自己抗原ノックアウトマウスを用いた自己免疫モデルの開発に関する研究

文献情報

文献番号
200100850A
報告書区分
総括
研究課題名
自己抗原ノックアウトマウスを用いた自己免疫モデルの開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
天谷 雅行(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 西川武二(慶應義塾大学)
  • 田中 勝(慶應義塾大学)
  • 石河 晃(慶應義塾大学)
  • 小安重夫(慶應義塾大学)
  • 山村 隆(国立精神・神経センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)本年度は、一期3年の最終年度として、作成された天疱瘡モデルマウスの詳細な病理学的検討、免疫学的検討を完了させるとともに、天疱瘡の病態解明、天疱瘡抗原に対する自己免疫寛容の成立のメカニズムの解明を目指す。また、本作成法を応用して自己免疫性神経炎、シェーグレン症候群のモデルマウス作成を試みる。
研究方法
(1)天疱瘡モデルマウスの電顕的検討
尋常性天疱瘡(PV)は自己抗体が標的抗原であるDesmoglein 3(Dsg3)と結合することにより棘融解を生じる自己免疫性水疱性疾患であるが、その病態発生機序として、患者表皮のDesmosome(DM)の狭い接着板(AP)間に存在するDsg3に対し、抗Dsg3自己抗体がどのように到達し結合しているか、については未だ議論の分かれるところである。そこで我々は、Post-embedding金コロイド免疫電顕法を用い、PVモデルマウス(PVマウス)の口腔粘膜における自己抗体の微細局在と、レシピエントマウスであるRag2-/-マウスの口腔粘膜にPVマウス血清を反応させた標的抗原の微細局在とを明らかにし、それらの微細局在部位の分布の統計学的解析を行った。
(2)ナイーブ細胞移植を用いた天疱瘡モデルマウスの作製
これまでの天疱瘡モデルマウスの作成法は、rDsg3で免疫したDsg3-/-マウス脾細胞をDsg3を発現するレシピエントマウス(Rag2-/-マウス)へ移植するものであった。本研究では、rDsg3で免疫せずにDsg3-/-マウスのナイーブな脾細胞がレシピエントマウス内において内在性のDsg3により刺激され、抗Dsg3 IgG抗体を産生し、天疱瘡の表現型を誘導するか検討した。
(3)天疱瘡モデルマウスにおける抗原3次元エピトープの解析
ヒト疾患におけるエピトープ解析と同様の手法を用いて、天疱瘡モデルマウスにおけるDsg3における3次元エピトープ解析を行う。
(4)モデルマウスを用いた病的活性を持つモノクローナル抗体の作成
天疱瘡モデルマウス脾細胞よりモノクローナル抗体を作成し、病原性につき検討した。
(5)抗Dsg3抗体トランスジェニックマウスの作成
自己抗原に対するトレランスの破綻機構はいまだ解明されておらず、さらに生理的でない抗原を用いた系における解析から現在のドグマが推論されている。Dsg3は主に皮膚、粘膜に発現しており、骨髄には発現していない。したがってB細胞における末梢抗原に対するトレランスを解析するのに適していると考えられる。今回我々は、独自に得られた、抗Dsg3抗体を産生するクローンから、B細胞表面に抗体遺伝子を発現するトランスジェニックマウスを作成した。
(6)黄色ブドウ球菌表皮剥脱性毒素による自己抗体産生モデルの開発
昨年度の研究において、我々はETの一つETAが、落葉状天疱瘡(PF)の自己抗原であるデスモグレイン(Dsg) 1を標的蛋白とすることを明らかにした。本年度はさらにETBの標的蛋白について検討を加える。
(7)シェーグレン症候群モデルマウスの作製の試み
我々は尋常性天疱瘡モデルマウスの作製に用いた方法を他の自己免疫疾患に応用すべく、ムスカリン性アセチルコリン受容体のサブタイプ3(M3)を標的としシェーグレン症候群モデルマウスの作製を試みた。
(8)自己抗原の胸腺発現と自己免疫:P0ノックアウトマウスによる解析
Myelin protein zero(P0)は末梢神経の主要構成蛋白であり、そのヘテロ欠損マウス(P0+/-)はリンパ球浸潤を伴う神経炎を自然発症する。我々はP0+/-マウスがP0 (180-199)ペプチド感作による実験的自己免疫性神経炎(EAN)に対する感受性を検討し、その機序を解析した。
結果と考察
(1)天疱瘡モデルマウスの電顕的検討
天疱瘡モデルマウスにおいて、PV自己抗体と標的抗原であるDsg3の局在部位は、DMのAP間に特異的に認められ、両者の分布パターンはほぼ同様の分布を示した。このことから、PVの水疱発生機序はDMの向かい合ったAP間に存在するDsg3の細胞外領域に対し、PV自己抗体が直接到達し結合することで細胞接着が阻害され引き起こされていることが示唆された。
(2)ナイーブ細胞移植を用いた天疱瘡モデルマウスの作製
ナイーブなDsg3-/-マウスから脾細胞を分離し、5x107細胞をRag2-/-マウスへ移植した。移植2週間後にはレシピエントマウスの80%で血中抗体価が上昇し、移植3週間後で75%のマウスが明らかな表現型を示した。表現型を示したマウスの口蓋では直接蛍光抗体法で粘膜上皮細胞間にマウスIgGの沈着を認め、病理組織学的に基底膜直上での棘融解が確認された。免疫したDsg3-/-マウスの脾細胞移植によるモデルマウスとの表現型の明らかな差は認めなかった。以上の結果から、ナイーブなDsg3-/-マウス脾細胞を移植するだけでもPVモデルマウスの作製は可能であることが示された。この方法は、免疫する蛋白の精製が不要であるため、作製が困難な抗原蛋白を標的とする他の自己免疫疾患モデル動物作製の上でも応用が期待される。
(3)天疱瘡モデルマウスにおける抗原3次元エピトープの解析
mDsg3の細胞外領域のN末側1/3、2/3、C末側1/3、2/3を有した分子に対する反応を、免疫脾細胞を用いた天疱瘡モデルマウス(Imm)28例、未免疫の脾細胞を用いた天疱瘡モデルマウス(Non-imm)32例の血清を用いて検討した。吸収率50%以上を有意な値とした場合、Immモデルマウスでは、mDsg3のC末アミノ酸163-614が27/28例(96.4%)で有意な吸収率を示し、平均吸収率は80.3%であった。Non-immモデルマウスでも、mDsg3のC末アミノ酸163-614が24/32例(75.0%)で有意な吸収率を示し、平均吸収率は69.6%であった。さらにNon-immモデルマウスでは、N末アミノ酸1-162、1-404が各々4/32例(12.5%)、19/32例(59.4%)で有意な吸収率を示し、Immモデルマウスと有意差を認めた(t検定 各々p= 0.0004、0.0002)。
ヒトPV患者血清を用いて同様の検討をした結果では前項で述べたごとく、カドヘリン型接着分子の細胞間接着に不可欠といわれるN末(1-161)アミノ酸の領域の吸収率が有意に高かった。一方、モデルマウスではC末2/3アミノ酸の吸収率が有意に高かったが、これは、デスモグレインのアイソタイプ(Dsg1, Dsg2, Dsg3)間の相同性がN末で最も高く、C末にいくほど相同性が低くなることに関連していると考えられる。すなわち、移植されたDsg3-/-リンパ球は、Dsg1に対しては免疫寛容が成立していないため、宿主のRag2-/-マウス内在性Dsg1とより相同性の低いDsg3細胞外ドメインのよりC末側に対する抗体産生が起こると考えられる。ヒトにおいて、アイソタイプ間の相同性が高く、かつ主要エピトープと考えられるN末1/3アミノ酸に高率に自己抗体が産生される機序は、今後解明されるべき課題である
(4)モデルマウスを用いた病的活性を持つモノクローナル抗体の作成
現在まで、マウスDsg3に反応する9クローンのモノクローナル抗体を作製した。アイソタイプはAK22のみがIgG1λであったのに対して、その他全てのクローンがIgG1κであった。モノクローナル抗体の抗原特異性の検討は、バキュロウィルス発現系により得られた組み換えDsg蛋白を抗原として用いたELISA法と、マウス各臓器を基質として用いた間接蛍光抗体法にて行った。各種Dsg ELISAによる検討では、AK1はヒト、マウスのDsg3,1のすべてのDsgに反応が認められた。またAK7、9、22はマウスDsg3にのみ反応が認められた。
新生マウスを用いた病原性の確認では、モノクローナル抗体の移入により行った。まず精製した各モノクローナル抗体を単独で移入し、マウス皮膚での肉眼的な水疱形成と顕微鏡的な微少水疱形成を観察した。その結果すべのモノクローナル抗体において肉眼的な水疱形成は認められなかった。顕微鏡的な微小水疱の形成を観察したところ、AK19とAK23を移入したマウスのみで微小水疱の形成が認められた。肉眼的水疱形成が認められない理由として、皮膚においてはDsg1が共発現しているためにAK23によるDsg3の接着機能障害をDsg1の接着機能が代償してしまうためと考えた。この問題を解決するために、それ自身では明かな水疱形成を誘導しない微量の抗Dsg1抗体(落葉状天疱瘡血清)と最近になりDsg1を特異的に消化することが判明した黄色ブドウ球菌毒素のETAを同時に移入した。その結果、AK19とAK23を移入したマウス皮膚で、肉眼的に広範囲な水疱を形成し、組織学的にも基底層直上の水疱形成を認めた。以上の所見より、AK23は活性型のDsg3を特異的に認識し、他のクローンとは異なるDsg3の細胞外領域上のエピトープを認識することにより強い病原性を有することが確認された。
(5)抗Dsg3抗体トランスジェニックマウスの作成
抗mDsg3抗体をコードするリコンビナント遺伝子、H鎖、L鎖はFig1のように作成した。C57BL/6由来、受精卵にH鎖のみ、もしくはH鎖、L鎖、両方注入した。用いた遺伝子はIg遺伝子由来のプロモータとエンハンサーにより活性を有する。H鎖のコンストラクトには、膜型と分泌型の両方のエキソンを含む。従って、H鎖はB細胞表面と血液ないに分泌することが可能である。一方L鎖は、イントロン由来のエンハンサーだけではなく3'エンハンサーも含む。3'エンハンサーはL鎖遺伝子のリコンビネーションと転写活性も有することが示されている。
現在、H鎖のみのトランスジェニックに関しては、5系統、PCRにて発現を確認している。H鎖、L鎖両方のトランスジェニックは2系統、確認した。
(6)黄色ブドウ球菌表皮剥脱性毒素による自己抗体産生モデルの開発
ETBを新生仔マウスに投与し、水疱部周囲の皮膚を採取して抗Dsg1ならびにDsg3抗体を用いた蛍光抗体法を行ったところ、Dsg3に対する染色性はETB、PBS投与群とも変化がないのに対し、Dsg1に対する染色性はETB投与群においてPBS投与群よりも著減していた。マウス表皮抽出物の免疫ブロット法により、Dsg3の分子量はETB投与により影響しないのに対し、Dsg1の分子量はPBS投与群と比較して低下していた。さらにETBを、in vitroでrDsg1またはrDsg3と反応させたところ、ETBがマウスおよびヒトのrDsg1を特異的に切断することが確認された。以上より、ETBの標的蛋白はETAと同様Dsg1であることが証明された。
今後、マウスにETを投与した後の、Dsg1に対する免疫応答を検討することで、Dsg1に対する自己抗体産生モデルを開発できるとともに、感染症と自己免疫の発症との関係を明らかにできる可能性が期待された。
(7)シェーグレン症候群モデルマウスの作製の試み
(M3ノックアウトマウス由来ナイーブ細胞の移植による試み)
まず、強制免疫をせずに尋常性天疱瘡モデルマウスが作製し得るという最近の結果(青木ら、投稿準備中)を基に、M3ノックアウトマウスの脾臓細胞を調製し、rag-2ノックアウトマウス1頭あたり5 x 107の脾臓細胞を尾静脈より移植し、その後6週間にわたってマウスを観察した。コントロールとしてM3を発現する野生型のマウスの脾臓細胞を移植したrag-2ノックアウトマウスを用いた。観察期間中特に体重減少などの変化は見られなかった。また6週後に唾液腺の組織像を観察したがコントロールと比較して変化は観察されず、炎症細胞の浸潤なども見られなかった。
(M3-EL4を用いた免疫)
次にM3ノックアウトマウスの腹腔に1頭当たり107のガンマ線照射したM3-EL4を投与し、3週後に再び同じ処置を行なった。その3週後に免疫したM3ノックアウトマウスの脾臓細胞を調製し、rag-2ノックアウトマウス1頭あたり5 x 107の脾臓細胞を尾静脈より移植し、その後マウスを観察を行なっている。この方法によっても10週後の現在に至るまで体重減少などの変化は見られていない。組織像の観察は行なっていない。
今後、リコンビナントタンパク質の投与ならびにDNAワクチンによる免疫誘導を試みる予定である。
(8)自己抗原の胸腺発現と自己免疫:P0ノックアウトマウスによる解析
P0+/-マウスでは、P2感作EAN、MOG感作EAEに対する感受性は亢進していないが、P0感作EANの重症度、P0に対するrecall response (P0特異的増殖反応、IFNγ産生能)は亢進しており、P0 特異的免疫寛容の破綻が推測された。P0+/-ではP0mRNAの発現が減少(-50%)しており、胸腺内negative selectionの欠陥を推定した。この推定に一致し、P0欠損マウスの胸腺を移植した野生型マウスではP0に対する反応性が亢進し、野生型マウスの胸腺を移植したP0欠損マウスでは、反応が低下した。以上よりP0+/-におけるEAN重症化は胸腺におけるP0発現低下とそれに伴うP0反応性T細胞の残存に起因するものと考えた。胸腺での自己抗原の発現低下は自己免疫病の発症リスクとなり得ることを考慮する必要があることが示唆された。
結論
本年度は、3年計画の最終年度として、作成された天疱瘡モデルマウスの病理学的、免疫学的解析を行い、ヒト疾患と近似する物であることを明らかにした。さらに、病態解明として、抹消抗原であるデスモグレイン3に対する病的抗体産生には、T細胞レベルのみならず、B細胞レベルにおいても免疫寛容が成立していないことが必要であり、自己免疫発症におけるB細胞レベルの免疫寛容破綻の重要性を示した。また、天疱瘡モデルマウスより、複数の抗Dsg3モノクローナル抗体を単離し、病的活性を持つ抗体を単離した。これらの抗体のエピトープ解析により水疱形成機序、表皮細胞間接着機序の解明に大きく寄与する。ヒト疾患における抗原上のエピトープの局在とマウスモデルにおけるエピトープの局在が異なることから、ヒト疾患発症における自己抗体産生機序の解明への手がかりを得ることが出来た。病的活性を持つモノクローナル抗体とヒト血清で確認出来たエピトープがDsgのアミノ末の領域であることが一致し、モデルマウスを用いた解析の有用性が再確認された。また、抗Dsg3抗体トランスジェニックマウスの作成により、B細胞免疫寛容の獲得機序が明らかにされることが期待される。自己抗原ノックアウトマウスを用いるアプローチ法を応用し、末梢神経の構成蛋白P0のヘテロ・ノックアウトマウス(P0+/-)を用いた自己免疫性神経炎モデルマウスを作成し、アセチルコリン受容体M3ノックアウトマウスを用いたシェーグレン症候群モデルの開発が試みられている。このような方法は国内外においても過去に見あたらず、全く新しい独創的な自己免疫モデルの作成法である。さらにモデルマウスの解析を通して、多くの国際的に評価される知見を得ることができた。

公開日・更新日

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