胎児聴覚検査法の確立と母子検診への活用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100779A
報告書区分
総括
研究課題名
胎児聴覚検査法の確立と母子検診への活用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 正紘(東海大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 牧野恒久(東海大学医学部)
  • 木村和弘(伊勢原協同病院)
  • 原田竜彦(東海大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、小児における聴覚障害において早期発見の重要性が理解されてきた。障害の早期発見により、早期からの補聴器装用や人工内耳埋め込みならびに適切な聴覚言語訓練を行えば、音声言語による良好なコミュニケーションが可能になることが確認されてきたためである。しかし、障害そのものの予防や治療についてはあまり進展が見られていない。障害発見後の社会的コストも少ないものではなく、聴覚障害の早期発見を進めてゆくと同時に先天性聴覚障害の予防や治療につながる研究を行ってゆくことも同時に重要である。
先天性聴覚障害の現状の問題点として、障害の発生時期の特定が難しいために原因分類ができないことがあげられる。出生前の段階で聴覚評価が可能になれば、胎生期における障害と周産期における障害に大きく区分することが可能になる。胎生期における聴覚障害時期が特定できた場合には、遺伝的要因や母体環境について詳しく調べることにより、周産期に聴覚障害の発生時期が特定できる場合には分娩管理の状態について検討することにより、それぞれ難聴の発生原因の特定につなげることが可能になる。周産期に特定できる場合にはさらに、出生後の治療も将来的に期待できる。
このような目的で、出生前および出生直後の聴力を正確に評価する方法を検討すべく、研究を企画した。出生前の聴覚評価では、刺激音として音楽を用いた際の胎動および胎児心拍の変化を観察した。さらに、より定量的な評価を可能にするために任意の周波数・音圧・時間で音刺激を行うことができ、これに対する胎動や胎児心拍変化を捉えられる「胎児聴覚評価装置」を開発した。一方、出生後の聴覚評価では近年普及が進んでいる自動聴性脳幹反応検査の有用性と問題点を確認するとともに、最大の欠点である周波数別の聴覚評価ができないことに対して、聴性定常反応を用いた周波数選別的他覚聴覚検査システムの開発を行った。
研究方法
①音楽聴取に対する胎動や胎児心拍の変動の測定
妊娠31週以降の妊婦21名を対象に、外測陣痛計およびマイクロフォン方式の胎児心拍計を組み込んだ分娩監視装置(トーイツ株式会社製)を使用し、ノンストレステスト(NST)を行いながら、母体の子宮収縮、胎動。胎児心拍の変化を測定した。NST開始後5分間の安静、その後10分間ずつの「鎮静的音楽」と「被験者好みの音楽」を聴取、再び5分間の安静、計30分の実験とした。
② 胎児聴覚評価装置の製作
分娩監視装置として臨床に使用されているドップラー方式による胎動・胎児心拍測定装置をベースに、音刺激に対する胎動・胎児心拍の自動的検出ができる専用測定装置を、分娩監視装置メーカーのトーイツと共同で開発した。
機器はパーソナルコンピュータ上の専用ソフトウエアにて制御され、音刺激のための母体の腹壁に装着するスピーカー、分娩監視装置から胎動・胎児心拍の入力部分から構成される形とした。刺激信号はソフトウエア上にて作成され任意の周波数ならびに音圧にて刺激音を発生でき、刺激音の発生と同期した胎動ならびに胎児心拍変化が検出できたときに聴性反応であったと自動的に判定することとした。
③ 自動式聴性脳幹反応測定装置の新生児聴覚評価への有用性の検討
市販の自動式聴性脳幹反応測定装置Natus Algo 2eを用いて、正常分娩にて出生直後の新生児に対し聴性脳幹反応の測定を行った。この方法による聴覚評価の信頼性について、測定結果の陽性率と陽性児のその後の聴力検査結果から検討した。
④ 聴性定常反応を用いた周波数選別的な聴力検査方法の実用化
正弦波的振幅変調音に対して、振幅変調周波数に同期した脳波変動が見られることが古くから知られている。この方法を用いれば様々な周波数と音圧の連続音を振幅変調した際の脳波変動の出現の有無を観察することにより周波数別聴覚閾値測定が可能になる。この方法は脳波測定によるため、新生児期においても測定が可能であり、現状の自動式聴性脳幹反応測定では捉えられない周波数別の聴力の検査が可能になる。
パーソナルコンピュータと脳波計およびオージオメータ(音声出力用に使用)の3つを組み合わせた自作システムを製作し測定に使用した。パーソナルコンピュータ上のプログラムから正弦波的振幅変調信号を出力し、オージオメータにて音声に変換、これと同期して脳波計より誘発電位を取り込み、繰り返し刺激に対する加算平均を行った。このあと、加算平均後の記録波形から誘発電位と背景脳波を分離する方法は複数あり、これらいずれの方法が聴力を中術に反映しているかについて検討した。
結果と考察
①音楽聴取に対する胎動や胎児心拍の変動の測定
安静時と音楽聴取時を比較すると、胎動については2種類の音楽で21例中18例と13例、基準胎児心拍数では21例中18例と15例で、いずれも音楽聴取時の変化は有意であると考えられた。したがって、これらふたつの指標が聴覚を反映するものとして使用しうると考えられた。子宮収縮頻度についても同時に測定したが、これについては21名中2名のみの変化で有意ではなかった。このことは、子宮収縮が上記の指標の変化を惹起したものではないことを示唆すると考えられた。
② 胎児聴覚評価装置の製作
装置ならびに基本ソフトウエアは完成し、測定が可能な状況となった。今後、いずれの刺激音響のパターンが最適か、ならびにどの程度の胎動や心拍変化をもって音響に対する反応と判定すべきかなどを実際に被験者を対象にした測定結果を踏まえて検討し、ソフトウエアの改良を行い最終的に臨床にて使用しうるシステムを完成させる方針である。
③ 自動式聴性脳幹反応測定装置の新生児聴覚評価への有用性の検討
1606 例の新生児に対して検査を行い、初回検査で1579例がPASSした。3回の検査で最終的に9例(両側性REFER、4例。片側性REFER、5例)がREFER と判定された。これら9例の内、帰省分娩を除く7例(両側性4例、片側性3例)でABRを行った。その結果、4例を両側性難聴、2例を片側性難聴と診断した。残り1例はABR が正常で検査の偽陽性と考えた。染色体、遺伝子異常は3例で、Down症候群が2例、副甲状腺機能低下症、感音性難聴、腎奇形を主症状とするHDR症候群が1例でみられた。初回REFERと判定され、後にPASS した症例の初回、再検査時の筋電図混入率を比較した。初回検査時、すなわちREFERと判定された検査時の筋電図混入率は高値であった。最終的に信頼できる結果といえるが、出生直後にREFERが多いのは、偽陽性なのか聴覚の成熟が不十分なのかさらに検討すべきと考える。
④ 聴性定常反応を用いた周波数選別的な聴力検査方法の実用化
背景脳波から微細な定常反応成分を検出する統計手法であるF-test, Phase Coherence (PC), Magnitude Squared Coherence (MSC), それに加重平均を併用したMSCの4者を用いた場合それぞれについて振幅変調周波数40Hzで変調前の純音の周波数を500Hz, 1000Hz, 2000Hz, 4000Hzとして様々な刺激音圧にて4つの方法のいずれの信頼性が高いか、また自覚閾値と検出閾値がどの程度の違いとなるかについて検討した。100回の反復測定で有意水準が1%以下となった場合に定常反応が検出されたとする基準として、各周波数と音圧においていずれの処理方法で検出しえたかを検討したが、いずれの周波数においても音圧を低下させるとともにすべての処理方法で検出可能からMSCとPCのみで検出、PCのみで検出、いずれでも検出できずと変化してゆく結果となった。一方、PCは少ない加算平均回数で有意水準が低下する一方、再び有意水準が上昇するなど上下動が激しく結果の信頼性は十分とはいえない結果であった。この結果より、聴覚閾値の判定に使用する目的ではMSCが有用ではないかと考えられた。この方法で判定すれば自覚閾値上30-50dBの検出閾値であったが、さらに周波数変調を併用した場合では自覚閾値上10-30dBまで検出閾値は低下した。この結果を踏まえ、正常聴力被験者3名3耳に本システムを用いたて定常反応の測定を行い、周波数変調併用でMSCを用いて検出閾値を測定した。検出判定の条件は100回の反復測定で有意水準が1%以下とした。自覚閾値との差は、500Hzで10-20dB、1000Hzで10-15dB、2000Hzで30-45dB、4000Hzで30-45dBであった。
結論
胎動・胎児心拍変化が音響聴取により変化することが確認できた。さらに出生前聴覚検査評価として定量的な評価を行いたい。出生後の聴覚評価は出生直後に検査のREFER率が上昇する。検査の信頼性・聴覚の成熟の双方から検討が必要である。周波数選別的聴力検査は臨床的ニーズの高いものであり、さらに検出閾値を低下させれば十分実用化できると考える。

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