筋萎縮性側索硬化症の病態の診療指針作成に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100859A
報告書区分
総括
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症の病態の診療指針作成に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
今井 尚志(国立療養所千葉東病院)
研究分担者(所属機関)
  • 島 功二(国立療養所札幌南病院)
  • 木村 格(国立療養所山形病院)
  • 小出隆司(国立療養所犀潟病院)
  • 湯浅龍彦(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 伊藤博明(国立療養所箱根病院)
  • 大原慎司(国立療養所中信松本病院)
  • 難波玲子(国立療養所南岡山病院)
  • 藤井正吾(国立療養所高松病院)
  • 福永秀敏(国立療養所南九州病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
従来ALSの診療は、診断後の病名告知から症候管理・栄養管理・呼吸管理・緩和ケアに到るまで医師の裁量権に任されたり、施設ごとに対応が異なってきた。どのような病態のときにいかなる処置を行なえばよいか確立して診療指針を作成することを目的とした。
研究方法
1999年Neurologyに発表された米国の診療指針では、告知・症候管理・栄養管理・呼吸管理・緩和ケアの5項目について具体的な対処方法が記載されている。本研究では上記5項目のほかにコミュニケーション・在宅医療の項目を加え班員を各項目別に割り当て、ガイドラインの原案を作成した。本研究班発足後に日本神経学会でもALSガイドラインを作成することが決定し、ALS担当小委員会(委員長・田代邦雄)が設置され、本研究班は全面的に協力体制をとり、重なる部分は合同で作成した。また、ALS診療の世界的権威で、米国の診療指針作成にも参加された三本先生(コロンビア大学)にアドバイザーとして参加していただき、多くの貴重な示唆を得た。
(倫理面への配慮)
ガイドライン作成に必要なデータを得るために行なうアンケートは、すべて個人が特定できないように処理してプライバシーの確保を十分に行い倫理面に配慮した。
結果と考察
●告知とインフォームドコンセント
ALS患者の告知は、患者個々の心理的状況をその場その場で的確に捉えサポートを行いながら実施していく必要があり、専門的な知識や経験が必要となってくる。従来は病気についての説明をまず家族にするため、家族が患者に知らせないように配慮し、医師が患者本人に告知することを妨げるように働き、本人への告知が遅れることもあった。今後、告知は最初から患者と家族に同時に行うことを推奨した。告知は一方的に告げる行為ではなく、医師が説明したことすべてを患者が理解するプロセス全体を医療における告知として定義した。告知は神経内科の専門医がリーダーシップを取りながらも看護婦・ソーシャルワーカー・心理療法士などの職種や患者会などのボランティアと連携を取りながら、医療チームとして行っていく必要がある。
●症候管理
流涎には抗コリン剤・硫酸アトロピンや持続吸引、四肢や背部の疼痛にはマッサージ・理学療法・湿布・塗り薬が、頭痛には鎮痛剤の座薬や内服が、腹痛にはH2ブロッカーの内服や静注がなされている。
●コミュニケーション
構音障害の対応として、病初期からパソコンの指導や文字盤に慣れさせ、症状の進行に合わせてパソコンへの入力方法の工夫を行っていく必要がある。
●栄養管理
球麻痺による嚥下障害に対しては、経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)が行われる機会が増えてきた。米国のガイドラインでは、%VCが50%以下になる前にPEGを行うべきであり、呼吸不全を来している患者には推奨されていない。本邦では、侵襲的人工呼吸器装着例において呼吸器装着から1ヶ月以上経ってからPEGが造設されている例も多いことが明らかになった。本邦で球麻痺による嚥下困難で非経口摂取に変更する移行基準をどこにするか、さらなる検討が必要である。
●呼吸管理
本邦では、長期に気管切開下における侵襲的な人工呼吸管理を行いながら、在宅療養を行う患者が増加してきている。人工呼吸器装着後、すべての随意筋が麻痺する全随意筋麻痺が生じることがあることがわかってきた。そのため、ALSの呼吸筋麻痺を全臨床経過の一症状であると捉える考え方もある。しかし、人工呼吸器を装着するか否かは患者本人が事前に充分検討して自己決定するものであり、医師を含めた医療チームは患者・家族が正しく判断できるように人工呼吸器装着のメリット・デメリットの両面から情報を提供することが必要である。
●緩和ケア
米国の診療指針では、終末期に癌の緩和ケアのプロトコールにみられるように呼吸困難に対してモルヒネなどのオピオイドを積極的に使用して、患者の苦痛を軽減することが推奨されている。全国の専門医療機関のアンケート調査では、オピオイド使用に対し積極的に推奨する意見が多く見られたが、慎重な対応を促す意見も散見された。今後さらなる検討を要することが明らかになった。
●在宅ケア
本邦では最近介護保険制度が導入され、在宅での福祉サービスの充実により、療養環境は以前に比べ格段に改善されつつある。また、QOLの拡大という意味でも在宅ケアが果たす役割は大きい。しかし、介護者の介護負担が多いのも現実である。解決が急がれる問題点として、吸引操作は医療行為という位置づけのため、ヘルパーには禁止されているが、介護負担軽減のため吸引操作を認める方向で検討すべきであるとの意見が多い。その他、診療報酬の問題やマルチメディアの利用による遠隔医療への対応が望まれている。
評価=1) 達成度について
告知・症候管理・栄養管理・呼吸管理・緩和ケアのそれぞれに対し、ガイドラインを作成した。ほぼ100%の目標を到達したと判断している。
2) 研究成果の学術的・国際的・社会意義について
本研究班が作成したガイドラインは、日本の医療環境の中で学術的なものであり、それを使用することで全国レベルで筋萎縮性側索硬化症診療の標準化につながり、患者のQOLの向上が図られ、その社会的意義について大きいと考えられる。国際的にもガイドラインが作成されており、日本独自のガイドライン作成を行ったことで高い評価が期待される。
3)今後の展望について
日本の医療環境の中でガイドラインを作成したことで、欧米の診療指針と異なる点を浮き彫りにすることが可能になった。今後は作成したガイドラインの普及をはかりながら、データの蓄積を行い、新たなエビデンスを作成していくことが求められる。
結論
本邦ではALS診療は医師の裁量権に任されたり、施設ごとに対応が異なってきた。診断から長期管理まで行っている国立医療機関を中心に本邦独自の診療指針を作成することを目的として研究班を立ち上げた。その後日本神経学会でもALS診療ガイドラインを作成することになり、本研究班で施行した全国の医療機関調査の研究成果を踏まえて病名・病期の告知、呼吸管理・栄養管理、在宅ケア、支援ネットワーク、対症療法、緩和ケアの項目について担当した。今回作成したガイドラインの特徴として“告知"の定義を行ったことと、欧米と対応が大きく異なる気管切開下での侵襲的人工呼吸器利用の条件と在宅ケア・支援ネットワークについて言及したことである。本邦の医療現場ではあまり実践されてこなかった終末期の対応(緩和ケア)については今後更なる検討が必要である。

公開日・更新日

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更新日
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