肝内結石症に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100837A
報告書区分
総括
研究課題名
肝内結石症に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
二村 雄次(名古屋大学大学院器官調節外科)
研究分担者(所属機関)
  • 田中直見(筑波大学臨床医学系消化器内科)
  • 田中雅夫(九州大学大学院臨床・腫瘍外科)
  • 佐々木睦男(弘前大学医学部第二外科)
  • 安藤久實(名古屋大学大学院小児外科)
  • 中沼安二(金沢大学大学院形態機能病理)
  • 古川正人(国立病院長崎医療センター外科)
  • 馬場園明(九州大学健康科学センター)
  • 本田和男(愛媛大学医学部第一外科)
  • 杉山政則(杏林大学医学部第一外科)
  • 味岡洋一(新潟大学大学院分子病態病理学分野)
  • 甲斐真弘(宮崎医科大学第一外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
肝内結石症の診断・治療成績は確実に進歩している.しかし成因や治療方法,予防法,再発の予防法はいまだ確立されていない.重大な合併症である胆管癌も死因の41%を占め増加傾向にあるが,有効な診断方法は確立されていない.
肝内結石症調査研究班は3年間の研究期間における最終の3年目となった.この3年間で,肝内結石症発症に関する疫学的研究,動物実験モデルの作成,病態生理学的研究,遺伝子学的解析を行いこれらの研究結果を総合的に検討することで肝内結石症の成因を解明し,また成因別にみた治療体系を構築することを目的としてきた.
平成13年度の目標は,国内外における症例対照研究の比較検討と,実験モデルの作成と治療応用,結石生成の病態生理,発癌における網羅的遺伝子解析を重点的に行うことである.
研究方法
主要なテーマは,疫学的手法による病因の検討,肝内結石症動物実験モデルの作成,病態生理学的研究,遺伝子学的解析による肝内結石症の発症と胆管癌の発生の病態の解明である.疫学的検討では,国内最大多発地帯である長崎県におけるアンケート調査,上五島地区の症例対照研究(症例56例,対照112例)および台湾における症例対照研究(症例153例,対照305例)を行った.動物実験モデルの検討では,従来より短期間で発症するビリルビンカルシウム結石モデルを作成した.またプレーリードッグを用いたコレステロール結石モデルでは,高コレステロール食の影響と,インドメサシンの結石形成・粘液分泌に対する効果を検討した.病態生理学的研究では,病的石灰化の生成,胆管上皮での自然免疫機構の異常,各種輸送蛋白の発現変異を主要な検討テーマとした.また肝内結石症と胆管癌合併肝内結石症に対して遺伝子学的解析を行った.
結果と考察
1).疫学的所見
全国調査では肝内結石症は減少傾向を示している.多発地帯である長崎県,特に五島地区で減少しているかどうか,最近20年間の肝内結石症手術例を比較検討した.ピークは1987年,1988年で96例であった.最近では52例と約2分の1に減少していたが,20年前の57例とほぼ同数であった.1997年1年間の全胆石症手術に占める肝内結石症手術の割合は,長崎県内外でみると県内1.9%(52例),県外0.2%(45例)であった.20年前の長崎県内が5.1%(57例)であることから全胆石症手術に占める割合は減少傾向にあるものの,実数としてはあまり減少していないことが明らかになった.この原因として腹腔鏡下胆嚢摘出術が普及したことによる胆嚢摘出術の増加が考えられた.五島地区では肝内結石症手術例は胆道手術の12.0%を占めさらに高率であった.居住地区別にみると人口十万対症例数は長崎県が31.9に比し,五島地区は175.1と極めて高く,あらためて長崎県五島地区が肝内結石症多発地帯であることが明らかになった.また初診時における悪性腫瘍,とくに肝内胆管癌の合併が5.8%に認められ今後の重要な課題であると思われた.
上五島地区における症例対照研究では,平成12年度までの調査で指摘された成人T細胞白血病ウイルス抗体,肝炎ウイルス抗体,寄生虫抗体を評価の対象に加え,さらに症例を56例,対照を112例に増やして調査を施行した.その結果,成人T細胞白血病ウイルス抗体,C型肝炎ウイルス抗体が新たにリスクファクターとして明らかになった.また有意ではなかったが回虫特異的IgE抗体も上昇していた.この結果から成人T細胞白血病ウイルス感染,C型肝炎ウイルス感染に回虫感染等が重複することで肝内結石症が発症するという仮説が考えられた.
台湾における症例対照研究では,低身長,低体重,低BMI,低い教育レベル,多い養育児童数,河川水の使用が肝内結石症のリスクファクターであることが明らかになった.これらのリスクファクターから肝内結石症患者は低い社会経済状態にあることが予想された.低い社会経済状態は悪い衛生状態の背景である可能性があり,悪い衛生状態から寄生虫疾患等の関与が示唆された.またこれらの結果は特定食品の摂取状況以外は,上五島地区とほぼ同様の傾向を示していた.
2).動物実験モデルによる検討
ビリルビンカルシウム結石実験モデルとして,雑種成犬に胆管結紮と門脈内大腸菌投与を行うモデルを作成した.この方法では作成期間が18ヶ月と長いことから,あらたに短期間のモデルを作成した.雑種成犬を用いてシリコンチューブ間置による胆管狭窄と胆管内エタノール注入による化学的胆管障害を付加するモデルを作成した.このモデルでは60日で胆砂が形成された.
コレステロール結石実験モデルとして,プレーリードッグに高コレステロール食と胆管結紮を施行するモデルを作成した.その結果,結紮胆管内には粘液の増加と粘液網を観察した.このモデルからコレステロール結石の生成には高コレステロール環境と粘液増生が関与していることが明らかになった.このモデルでは,インドメサシンの投与により結石形成・粘液分泌が抑制されることを明らかにした.
胆管結紮によって引き起こされる胆汁酸代謝の異常を検討するためにラットとウサギを用いて,コレステロール7αハイドロキシラーゼの活性およびmRNAレベルを検討した.両者において血清胆汁酸値,コレステロール値は対照に比較して有意に上昇していた.またコレステロール7αハイドロキシラーゼ活性およびmRNA活性は種により差があることが明らかになり,ウサギがより人間に近い変化をすることも明らかとなった.
3).病態生理学的検討
ビリルビンカルシウム結石生成の病態生理として慢性炎症の遷延,病的石灰化,異常胆汁の生成等が重要であり,その病態生理について検討した.
強いカルシウム結合能を有する分泌型糖蛋白として,胆管上皮で産生されるオステオポンチンと好中球から産生されるカルプロテクチンを検討した.これらの糖蛋白は結石のマトリックス成分として病的石灰化において重要な役割を担っていることが明らかとなった.またこれらは肝内結石症患者の胆管上皮や胆汁中,結石内で有意に発現が亢進していた.
肝内結石症の胆管粘膜ではToll-like recepterを介した細菌認識機構と,βディフェンシン2による抗菌作用が減弱あるいは消失していた.このためにオステオポンチンとカルプロテクチン産生が亢進して病的石灰化を促進し,慢性炎症の持続においても何らかの役割を果たしていることが明らかになった.
肝内結石症における異常胆汁生成の要因として,MRP2などのビリルビンおよび胆汁酸輸送に関わる輸送蛋白の異常を昨年明らかにした.ラットを用いた実験を行い,漢方製剤インチンコウ湯の主成分ジェニピンはMRP2を介した総ビリルビン,還元型グルタチオンの排泄を亢進させることを明らかにした.ジェニピンによる胆汁分泌促進機構は従来のウルソデオキシコール酸によるものとは異なる作用機序であり臨床応用が期待される.
4).遺伝子学的解析
遺伝子解析では従来は単一の遺伝子ごとに検索を行ってきた.しかし本年はDNAアレイ法を用いることで網羅的に遺伝子を検索することが可能となった.
結石側と非結石側の遺伝子発現の差を比較すると,結石側ではアポトーシス(CD27結合蛋白),炎症免疫(small inducible cytokine A2),細胞の増殖・修復・防御(IGF 2受容体, シンデカン1, グルタレドキシン)に関与する遺伝子発現が亢進していた.また非結石側ではアポトーシス抑制(インスリン様成長因子1),細胞増殖抑制(インスリン様成長因子結合蛋白3)の遺伝子発現が亢進していた.
発癌に関する遺伝子をみると,肝内結石症と胆管癌合併肝内結石症は,癌抑制遺伝子,プロトオンコジーン, DNA損傷修復遺伝子が類似した発現パターンを示すことが明らかになった.この結果から結石存在部位の肝葉が遺伝子学的には癌に極めて近い状態であり,結石病変が胆管癌の前癌状態である可能性が示唆された.
肝内結石症合併肝内胆管癌と非合肝内併胆管癌において,癌の粘液形質とK-ras遺伝子変異率の相関を検討した.胆管癌を胃もしくは胃・腸型粘液形質を持つ化生型癌と持たない非化生型癌に分けると化生型癌では結石の有無がK-ras遺伝子変異率に有意に相関していた.化生型癌では結石による持続性慢性炎症が肝内胆管癌の発生もしくは進展に影響を与えている可能性が示唆された.
5).形態学的検討
肝内結石症で十二指腸乳頭括約筋に障害を認める症例があり,結石の成因との関連で注目されている.十二指腸の空腹期周期性運動亢進サイクルと連動する乳頭括約筋の基礎圧,収縮圧,収縮頻度に関する検討を行った.肝外胆管に結石が存在する肝内外型肝内結石症と総胆管結石症においては,乳頭括約筋基礎圧が肝内型肝内結石症より有意に低かった.肝内外型肝内結石症では,結石の存在によって徐々に括約筋機能が障害されると考えられた.
結論
肝内結石症は我が国では減少傾向にあり,治療成績も向上している.しかし難治例は依然として多く存在し,癌による死亡例が増加しつつあることが明らかとなったので,肝内結石症に関しては今後も研究を進める必要があろう.

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