ロービジョン患者の個々の視覚特性に自動的に適合する表示機構の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100772A
報告書区分
総括
研究課題名
ロービジョン患者の個々の視覚特性に自動的に適合する表示機構の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小田 浩一(東京女子大学)
研究分担者(所属機関)
  • 川嶋英嗣(日本学術振興会/東京女子大学)
  • 伊藤和幸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
  • 湯澤美都子(駿河台日大病院眼科)
  • 田中恵津子(杏林大学医学部眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者を含むロービジョンのある個人の特性に適応的に自動的に応答するインテリジェントな電子表示システムの実現に必要な基礎開発をすることである。自分の目の状態が記録されているカードをポケットに入れているだけで、銀行のATMの画面が自動的に見やすい配色と文字サイズで表示してくれるような未来を作るには、個々のロービジョンの視覚特性を簡便に評価するシステムと、そのデータに対応して最適な表示を行う機構が必要である。ところが、ロービジョンの個人個人の読書に都合のよい条件を調べるには、それなりに厳密な検査(たとえば、MNREAD-Jのような読書チャートによる読書評価)が必要であり、時間も人手も手間もかかるし、自分一人ではできないのが現状である。本研究では、これをより効率化する方法を探ることを1つの目的とする。人間が検査する代わりにコンピュータの前でキーを押したり、音読したり、あるいは黙読するだけで、個人に都合のよい文字サイズや配色などが測定できる方法を開発すれば、眼科臨床でも検査時間や労力が著しく軽減できるであろう。次にこの条件をコンピュータ・モニタなどの電子ディスプレイに反映させるための機構を開発する。具体的には、HTML/CSSと個人の条件を合わせる技術を開発する。このことにより、どのようなコンピュータを購入しても、一定の方法に従えば、誰にでも個人の高齢者の見やすい条件に合わせて調整することができるようになるであろう。さらに最終的には、コンピュータや端末自体が個人データを入手して、使っている相手に応じて自動で表示機能を変更するような機構を開発することを目的とする。ロービジョンのこれまでの研究で明らかになってきたことは、個人ごとに見やすい条件が異なるので、1種類の拡大や配色だけでは、すべての人に満足する表示はできないということであった。高齢者が増加する未来では、見えやすい条件についても多様化が進むことは確実であるが、多様性の認識はまだ不十分であるといわざるを得ない。公的な機関や個人の使う端末が適応的に表示モードを変更することができれば、その多様性をかなりの程度吸収して、情報格差を減少させ、QOLの低下を防ぐことができる。平成13年度は、この一連の計画のうち読書評価を自動化することを目的とする。
研究方法
平成13年度は、すでに過去の厚生科学研究費で開発した40インチのプラズマディスプレイとコンピュータを使った半自動の読書検査システムを眼科臨床で利用して、加齢黄斑変性の患者の読書評価を行い、適切な読書エイドの処方に結びつける研究をしながら、この半自動の検査システムを発展させて、読書評価を電子的に、効率的に行う方法を開発した。これまでの方法は、読書時間と音読文字数を人手によって計測し、それを一定の式に入力して換算しグラフに描いて評価していた。これらは、時間と労力を必要とするプロセスであり、評価を困難にしていた。面倒な換算や計算をどこまで自動化できるか、測定そのものを人手を介さずコンピュータに行わせることができるか、その場合どの程度まで精度を犠牲にせずできるかを以下のような方法で検討した。電子的な読書評価を行う検査システムは、コンピュータで制御されたディスプレイ装置をプラットフォームとし、自動の検査プログラムと、そのプログラムが取得した患者のデータを自動で分析するプログラムを新たに開発した。自動検査プログラムは、輝度が100 cd/m^
2以上出せて、コントララストも90%以上表示可能なディスプレイ装置にMNREAD-Jで使われている読書材料を、明朝体のフォントでサイズを変化させながら表示するようにした。患者があらかじめ読書材料が表示される位置に固視点を移動して準備できるように、自動検査プログラムは読書材料の提示に先だって注視しやすい刺激を表示した。紙の読書検査では、検査者がいろいろな大きさの遮蔽版を使って手でチャートの一部を隠していた部分であり、この自動化だけでも、検査は随分と実施が容易になった。患者は、マウスのボタンかコンピュータのキーを押して自分のペースで読書材料を表示し、それを読み終えたら再びマウスのボタンかコンピュータのキーを押して読書にかかった時間をコンピュータに知らせた。すべての刺激が提示し終わるか、患者が終了ボタンを押すと自動検査プログラムは終了し、患者が読むのに要した時間をミリ秒の単位で表示した。分析プログラムは、検査プログラムが表示した患者の読書時間のデータを自動で解析し、患者に最適な文字サイズと最適な文字サイズのときに患者が出すことのできる最大読書能力(測度)を推定できるものを開発した。また、これまでの検査の結果も同様に解析しグラフを描いたり、臨界文字サイズや最大読書測度を推定したりできるようにした。これらの2つのプログラムは、最終的には結合されるが、本年度は、検査部分と分析部分はそれぞれ独立に開発し評価した。開発後の評価では、複数のロービジョンの患者を被験者にして、従来の紙に印刷されたMNREAD-Jで測定した結果と検査プログラムで測定した結果が一致するかどうかを調べた。
結果と考察
まず、40インチのプラズマディスプレイに読書材料を表示する半自動の装置を使用して加齢黄斑変性の患者の読書評価を行った研究では、加齢黄斑変性のロービジョン患者が非常に大きな文字サイズを必要とする場合があることが分かった。紙に印刷されたMNREAD-J読書チャートによる読書評価で十分な読書速度が出る文字サイズを評価できなかった18の症例では、視角で10度以上(18症例の平均:30cmの読書距離で6cm程度の文字)もの大きな文字サイズを必要としていた。光学的な読書エイドや14インチ程度の拡大読書器では、拡大率が不十分だったり、一度に視野に入る文字数に制限があったりして、処方に特別の配慮が必要な症例があることも分かった。これらは、日本眼科学会(のサテライト学会としての日本ロービジョン学会学術展示)やARVOの年次大会などで発表した。この半自動のシステム開発と臨床応用の経験をもとに試作した全自動の検査システムは、一旦起動して、患者に使い方を説明してしまえば、20歳代から50歳代までの、評価実験に参加したロービジョンの患者5名の全員が、検査スタッフの援助なしに自分だけで検査を終えることができた。また検査時間は従来の紙の検査の半分程度であり、患者は自分のペースで検査をすすめることができるのでストレスが少ないという内観報告をしていた。この中には、コンピュータ操作が得意でない患者も含まれていた。自動検査プログラムは音声認識の機構を持っていないので、患者の読み間違いを調べることができない。このプログラムが計測できるのは、患者の読み時間のデータだけである。そのために、表示された読書材料をできるだけ全部読もうとせずに、読みにくくなると簡単にあきらめてしまうタイプの患者では、読書が困難になってから読書速度がみかけ上速くなったような結果になってしまうことがあった。一方で、丁寧に全部を読もうとする患者では、その結果は、紙のMNREAD-Jで測定した読書検査の結果と良く一致し、臨界文字サイズや最大読書速度の推定値にもほとんど違いがなかった。読み誤りという反応を読書評価に利用できないという自動検査プログラムの問題点については、検査時の患者への教示の与え方の工夫や、患者の読み飛ばし、読み誤り情報を人間の検査スタッフがなんらかの方法で入力できる機構を追加する必要があることを意味している。読書検査の結果得られた、読書時間(プラス従来の検査の場合は読み誤り)の数値から、臨界文字サイ
ズや最大読書速度を自動推定したり、グラフを自動でプロットしたりする分析プログラムも試作し、これまでの人手による計算やグラフへのプロットと分析・推定のプロセスを大幅に省力化した。このプログラムはインターネットからオンラインでどこかでも自由に利用できるように公開した(http://www.twcu.ac.jp/~kalbi/tips/mnja1/mnja1.html)。
結論
紙に印刷されたMNREAD-J読書チャートと同じ読書材料を使い、レイアウトや輝度、コントラスト、フォントを維持したまま自動計測するプログラムを開発した。ロービジョンの患者に使い方を説明したところ、患者は検査スタッフの援助なしに単独で読書評価を終了することができ、得られたデータは従来の方法に匹敵する精度を持ちうることが分かった。患者の中には、このプログラムの利用に適さない反応をする例があったが、若干の改善で自動検査の精度を維持できると考えられた。このプログラムによって、ロービジョンケアの臨床で読書評価を大幅に効率化できるとともに、個々のロービジョン患者の特性を機械が自動的に評価し、その患者が見ている表示装置に反映させる機構が実現する可能性が開けたと考える。

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