粘膜上皮再生を目指した新しい炎症性腸疾患治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100866A
報告書区分
総括
研究課題名
粘膜上皮再生を目指した新しい炎症性腸疾患治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
日比 紀文(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 下山孝(兵庫医科大学)
  • 坪内博仁(宮崎医科大学)
  • 今井浩三(札幌医科大学)
  • 渡辺守(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
増加の一途をたどる炎症性腸疾患患者の多くは若年期に発症し、慢性かつ難治性であるために勤務制限や日常生活の制限、場合によっては長期入院や外科手術が必要となり、労働可能年齢層における生産性の低下、QOLの低下が社会問題となっている。慢性期の難治性潰瘍に対しては、抗炎症療法のみでは組織の上皮による被覆が不十分で間質組織増生が主体の治癒形態をとり、線維化が著明で、潰瘍治癒の質が低下することが多く、腸管狭窄を来したり、長期経過例での癌化が問題となり、外科的治療法が必要となることも少なくない。こうした現状を鑑み、線維化をきたさない良質な潰瘍治癒のためには、炎症細胞や炎症細胞から放出されるケミカルメディエーターを標的とした治療法と同時に、粘膜上皮の再生を促進させ粘膜修復を図る治療法の開発が急務と考えられる。
本研究は慢性炎症性腸疾患をはじめとする難治性腸潰瘍性病変に対する粘膜修復・上皮の再生を目指した治療法の開発と実用化を目的とし、消化管上皮細胞に対して増殖作用を有する肝細胞増殖因子(HGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)などの増殖因子に着目して、腸管内で分解されやすいこれらの増殖因子を潰瘍病変部局所へ効率的に送達する全く新しいdrug delivery system (DDS) の開発と臨床試験を実施することにより、安全かつこれまでにない粘膜修復による治療法の確立を目指すものである。
本研究の初年度である今年度は、臨床応用可能な増殖因子を用いた治療法の基礎的検討を、主としてin vitroおよび動物実験に焦点を絞って行った。動物実験では、動物愛護精神に則り、各施設における動物実験ガイドラインに沿い、動物実験委員会の承認を得た上で行った。患者検体を用いた研究においては、対象患者に研究の目的・必要性を説明し、同意を得た上で行った。
研究方法
(1)マウスDSS腸炎におけるIL-18の粘膜修復に対する効果の検討。8-10週齢のC57/BL6 IL-18-/-マウス、IL-18R-/-マウス、IL-12-/-マウスおよびwild typeマウスに1.2%DSSを7日間自由飲水させた後、純水に換えて14日間観察し、これを3サイクル反復して慢性腸炎モデルを作成した。期間中の便の性状、体重変化に基づく臨床スコアの推移、および3サイクル終了後の組織学的スコアについて比較検討した。また粘膜固有層内単核球(LPMC)および脾細胞を単離し、フローサイトメトリーにより細胞表面マーカーの発現を解析した。(2)粘膜上皮再生におけるMatrix Metalloproteinase (MMP) の役割の検討。マウスDDS腸炎モデルにおいてzymography免疫組織化学、in situ hybridization、Real time PCRを駆使して上皮およびECM再構築に重要なMMPsを同定し、その時間的空間的発現を定量的に明らかにした。次にMMPI (MMP inhibitor) 投与の治療効果に関して検討し、MMPI介在によるMMPs制御の詳細をMicroarrayによって総括的に検討した。(3)HGFを用いた粘膜上皮再生に関する研究。i) 120 mg/ml trinitrobenzenesulfonic acid/ 50% ethanol溶液0.25 mlを、190-210 g オスSprague-Dawleyラットに注腸し、腸炎を惹起させた。注腸後5日目にHGFを0μg/kg(コントロール)、10μg/kg、100μg/kg、1000μg/kg注腸した。注腸後10日目に屠殺、大腸を摘出し、Morrisらの方法で肉眼所見を6段階にスコア化した。Hematoxylin-eosin染色を施し、組織学的障害度を10段階にスコア化した。上皮細胞増殖能を評価するためにKi-67免疫染色を施し、Ki-67 labeling index(LI)を算出した。粘膜炎症の指標として、粘膜Myeloperoxidase(MPO)活性をo-dianisidine法を用いて測定した。結果はKruskal-Wallis testで統計解析を行った。ii) Wistarラットに5%デキストラン硫酸(DSS)溶液を7日間自由飲水させて腸炎を誘発、その後4日間1%DSS溶液にて維持し、DSS飲水5日目より浸透圧ポンプを用いてHGF200mg/日を持続腹腔内投与した。DSS飲水11日目に屠殺し、体重、大腸全長、びらん面積、病理組織所見にて治療効果を検討した。また、proliferating cell nuclear antigen (PCNA) に対する免疫組織化学的検討とウエスタンブロット法による大腸粘膜c-Metのチロシンリン酸化を確認した。
結果と考察
(1)wild typeマウスでは激しい下痢・血便、体重減少を認め、組織学的にも大腸粘膜に著明な炎症を認めた。これに対しIL-12-/-マウスでは下痢と体重減少はわずかで、組織学的にもクリプトの脱落や炎症性細胞浸潤は軽度にとどまった。一方、 IL-18-/-マウス、IL-18R-/-マウスでは、腸炎の重症度はwild typeマウスよりむしろ悪化する傾向があった。 LPMCおよび脾細胞の表面抗原(CD4, CD8, CD25, CD69, IL-18R)発現にはいずれのマウスの間にも明らかな差を認めなかった。DSS腸炎の発症は、IL-12-/-マウスではwild typeに比べて明らかに抑制され、IL-12がより直接的に作用しその発症に関与していることが考えられた。一方、IL-18-/-マウス、IL-18R-/-マウス においては、サイトカインネットワークのなかで何らかの代償機転の存在や他の増悪因子の関与が示唆された。(2)BALB/cマウス急性腸炎モデル(5%DDS大腸炎モデル)をもちいてReal time PCR法によってMMPs (MMP-3, -7, -10, -13) およびTIMP-1の発現量を検討した。次にMMPI (GM6001) 介在による腸炎治療効果とMMPs発現量に関して検討した結果以下の結果を得た。MMPsの発現は全体として亢進し、腸炎の経過に一致して亢進した。TIMP-1発現との相対比でみるとその発現パターンは2群に大別された。すなわち、MMP-3、 -10はそれぞれ2倍、5倍発現量が亢進した。一方、MMP-7およびMMP-13ではそれぞれ約1/40倍、1/20倍に一
旦低下しその後それぞれやや回復した。GM6001 (Ilomastat) にはDDSマウスの体重減少抑制作用を認め、特にMMP-10発現を抑制した。今回のpreliminaryな基礎的検討においてもマウスDDS腸炎の発症にMMPsが重要な役割を果たすことが示唆された。DDS大腸炎におけるMMPsの空間的発現の検討は、免疫組織化学的には明らかではなかったが、MMP-3は粘膜下の間質細胞にその発現が目立つ傾向が認められた。今後in situ hybridizationを用いて上皮MMPsおよびECM MMPsを同定すべくさらに検討を加える予定である。MMP-7、MMP-13はそれぞれ上皮、間質のintegrity維持に寄与し腸炎発症に抑制的な作用が予想された。一方、MMP-3、MMP-10はDDS腸炎にde novo発現し組織破壊の関連が疑われた。(3)i) HGF投与量を増加しても、肉眼スコア、組織スコア、MPO活性の有意な低下はみられず、またKi-67 LIの有意な増加はみられなかった。投与経路、投与回数、投与時期を検討する必要がある。投与経路および回数は、腹腔内または静脈内投与を考慮し、効果を得るために頻回に投与するか、ポンプを用いて持続投与する必要があるものと考えられる。投与時期は、HGFレセプターの発現が多いとされるより早期の時期に投与するべきかもしれない。これらの検討によって、炎症性腸疾患に対するHGFの治療効果についての真の結論が得られるものと考えられた。ii) HGF群では非投与群と比較して、統計学的有意差をもって体重減少が軽度で、大腸全長の短縮も軽く、びらん面積も縮小していた。また、病理組織学的にはHGF群において強い粘膜再生像 が認められた。免疫組織学的検討では再生粘膜の増殖帯におけるPCNA陽性細胞数の増加が認められ、ウエスタンブロット法ではHGF群においてc-Metのリン酸化がより強く認められた。HGF投与によって、大腸炎の粘膜修復が促進された。今後条件を検討してさらに投与実験を行う一方、粘膜修復過程における他の増殖因子およびサイトカインのプロフィールを明らかとする。
結論
今年度の成績により、HGFは炎症部粘膜に対して再生・修復効果があることが示され、十分に臨床応用可能な因子であると考えられた。ヒト炎症性腸疾患に対して投与する際のDDSとして、肛門即優位の病変であれば、注腸製剤の投与、大腸全般の病変に対しては、腸内細菌により大腸で崩壊するキトサンカプセルに包含させる投与法を計画している。また、増殖因子とは全く異なった機序により粘膜修復を促進する因子として、interleukin-18、matrix metalloproteinas、n-酪酸などが見いだされ、臨床応用可能な因子を今後見いだしていく。

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