網膜刺激型電極による人工視覚システムの開発

文献情報

文献番号
200100781A
報告書区分
総括
研究課題名
網膜刺激型電極による人工視覚システムの開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
田野 保雄(大阪大学大学院医学系研究科・眼科学視覚科学)
研究分担者(所属機関)
  • 不二門 尚(大阪大学大学院医学系研究科・感覚機能形成学)
  • 福田 淳(大阪大学大学院医学系研究科・情報生理学)
  • 三宅 養三(名古屋大学大学院医学系研究科・眼科学)
  • 平形 明人(杏林大学・眼科学)
  • 太田 淳(奈良先端科学技術大学院大学・物質創成科学研究科)
  • 八木 透((株)ニデック・視覚研究所)
  • 西村 茂((株)ニデック・東京研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
160,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会を迎え、加齢黄斑変性や、網膜色素変性などで社会的失明に到る患者の数が増加し、高齢者のQOL維持に大きな問題になっている。視細胞が残存している加齢黄斑変性早期の症例では、当該施設で開発した黄斑移動術が視力回復に有効であることが立証されたが、視細胞の機能を喪失した陳旧性の加齢黄斑変性、および網膜色素変性の症例に対しては、これまで有効な治療法がなかった。このような患者でも、多くの場合、網膜神経節細胞は残存しており、これを電気刺激すると、視覚を感じ得ることが欧米の研究で明らかになっている。本研究では、このような失明患者の眼内に網膜刺激電極を埋め込み、網膜神経節細胞を電気的に刺激することで視覚機能再生を目指した、「網膜刺激型電極による人工視覚」の研究開発を行なう。網膜刺激電極によるによる人工視覚システムの研究は、欧米では大規模なプロジェクトとしてコンソーシアムを組んで取り組まれているが、いまだに実用化のめどがたっていない。本プロジェクトでは、当該施設がこれまでに確立してきた高精度の網膜手術、精密な視機能評価法、および最新のオプトエレクトロニクスの技術を統合し、5年後に眼前指数弁程度の人工視覚獲得を目指す。網膜刺激電極には網膜上電極と網膜下電極の2方式があり、それぞれ長所・短所があるため、本プロジェクトでは1つの方式に絞りこまず、両者を並立して研究を進めていく。研究は、電極および信号処理回路の開発を工学側の研究者が行い、術式開発、網膜刺激電極の生体適合性、電極刺激により得られる視覚機能の評価、残存する網膜神経細胞の保護などの研究を医学側の研究者が、並行して緊密に連絡をとりながら行う方式をとる。動物実験は動物愛護の精神に基づき、片眼のみに手術操作を行い、最終年度に手動弁程度の人工視覚が得られることを目標とする。本研究は、現在治療方法がない網膜変性による視覚障害者に、復明の希望を与えるものであり、また臨床応用が実現してこれらの患者が自立した生活が送れる様になれば、介護に要する社会福祉の負担を軽減することにもなる。さらに、人工視覚システムが実用化し普及すれば、現在欧米中心の人工臓器技術に対して、わが国より発信できる新技術となり、新たな医療産業の創出にも繋がるものと期待される。
研究方法
網膜刺激型電極の眼内移植に関する術式開発:家兎に対して電極素材であるポリイミド(2mm、長さ4mm, 厚さ25μm)を硝子体手術を行って網膜上および網膜下に埋植した。網膜刺激型電極の生体適合性: 電極を埋植する網膜の環境を良くすることを目的として、新生血管の予防に関する研究を行った。糖尿病の治療薬であるチアゾリジンを、血管内皮細胞の培養系およびマウスの酸素網膜症モデルに投与して、増殖能および血管新生に対する影響を検討した。遊離網膜片を用いた網膜の電気的パラメーターの検討: 遊離網膜片を用いた刺激電極の性能評価の研究では、局所の網膜電気刺激に対する網膜神経節細胞の応答特性を、カエル遊離網膜を用いて行った。網膜刺激型電極の視覚中枢における機能評価:網膜刺激電極の、視覚中枢における機能評価法を確立することを目的として、初年度はラットの視覚中枢である、上丘での誘発電位の研究を行った。
一対の刺激電極を、それぞれ脈絡膜側と硝子体側に置くことで、網膜への侵襲を回避することが可能な電極の設置法である「強膜インプラント刺激法」を考案し、その有効性を健常有色ラットおよび網膜色素変性疾患モデルであるRCSラットを用いて評価した。網膜神経節細胞の神経保護:網膜の神経細胞の細胞死を防ぐための新しい方法として、電気刺激が神経保護効果を有するか否かを検討した。成ラットの視神経を切断し、その直後に2時間の電気刺激を切断端に加え、1週間後の網膜神経節細胞の生存率を調べた。網膜刺激電極の開発:人工眼の主要部品の一つである網膜刺激電極の開発を試みた。基板材料にポリイミドフィルム、導電層には白金を選択した。網膜下刺激電極の開発:網膜下刺激電極への応用を目指したパルス周波数変調方式に関する検討を行い,0.6μm CMOSプロセスを用いてチップの設計・試作・評価を行った.
結果と考察
術式開発:術後、網膜上タイプでは網膜剥離が生じた例はなかったが、網膜下タイプでは半数以上の家兎で術後網膜剥離が見られた。長期間の埋植による網膜障害やチップの劣化を検討する上で、網膜下電極に関しては、Minipigなど人間に近い血管系を持つ動物による検討が必要であると考えられた。生体適合性: チアゾリジンは、培養血管内皮細胞の増殖を濃度依存的に抑制し、マウスの酸素網膜症モデルにおいても網膜血管新生を抑制した。血管新生が関与して網膜が障害され、人工網膜の手術が適応となる疾患(糖尿病網膜症など)に対しては、本薬剤併用の有用性が示唆された。遊離網膜片を用いた網膜の電気的パラメーターの検討: 神経節細胞の活動電位には、2つのタイプのものが観測された。一つは刺激後数ミリ秒の遅れをもち、その遅れは刺激のパラメータによってほとんど変化しないタイプ、もう一つは数ミリ秒から数十ミリ秒の遅れを有し、その遅れが刺激パラメータによって変化するタイプであった。前者は、電気刺激により神経節細胞が直接は発火したもの、後者は電気刺激によりまず神経節細胞より末梢にある細胞が興奮し、その興奮がシナプスを介して神経節細胞に伝わったものを考えられた。これらの結果をもとに、今後網膜刺激電極の刺激パラメーターを決定する予定である。網膜刺激型電極の視覚中枢における機能評価:この方法により網膜の局所を電気刺激すると、健常ラット、RCSラットともに上丘から誘発電位が記録された。また、刺激強度を下げることによって、上丘における誘発反応の広がりを限局させることができた。これらの結果から、ラット上丘での誘発電位は人工視覚の評価に有用であることが示されると共に、網膜色素変性における人工網膜の刺激方法として、強膜インプラント刺激法が有効であることが示された。網膜神経節細胞の神経保護:刺激なしの対照群では54%の平均生存率だったのに対し電気刺激では83%の細胞が生存しており、in vivoでの電気刺激が網膜神経節細胞に対して神経保護効果を有することが明らかとなった。人工網膜における網膜電気刺激が神経細胞保護にも有用であることが示唆された。網膜刺激電極の開発: フィルムを好みの形状に加工する際、エキシマレーザを用いると良好な端面を得ることができた。また白金をフィルム上に付着させる実験を行ったところ、適切な密着性を持たせて直径80μmの円形の白金パターンを6x6の格子状に並べることができた。また配線部を線幅20μmと100μmで作成したところ、100μmで仕様どおりのものが得られた。網膜下刺激電極の開発:1ルクス以下から10万ルクス以上まで50dB以上にわたる広い光量範囲で受光可能なことを確認した.また128×128画素PFMアレイチップを試作し,画像の取得に成功した.更に,定電流刺激のために,パルス周波数変調回路よりの電圧出力を電流出力に変換・増幅する回路を設計・試作した.試作チップは4×4画素で各画素にはパルス周波数変調回路,電圧-電流変換・増幅回路,刺激電極が集積されており,約1000ルクス下で1mA程度の出力を確認した。
結論
網膜上チップの埋植に関する術式は確立された。網膜下タイプは術式の改良を要する。電極の長期の安定性に関する検討は、次年
度の課題である。刺激電極の遊離網膜片を用いた研究では、視細胞側から神経節細胞側へ与えた局所的電流刺激により、惹起される神経節細胞の時間特性が分かった。今後は、具体的な電極に関して最適な刺激パラメーターの決定が必要となる。刺激電極の視覚中枢での評価では、網膜色素変性のモデル動物であるRCSラットを用いた実験において、強膜インプラント刺激で興奮が視覚中枢である上丘まで伝わることを確認した。今後は、限局した刺激により、二点弁別が可能か否かを検討する必要がある。電気刺激は視神経切断による網膜神経節細胞の細胞死を抑制し、神経保護効果をもたらすことが明らかとなった。これは、網膜の電極刺激においても刺激パラメーターが適切であれば、神経節細胞が保護される可能性を示唆するものである。網膜刺激電極の開発では、フィルムの加工にはエキシマレーザが適していること、また白金のパターニングには事前に表面処理を施した後にスパッタ法で白金を堆積させることがよいことがわかった。しかしエキシマレーザは、輪郭線が数センチにも及ぶような加工には適さず、打ち抜き加工等と組み合わせて用いることがよいと思われた。またスパッタ法による白金のパターニングについては、導電層の厚みが薄いため、線幅を広げたりするなど、良好な電気特性を得るための改良が今後必要である。

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