分子細胞レベルの前庭病変による平衡障害の姿勢制御とリハビリについて(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100773A
報告書区分
総括
研究課題名
分子細胞レベルの前庭病変による平衡障害の姿勢制御とリハビリについて(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
喜多村 健(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 石田明允(東京医科歯科大学)
  • 川上 潔(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平衡障害は種々の病態で生じる高頻度の障害であり、高齢者においては、転倒・転落の大きな発症原因のひとつである。平衡には複雑な系が関与しているが、前庭受容器は平衡系の主要な感覚受容器である。本研究は、前庭受容器障害の原因遺伝子に注目し、障害発症機構が分子レベルで解明された平衡障害者を対象にして、姿勢制御を解析して、平衡障害の予防、リハビリへの応用を目的とする。そのため、難聴を含めた内耳障害者を対象にして、難聴遺伝子の解析を行う。解析された遺伝子の中で、平衡障害を生じる遺伝子変異症例の姿勢制御を解析する。姿勢制御系としては、ankle strategy とhip strategyの二つの異なる姿勢制御系を対象にして姿勢制御のモデル化を行う。これらの解析データを基にして、転倒・転落予防の為の有効なリハビリの開発を行う。
実験動物モデルは、種々のヒト疾患の病態解明に大きな役割を有しているが、内耳奇形マウスも例外でない。内耳奇形マウスの遺伝子ならびに内耳組織解析で、ヒト内耳病変の解明を行う。今回の研究では、未知の遺伝子変異による内耳奇形マウスと転写因子のSix遺伝子のノックアウトマウスを対象にして、前庭病変を分子レベルにて解析する。
研究方法
前庭障害を生じる遺伝子の同定には、原因不明の感音難聴症例、遺伝性非症候群性感音難聴家系の難聴者ならびに血縁者で協力が得られる症例を対象とした。対象症例からは、インフォームドコンセントを書面で取得し、申請の研究内容は所属施設の倫理委員会からすでに承認を得ている。遺伝性難聴家系の遺伝形式を検討し、対象症例ならびに血縁者で本研究に協力が得られる全員から末梢血を採取し、DNAを抽出した。抽出したゲノムDNAをPCRにより増幅し、PCR産物をポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離し、画像解析装置によりマイクロサテライト多型を検出した。次いでDNAマーカーを用いて、連鎖検定のコンピューター・プログラムを用いて、連鎖解析を行った。前庭障害を生じることが判明しているミトコンドリア遺伝子、ミオシン・A遺伝子、SLC26A4遺伝子、COCH遺伝子、転写因子について、当該遺伝子のエクソンを増幅して塩基配列を決定し遺伝子変異の有無を検索した。前庭障害が同定されているミトコンドリア遺伝子3243位の変異症例の前庭の側頭骨病理を検討した。さらに、ヒト側頭骨セロイジン包埋病理標本より、Laser-captured microdissection(LCM)を用いて、側頭骨標本からの DNA抽出を試みた。PALM Laser-MicroBeam System(P.A.L.M., Wolfratshausen, Germany)を用い、内耳の細胞を採取し、Puregene DNA isolation kit (Gentra systems)を用いてDNAを抽出し、PCR法によりミトコンドリアDNAを増幅、PCR産物をアガロースゲル電気泳動、直接シークエンスを行った。ミオシン・A遺伝子変異が既知のDFNA11家系において、詳細な聴覚検査を施行した。
LacZをレポーターとしたトランスジェニックマウス(Zfc-02)の12週齢の野生型とホモ接合体、8週齢のヘテロ接合体を用い、聴覚閾値と内耳病理を検討した。方法はステンレス針電極を用い、鼻尖部に陽極、右耳後部に陰極、右大腿に接地電極を設置した。slope 0.1ms、duration 1ms、10kHz の tone pip を外耳孔 10cm 前方より14.3Hzの頻度で与えた。刺激音圧は各周波数の持続音にて補正した。誘発電位を記録したマウスはただちにホルマリンで全身還流固定し、EDTAによる脱灰、パラフィン包埋の過程の後、H-E 染色を行って光学顕微鏡で観察した。転写因子のSix1遺伝子変異マウスの胎仔および成体について、同様の形態的観察、聴力検査を行った。また、 BOR症候群および白内障を発症する患者で同定されたEYA1遺伝子の変異をマウスEya1遺伝子に導入し、SixおよびDachとの相互作用や、転写活性化能について、検証した。実験動物を用いた研究は、それぞれ所属の実験動物センターの承認を得て施行された。
健常被験者にステッピングモータとゴムひもで上体と下肢を連続的にかつランダムに前後方向に引っ張る外乱を与えた。そして台の幅が前後方向に十分に広い場合と狭い場合(11.5cmと8.5cm)で直立姿勢を維持させた。1試行は60秒として、上体と下肢の傾斜角を磁気センサで計測し、足関節モーメントと股関節モーメントを床反力計と足、膝および股関節の位置情報から計算した。上体と下肢の傾斜角を入力とし、足関節および股関節モーメントを出力とする感覚フィードバックの特性を検討した。
結果と考察
ヒト難聴遺伝子の検索で、母親が前庭病変を有しBO症候群と考えられる症例でEYA1 遺伝子の変異の有無について遺伝子検索を行い、新たな遺伝子変異を同定した。EYA1 遺伝子が前庭障害の原因となりうることを示した。内耳障害の原因遺伝子で最も高頻度にみられるGJB2遺伝子変異は、110家系を対象に検討し、13家系(12%)において遺伝子変異を認めた。ホモ接合、複合へテロ接合、ヘテロ接合による遺伝子変異は、それぞれ1家系、3家系、9家系であり、変異の中では235delCが61%と最多であった。ミトコンドリア遺伝子3243位での変異による内耳障害の側頭骨病理にて、前庭機能障害の原因が前庭感覚細胞の高度萎縮によると報告した。さらに,内耳組織内のミトコンドリア遺伝子の定量解析では、アガロースゲル電気泳動の結果121bpのバンドが検出され、直接シークエンス法によりPCRの目的部位であることを確認した。すなわち、ヒト側頭骨セロイジン包埋側頭骨標本からの細胞レベルでのミトコンドリアDNA抽出は可能であり、ミトコンドリアDNA異常による遺伝性難聴の細胞レベルでの解析が可能であると考えられた。ミオシン・A遺伝子変異によるDFNA11家系は、前庭機能低下が同定されており、経時的な聴覚検査では、全例が左右対称性の両側感音難聴を呈し、1年に平均0.2から2.1dBの聴覚閾値の悪化がみられた。ミオシン・A遺伝子変異の表現型としては、DFNA11家系は前庭ならびに蝸牛機能とも中等度であり、dominant negative effectによる表現型と推定された。
Zfc-02は野生型、ヘテロ接合体、ホモ接合体の順に聴力レベルの低下が認められた。H-Eによる解析においてはラセン神経節細胞数が、聴覚レベルに対応するように減少していた。脳神経節や耳胞の発生過程で特異的発現のみられるSix1遺伝子破壊マウスのホモ個体は生直後に死亡した。ホモマウスは内耳の形成がほとんど見られなかった。ヘテロマウスは正常に成育し、聴力についても異常がみられなかった。内耳形成の異常が生じる時期を特定するために、ホモ個体の胚を調べたところ、E11.5では耳胞が正常に形成されていたが、E12.5では、内耳構造がほとんど消失していた。EYA1の変異のうちS454PとL472R及びR307XはSix、DachやG蛋白質との相互作用に欠損がみられた。Six1遺伝子の遺伝子破壊マウスに内耳形成不全がみられたことから、内耳の形成にSix1遺伝子が必要不可欠であり、Eya1との協同作用が耳の形成には重要であると示唆された。Eyaドメインに存在する多くの点突然変異のうち、SixおよびDachとの相互作用が欠損しているものが同定された。これらの成果は、分子機能の変異による耳の形成異常機構を解析する糸口になることが期待される。
台が十分に広い場合にはankle strategyのみが、狭い場合にはこれに加えてhip strategyが見られた。すなわち前者の場合には、上体と下肢の運動はほぼ同一であり、足関節モーメントの方が股関節モーメントよりも大であった。後者の場合には上体の動きのほうが下肢に比べて大きくなり、股関節モーメントも増大した。下肢および上体角度から足関節モーメントまでの伝達関数をC1、C2とし、股関節モーメントまでのそれをC3、C4とすると、hip strategy の増加につれてC2、C3、C4のゲインは増加しC1のそれは減少した。またC3の符号は負であった。この結果は、Runge らによる台の急な後方への変位外乱を与えた場合に、その速度が小さいときは足関節、股関節には伸展モーメントが働くが、速度が大きくなると股関節には屈曲モーメントが働くという報告と一致するものである。また、姿勢制御におけるhip strategyには、前庭受容器よりは体性感覚が大きな役割を占めていると判明した。
結論
内耳前庭障害を呈する難聴遺伝子の新しい変異を同定した。ミトコンドリア遺伝子3243位での変異により前庭感覚細胞の萎縮が生じる点が明確になった。内耳発生に転写因子のSix1遺伝子が深く関与していると判明した。姿勢制御におけるhip strategyには、前庭受容器よりは体性感覚が大きな役割を占めていると判明した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-