特異的遺伝性難聴の病態解明と直接治療法開発に関する研究

文献情報

文献番号
200100766A
報告書区分
総括
研究課題名
特異的遺伝性難聴の病態解明と直接治療法開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
稲垣 真澄(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 難波栄二(鳥取大学遺伝子実験施設)
  • 桜川宣男(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
先天性の感覚器障害の中で聴覚器障害は生後の言語獲得に重大な問題を生じてくることはよく知られている。言語獲得の障害は著しいコミュニケーション障害を引き起こし、個人的にも社会的にも多大な時間的損失、経済的損失をもたらす。そのため厚生行政上、新生児期からの聴覚スクリーニングが重要であり、かつ早期からの言語訓練法開発が必要である。従って厚生労働省によって新しくスタートしている「ALGOシステム」による新生児聴力スクリーニングには大きな期待がかかっている。一方、早期に的確な診断が下され、その段階で根本的な治療法が開発されているならば従来のスクリーニングとリハビリテーション・システムよりも大きなコストダウンが見こめる事も充分予想される。本研究では先天性難聴の純型モデルとしてbvマウスをその実験系を組むことで早期診断法を確立し速やかな直接治療法を開発し、さらにヒト新生児での応用をはかり、ヒト難聴病態の診断・治療の新しいシステムを構築することを目的とするものである。すなわち、昨年度は耳音響放射(OAE)検査法などマウスでの臨床検査法の確立をおこなったため、2年度はさらに発展させて、bvマウスの特徴を明らかにすることでヒトの聴力スクリーニングに役立つ知見を探求することとした。
研究方法
bvマウスの難聴病態を生理学的に検討するためマウスに対してOAEに加えてABR検査を行った。また、OAEに関しては健常成人、新生児においても検討した。回転性行動異常を示すマウスの行動特徴並びに大脳モノアミン系代謝産物を測定した。その分子病態把握のため新しい測定システムを応用した。さらに治療的アプローチとして、ラット培養羊膜上皮細胞の虚血モデル動物への脳移植療法を行った。
結果と考察
1.bvマウスの生理学的検討:1)ABRおよびOAE:クリック音及び8~32kHzの各周波数でのⅣ波閾値は、コントロールマウスと比較し、bvマウスでは閾値の上昇を認めたが、各周波数における上昇の程度はほぼ一定であった。各マウス個体におけるABR閾値とDPOAEの閾値を比較すると、bvマウスではコントロールと比較してABR閾値がより高い傾向がみられた。DP growth法のDPレベルをコントロールマウスと比較したところ、bvマウスでは生後2~3ヶ月で既にレベルの低下(コントロール18.8~30.3dB; bv -5.1~12dB)を認め、加齢に伴いコントロールとの差が明瞭になる傾向を認めた。また、bvマウスでは刺激音圧80dBにおいてDPレベルが検出されないことが多く、この割合(非検出率)は月齢とともに増加した。2f2-f1周波数でのDPレベルを求めたところ、コントロールではf2周波数が7996Hz,6006Hzともに2f1-f2値が2f2-f1値よりも大きい結果であったが、bvマウスでは、2f1-f2<2f2-f1のパターンを認めた。健常成人、新生児とも2f1-f2>2f2-f1パターンであり、bvの特徴が得られた。2)組織学的検討:顔面神経横径はbvとコントロール間に差は認められなかったが、蝸牛神経の径は約2分の1であり、コントロールマウスと比較し有意に狭小化していた。また、ボディアン染色により蝸牛神経の軸索部の変性が認められた。
2.回転性行動異常マウスの中枢神経系病態:異常行動マウスの共通した行動特徴は持続性回転運動であり、circlingあるいはrotationalと表現されるものであった。回転行動が主であるが、8の字様の動きもあった。回転方向性はマウスにより決まっているわけではなく、同じマウスに左右回転がみられた。夜間12時間行動総量は対照(7702.1±757.6)に比べて回転するグループn=10 (60729.9±3994.9)が有意(p <0.0001)に増加しており、非回転群n=10 (9900.7± 2169.7)は対照とほぼ同じ値であった。また、回転行動群と非回転群に難聴の程度に差はみられなかった。脳内モノアミン測定結果は有意差検定の結果、striatum とmidbrainのみに差が認められた。すなわち、bvマウスではstriatumにおいてドパミン(DA)値上昇はなかったが、midbrainにおいてコントロール値よりも低下していた。DA代謝系の指標(DOPAC+HVA / DA)ではstriatum,midbrainともに高く、代謝が亢進する傾向が示され、回転行動群のstriatumではDOPAC側にその代謝がシフトしていた。
3.bvマウスの分子病態:Light Cyclerクイックシステムの検討を行った。すなわち各遺伝子産物を10倍ずつ希釈することにより、定量用スタンダードを作成して検討した。thyrosine hydroxylase遺伝子、Snap25遺伝子では、それぞれslope=-3.865,Error=0.065,r=-1.00とslope=-2.750,Error=0.177,r=-0.98の良好な定量直線を得ることができた。また、thyrosine hydroxylase,Snap25の脳内各部位での遺伝子発現はactinより少なく、特にSnap25の発現はactinの1/100から1/1000と判明した。
4.治療法開発に関する研究:NF,MAP2,nestinに陽性反応を示すラット羊膜上皮細胞はRT-PCRではnestinの当該バンドを検出した。脳内に移植した同細胞はクラスター状に存在し、虚血側の海馬に移動し、神経細胞様の突起を出していた。また、移植前の細胞はnestin + / MAP2 +の特徴を示していたが、移植後はMAP2強陽性であるもののnestin陽性細胞はほとんどみられなかった。
遺伝性難聴マウスには多くの病型が知られているが、純粋に聴覚系に限局したものは少ない。内耳蝸牛の内有毛細胞に病変が局在するBronx waltzer(bv)マウスは遺伝性難聴の病態解明研究に適当なモデルと思われる。本年度の研究では同一個体を検討することで、bvではOAE検査異常よりもABR閾値上昇が強いことが確認できた。したがって内耳の求心系機能障害がまず存在し、外有毛細胞機能障害が加わる病態であると思われた。検査が簡便なOAEで臨床的な診断を下すことが可能で、さらに経過を追うことができると思われる。また、OAEの2f2-f1 DP値に注目すると、難聴例では逆転パターンが得られた。健常人や新生児では30から35dBの差を持って2f1-f2値が高いにもかかわらず、bvでは全く逆転している特徴があった。従って生後早期にOAEの細かなサインを評価することで、難聴の進行が遅い例についても迅速な難聴診断が可能となると思われた。また、この逆転パターンはヒト新生児難聴をキャッチする上でも有用なデータと思われる。そして、OAEをABRと相補的な評価を行う事でより詳しく確実な評価を行う事ができるとも考えられる。
一方、蝸牛の感覚系一次ニューロンの細胞数減少が生後も持続的にみられることから、bvマウスの病態は神経性難聴と同様に進行性の障害であることが確認された。そして、蝸牛神経が顔面神経の約2分の1の細さになり、軸索変性もみられることが判明した。これらの所見から求心性の末梢神経障害を確認でき、その進行を阻止する治療法開発も進行性難聴の場合重要と思われる
bvマウスにみられた回転性行動異常は難聴によるものではなく、脳内モノアミン系、とくにstriatumレベルでのDA系自己受容体機能の失調が関わる可能性が示された。一方、Attention Deficit Hyperactivity Disorder(ADHD)は注意の持続困難、衝動性、多動という臨床症状を示す発達障害であり、最近臨床的に注目されている。bvがADHDと同一病態とは考えられないが、多動性障害の病態を考える上でも格好のモデルと思われる。従って、さらに研究の進展が必要と思っている。
遺伝子発現の新しい解析システム、Light Cyclerクイックシステムの検討によって、中枢神経系モノアミン神経伝達物質の変動を含めた研究が期待でき、今後の課題と考えている。
治療的アプローチとしては羊膜上皮細胞の細胞治療法としての有用性が明らかとなった。虚血性モデル動物への投与、すなわち脳移植が具体的に行われ、細胞生着が確認された。これにより、bv難聴で判明しているラセン神経節ニューロンや蝸牛神経レベルの変性阻止に応用が期待できる。最終年度に向けての研究課題と考えている。また細胞治療・遺伝子治療を具体的なものにするためには難聴原因の判明しているマウスでの解析も有用と思われる。すなわち代謝異常マウスを用いた応用研究も行っていきたいと考えている。
結論
特異的遺伝性難聴マウスbvの診断にはOAEとABRが相補的に有用であることが判明した。また、OAEの微細な所見の解析も聴力診断に役立つものと思われる。bvは生後の進行性難聴も加わるが、回転行動を呈するグループを出現しており、難聴病態とともに中枢神経系遺伝子発現を含めて多面的なアプローチによる病態解明そして治療法開発も一層進めていく必要性があると思われる。

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