ドライアイに係る疫学的研究

文献情報

文献番号
200100774A
報告書区分
総括
研究課題名
ドライアイに係る疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
木下 茂(京都府立医科大学医学部眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 横井則彦(京都府立医科大学医学部眼科)
  • 大橋裕一(愛媛大学医学部眼科)
  • 坪田一男(東京歯科大学眼科)
  • 堀口俊一(財団法人日本予防医学協会)
  • 渡辺能行(京都府立医科大学脳・血管系老化、研究センター社会医学人文科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
職域のVDT作業従事者は、画面を注視する時間が長く、瞬目回数が減少するため、涙液の蒸発が亢進してドライアイを生じるといわれているが、大規模の対象についての疫学調査の報告はない。そこで、VDT作業従事者の多数例におけるドライアイの頻度とその内容について詳細に検討した。また、ドライアイの本質を解明するため、以下の項目についても検討した。1) ドライアイ患者の視力がVDT作業によってどのような影響を受けるかを、ドライアイ患者と健常者との間で比較検討した。2) 涙液層に破綻が生じると、角膜に投影されるマイヤーリングが歪むため、角膜形状解析が困難になることはよく知られている。そこで、角膜形状解析装置TMS-2N(トーメー社製)を用いて、ドライアイ診断用の新しいソフトの開発を試みた。3) ドライアイ患者の涙液の量や質、および自覚症状が外部環境でどのように変化するかを人工気候室を用いて検討した。4) シェーグレン症候群では唾液腺と涙腺が主に障害される。後者の障害によって涙液が減少して、結膜上皮細胞の表現形が変化し、多くの遺伝子発現が変化している可能性がある。そこでドライアイにおける結膜上皮細胞の遺伝子の発現解析を行った。
研究方法
疫学調査の解析の対象は、2000年11月から2001年8までに大阪、兵庫、東京において、(財)日本予防医学協会が実施したVDT健診を受診した1170例中、本調査への参加の同意を得た被検者1025例[男性:542例;女性:483例;年齢:36.0±10.0(19~73)歳]である。一般的なドライアイ検査として、シルマーテストI法(S-T)、フルオレセイン-BUT(F-BUT)の測定、角膜のフルオレセイン染色(AD分類によるスコア化)を実施した。コンタクトレンズ(CL)装用者295例では、CLをはずして10分以上経過の後に検査を行った。それら結果は本邦のドライアイの診断基準(1995年)に準拠して診断し、検討した。また、疫学調査以外の各研究項目における研究方法は以下の通りとした。1) VDT作業後のドライアイ患者と健常者の視力の比較は、ドライアイ患者20名と健常者20名を対象とした。VDT作業のモデル系として、液晶型ゲーム機のゲーム操作に従事させ、ゲーム操作前後において被験者の視力を測定した。2) TMS-2Nを用いたドライアイ診断用の新しいソフト開発における対象は、正常者12例18眼(N群)(33.2±10.4歳)および涙液破壊時間(BUT)短縮型ドライアイ18例30眼(DE群)(33.0±8.3歳)とした。1秒毎、10秒間までの連続撮影ができるように改良したTMS-2Nを用い、被験者に瞬目をしないよう指示して撮影を行った。1秒ごとの涙液表面形状をカラーコードマップで示すとともに、10秒間の表面形状の動的な変化をカラーコードマップ(break up map)で表示して比較した。次いで、カラーコードマップ全体から撮影不可のpoint及びarea(マップ上で黒く抜ける部分)を差し引いたDP (detectable point)とDA (detectable area)を1秒毎に算出し10秒間の変動幅を比較した。3) 各種の環境(環境A:温度15℃;湿度20%、環境B:温度25℃;湿度40%、環境C:温度35℃;湿度50%)を設定し、含水率72%および37.5%の2種のソフトコンタクトレンズ(SCL)を左右それぞれの眼に装用した。対象者は男性6名とし、涙液貯留量(メニスコメトリー法にて測定)、涙液油層観察(インターフェロメトリーにて測定)、乾燥感に関する問診をおこない評価した。4) 正常者30名、シェーグレン症候群患者26名、非シェーグレン型のドライアイ患者3名間での比較検討を
おこなった。採取した結膜上皮細胞よりRNAを抽出し、cDNAを合成した。PCRによりcDNAを増幅させ、DNAシーケンサーにて電気泳動して解析を行った。
結果と考察
S-T、F-BUT、AD分類を用いて、本邦での診断基準に準拠して診断されうるドライアイの確定例(少なくとも1眼で、F-BUT≦5秒またはS-T≦5mm、かつ、A1D1以上)は320例(31.2%)あり、女性(女性:40.6%;男性:22.9%)およびコンタクトレンズ(CL)装用(装用有:40.7%;装用無:27.4%)で確定例が有意に多いことが判明した。また、女性でコンタクトレンズ装用者には、有意にドライアイの確定例が多かった(46.9%)。ドライアイの確定眼476眼のうち、F-BUTのみでの確定眼は、407眼(85.5%)、S-Tのみの確定眼は40眼(8.4%)であった。また、角膜上皮障害は、軽症のものが多かった(A1D1:75.4%)。しかし、ドライアイの確定とVDT作業時間との間に有意な関連は見られなかった。これについては、自己申告の面もあり、さらなる検討が必要と思われる。ドライアイ確定例で有意に多かった症状は、「眼が乾いた感じがする」、「涙がでる」、「眼が赤い・充血している」であった。職域のVDT作業者にドライアイの確定例が、31.2%と極めて高頻度に存在することが、初めて明らかにされた。また、コンタクトレンズ装用や女性がドライアイのリスクファクターとして見出されたが、VDT作業時間とドライアイの確定の有意な関連は見られなかった。ドライアイの確定例の大半は、蒸発亢進型ドライアイと考えられ、職域の環境改善の目標の一つが提示された。ドライアイ確定例に有意な関連が見出された症状としては、「眼が乾いた感じがする」、「涙がでる」、「眼が赤い・充血している」であり、これらの項目の今後の問診項目への採用が必要と考えられた。また、スクリーニングの意味からは、パラメディカルにも実施可能な非侵襲的な検査法によるドライアイ検診に基づいて詳細な解析を行ってゆく必要があると思われた。疫学調査以外の各項目の結果と考察は以下の通りである。1) 液晶型ゲーム機を用いた系は、VDT作業を同じ条件かつ定量的に被験者に負荷することが可能であり、VDT作業のモデル系として有用であると思われた。健常者において、ゲーム操作前の視力に対してゲーム後の視力が低下する傾向が見いだされた。しかし、被検者数が少ないため、明確な結論を出すことはできなかった。また、ドライアイ患者の被検者数も少なかったために両者のデータ比較をすることもできなかった。今後、被検者数を増やして両者間のデータ比較を行い、VDT作業のドライアイに対する影響を検討していくことが必要である。2) N群とDE群で、経時的なマップの変動及びbreak up mapに明らかな差が見られた。アライメントの問題、表示マップの改良などの問題点はあるが、涙液層の破綻が角膜の広い範囲で客観的に観察記録できる点は特筆に値する。3) 涙液量については環境やレンズ種類の違いで差はなかった。乾燥感については、環境B,Cではレンズ種類の違いで差はなかったが、環境A(低湿度)では低含水率のSCLよりも高含水率のSCLで乾燥感を強く感じ、有意な差を認めた。涙液油層観察についてはSCL種類の違いで差はなかったが、環境Cでは油層が厚く観察され(マイボーム腺の分泌促進効果)、環境Aでは油層の菲薄化による蒸発亢進(NIBUTの短縮)が認められた。4) シェーグレン症候群では角化を示唆するものとして、ケラチン6、16等の異常分化型ケラチンの発現亢進、SPRA2A、kallikrein7等の角化関連遺伝子の発現亢進が認められた。また、炎症に関連すると考えられるものについて、IL-6、MIG、amphiregulinの発現亢進が認められた。HLA-DRについての発現亢進も認められた。シェーグレン症候群の病態には炎症と涙液減少による乾燥の2つの因子が関与していることが考えられた。
結論
今回の検討により、職域のVDT作業従事者には、ドライアイが高頻度に潜在している可能性があり、女性で、しかも、コンタクトレンズを装用しているとそのリスクが高いと思われた。また、ドライアイのタイプとしては、蒸発亢進型のドライアイが大半を占めると考えられた。場合によっては、作業用眼鏡ない
しゴーグルの使用が考慮されてよいと思われた。疫学的には、解析対象集団の性質について明らかにしておく必要があり、花粉症等、解析結果に影響する可能性のある因子の有無についても検討しておく必要があると考えられた。DT作業のモデル系としての液晶型ゲーム機や角膜形状解析装置によるドライアイ診断ソフト、環境設定が可能な人工気候室等、最新の機器を用いた研究はこれまでにみられなかった新しい試みである。また、分子生物学的手法を用いたアプローチよって、ドライアイ患者の眼表面(角膜や結膜)の性質が明らかになることが期待され、今後もドライアイの本質の解明を詳細に行ってゆく必要があると思われた。

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