炎症性腸疾患の予後改善を目指した消化管上皮細胞回転の研究(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200100867A
報告書区分
総括
研究課題名
炎症性腸疾患の予後改善を目指した消化管上皮細胞回転の研究(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
土肥 多惠子(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小島 至(群馬大学生体調節研究所)
  • 中島 淳(横浜市立大学医学部第3内科)
  • 小西 文雄(自治医科大学附属大宮医療センター外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、炎症性腸疾患(IBD)における「潰瘍性大腸炎(UC)を母地とする発癌」「クローン病(CD)における裂溝潰瘍の形成」の2つの問題に焦点を絞り、その予防と治療に役立てることを目的とする。上記の2点はIBD患者の予後を左右する重要な問題であるにも関わらずその対策が遅れている。いずれの場合も、消化管上皮の再生・修復機構の異常が病変形成の重要な因子であると考えられるが、適当な実験モデルがなかったことから、IBD特異的な治療・診断法開発のための研究成果が少なかった。これを克服するため、申請者らはこれまでに、CD型(Th1優位)またはUC型 (Th2優位)に免疫応答が変異しているマウスを用いて、同一の抗原刺激に対してCDに類似した限局性潰瘍、UCに類似した萎縮性粘膜をそれぞれ再現する腸炎モデルを作成した。本研究では、UC患者の発癌母地の解析と平行して、この独自のモデルを使用しTh1またはTh2型 T細胞の存在が上皮の分化・増殖にどのような影響を及ぼすかを解析し、消化管免疫異常の細胞回転への関与を明らかにする。さらにUCモデルと発癌モデルを組み合わせてUC前癌病変モデルを作成し、発癌母地としてのUC粘膜の特徴を解析する。
研究方法
第1にマウス炎症モデルマウスの解析を行った。 トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)を注腸して腸炎を誘導し、経時的に大腸組織を採取した。また、大腸組織より上皮細胞、上皮間リンパ球をそれぞれ分離したのち、 collagenase消化を2回繰り返し、さらに、percoll分配法により、粘膜固有層単核細胞を得た。粘膜固有層の細胞はadherent/ non-adherent cellに分離し、それぞれの細胞分画でのアクチビン、フォリスタチンの発現をRT-PCRで解析した。第2にアクチビン・フォリスタチンの細胞レベルでの機能解析を行なった。培養上皮細胞MDCKをモデル系として用い、この細胞におけるアクチビンサブユニットの発現、I型および II 型アクチビン受容体の発現、さらにアクチビン・アンタゴニストであるフォリスタチンの発現をRT-PCR法および免疫組織化学法により検討した。また細胞増殖過程におけるそれらの発現変化についても検討した。次にこの細胞にドミナントネガティブ型の変異アクチビン受容体を過剰発現させ、内因性のアクチビン作用をブロックし、その増殖や分化に対する効果を検討した。第3に腸炎発癌モデルとしてTNBS腸炎をインターフェロン(IFN-_)-gamma欠損マウスとインターロイキン(IL)-4欠損マウスに誘導し、アゾキシメタン(AOM)投与により発癌実験を行った。3ヶ月後に大腸前癌病変であるAberrant Crypt Focus (ACF)の解析を行った。第4として、IFN-gamma欠損マウスおよびIL-4受容体欠損マウスに放射線照射を行ないH&E染色観察し、またBrdU取り込み細胞の検出によって消化管上皮の再生を観察できる条件を検討し上皮再生モデルを作成した。第5に、潰瘍性大腸炎のMSI解析を行なった。潰瘍性大腸炎に癌あるいはdysplasiaが発生して手術された5例と、腫瘍性変化が存在せず手術された11例の手術切除固定標本を対象とした。DNAを抽出し、6種類のmicrosatellite markerを用いてMSIの検索を行った。
結果と考察
TNBS腸炎においてはday1-3の急性期の大腸粘膜にアクチビンが発現していた。さらに細胞成分を分離したところ粘膜固有層単核球から分離された付着細胞で、特にアクチビン産生の高いことがわかった。フォリスタチンは、急性期には発現しておらず、慢性期(day 10)の粘膜固有層細胞に発現していた。 アクチビン・フォリスタチンの細胞レベルの機能解析においては、上皮
細胞MDCK はアクチビンのβAサブユニットを発現していた。この発現は静止期には少なく、増殖因子や血清の添加により細胞増殖が刺激されると発現が亢進した。また、この細胞にはI型および II 型アクチビン受容体が発現しており、免疫組織化学法により細胞膜での発現が確認された。細胞周期による受容体発現の変化は認められなかった。一方、アクチビン・アンタゴニストであるフォリスタチンは発現を認めたもののその発現量はごくわずかで、アクチビン作用に影響を及ぼす可能性は低いと考えられた。変異アクチビン受容体の導入およびフォリスタチン投与することにより、オートクリン因子であるアクチビンの作用をブロックすると、増殖のスピードが加速した。また分化マーカーである刷子縁蛋白の発現が減少し、未分化細胞に発現する転写因子Pax2 の発現が増加した。これらの結果から、オートクリン因子アクチビンは細胞増殖を負に調節するとともに分化能を高めるように作用していることが考えられた。腸炎発癌モデルを用いた実験においてはIL-4欠損マウスで、前癌病変であるACFは有意に増加した。IFN-gamma欠損マウスにおいては腸炎誘発によって対照よりACF数は有意に減少したが、大腸粘膜に異常な扁平腺管を多数認めた。以上の結果は従来のTh1/Th2を区別しないモデルでは得られなかった新しい知見であり、さらに分子病理学的解析が必要であると思われた。来年度中には時間のかかる発癌実験の結果も得られる予定である。再生モデルの作成に関しては3Gyの照射がマウスの生存に影響を与えることなく消化管粘膜の障害が見られ、実験に適当であることが明らかとなった。 また、IL-4受容体欠損マウスでは放射線障害からの上皮再生が遅れることが明らかとなり、このサイトカインが上皮細胞回転に直接関わっていることが明らかになった。潰瘍性大腸炎のMSI解析については、非腫瘍性粘膜でMSIは、炎症の程度が高い症例に、また、炎症が長期間に及んだ症例に高度に認められた。一方、dysplasiaや癌等の腫瘍性変化の認められた組織においては、MSIは、18%(3/17)に認められた。炎症によってMSIが生じている可能性が高いと考えられ、発癌過程を解明する手がかりを得ることができた。 アクチビン・フォリスタチン系の上皮細胞レベルでの実験結果により、オートクリン因子であるアクチビンは細胞増殖を負に調節するとともに分化能を高めるように作用していることが考えられる。多くの上皮細胞がアクチビンを発現していることが知られているが、恐らくそれらの細胞においても同様な機能を発揮していることが推定される。腸炎の急性期にマクロファージのアクチビン産生がみられたことからも、アクチビン・フォリスタチン系が組織障害とその修復に関与している可能性が示唆された。従ってアクチビン・フォリスタチン系を制御することにより、上皮細胞の増殖・分化・再生を制御する方法を開発すれば、炎症による消化管組織の荒廃に対する治療への応用に期待が持てる。 また、一般の自然発症大腸癌と比べて潰瘍性大腸炎における大腸癌はその形態学な差異、予後の悪さを考えると全く別なものと考えられる。今回の前癌病変の解析では潰瘍性大腸炎に近いモデルであるIFN-gamma欠損マウスにおいて前癌病変であるACFの数が減り、よりPromotion過程の進んだ腺種が多く見られたことは、我々のモデルがヒトの疾患でおこっていることを良く再現しているものと考えられる。 したがって本モデルにおける発癌のメカニズム解析により、ヒト炎症性腸疾患における特異な発癌のメカニズムの解明と治療法の開発につながる知見が得られると思われる。また実際、潰瘍性大腸炎患者で炎症によってMSIが生じることが今回の研究から明らかになったが、さらに、発癌にどのように関与してくるかを検索することが次の課題である。今後は我々の開発しているモデルを用いて本疾患に伴う大腸癌特異的遺伝子変異の同定と、創薬の標的となる標的遺伝子の同定を目指す。
結論
上皮細胞の産生するアクチビン及びフォリスタチンの発現調節と意義について細胞レベル及び腸炎動物モデルで明らかにした。潰瘍性大
腸炎の発癌モデルマウスの前癌病変において、その数の有意な減少と通常みられる前癌病変とは異なる病変を見いだした。IL-4の上皮再生への関与が明らかになった。また、潰瘍性大腸炎においては、炎症の程度や持続期間がMSIを生じる原因となっている可能性が高いと考えられた。

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