難治性血管炎に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100813A
報告書区分
総括
研究課題名
難治性血管炎に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
橋本 博史(順天堂大学医学部膠原病内科)
研究分担者(所属機関)
  • 吉木敬(北海道大学大学院医学研究科病態解析学)
  • 鈴木和男(国立感染症研究所生体防御物質室)
  • 徳永勝士(東京大学大学院医学研究科人類遺伝学)
  • 有村義宏(杏林大学第一内科)
  • 吉田雅治(東京医科大学八王子医療センター腎臓科)
  • 安田慶秀(北海道大学大学院医学研究科循環器外科)
  • 中林公正(杏林大学第一内科)
  • 小林茂人(順天堂大学膠原病内科)
  • 居石克夫(九州大学大学院医学研究科病理病態学)
  • 津坂憲政(埼玉医科大学総合医療センター第二内科)
  • 重松宏(東京大学血管外科)
  • 小林靖(東京医科歯科大学循環制御学)
  • 由谷親夫(国立循環器病センター臨床検査部)
  • 能勢眞人(愛媛大学第二病理学)
  • 尾崎承一(聖マリアンナ医科大学リウマチ・膠原病・アレルギー内科)
  • 金井芳之(東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センター)
  • 濱野慶朋(順天堂大学第二病理学)
  • 鈴木登(聖マリアンナ医科大学免疫学・病害動物学)
  • 松岡康夫(川崎市立川崎病院内科)
  • 吉田俊治(藤田保健衛生大学感染症・リウマチ科)
  • 川崎富夫(大阪大学血管外科)
  • 森下竜一(大阪大学大学院医学研究科遺伝子治療学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難治性血管炎の成因と病態発症機序の解明を図り、その成果を臨床的診断と治療に還元し、さらなる患者の予後の改善とQOLの向上を目指すことを目的とする。
研究方法
当研究班の対象とする疾患は多岐にわたるが、特に大型血管炎では高安動脈炎を、中・小型血管炎では抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎{顕微鏡的多発血管炎(MPA)、ウェゲナー肉芽腫症(WG)、アレルギー性肉芽腫性血管炎(AGA、チャーグ・ストラウス症候群)}の疾患に関する研究に重点をおいた。そして下記の研究テーマについて小委員会を設置し研究を進めた。1)成因・病態発症機序の解明;確立された血管炎モデル動物と難治性血管炎症例を用いて成因と病態発症機序に関する遺伝学的解析、分子生物学的解析、遺伝子治療及びES細胞による血管新生の基礎的検討などを行った。2)抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎に関する研究;(1)MPO-ANCA関連血管炎のモデルマウスを用いて病態発症機序の解析を行った。また、人のMPA患者における好中球、リンパ球の遺伝子発現をマイクロアレイで検討した。(2)ANCA関連血管炎の遺伝的解析を行った。(3)ANCA測定法に関する検討を行った。(4)EBMに基づくANCA関連血管炎の治療に関する検討を行い治療指針を作成した。3)大型血管炎と中・小型血管炎の臨床的研究;難治性血管炎の疫学、遺伝的解析、病態、診断、治療、QOLなどに関する検討を行うと共に難治性血管炎の診療マニュアルを作成した。また、病因・病態に関する研究では横断的基盤研究班より、QOL評価票作成では特定疾患に関する疫学研究班および特定疾患患者のQOLの判定手法の開発に関する研究班より研究協力者の参画を得て研究を進めた。さらに、ANCA関連血管炎の遺伝的解析とANCAの測定法の検討に際しては、別途10施設に共同研究を依頼し検体の供与を受けた。
結果と考察
1)病因・病態に関する知見 (1)血管炎の発症・病態に関与する遺伝子の解析(NZBxW)F1xNZW退交配マウスを用い、ヒトmyeloperoxidase(MPO)とマウスMPOを標的としたMPO-ANCA感受性遺伝子のマッピングを行った結果、マウス第7染色体のセントロメア側にMPO-ANCA産生感受性領域の座位を同定した(ロッドスコア2.2)。 これはまた、同マウスの半月体形成性腎炎の感受性遺伝子とほぼ同位置であった。今後、このマウスに相同するヒトの遺伝子の解析が進められるものと思われる。(2)血管炎の発症・病態に関与する新しい分子の解析新しいB7ファミリー分子B7h,B7-H1の血管内皮細胞(HUVEC)における発現と機能について検討した。HUVECにより誘導されるSEB刺激CD4陽性T細胞の増殖反応は、B7hのリガンドであるICOS(B7-RP1)に対する抗体で
抑制されることから、ICOS-B7hがT細胞と血管内皮細胞との相互反応に関与している可能性が示された。また、抗B7抗体投与によりサイトカイン産生の抑制、ICOSの投与でongoingの免疫応答を抑制できる可能性がある。虚血および低酸素でのストレス応答を細胞レベルで解析した過程で、低酸素関連分子としてORP150を,低酸素・再酸素化関連分子としてRA301/Tra2βを見いだした。これらの分子の発現形式は炎症と関連し血管病変の形成に関与していることが示唆されたが、後者は腫瘍・創傷治癒・器質化血栓などの血管内皮にも発現していることが示された。(3)血管炎の発症・病態に関与する自己抗体の解析 血管炎に関連する新たな自己抗体として抗クロマトゾーム抗体を見いだした。AECAについて、臍帯静脈内皮細胞膜を抗原としたSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動を用いたWestern blot法で測定したところ、抗74kDa抗体が高安動脈炎患者血清に高率に、かつ特異的に検出された。その対応抗原のアミノ酸分析では、熱ショック蛋白およびATPaseに関連する分子と相同性の高い蛋白が同定された。(4)血管炎の発症・病態に関する細胞性免疫異常の解析 HTLV-1 env-pX遺伝子導入ラット(env-pXラット)は血管炎発症モデル動物として確立したものであり、レトロウイルスの病因的関与が強く示唆されている。しかしながら、このラットにみられる血管炎はリンパ球などのエフェクター細胞のみのenv-pX遺伝子発現では発症しないことが明らかにされている。そこで、このenv-pXラットと同系正常ラットとの間で、胸腺置換と骨髄移植を組み合わせ、胸腺のフレームワークにのみenv-pX遺伝子を発現するラットを作成したところ、このラットに壊死性血管炎の発症を認めた。従って、env-pXラットの壊死性血管炎は、リンパ球が胸腺で分化する過程において、env-pX遺伝子を発現する胸腺フレームワークを通過することにより、自己の血管構成成分に対する反応性を有した状態で末梢に出現するために発症する自己免疫疾患と考えられた。Lewisラットの胸部大動脈由来血管平滑筋細胞株をMRL/nマウスに免疫し、所属リンパ節細胞をin vitroで抗原提示細胞の存在下で血管平滑筋細胞抗原で刺激を繰り返し、CD4陽性T細胞ライン(MV1)を樹立した。MV1は血管炎惹起性を有する細胞障害性CD4陽性T細胞であることを明らかにしたが、今後MV1の認識抗原の解析を行う予定である。MRL/lprマウスの脾細胞からクローニングしたIgG3抗体産生ハイブリドーマの抗体分子はHUVECと共培養するとHUBECの貪食機序により積極的に取り込まれ、少なくとも2つの貪食経路が存在することを明らかにした。この作用は血管炎の発症機序に関与する可能性を示唆した。 血管炎を有するSLE患者T細胞では、短い3'UTRをもつζ鎖mRNAが有意に多く発現しているためにζ鎖mRNAの安定性、輸送、あるいは局在に異常が生じ、ζ鎖の発現低下が起こると考えられる。3'UTRの異常はζ鎖monomer発現だけでなくhomodimer発現も低下させることも示され、ζhomodimer形成がTCR-CD3複合体に不可欠な過程であることから血管炎を合併するSLE患者T細胞でのζmRNA3'UTR発現異常が病態と関連する可能性を示唆した。発現低下に伴うシグナル伝達異常によって活性化されたVLA-4などの接着分子により血管炎病態が惹起されている可能性がある。 (5)遺伝子治療およびES細胞による血管新生 バージャー病などにみられる重症虚血肢に対する遺伝子治療の開発を目的として、虚血動物モデルの虚血肢を用いて組み換えセンダイウイルスベクターFGF2遺伝子を虚血肢の筋肉内に投与、ないし繊維芽細胞に導入したAxCAMAssbFGF遺伝子を動脈内に投与することを試み有効性を示唆する所見を得た。マウスES細胞からFlk1(VEGF receptor)陽性細胞を分化誘導し、静脈内に投与することでin vivoで血管を新生させることが可能となった。2) ANCA関連血管炎に関する知見 1)ANCAの基礎的検討 半月体形成糸球体腎炎を自然発症するSCG/Kjマウスの病態を解析し、MPO易放出性とNPO-ANCA値、組織の活動性、半月体形成と正の相関を、O2-産生能は半月体形成と負の相関を認め、好中球MPOとO2-は腎炎
発症、進行に関与することを明らかにした。ICSBPノックアウトマウスを用いMPO-ANCA産生と好中球による血管炎の関与を検討した結果、前者では脾臓における好中球の不完全処理によりMPOを放出し加齢と共に抗体の上昇をみるが、後者では血管炎発症に本遺伝子は関与せず別の機序に依存していることを示唆した。MPO患者の治療前後の好中球、リンパ球の遺伝子発現状態をマイクロアレイで検討した結果、好中球ではJAK3の発現が、リンパ球ではCD9,Dec protein,L-selectin precurssor,CD11cの発現が有意に減弱しており病因病態に関与する遺伝子候補として考えられた。 (2)ANCA関連血管炎の遺伝子解析 MPAはHLA-DRB1*0901と有意の正の相関を認めた(p=0.001,Pc=0.022,odds'ratio 2.96)。また、DRB1*0901との関連はMPA以外の疾患を含めたpANCA陽性者の解析においても認められた。一方、TNFA5'flanking region, TNFR2,FcγRIIa,IIb,IIIa,IIIbについては有意の相関を認めなかったものの、pANCA陽性者におけるFcγRIIIb-NA2/2遺伝子型の減少傾向が検出された(p=0.06).(3)ANCA測定法に関する検討 現在臨床的に用いられている市販ANCA測定試薬(MPO-ANCA試薬3種類、PR3-ANCA試薬4種類)の精度、臨床的有用性について検討し、同時再現性、希釈試験、日差再現性の変動係数(CV)が国際的ガイドラインの基準(20%以下)を満たし良好であることを認めた.(4)ANCA関連血管炎の治療に関する検討 evidence based medicine(EBM)に基づきANCA関連血管炎における免疫抑制療法の有用性を検討した。その結果、免疫抑制薬使用例は有意に軽快例が多く、特にステロイド薬とシクロフォスファミド(CP)の経口投与ないしCPのパルス療法は寛解率が高く、生命予後も良好で、寛解維持にも有用であることを明らかにした。また、CPのパルス療法はCPの経口投与に比べ副作用が少ないと考えられた。合併症として呼吸器感染症、特に肺真菌症に対する対策が重要と考えられた。カンジタ細胞壁βグルカンに対する抗体(抗CSBG抗体)価は深在性真菌症の予知に有用であることを示唆した。また、全国疫学調査を解析し感染症のリスク因子を明らかにした。これらをもとにANCA関連血管炎の免疫抑制療法指針と感染症対策指針を作成した。(5)ANCA関連血管炎の臨床的検討 ANCA関連血管炎の早期診断早期治療の重要性を再確認すると共に、予後因子を明らかにした。MPO-ANCA関連血管炎の治療前後におけるサイトカイン、可溶性分子の検討を行い、TNFα,IL-6,sCDLなどの治療による低下を認めたが、病態による特異性は認められなかった。ANCA関連血管炎では肺・腎以外の臓器病変をみる症例が存在することを認めた。3)大・中・小型血管炎の臨床に関する知見(1)疫学 大・中・小型血管炎に含まれる疾患のの新規患者数を明らかにした。(2)遺伝的解析 高安動脈炎についてHLA遺伝子群周囲の5つのマイクロサテライトを用いてリンケージ解析を行った結果すでに相関が明らかにされているHLA-B遺伝子に加えて、HLA遺伝子近傍のIKB-like蛋白のプロモーター上の多型と有意の相関を認めた。(3)診断に関する検討 高安動脈炎の動脈炎部位診断にFDG-PET法の有用性を示唆した。虚血肢の診断に皮膚灌流圧測定が有用であった。(4)治療に関する検討 バージャー病などにみられる重症虚血肢に対する遺伝子治療の開発を目的として、虚血動物モデルの虚血肢を用いて組み換えセンダイウイルスベクター(SeV)FGF2遺伝子を虚血肢の筋肉内に投与、ないし繊維芽細胞に導入したAxCAMAssbFGF遺伝子を動脈内に投与することを試みた。その結果、いずれも有効性を示唆する所見が得られ遺伝子治療の可能性を示した。さらに、4名のバージャー病患者の虚血肢に対して血管新生因子の一つである肝細胞増殖因子(HGF)遺伝子導入による治療の試みを開始した。バージャー病の神経症状に葉酸とVit B12が有用である症例が存在した。(5)予後に関する検討 中・小型血管炎疾患患者の生命予後に関する事項を疾患毎に多変量解析で明らかにした。 高安動脈炎の外科的手術成績は良好であるが、脳血流障害の対策が重要と考えられた。(6)その他 難治性血管炎の診療マニュアル
を作成した。
結論
新しい多くの知見が得られ臨床に還元されると考えられるが、積み残された重要な研究途上の課題も多く、更なる研究の継続が必要と考えられる。

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