遺伝子変異による進行性聴覚障害に対する医療方針の作成(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100778A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子変異による進行性聴覚障害に対する医療方針の作成(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
泰地 秀信(国立病院東京医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 松永達雄(国立病院東京医療センター)
  • 神崎仁(慶応義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、これまで原因不明とされていた進行性難聴の中に遺伝子異常によるものが多数ふくまれていることが明らかになり、これら遺伝性聴覚障害の診断、治療には、今後は各遺伝子変異ごとに最適な方法が定められることが必要と考えられる。また発症前に遺伝子異常が明らかになった人に対しては、発症を予測して必要に応じて予防手段をとることが重要となる。具体的には、1)正確で効率的な診断のためにその疾患の臨床像を明確化、2)発症の予測と予防のために発症要因を解明、3)有効な治療法の開発のために従来の治療による効果を評価、の3点により最適の医療指針を作成することが早急に必要である。また遺伝性難聴の特徴は人種により異なるため、これらの検討は人種ごとに施行されるべきである。ミトコンドリア遺伝子1555変異および3243変異は日本人で頻度の高いことが知られており、本研究はこのようなミトコンドリア遺伝子1555変異および3243変異による聴覚障害の臨床像と発症要因(遺伝因子と環境因子)の解明、そして本遺伝子変異による聴覚障害者に対する有効な治療法とリハビリテーション法の検討をすることにより、ミトコンドリア遺伝子1555変異および3243変異による進行性難聴に対する医療指針を作成することを目的とする。
研究方法
遺伝子検査および一般耳鼻咽喉科検査によりミトコンドリアDNA1555変異による難聴の診断がついた難聴者およびその血縁者で、本遺伝子変異を持つ可能性が高いと推測された人およびミトコンドリア脳筋症で遺伝子検査によりミトコンドリアDNA3243変異が確認され、病初期に進行性難聴のみを認めた人を対象として、以下の項目より協力を得られる範囲で検討する。i) 症状の問診として難聴に関しての自覚の有無、発症時期、発症の仕方(先天性、突発性など)、発症に関連した環境因子、経過(不変、進行性、変動性など)。耳鳴に関しての自覚の有無、発症時期、耳鳴の音の性状、発症の仕方(先天性、突発性など)、発症に関連した環境因子、耳鳴の頻度、耳鳴の持続時間、経過(不変、進行性、変動性など)。めまいに関しての自覚の有無、発症時期、めまいの性状、発症の仕方、発症に関連した環境因子、めまいの頻度、めまいの持続時間、経過。動揺病(乗り物酔い)に関しての自覚の有無、罹患期間。ii) 聴覚機能検査として純音聴力閾値検査、純音閾値上検査(SISI test)、自記オージオメトリー (連続周波数測定、固定周波数測定)、語音明瞭度検査、耳音響放射(EOAE、DPOAE)、聴性脳幹反応 (ABR)。iii) 平衡機能検査。iv) 遺伝子検査としてミトコンドリアDNA1555変異(PCR-RFLP法)、コネキシン26遺伝子変異(全エクソンシークエンス)。
結果と考察
1)ミトコンドリア1555変異を持つ人では平均すると全体の約35%で難聴が認められ、年令別では高齢者ほど難聴の頻度が高く、老化が本難聴の発症に対して極めて重要な因子であることを示している。ミトコンドリア遺伝子の障害では、単に細胞に必要なエネルギ?を充分に補給できないのみでなく、細胞を傷害する活性酸素などの産生により徐々に障害が蓄積していくためと考えられる。2)難聴例で、難聴の自覚を持たない人が一定の頻度で認められる。難聴の診断では家族歴を聴取し、ミトコンドリア遺伝子変異による難聴を疑う場合には母系遺伝形式を取っていることが重要であるが、この際にたとえ難聴があっても自覚していないことがあることに注意が必要であると考えられる。3)難聴例の一部で先天性難聴が疑われ、この場合は早期診断が困難であり、緩徐な進行をし、一部の例で人工内耳の適応となる。本
遺伝子変異による難聴では、乳幼児期には難聴の程度が軽度であり、これが早期発見を困難としていると考えた。4)難聴例の多くは難聴発症が12-60才までの間で、徐々に発症するが、一部は急性発症をし、精神的、身体的ストレスに関連することもあり、軽度あるいは中等度難聴となる。また高度難聴に進行する人を認めなかったことから、たとえ親類に高度難聴者がいたとしても、この期間の発症例ではその人が高度難聴になる確率は極めて低いことを知らせることにより難聴に対する心理的不安を減じることができる。5)難聴例の一部は60才を越えてから難聴の状態となる。老年期発症例の検討結果は、いわゆる老人性難聴と考えられている人の中に、本遺伝子変異に関連した難聴者も含まれている可能性を示す。老人性難聴は、その数が極めて多く社会的問題でもあり、難聴進行の予防方法を開発することが、当面の重要な課題である。6)純音聴力検査の結果は、ミトコンドリア遺伝子変異による聴覚障害が、発症の時期や障害の程度に関わらず、常に両耳に感音機構の高音領域から障害が進行することを示している。また語音聴力検査、閾値上聴力検査、自記録オージオメトリー、聴性脳幹反応の結果は、ミトコンドリア1555変異による感音難聴が、内耳障害を初期病変としていることを示している。耳音響放射の結果は、特に外有毛細胞の傷害が難聴の初期の病態を形成していることを示している。7)家系内での難聴の特徴の検討結果からは、母から子へ伝わるミトコンドリア遺伝子変異以外に、父の核遺伝子の関与があるという仮説が立てられる。この場合には、難聴の発症に関連する父の核遺伝子は稀な遺伝子変異ではなく、遺伝子多型のような頻度の高い変異であると予想される。8)一部の例で耳鳴を経験し、24時間持続例も認められた。また無難聴性耳鳴あるいは精神的、身体的ストレスとの関連した一過性の例も認められた。ストレスなど環境的因子に関係して生じた場合には、その環境に対して適切に対応することにより、耳鳴を改善できることを、本遺伝子変異に対するカウンセリングの際に知らせておくことは有用であると考えられる。9)めまいに関する研究結果は、ミトコンドリアDNA1555変異では、平衡覚に障害を生じることがほとんどなく、表現形が聴覚障害に限定されることを示している。ミトコンドリア遺伝子変異であっても他の部位(3243)の変異による難聴の場合には、前庭障害による平衡障害も生じうるため、平衡障害の有無を調べることが本遺伝子変異を疑った場合の鑑別診断に有用と考えられた。10)ミトコンドリア遺伝子変異はホモプラスミーで認められた。この場合には、リンパ球以外の他の組織においてもすべてのミトコンドリアに同様の変異がある可能性が高いと考えられる。一方、本遺伝子変異の表現形は聴覚障害のみであり、なぜ他の組織に障害が生じないかについてはまだ不明であり、今後解明されるべき問題である。ミトコンドリアDNA1555変異を持つ人の難聴の発症には劣性遺伝形式で働く他の遺伝的因子の存在が疑われるため、この点につき保因者の頻度が高いコネキシン26遺伝子変異について検討した結果、少なくとも本対象においては、コネキシン26遺伝子変異が原因とは考えられず、別の遺伝的因子の存在が予想された。11)ミトコンドリアDNA3243変異を持ち、30才頃より両耳の内耳性、進行性難聴のみを初発症状として、後から糖尿病、心筋症、平衡覚障害、理解力、記憶力低下を発症する例を認めた。難聴発症の時点でミトコンドリア3243変異を知ることができれば、他の臓器の障害の発症を予防または遅らせることがある程度可能であるとも考えられる。このため原因不明の進行性感音難聴の診断において、本遺伝子変異も考慮に入れることが望ましいと考えられる。明確なめまい症状と前庭機能低下を示す検査所見を認める点、そして難聴が水平型に近い点が、ミトコンドリアDNA1555変異による進行性難聴との鑑別に有用である。
結論
ミトコンドリア遺伝子1555変異および3243変異の認められる家系で聴覚に関連した症状の検討および遺伝子検査を行なうことにより、本遺伝子変異を持
つことの臨床的意義を解明するとともに、本遺伝子変異により生じる聴覚障害に対する適切な医療、予防、カウンセリングへの活用方法を提案した。

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