人工内耳症例を中心とした聴覚・言語機能の客観的評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100784A
報告書区分
総括
研究課題名
人工内耳症例を中心とした聴覚・言語機能の客観的評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
森 浩一(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
聴覚障害が発達期に生じると言語にも影響し、患者のコミュニケーション能力に重大な影響をもたらす。そのため、全国的にも新生児期の難聴スクリーニングが実施されようとしている。難聴の治療は早期に始めた方が効果が大きいが、聴覚・言語の障害ないし発達遅滞は、行動や言語表出が未発達ないし損なわれている場合にはなお診断困難である。聴覚障害があると社会性や行動の発達が遅延することが診断をさらに困難にしている。補聴器ないし人工内耳を必要とする高度難聴の小児で、単純な音に対する反応のみならず、大脳を含めた聴覚・言語機能の診断が正確にできることは、治療計画を立てる上で意義が大きく、乳児期から幼児期にかけて客観的かつ無侵襲に聴力及び言語能力を判定できる方法の開発が望まれている。
近赤外分光法脳オキシメータ (NIRS) による脳機能検査は、他の検査法と異なり、検査が騒音難聴や放射線被曝の心配なく繰返し安全に行える。また、人工内耳や補聴器の装用下での記録も干渉の心配なく可能であるという特徴がある。NIRSは、平成10─12年度感覚器障害研究事業によって成人および小児で聴覚・言語反応が得られることが判明している。NIRSは他の手法では得られないすぐれた特徴を有するが、ヒトの脳計測に使われ始めたのが比較的最近であり、聴覚機能の計測への臨床応用については未だ十分には検討されていない。視覚野等ではNIRSによる脳血量計測と機能的磁気共鳴画像法(fMRI)の記録が比較され、脳活動の記録法としてのNIRSの有効性が確認されているが、聴覚系ではfMRIの騒音のため、NIRSによる測定との比較は行われていない。そこで、本研究ではNIRSを、他の計測方法とも比較・援用しながら、聴覚障害の機能的診断および治療に活用し、その有効性を評価する。種々の音や音声・言語に対する反応を直接脳から記録することで、行動や表出が未発達ないし障害されている患者の場合にも聴覚障害の機能的診断が可能となる。またこれにより、治療に使用すべき訓練刺激の選択等も容易となると期待される。
研究方法
すべての被検者は、十分な説明の上、本人(成人の場合)ないし保護者(小児の場合)が書面で研究への参加に同意した。人工内耳装用者は、コクレア社の耳掛け型Nucleus24を使用しており、処理方式はSPEAKである。小児は検査中も保護者が付き添った。
NIRSの測定は左右各12ヶ所で記録した。9個のプローブを3cm間隔で3×3の格子状に取り付け、これを左右側頭部に配した。記録終了後に磁気式3次元ディジタイザによってプローブが頭皮に接していた場所と鼻根部、左右の耳前部等の点を入力した。MRIの解剖画像と耳前部等のランドマークを合わせ、3次元デジタイザの情報から記録中心(送受光部の中点で頭皮より2 cmの深さ)となる脳部位を同定した。
音刺激はパソコンから再生し、挿耳型イヤホンで被検者に聞かせた。小児ないし人工内耳装用者では、スピーカによって音を聞かせた。NIRSの記録はすべて防音室内でおこなった。再生音圧は、閾値反応をみる検査以外は快適レベルである。被検者の聴覚閾値は、1 dBステップの上昇法で測定した。
閾値反応をみる検査では、純音聴力検査に準じた断続音ないし人工内耳の閾値検査に用いられるのと同等な振音 (warble tone) を用いた。刺激の持続時間は12秒ないし20秒に設定し、8秒ないし20秒の無音区間と交互に提示した。人工内耳を使用しない場合は、1/3オクターブ帯域雑音と振音を用いた。音圧は10 dBないし5 dBステップで上昇系列で4ステップ程度変化させ、全体を4回以上くり返した。
言語機能の左右分化を調べる検査では、分析合成単語である「言った(断定)」「言って(依頼)」「言った?(疑問)」を使用した。断定/依頼では、最後の音韻のみが異なり、断定/疑問では「た」の抑揚のみが異なる。約1秒毎に1単語を再生し、20秒を1ブロックとした。断定のみのブロックをバックグラウンドブロックとし、断定と依頼が混じるブロック(音韻対比ブロック)と、断定と疑問が混じるブロック(抑揚対比ブロック)を作成し、それぞれ20秒毎にバックグラウンドブロックと切り替えて呈示した。
NIRS法における測定結果は、各刺激ブロックの3回ないし6回程度の繰り返しのうち、粗大なアーチファクトを除いたものを刺激種類ごとに加算平均した。刺激前の5秒ないし10秒を基準として音刺激中の最大値が5%の有意水準を越えた場合を有意な反応とした。
左右差の比較のためには、左右の反応をそれぞれL・Rとし、側化指数を(L-R)/(L+R)によって計算し、統計的に検討した。
結果と考察
(1) 人工内耳を装用した成人被検者対して、NIRSによって、聴覚閾値付近の音刺激の誘発反応を記録し、自覚閾値の-20ないし-15 dBまで有意な反応が記録された。
(2) 自覚閾値未満のレベルの音に対する反応は、中心周波数を除いた雑音でマスクされるため、周波数特異性が低い反応であると推定された。
(3) 自覚閾値とNIRSによる反応閾値が異なるものの、その差はほぼ一定しているため、自覚閾値の推定方法としては使える可能性がある。この点は周波数特異性が低そうであることと合わせて、次年度以降にも継続して検討すべき課題である。
(4) 人工内耳を装用した成人被検者3名に対して、音韻や抑揚の異なる刺激対の対比による反応を調べた所、被検者本人の自覚的弁別能とNIRS反応の有意な反応がよく対応していた。
(5) 抑揚の対立をつけた単語対でテストすると、人工内耳被検者では音韻の違いとして異聴することがある。このような場合、NIRSでも左聴覚野により強い反応が出ることが多く、客観的に音韻の違いとして異聴していることが捉えられた。
(6) 上記のような異聴は補聴器ではほとんど起こらず、注目されていない。しかしながら、特に成人の人工内耳症例にはこの種の異聴がしばしば認められ、単語のレベルでの認識率を下げている可能性がある。成人の人工内耳のリハビリテーション訓練においては、抑揚の音韻への異聴に注目した訓練も必要であると思われる。
(7) 人工内耳術前に施行したfMRIでは、患者本人は理解できないにもかかわらず、読話によって聴覚連合野が活性化することが認められた。この症例では術後の成績が良く、成人の人工内耳装用者では読話が併用できることが必要なことが多いため、この方法は人工内耳の術前検査として有用である可能性がある。
(8) fMRIの撮像騒音が聞こえない高度難聴者に閾値前後の音による反応を調べた所、閾値及び閾値上10 dBでは反応が得られたが、閾値下10 dBでは反応が得られなかった。これは健聴者を対象とした以前の厚生科学研究のNIRSの結果と一致する。
(9) fMRIで閾値上10 dBの帯域雑音と振音の反応を調べたところ、両者の反応部位が若干異なっていた。帯域雑音は聴覚野の外側、振音はやや内側に反応の中心があり、以前の厚生科学研究でNIRSの反応は帯域雑音の方が純音より出やすいということに対応すると思われる。
(10) 小児の聴覚性言語処理の発達過程がNIRSによって追跡できることが判明した。乳児期の音韻ないし抑揚の弁別は脳機能の側性化の観点からはようやく1歳頃になって成人と同様な左右差を示す。
結論
自覚閾値とNIRSによる反応閾値が異なるものの、その差はほぼ一定しているため、自覚閾値の推定方法として使える可能性がある。一方で、閾値下の人工内耳の動作はメーカーが意図しているものではないため、機種や処理方式によって結果が異なる可能性もある。これらの点は、閾値下で周波数特異性が低そうであることと合わせて、次年度以降にも継続して検討すべき課題である。
韻律を音韻の違いとして異聴することは補聴器ではほとんど起こらず、注目されていない。しかしながら、特に成人の人工内耳症例にはこの種の異聴がしばしば認められ、単語ないし文章のレベルでの認識率を下げている可能性がある。この理由は、今回対象となった被検者の使用する人工内耳の処理方式が、音声の基本周波数に関しては積極的にコードしない方式であるためだと考えられる。成人の人工内耳のリハビリテーション訓練においては、抑揚の音韻への異聴に注目した訓練も必要であると思われる。
聴覚性言語の発達初期には、弁別はできるものの処理の左右分化が起こっていない段階があり、左右差を検討することで成人母語話者と同様な音韻処理がいつ行われるようになるのかを決定できると考えられる。これによって、聴覚性言語の発達段階を決定できる可能性がある。今後は目印となる検査を増やし、検討していく必要がある。
成人の人工内耳症例については聴覚のみによる言語理解に限界があるため、読話を併用する必要があることが多い。fMRIを人工内耳の術後成績の予測に使える可能性を、読話に関連した活動が生じるかどうかによって検討することとし、データの取得を開始した。今後症例を追加して術後成績との相関を調べたい。

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