骨髄異形成症候群に対する新規治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100870A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄異形成症候群に対する新規治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
平井 久丸(東京大学医学部付属病院血液腫瘍内科)
研究分担者(所属機関)
  • 内山卓(京都大学医学部血液病態学)
  • 直江知樹(名古屋大学大学院医学研究科臨床感染統御学)
  • 寺村正尚(東京女子医科大学血液内科)
  • 三谷絹子(獨協医科大学血液内科)
  • 間野博行(自治医科大学ゲノム機能研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
35,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
骨髄異形成症候群(以下、MDS)は多系統に及ぶ造血障害と白血病への移行を特徴とするヘテロな難治性疾患群である。本症の予後は一般に不良であり、多くの症例は種々の治療に抵抗して急性骨髄性白血病(以下AML)への進展ないし汎血球減少による重篤な感染症や出血により不帰の転帰をとる。MDSはとくに高齢者を中心として近年増加の一途を辿っており、その病態の解明と有効な治療法の確立が急務となっている。治療という観点からは、造血幹細胞移植法が現在本症に対して治癒が期待できる唯一の治療手段であるが、本法は治療関連死亡が高く、またMDSが高齢者に好発することを考えると、今後迎える高齢化社会においてはさらに副作用や合併症の少ない生理的な治療法の開発が必要である。一方、MDSの病態についても、造血幹細胞の分化・増殖の異常、アポトーシス異常、転写因子異常、癌遺伝子や癌抑制遺伝子の変異、免疫学的異常など多くの可能性が指摘されてはいるものの、未だにその本質的な発症機序は解明されておらず、有効な治療法の開発に結びつく成果は少ないのが現状である。このような現状に鑑み、本研究では、治療法の開発に役立つと考えられる新たな視点から、「ゲノム解析技術を用いたアプローチ」「血球分化に関わる転写因子レベルからのアプローチ」および「分子免疫学的アプローチ」により、MDSの病因や病態に深くかかわる分子を探索し、これらの分子を標的としたMDSの新規診断技術・治療法の開発研究を行うことを目的とした。
研究方法
(1)「ゲノム解析技術を用いたアプローチ」では、①MDSで特徴的に認められる転座型の異常、t(1;7)転座およびt(1;3)転座についてpositional cloningによりその責任遺伝子を同定する。またMDSで高頻度に認められる欠失型の異常である7q-, 5q-および20q-に関しては、ゲノムアレイを用いたMDS症例の欠失解析により欠失の最小共通領域を同定し、当該領域より欠失の標的となる構造遺伝子を単離する。②近年開発されたマイクロアレイ技術を用いてMDS特異的に発現の異常を来す遺伝子群の同定を行う。すなわちMDS、MDSに由来するAML、およびde novo AMLの検体についてAC133抗体ビーズを用いて造血幹細胞相当分画を純化した「Blast Bank」を構築し、得られたAC133陽性細胞分画についてマイクロアレイによる発現プロファイルの解析を行うことにより、MDSの細胞において特異的に発現の異常を来している遺伝子、あるいはAMLへの進展に関与する可能性のある遺伝子を網羅的に同定することを試みる。さらに、③予後や治療法の選択が異なるde novo MDS(/AML)と放射線・化学療法に続発する二次性MDS(/AML)について種々の転写因子遺伝子、癌遺伝子、癌抑制遺伝子、および薬剤代謝関連遺伝子の遺伝子変異を解析することにより、その遺伝的背景の相違を明らかにする。(2)「血球分化にかかわる転写因子レベルからの解析」では、造血細胞の分化に本質的な役割を担うことが明らかにされている造血関連転写因子の遺伝子異常をPCR/SSCP法とマイクロアレイ解析を用いて網羅的に同定する。さらにMDSにおける細胞の分化障害の分子機序を明らかにするという観点からは、造血系の構築に必須の機能を果たしている転写因子TELの赤芽球分化における分子レベルでの機能解析を行う。MDS発症への関与が示唆される遺伝子異常については、該当する遺伝子異常を発生工学的手法を用いてマウスに再構築することによりMDSのモデルマウスを確
立し、MDSに対する新規治療法の開発に資するとともに、MDSの病態の個体レベルでの解明を目指す。(3)「分子免疫学的アプローチ」: MDSには再生不良性貧血と鑑別困難な一群が存在し、これらの一部の症例に対してはシクロスポリン療法が有効であることが報告されている。そこで本研究では、MDS患者の骨髄および末梢血におけるTCRレパトアの解析、PNH顆粒球の検索およびHUMARA法による造血系のクロナリティの解析を行うことにより、MDSの発症における自己免疫異常の病態解析を行う。さらに特発性造血器障害に関する研究班と合同で「低リスクMDSに対するシクロスポリン療法」に関する多施設共同研究を行い、シクロスポリン療法を施行されたMDS患者おける同様なTCRレパトアおよび造血系のクロナリティの動態解析、治療効果とHLAとの相関解析を行い、免疫抑制療法の効果に影響を及ぼす因子の解明を行うとともに、より効果的な免疫抑制療法の開発を行う。
結果と考察
t(1;7)転座およびt(1;3)転座の解析では、まずFISH法により両転座の切断点の同定を行った。t(1;7)転座では切断点は1番染色体動原体のアルフォイド領域D1Z7と7番染色体動原体のアルフォイド領域D7Z1に存在することが判明し、D1Z7およびD7Z1プローブを用いたFISH法によるt(1;7)転座の分子診断法を確立した。また、切断点の分布の解析から本転座によるMDS発症のメカニズムとしては、転座点近傍の遺伝子の構造的な変化よりも、むしろ転座によって生ずる遺伝子の量的異常(1q+ないし7q-)が重要であると考えられた。t(1;3)転座に関しては、切断点を含む1番、3番各染色体上のBACクローンの全塩基配列の決定を行い、標的となる構造遺伝子の探索が進行中である。次にMDS特異的な遺伝子の発現異常の解析において、間野らは、まずAC133抗体ビーズを用いて造血器腫瘍の造血幹細胞相当分画を純化し保存する「Blast Bank」を構築した。ついで同BankのMDS検体およびde novo AML検体を用いてマイクロアレイにより約2400個の遺伝子について発現プロファイルの解析を行った結果、MDS特異的に発現する遺伝子としてDelta/Notchファミリーに属するDlk遺伝子を見いだした。Dlkはこれまでに骨髄間質細胞で発現し、造血幹細胞の自己複製と分化抑制に必須であると考えられていることから、Dlk異常発現がMDS発症に関与している可能性が示唆された。本遺伝子はMDS特異的に造血幹細胞分画に発現しており、MDS由来のAMLとde novo AMLとの鑑別にも有用と考えられた。さらに直江らは放射線療法・化学療法後に続発する二次性MDS/AMLとde novo MDS/AMLにおける遺伝学的背景について比較検討し、前者の特徴としては、癌抑制遺伝子p53の変異と並んで造血に関与する重要な転写因子であるAML1遺伝子の変異が多いこと、逆にde novo AMLに高頻度に認められるFlt3遺伝子の変異はより少ないこと、また抗癌剤の代謝に関与するNQO1遺伝子の機能欠失型多型を高頻度に認めることを明らかにし、両病型の発症機序には遺伝学的背景に相違がある可能性を見いだした。次に造血関連転写因子の解析において、三谷らは転写因子TELが赤芽球分化に及ぼす役割をフレンド細胞(MEL細胞)にTELおよびその変異体を遺伝子導入することにより検討した。分化誘導剤であるHMBAやDMSO処理によりTEL発現細胞ではヘモグロビン合成が誘導されるようになること、DNA結合ドメインを欠失するTEL変異体ではこの誘導がかからないこと、ヘモグロビン誘導能は、転写のコリプレッサーであるmSin3AとTELとの結合とEts binding siteに対するTELの転写抑制能に依存していることを示し、TELが赤芽球分化制御に重要な役割を担っていることを明らかにした。一方MDSモデルマウスの樹立については、既にMDSへの関与が示されているAML1およびEvi-1両遺伝子に関して、条件的AML1遺伝子欠失マウスおよびEvi-1トランスジェニックマウスの作成を行い、現在これらのマウスの造血系における表現型の解析が進んでいる。MDSにおける分子免疫学的機序の検討において寺村らは、TCRVb鎖のRT-PCR/SSCP法によるレパトア解析を施行した11例のRA全例においてTCRのクロナリティーを示唆するoligoclonalなバンド
が検出されること、またシクロスポリンが奏功した1例ではこれらのバンドの一部が消失することを確認し、低リスクMDSにおける自己免疫機序の関与を分子免疫学的に明らかにした。一方、内山らによるMDSにおける自己免疫異常とシクロスポリン療法に関する研究については、「低リスクMDSに対するシクロスポリン療法」の多施設共同研究が進行中であることから、本年度は来年度以降の研究の基盤整備として、①抗体を用いた特定のTCRレパトアの検出法の確立、②多重染色によるそれらT細胞の表面抗原解析技術の開発、③磁気ビーズ法を併用したTリンパ球の分離法の検討、および④抗原提示細胞として樹状細胞を用いたELISPOT法の確立を行った。
結論
MDSに対する新規治療法の開発に関する初年度の研究として、(1)t(1;7)転座およびt(1;3)転座の転座切断点の同定と転座点周辺のゲノム構造の解析、(2)「Blast Bank」の構築とマイクロアレイ解析によるMDS特異的発現異常を示す遺伝子「Dlk」の同定、(3)二次性MDS/AMLとde novo MDS/AMLの遺伝学的背景の相違に関する検討、(4)造血関連転写遺伝子TELの赤芽球分化に及ぼす機能の解析、(5)MDS動物モデルの確立を目的としたAML1およびEvi-1に関する遺伝子改変マウスの作成、および(6)MDSにおける自己免疫機序の解析を目的としたTCRレパトアの解析と自己免疫異常の解析法の検討を行った。本年度の研究を通じてMDSの発症に関与する可能性のある新規遺伝子の同定、MDSの新規分子診断法の開発、MDSにおける造血関連転写因子遺伝子の異常の同定、およびMDSの自己免疫機序の解明、等に関する重要な成果が得られており、次年度以降の研究の展開に興味が持たれる。

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