重症喘息の決定因子の同定とそれに基づく新規治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100799A
報告書区分
総括
研究課題名
重症喘息の決定因子の同定とそれに基づく新規治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 逸夫(千葉大学大学院医学研究)
研究分担者(所属機関)
  • 福田健(獨協医科大学)
  • 秋山一男(国立相模原病院臨床研究センター)
  • 田村弦(東北大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
12,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
気管支喘息の病態であるアレルギー性気道炎症は、Th2細胞の選択的活性化、Th2細胞と好酸球を主体とする炎症細胞浸潤、気道過敏性、粘液細胞の増加により特徴づけられる。さらに持続性気道炎症による気道構成細胞の活性化とその結果生じる気道リモデリングが重症化を促す。したがって、重症喘息の病態解明と新規治療法の開発には、1)アレルギー性気道炎症の成立機序及びその制御機構の解明が必須であるとともに、2)気道リモデリングの発症機序の解明と病態評価法の開発が必要となる。さらに、3)重症喘息のT細胞、好酸球の異常活性化とステロイド抵抗性機序の解明が重要である。本研究班は、これら研究テーマを明らかにし、その成果に基づく重症喘息の新治療法を開発することを目的とする。
研究方法
1)アレルギー性気道炎症の制御機構の解析
1. CD25陽性制御性T細胞のアレルギー性気道炎症における役割:T細胞レセプタートランスジェニックマウス(DO10マウス)の脾細胞からCD25陽性CD4陽性T細胞を除去した群 (CD25T細胞除去群)と除去しない群 (非除去群)を内因性の免疫応答を欠くRag-2欠損マウスに経静脈的に移入し、それらのマウスでアレルギー性気道炎症を比較した。CD25陽性CD4陽性T細胞がTh1/Th2細胞の分化を制御しているか否かを明らかにするために、Th1/Th2細胞分化に対するCD25陽性CD4陽性T細胞除去効果を検討した。
2. 抗IL-9抗体投与のアレルギー性気道炎症に及ぼす影響:BALB/cマウスをOVAで腹腔内感作し、day17にOVAを吸入投与した。その吸入チャレンジの前に抗IL-9抗体あるいはコントロール抗体をi.v.投与した。最終吸入より24時間後に肺胞洗浄液中の細胞数、細胞分画およびサイトカインの産生、気道過敏性を評価した。また免疫染色法を用いてマウス気道上皮におけるMDCとTARC蛋白の発現を検討した。
3. 転写因子Stat5のTh2細胞分化とアレルギー性気道炎症における役割:Stat5a欠損マウスとStat5b欠損マウスをOVAにて腹腔内感作し、その2週後にOVAを吸入投与しアレルギー性気道炎症を惹起し、好酸球とT細胞浸潤及びBALF中のIL-5産生を検討した。また抗原刺激による脾T細胞のサイトカイン産生とTh1/Th2細胞分化も検討した。さらにStat5a欠損T細胞にレトロウイルスを用いてStat5aを発現させTh1/Th2細胞分化に対する効果を検討した。
2)LTD4が気道平滑筋細胞と線維芽細胞の増殖、細胞外マトリックス産生に及ぼす影響
ヒト気道平滑筋細胞及び肺線維芽細胞をLTD4及びTGF-bで刺激した。CysLT1受容体拮抗薬の効果も検討した。細胞増殖活性はBrdUを用いたDNA合成能を、細胞外マトリックス産生能は培養上清のファイブロネクチン(FN)及びI型コラーゲンを測定した。
3)HRCTによる気道閉塞の可逆性に関する新規評価法の開発
FEV1の基礎値が予測値の70%以下の症例を対象とした。β2刺激薬高用量吸入による可逆性と胸部HRCTを施行後、デキサメサゾン(DEX)を16mg/dayで静脈内投与を開始した。同量を5日間継続した後、2日間ごとに半分量に漸減し、DEX投与は11日間で終了し、その後ベクロメサゾン(BDP) 1000μg/dayを継続した。また、アミノフィリン投与量は血中濃度が10μg/ml前後になるように調整し、点滴終了後は等価の徐放性テオフィリン薬の内服とした。治療開始4週間後に再度肺機能検査と胸部HRCTを実施した。HRCTの解析は、外径をX軸に、気道壁面積をY軸に表示し、各被験者の治療前後各々における回帰直線を求め、解析を行った。
4)Churg-Strauss syndrome (CSS)の好酸球及びT細胞活性化の検討
重症喘息であるCSSの病態と早期診断に有用なバイオマーカーを明らかにするため、軽症、中等症、重症喘息群、CSS群における末梢血好酸球及びT細胞のCD69及びCD25抗原の発現について比較検討した。
結果と考察
1)アレルギー性気道炎症の制御機構の解明
1. CD25陽性制御性T細胞によるアレルギー性気道炎症の制御機構
CD25T細胞除去群と非除去群をRag-2欠損マウスに移入し、アレルギー性気道炎症を比較した。その結果、抗原吸入による気道好酸球浸潤は、CD25T細胞除去群で有意に低下した 。逆に、抗原吸入による好中球及びT細胞浸潤はCD25T細胞除去群で有意に増加していた。さらにCD25T細胞除去群でBALF中のIL-4とIL-5産生が著明に低下し、一方IFN-g産生は増加した。in vitroのTh1/Th2細胞分化の検討では、CD25T細胞除去群ではTh1細胞が増加し、Th2細胞は減少した。一方、CD25陽性T細胞除去群に純化したCD25陽性CD4陽性T細胞を戻すとTh2細胞が増加し、Th1細胞は減少した。以上から、CD25陽性CD4陽性T細胞は、Th1細胞/Th2細胞バランスをTh2側に誘導し、アレルギー性気道炎症を増強する方向に制御している。
2. IL-9によるアレルギー性気道炎症の制御機構
喘息マウスに抗IL-9抗体を投与するとBAL液中の好酸球数、リンパ球数が著明に減少した。抗IL-9抗体投与によりIL-2、IL-12、IFNgレベルは変化しなかったが、IL-4とIL-5レベルは有意に減少した。しかし、脾臓T細胞のIL-4、IL-5産生は抗IL-9抗体による影響を受けなかった。BAL液中のeotaxin、RANTES、MCP-1、MIP-1aレベルも抗IL-9抗体投与の影響を受けなかった。免疫組織化学的検索において喘息マウスでは上皮細胞においてMDCとTARCの発現が著明に認められたが、抗IL-9抗体投与によりMDCの発現が消失した。以上から、IL-9を介した気道上皮細胞のMDC発現がTh2細胞の気道粘膜への集積を惹起し、アレルギー性気道炎症の誘導、維持に関与している可能性が示された。
3. 転写因子Stat5のTh2細胞分化とアレルギー性気道炎症における役割
Stat5a欠損マウスでは抗原誘発気道好酸球浸潤は著明に減少していた。さらに予期に反して、Stat5a欠損マウスのT細胞サイトカイン産生はIL-4, IL-5 が著明に低下し、IFN-gは正常であった。興味深いことにStat5a欠損マウスでは抗原特異的IgE 及びIgG1 抗体産生が低下しており、逆にIgG2a 抗体産生は増加していた。 Stat5a欠損T細胞は、Th2細胞分化が障害され、 逆にTh1細胞分化は亢進していた。さらに、Stat5a欠損T細胞にレトロウイルスを用いてStat5aを発現させるとTh2細胞の分化が野生型T細胞レベルまで回復した。以上から、Stat5aがTh2細胞の分化誘導に重要であることが明らかとなり、アレルギー性気道炎症の惹起に関与していることが示された。
2)気道リモデリングの発症機序の解明
1. 気道リモデリングにおけるLTD4の役割
LTD4自体にはヒト気道平滑筋増殖作用は認めなかったが、TGFbによる増殖反応を増強した。この作用はCysLT1受容体を介するものであった。TGFbによるヒト肺線維芽細胞の増殖反応及びコラーゲン・FN産生もLTD4により増強された。また、LTD4自体にも弱いコラーゲン・FN産生誘導能を認めた。肺線維芽細胞のCysLT1受容体発現はTGFbの共存下では増強し、これによりTGFbとLTD4の混合刺激によるコラーゲン・FN産生が増強されると考えられた。以上から、LTD4は、TGFbによる気道平滑筋増殖及び肺線維芽細胞の増殖、細胞外マトリックス産生を増強させ、気道リモデリングを促進していることが明らかにされた。
2. 慢性的に気道閉塞を有する喘息患者の可逆性に関する新規評価法の開発
上記の4週間治療により、20名中11名がFEV1が予測値の80%以上に改善した。HRCT画像で得られた気道外径と気道壁面積の解析では、9名で治療前後に有意な改善が認められ、11名で認められなかった。両群間で比較すると、今回の治療によるFEV1の改善量はHRCT非改善群よりも改善群で有意であった。さらに治療前後の気道外径と壁面積の回帰直線を定積分して得られた面積はFEV1の改善量と有意な相関を示した。本研究から、HRCT画像の新しい解析方法により、HRCTによる気道系全体の病態評価がはじめて可能となった。
3)Churg-Strauss syndrome (CSS)の発症機序の解明
CSS群(治療前)では他喘息群に比し末梢血好酸球数が有意に高値であった。対照の非アレルギー群の末梢血好酸球のCD69抗原の発現陽性率は3%以下であった。軽症、中等症喘息群及び重症(吸入ステロイド群)の末梢血好酸球のCD69抗原陽性率は0-10%であるのに対し、重症(経口併用群)では5-20%と比較的高値あり、CSS群では10-30%とさらに高値であった。CD25抗原の発現率については全群間で有意差を認めなかった。またT細胞における検討では、喘息群においては軽症、中等症、重症群すべてにおいてCD8/CD69> CD4/CD69であるのに対し、CSS群(治療前)ではCD4/CD69>CD8/CD69であった。CD4/CD25, CD8/CD25については全群間で有意差を認めなかった。CSS群はステロイド剤および免疫抑制剤などの治療により好酸球のCD69抗原の発現率の低下及びT細胞のCD4/CD69抗原の発現率の低下によりCD8/CD69>CD4/CD69へと変化した。以上から、重症喘息では好酸球のCD69発現高値及びT細胞のCD4/CD69発現高値がCSSの病態、発症に関与している。
結論
本年度の研究において、重症喘息の病因・病態の解明に重要な多くの研究成果が得られた。
1)アレルギー性気道炎症の制御機構について、CD25陽性制御性T細胞のアレルギー性炎症における制御的役割がはじめて明らかにされた。IL-9はMDC産生を介してアレルギー性気道炎症を誘導することが示された。さらに転写因子Stat5がTh2細胞の分化活性化を制御していることが明らかにされた。2)気道リモデリングの発症機序について、LTD4が気道平滑筋増殖及び肺線維芽細胞の増殖、細胞外マトリックス産生を増強し関与することが明らかにされた。病態評価法について、HRCT画像の新しい解析方法の開発により、HRCTによる気道系全体の病態評価がはじめて可能となった。3)重症喘息であるCSSは、好酸球及びT細胞のCD69発現が病態に関与していることが明らかにされた。これらの成果から、重症喘息の気道炎症に関与するサイトカイン及び転写因子レベルの制御による新しい治療薬開発の可能性が示唆された。

公開日・更新日

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