科大学)
  • 山崎聖美(公衆衛生院)
  • 垣塚彰(京都大学)
  • 菅野純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 加藤茂明(東京大学)
  • 藤本成明(広島大学)
  • 笹野公伸(東北大学)
  • 五十嵐勝秀(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
42,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
環境中のホルモン様作用を示す化学物質及びそれらの作用の延長線上で引き起こされる、いわゆる内分泌かく乱障害発生の可能性に関する研究の進展は、分子間相互作用の微視的レベルでの低用量効果や反応修飾(バイアスあるいはリプレスなど)の実態を実験的事実として明らかにし、この問題の論理的危惧を深める結果となった。他方、多世代試験を始めとする多くの巨視的検討結果は低用量作用が認められないことを示している。本研究の目的は、こうした実験的事実関係の相互の乖離に対して、そうした現象を引き起こす背景と、実態的な障害性、の相互関係を探り、この問題の本質的解決を目指すものである。また、低用量問題を構成する作用閾値の存在の如何、相乗相加作用の如何、及び反応オシレーション等の問題は、①障害性の性質、②用量相関関係、③暴露実態、の3因子によって導き出されるリスクアセスメントの根幹を論理的に危ういものにしている。これらの解明は必然的にこの問題に対して抜本的なリスクアセスメントの展望を初めて導き出す効果を持っており、そうした乖離を引き起こす背景の解明が、この問題の本質を明らかにすることを目的とする。
研究方法
Ⅰ.リスク調査研究:関澤を総括責任者として生理的作用と生体障害性の関連等低用量問題にかかる報告の文献的調査を進めた。2000年10月に米国環境防護庁(US EPA)が行った低用量問題に関する文献査読会議で使用した文献および、独自の文献検索により見出された文献のうちvom Saalらのグループによる5報告について、試験条件における問題点に分けて検討した。後者については、用量-作用曲線パターン、閾値の有無、反応オシレーション(逆U字現象など)の有無、反応における相加・相乗性の有無を中心に検討を加え、また当会議報告を翻訳した。
Ⅱ.基盤研究:性ホルモンおよび化学物質の作用メカニズム、発生中の動物の組織特異的な臨界期ならびにその分子的な基盤(井口)、鶏胚を用いた発生全経過に対する影響の解析(鈴木)、感染に対する生体防御機構として働く免疫系の機能に対する影響(広川)、アレルギーや化学物質過敏症との関連(山崎)、これまでその分子機構が全く明らかになっていない孤児受容体と内分泌かく乱物質の低用量影響(垣塚)、神経系初期発生に対する低用量内分泌かく乱化学物質の影響(菅野)、核内レセプターを介した標的遺伝子群の転写制御(加藤)、ステロイド受容体の発現調節機構(藤本)、性ステロイドの代謝系に対して及ぼす影響(笹野)、ホルモン受容体に支配される遺伝子群の網羅的発現解析のためのcDNAマイクロアレイ技術の導入と班研究のサポート(五十嵐)等の諸領域にわたって研究を遂行した。
結果と考察
現時点では、ヒトに対する内分泌かく乱作用が確認された事例はないことが明らかになった。低用量域のホルモン様作用の問題は、内分泌かく乱性を考察する上での中心的課題であるが、現時点で入手できる科学的知見からは、低用量域における内分泌かく乱作用を直ちに断定することには疑問がある。EPAでは、内分泌かく乱性のスクリーニングに関してさしあたり500物質程度、2005年を目途として終了する計画を出しており、本作業班では、BPAの低用量反応によるリスクの評価を行い報告の運びとした。II. 基盤研究の今年度の研究結果を個別的に見ると、発生・生殖系では、子宮におけるエストロジェン様物質による遺伝子発現変化をDNAマイクロアレイ法により検討した結果、子宮を肥大させるという観点からは同様なエストロジェン活性を持つ物質も、発現が変動する遺伝子は共通ではないことが明らかになった。また、鶏卵を用い、化学物質ステージ特異的に部位を特定しつつ投与する方法を確立し、mRNAの発現を観察する系をつくった。免疫系では、種々の指標が様々に変動し評価が困難であったが、比較的微量のDESでも慢性投与では、胸腺への影響が明らかであった。神経系では、神経幹細胞への影響を観察し、このものの分化に伴う遺伝子発現を検出する系が樹立され、胎児期のDES投与により神経幹細胞の影響が生じることを示唆する結果が得られた。核内レセプターでは、ER alphaの応答特異性を明らかにした点が注目された。精製・クローニングされたp68は、RNAヘリケースの1種であり、ER alpha特異的であることが判明した。p68以外の因子の検索も進め、新たにER alphaと複合体を形成する蛋白質を単離しその同定を進めている。また、ラット前立腺in vivoでのER alphaおよびER betaの調節様式を定量的に検討し、ERのmRNA発現が成長過程を通じてα型からβ型へ動的に発現移行していることを明らかにした。ステロイド代謝では、生体におけるエストロゲン代謝、作用を調整しているEST, STSのヒト成人及び胎児組織における分布を明らかにした。マイクロアレイ基盤整備では、cDNAマイクロアレイ解析技術の当班への導入に成功し、次年度以降基盤研究班の研究をサポートする体制が整った。以上により、今年度の研究において、内分泌系をはじめとする高次系への内分泌かく乱化学物質の影響が、受容体原性の応答系であるのみならず、それらのシグナル伝達が正負様々に修飾する相互作用をもち、しかもこれを構成する分子の中に未知のものが少なくないという事実が明らかになってきた。
結論
Ⅰ.リスク調査研究: 5編の文献について精査を行った結果、現時点では、ヒトに対する内分泌かく乱作用が確認された事例はないことがわかった。低用量域のホルモン様作用の問題は内分泌かく乱性を考察する上での中心的課題であるが、現時点で入手できる科学的知見からは、低用量域における内分泌かく乱作用を直ちに断定することには疑問があると結論付けられた。今後、DES陽性対照が再現性をもって陽性反応を示す試験系の確立とそのための背景データベースの構築や統計解析手法の検討、及びホメオスタシス反応の寄与を確認する遺伝子発現解析などを含む対応するメカニズムについて引き続き検討する。また、Ⅱ.基盤研究と
して、内分泌かく乱化学物質の影響メカニズムの可能性として指摘されている諸点のうち、解明の困難が集中し、問題の中心課題ともなっている、いわゆる“高次生命系"の挙動に焦点をあて、①内分泌系・②免疫系・③神経系などの高次生命系ネットワーク各々に対する影響について作用機転の可能性を明らかにすることを目的として検討を進めてきた。また、これら3つの系相互の連携を司るシグナル伝達系を解析する立場から、④核内レセプターとその共役転写因子、⑤エストロジェン受容体とセカンドメッセンジャーの相互作用、⑥ステロイド代謝活性機構についても併行して検討を進めてきた。個別的に見ると、発生・生殖系では、ステージ特異的に部位を特定しつつ投与する方法を確立し、mRNAの発現を観察する系を作成し、技術的な発展としてキメラ解析に好材料の鳥類を用い解析するなど新しい工夫も進んだ。免疫系では、種々の指標が様々に変動し評価が困難であったが、比較的微量のDESでも慢性投与では、胸腺への影響が明らかであった。ケモカインMCP-1の産生に反応するエストロジェン応答遺伝子としてSAGE法で得られたwisp-2遺伝子の役割の解明は普遍的な反応系樹立への可能性を切り開いた。神経系では、神経幹細胞への影響を観察し、このものの分化に伴う遺伝子発現を検出する系が樹立されつつある。核内レセプターでは、ERαの応答特異性を明らかにした点が注目された。精製・クローニングされたp68は、RNAヘリケースの1種であり、ERα特異的であることが判明した。以上により、これまでの研究において、内分泌系をはじめとする高次系への内分泌かく乱物質の影響が、受容体原性の応答系であるのみならず、それらのシグナル伝達が正負様々に修飾する相互作用をもち、しかもこれを構成する分子の中に未知のものが少なくないという事実が明らかになってきた。 今後は、これまで進めてきた高次生命系を中心とした生体影響研究の側からの能動的な基盤研究での低用量影響の実態を平行して推進することにより、その可能性の如何と背景機構を明らかにする。低用量効果が試験管内分子反応としてその実態が種々追認されているのに対して、ほとんどの個体レベル反応でそうした結果が見られない事実に鑑みて、これらの現象を引き起こす背景と実態的な障害の如何の追求についてもあわせて検討を行う。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-