先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100826A
報告書区分
総括
研究課題名
先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
山崎 麻美(国立大阪病院)
研究分担者(所属機関)
  • 有田憲生(兵庫医科大学)
  • 岡野栄之(慶應大学)
  • 森竹浩三(島根医科大学)
  • 佐藤博美(静岡県立こども病院)
  • 原嘉信(東京医科歯科大学)
  • 上口裕之(理化学研究所)
  • 中川義信(国立療養所香川小児病院)
  • 中村康寛(聖マリア病院)
  • 岡本伸彦(大阪府立母子保健総合医療センター)
  • 秦利之(香川医科大学)
  • 伏木信次(京都府立医科大学)
  • 坂本博昭(大阪市立総合医療センター)
  • 本山昇(国立長寿医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この研究の目的は、水頭症研究の中に分子遺伝子学的手法を取り入れることによって、水頭症の臨床病態分析と結合させて、あるいは出生前診断の診断技術を高め、疫学調査・予後調査をもとにした適切な予後評価を行い、未だ混沌としている先天性水頭症症候群の診断基準を確立し治療指針を作成することである。また、分子遺伝子学的手法により水頭症の発症機序を明らかにし、発症リスクの同定・予防・診断の精度向上・さらに将来的には遺伝子治療・再生医療をも射程に入れている。超音波診断などによる画像診断の進歩により、先天性水頭症は現在胎生期に早期診断することが可能となり、適切な時期に治療を行えば、独立した社会生活が営めるまでに成長する予後良好な先天性水頭症がある反面、精神運動発達などで重篤な合併症を残す予後の極めて不良な水頭症も少なくない。胎児期に正確な予後評価までできないのが現状であり、両親へのインフォームドコンセント・治療方針の決定には臨床に携わる医師は常に頭を抱えている。胎児診断が行われるようになって20年になるが、正確な予後評価を含めたデーター(EBM)に基づく治療方針の作成は、急務でありそれを目指す。
研究方法
①疫学調査;特定疾患の疫学に関する研究班と共同で全国疫学調査を行う。②水頭症遺伝子バンク設立と遺伝子解析;水頭症遺伝子バンク設立する。現在水頭症の原因遺伝子の候補に上げられるL1CAM, Msi1, ZIC1, ZIC2, P53, SHH、MTHFRの遺伝子解析をすすめる。③原因分子とノックアウトマウスの研究;X連鎖性遺伝性水頭症の原因分子と同定されている神経接着因子L1CAMや遺伝子欠損マウスが水頭症を発症するmsi1、 Nonmuscle  myosin heavy chain-B(NMHC-B)、DNA polymerase λ(β2)の遺伝子欠損マウスの解析し水頭症のメカニズムを研究する。④病理学的免疫組織学的検索 水頭症胎児剖検脳を用いて、ヒトの疾患との関係の手がかりを得ていく。水頭症による脳障害の進行過程を示す重要な病理所見として、脳内神経伝達系の種々の変化を検討する。⑤臨床データー集積及び分析;ダンディウォーカー症候群、全前脳胞症、脊髄髄膜瘤、脳瘤、の臨床解析を行う。⑥水頭症発症の危険因子について分子生物学的に検索していく。⑦出生前診断の開発;高周波細径プローブによる子宮内腔超音波法による妊娠超早期での中枢神経系異常の画期的な診断方法を開発する。⑧以上を総合して先天性水頭症の診断基準、治療指針を確定していく。
(倫理面への配慮)
この研究には、多施設からの患者DNAを中心とした生体資料を集積するバンクを形成すること・遺伝子解析を行うこと・正常胎児脳(流産あるいは中絶胎児脳)を研究に用いることなどいくつかの倫理的配慮を要する点が含まれている。平成11年9月30日国立大阪病院医学倫理委員会に「先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発」研究における倫理審査を申請し、承認された。また研究班では、研究協力への説明文・同意書・広報・宣伝につとめ、研究協力におけるインフォームドコンセントの徹底には、細心の注意を払っている。
結果と考察
①疫学調査では特定疾患の疫学に関する研究班(主任研究者 稲葉裕)と協同で1999年1年間に受診した出生前(胎児期)または出生後1年以内に診断された先天性水頭症患者を対象とし調査を実施し、1999年1年間の全国受療患者数は診断が出生前770、出生後620と推計された。2次調査は403例を集計し、現在過去2回の調査・および予後調査を含めて臨床的分析を行った。②水頭症バンクの形成と遺伝子解析では、平成11年度水頭症バンクプロトコールを提案し、班会議の事務局である国立大阪病院の付属施設である臨床研究部に水頭症バンクを設立した。これまでに全国25施設より271検体を集積している。遺伝子解析をすすめ、新規のL1遺伝子異常を18家系で見いだし、これまで分担研究者が同定していた3家系を加えた21家系は、わが国におけるL1遺伝子異常23家系の91%を占めている。また中脳水道狭窄症ではMSI1小脳異常を伴う水頭症ではZic1, 全前脳胞遺残症例では、Sonic Hedghog (SHH) gene、背髄髄膜瘤ではZic2, MTHFR遺伝子、脳瘤ではP53遺伝子解析にも着手している。脊髄髄膜瘤など神経管癒合不全症の発生は、母親への葉酸の予防的投与によって70%減少することから、この疾患の発生には葉酸代謝が関わっていると思われる。葉酸代謝酵素であるmethylene tetrahydrofolate reductase(MTHFR)の遺伝子ではC677TやA1298Cの一塩基多型(SNP)によって構成アミノ酸は変化し酵素活性が低下する。外国では、この多型は遺伝的危険因子とされた。しかし、このSNPは人種によって頻度が異なるので、今回、本邦で初めて脊髄髄膜瘤の例とその両親を対象にこれらのSNPについて検討した。C677Tでは対照群よりも母親ではTのalleleが高い傾向にあったが、その差は有意ではなかった。A1298Cでは対照群に比べ母親でAのalleleが有意に(P<0.02)高かった。この2つのSNPのalleleには関連性があると思われたが、単純にこの疾患の危険因子とは考えにくい。③機能解析およびノックアウトマウス解析:X連鎖性劣性遺伝性水頭症の原因遺伝子として同定された神経細胞接着因子L1の機能解析を行い、L1は軸索形成過程にある細胞体周囲膜様部でアンキリン Bと結合・集積し、軸索形成を促進することが明らかになった。中枢神経系未分化幹細胞に強く発現するm- Msi1の遺伝子欠損マウスは中脳水道狭窄によると考えられる水頭症を高頻度で生後から発症し、重篤なものは生後2ヶ月以内に致死となることが、明らかにされた。このマウスは胎児期に顕著な異常が認められないので、別の遺伝子産物が代償していると考え、msi2をクローニングし、double knock out mouseの作成し検討した。musashi1遺伝子の欠損が、Notchシグナルの均衡の乱れにつながり、水頭症の発症を招いたのではないかと予想できる。またNMHC-B欠損及び部分変異マウスが、脳室壁を構成する神経上皮細胞の接着・移動・分裂・分化に異常を示し、脳室壁破壊、中脳水道閉塞を伴う水頭症を発症し、死に至ることを、明らかにした。神経上皮細胞の脳室壁面は、正常マウスと比較すると凸凹が顕著で、広い細胞間隙をもち、脳室壁面の細胞膜に膨隆や微小穿孔が高頻度に認められ、脳室壁の破壊が細胞単位で始まることを明らかにした。DNA polymerase λ (Pol λ)は、DNA polymerase β (Pol β)と相同性を有するfamily Xに属する新規DNA polymeraseである。Pol λノックアウトマウスは、生後発育遅延と頭部肥大が認められ水頭症を発症して死亡した。④病理学的免疫組織学的検索:新しいRadial fiberのマーカーとして、Tubulin beta IIを認識しているモノクローナル抗体KNY-379、および Reelin receptorとして注目されているVLDL receptor (VLDLR) に対するモノクローナル抗体を作製し、生後早期に死亡した8例の水頭症脳で検討した結果、全例の脳室上衣細胞にtubulin beta Iiの過剰発現が見られ脳室上位の未熟を示し、神経細胞遊走障害への関与も示唆された。⑤臨床データー集積及び分析;全前脳胞症の多施設共同研究による臨床経過長期予後を7施設42症例より集積し分析中した。Dandy-Walker症候群66例の多施設共同研究による臨床経過長期予後を検討し、全身性先天異常合併例では20%、合併しない例では47%。中枢神経系、全身性ともに先天異常を合併しない例では63%が正常もしくは軽度遅延を示し、合併症のない例では良好な発達が期待できる事を見いだした。脳瘤220例について分析した。細胞移動障害,脳梁形成不全そして水頭症が予後不良因子として挙げられた。胎児診断された水頭症の長期予後から娩出時期の検討・治療指針の検討を行っている。⑥出生前診断の開発高周波細径プローブによる子宮内腔超音波法による妊娠超早期(6週~9週)診断法・三次元超音波法・超音波ドプラ法を用いた胎児頭蓋内血流計測法など、胎児水頭症のより精度の高い診断方法を開発している。
結論
この3年間の班会議は、混沌とした水頭症研究を全く新しい観点から再構築し、新しい展開を切り開いたものといえる。今後さらなる発展が期待できる。

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