内耳有毛細胞の再生による高度感音難聴の治療に関する研究

文献情報

文献番号
200100769A
報告書区分
総括
研究課題名
内耳有毛細胞の再生による高度感音難聴の治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 壽一(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 内藤 泰
  • 村井紀彦
  • 金丸眞一
  • 中川隆之(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、聾者を含めた高度難聴者の聴覚の回復を目指した基礎研究および臨床応用を行う事である。
現在我が国には補聴器も使用できない高度難聴者および聾者が数十万人存在し、コミュニケーションは聴覚以外の方法-筆談、手話などに頼っている。このような高度難聴の原因は、内耳および中枢聴覚路の老化、騒音による障害、抗生物質や抗癌剤などの種々の薬物による障害など多岐にわたる。これらの高度難聴者に対しては人工内耳という治療手段はあるが、必ずしも満足できるものではない。感音難聴の原因は様々であるが、病態としては、大部分が内耳の感覚細胞(有毛細胞)の障害である。感覚細胞の再生が可能となれば、一度喪失した聴覚の再獲得も可能と思われる。
従来、内耳感覚細胞を含め、哺乳類の中枢神経系は一度障害を受けると再生は困難とされてきた。しかし、最近では障害を受けた哺乳類の中枢神経系でも条件さえよければ再生する系もあるという報告がある。さらに胚性幹細胞や神経幹細胞の分離が可能となり、神経移植のドナーとして利用し、障害を受けた中枢神経系の再生を試みる報告もある。また、各種神経成長因子を中枢神経系に投与し、障害を受けた中枢神経系が修復されたとする報告もある。
本研究の目的では、まず動物を用い、各種神経成長因子や幹細胞を利用して、障害を受けた内耳有毛細胞や中枢聴覚路の再生を試み、再生の可能性と安全性を確認した上でその技術を臨床に応用する予定である。本研究が実現すれば、感音難聴の治療という耳鼻咽喉科領域の最重点の課題に対する手段となるのみならず、細胞治療という本邦独自の感覚器障害治療の開発につながり、医療経済への影響も多大なものとなる。例えば、人工内耳は100%が輸入によってなされているが、本研究から開発される治療の導入により、この輸入過多の状況も改善できる可能性がある。
研究方法
(1)内耳有毛細胞、神経細胞の自然再生:
分子生物学的研究に適した実験動物であるマウスを用いた内耳有毛細胞、らせん神経節細胞の障害モデルを作製し、再生への起点となりえるタンパクに関する解析を行った。標的となるタンパクとして、接着分子であるカドヘリン、カテニンおよび細胞周期制御タンパクであるp27に関する研究を行った。
(2)胎児組織移植による内耳、中枢聴覚路の再生、生存促進:
内耳および中枢聴覚路の再生、生存促進を目的として、それぞれの器官への胎児中枢由来の組織および細胞の移植に関する実験を行った。中枢聴覚路には、胎児脳組織の移植を行い、その再生に与える影響を神経トレーサーを用いて検討した。内耳については、胎児脳から採取した神経幹細胞を内耳の外リンパ腔に移植し、その分化と栄養因子の分泌に関する解析を行った。
(3)神経栄養因子を含めた薬物の内耳投与:
種々の神経栄養因子や細胞増殖因子が内耳における細胞増殖、細胞生存に関与することが明らかにされているが、臨床応用を考慮した場合の最大の問題点はその投与方法にある。この問題に関して、我々は生体吸収性徐放ジェルの応用が最も可能性の高い方法と考え、脳由来神経栄養因子(BDNF)および活性酸素消去酵素(SOD)に関する生体吸収性徐放ジェルの開発を行った。また、全身投与でも効果が期待できるレシチン化SODの内耳保護効果について組織化学的に検討した。
(4)幹細胞内耳移植による内耳有毛細胞の再生:
内耳有毛細胞の細胞移植による再生を目的とし、神経幹細胞および胚性幹細胞の内耳移植に関する研究を行った。(1)にて開発したマウス内耳障害モデルをレシピエントとし、マウス胎児脳由来の神経幹細胞およびマウス胚性幹細胞をドナー細胞とし、内耳への移植を行い、その分化に関して免疫組織化学的解析を行った。
(5)内耳由来幹細胞:
ラット胎性期の内耳組織から、内耳幹細胞の分離、培養に関する研究を行い、細胞の性質に関して分子生物学的解析を行った。
結果と考察
(1)内耳有毛細胞、神経細胞の自然再生:
これまで内耳障害モデル動物としては、内耳の易傷害性からモルモットおよびチンチラが汎用されてきた。一方、マウスは内耳の外科的取り扱いの困難さと内耳毒物に関する抵抗性から敬遠されてきた。しかし、分子生物学的解析や細胞移植を考慮した場合、マウスモデルは不可欠となる。そこで、マウス内耳に対する外科的アプローチ方法を開発し、蝸牛、前庭感覚上皮の細胞死が惹起されるモデルを開発した。このモデルを用い、感覚上皮の傷害過程および組織修復過程におけるE-cadherin、s-cateninの発現様式の変化を観察したところ、細胞死の出現に伴い、これらの分子は発現が低下し、組織修復とともに回復することが判明した。さらに、注目すべき点として、細胞増殖の制御に深く関与するs-cateninが感覚上皮の傷害に伴い、支持細胞の核に集積する像が観察された。この所見は、傷害後の感覚上皮における細胞増殖誘導と関連する可能性があり、今後この点に関して解析をすすめる予定である。
内耳感覚上皮の発生で重要な役割を果たすことが知られている細胞増殖制御因子であるp27については、正常感覚上皮では支持細胞にその発現が認められたが、感覚上皮における細胞死誘導後その発現が減少することが判明した。このp27は細胞増殖を抑制する方向に働くことが知られているので、この変化もまた内耳感覚上皮における細胞増殖誘導と関連する可能性がある。今後、このp27の変化と細胞増殖に関するシグナルとの関係をこのモデルを用いて解析する。
(2)胎児組織移植による内耳、中枢聴覚路の再生、生存促進:
胎児脳組織を傷害を与えた中枢聴覚伝導路に移植することにより、聴覚機能が回復しうることが組織学的、電気生理学的に明らかとなった。これまで聴覚再生への手段として、このような組織あるいは細胞の移植は全く検討されていなかったが、高い潜在力を持つ治療的手段である可能性が示唆されたといえる。また、神経幹細胞を内耳外リンパ腔に移植したところ、これらの細胞は生着し、グリア細胞に分化しうることが判明し、これらの細胞は神経栄養に係わる因子を分泌していることが示唆された。したがって、内耳有毛細胞および神経節細胞の生存を促進する方法としても、細胞治療が高い可能性を持つことが期待できる。
(3)神経栄養因子を含めた薬物の内耳投与:
BDNF、SODの2週間徐放が可能なジェルを開発した。これまでにin vitroでの徐放に関する解析を終了し、現在内耳組織およびその機能に対する保護効果を検討している。同時に遺伝子の内耳導入に用いるプラスミドに関する徐放ジェルも開発し、内耳への遺伝子導入に関する効果を組織学的に検討している。全身投与でも十分な生物学的半減期が期待できるレシチン化SODの内耳組織保護効果に関しては、組織学的にその有用性が示唆され、現在機能面に関する解析を行っている。今後、内耳再生に関する因子の分子生物学的解析の結果に応じて、その候補物質に関する徐放ジェルの開発を行う。
(4)幹細胞内耳移植による内耳有毛細胞の再生:
内耳内リンパ腔に神経幹細胞を移植した場合、生着率は外リンパ腔移植に劣るが、感覚上皮に生着しうることが判明した。また、生着細胞に対する免疫組織学的解析から、これらの一部は内耳有毛細胞の特異的マーカーとされるミオシン7a陽性であることが判明した。つまり、神経幹細胞は、内耳有毛細胞再生をターゲットとした細胞治療のドナー細胞として高い潜在能力があるということができる。胚性幹細胞を内耳に移植した場合にも、内耳に生着することが明らかとなったが、感覚上皮への生着を確認することはできなかった。内耳に生着した胚性幹細胞は様々な性質を持つ細胞に分化していることが形態学的に示唆され、現在これらの細胞に関する免疫組織学的解析を行っている。
(5)内耳由来幹細胞:
ラット胎性期の内耳組織を分散培養することにより得られた細胞株の分子生物学的解析を行った。その結果、これらの細胞は内耳感覚細胞に特徴的とされるいくつかのマーカー陽性であることが判明した。現在、この細胞を用いた内耳への移植実験をin vivo, in vitroで行っている段階にある。
結論
この1年間の研究により、人工的に内耳再生を誘導するためのいくつかの可能性を見出すことができた。自発的再生の促進に関しては、接着分子と細胞周期制御物質に可能性が示唆された。さらに、全く新しいアプローチである内耳の細胞治療に関しても、神経幹細胞を中心とした幹細胞の内耳移植が有用な手法であることを確認することができた。臨床応用には不可欠な内耳薬剤投与システム開発に関しても第一段階を終了することができた。今後、再生誘導のメカニズムの分子生物学的な解析を進めると同時にさらに効率のよい内耳細胞移植の技術開発、移植細胞の開発に努める予定である。

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