眼科領域におけるプロテオーム解析法による診断法の確立と疾患治療法への展開

文献情報

文献番号
200100756A
報告書区分
総括
研究課題名
眼科領域におけるプロテオーム解析法による診断法の確立と疾患治療法への展開
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
山下 英俊(山形大学医学部眼科学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 三嶋弘(広島大学医学部眼科学教室)
  • 皆本敦(広島大学医学部眼科学教室)
  • 高村浩(山形大学医学部眼科学講座)
  • 吉里勝利(広島県産業科学技術研究所・広島大学大学院理学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
眼内液における蛋白質の発現パターンを体系化し、網羅的に検討する検査法を確立する。ポストゲノム時代に重要とされるプロテオミクス解析を先取りし臨床応用を目指すものである。近年、分子生物学の進歩により微量の眼由来サンプルから病的遺伝子発現や病原微生物の同定が可能となったが、眼科医療への応用は限られている。
近年のプロテオーム解析の進歩により、眼内液(前房水、硝子体液)、涙液を解析対象として多くの蛋白質の発現を体系的、網羅的に記載し検討することが可能となってきた。即ち、眼疾患に伴う種々の蛋白質の発現、あるいは正常な蛋白質の発現パターンの消失を体系的、網羅的に記載し把握することにより複雑な病態を検討することが可能となる。本研究では多種多様な原因物質、因子が絡み合った関与する蛋白質の発現異常を検討することにより実際の疾患異常の検討を行う。
本年度は、正常コントロールと考えられる黄斑円孔眼の硝子体サンプル、糖尿病網膜症の硝子体サンプル、及び対応する血清サンプルの解析を行い、正常硝子体蛋白質のプロファイルの作成と、糖尿病網膜症において眼局所で病態に関与している因子の検索の2点を重点的に行うことを目的に硝子体サンプルでの検討を行った。
研究方法
1. 対象:学内倫理委員会に承認を受けた説明および同意取得の方法に従って、手術前にインフォームドコンセントを得られた場合に、サンプルを採取した。
2. 対象疾患:特発性黄斑円孔23例23眼、糖尿病網膜症28例28眼、計51例51眼において以下の方法によりサンプルを採取した。
3. サンプル採取の方法:血清;手術に際して2~3mlの末梢血を採取し遠心分離により血清サンプルを得た。前房水;硝子体・白内障同時手術例においては白内障手術に際して角膜輪部から注射針を用いて0.1~0.2mlの前房水を採取した。硝子体;硝子体切除時に硝子体手術器械付属の硝子体カッターを用いて0.5~0.8mlの硝子体液を採取した。すべてのサンプルは解析に供するまで-80℃で凍結保存された。
4. 解析方法1)サンプルにlysis buffer(7mol/L urea, 2 mol/L thiourea, 4%3-3-cholamidopropyl- dimethylammmonio-l-propanesulflonate, 2%ampholine pH3.5-10(Pharmacia Hoefer),1%dithiothreitol)を加え量を500μlとした。2)Immobile DryStrip(pH4-7あるいは3-10,18cm, Pharmacia Hoefer)にサンプルを一夜かけて膨潤させた。3)1次元目の等電点電気泳動は、Multiphor II electrophoresis chamber(Pharmacia Hoefer)を用い行った。4)2次元目のSDS-PAGEはIso-Dalt system(Pharmacia Hoefer)を用いゲルを作製した。5)銀染色を行い、ゲルのスポットを検出した。6)検出されたスポットはスキャナーでコンピューターに画像を取り込み、Melanie II 2-D PAGE software packageを用い解析した。7)同じ疾患で再現性のあるスポットをゲルカッターで切り出し脱銀後、トリプシンで酵素消化しペプチドを抽出した。8)Q-TOF(Micromass)(4重極飛行時間型質量分析装置)を用いアミノ酸配列を決定後、データベース(GenomeNet WWW server of Kyoto University, Japan)で検索し蛋白質を同定した。
結果と考察
1.解析結果の概要:1)黄斑円孔の硝子体サンプルにおいて約250のスポットを検出し、その内53スポット、17個の蛋白質を同定した2)糖尿病網膜症の硝子体サンプルにおいて約650のスポットを検出し、27個の蛋白質を同定した。2. 同定された蛋白質について:1)serum albumin 2)transthyretin 3)α-1-antitrypsin 4)apolipoprotein A-1 5)transferrin 6)antithrombin-III 7)hemopexin 8)APO-J 9)fibrinogen γ chain 10)α2-HS glycoprotein 11)haptoglobin-112)α1-microglobulin 13)α1-antichymotrypsin 14)prostaglandin-D2 synthase 15)glutathion peroxidase16)interphotoreceptor retinoid binding-protein 17)pigment epithelium-derived factor(PEDF) 18)C3α 19)α2-macrogloburin 20)α1-B-glycoprotein 21)NA3 22)IgG heavy chain 23)Igχ light chain 24)Haptoglobin α1 chain 25)complement factor B26)catalase 27)enolase 一連の解析により以上27個の蛋白質が硝子体液から同定された。
前年度(第1年度)は、蛋白質の同定に至る検査法の確立を目指し、硝子体液から7個の蛋白質を同定した。本年度は第2年度として、正常硝子体蛋白質のプロファイルの作成と、糖尿病網膜症において眼局所で病態に関与している因子の検索の2点を重点的に行うことを目的とした。
正常コントロールと考えられる黄斑円孔眼の硝子体サンプルから、現時点で17個の蛋白質が同定された。それらのうち、C.研究結果2.の項で挙げた14)~17)の4種の蛋白質、すなわち、prostaglandin-D2 synthase, glutathion peroxidase、interphotoreceptor retinoid binding-protein,pigment epithelium-derivedfactor (PEDF)は血清サンプルにおいては同定されず、硝子体ないしは眼局所特有に発現している蛋白質であるものとみなされた。特に神経栄養作用、血管新生抑制作用を有することが明らかとなっているPEDFのスポットがすべての硝子体サンプルで強く発現していることが確認され、この因子は眼内で正常な状態においても重要な作用を担っていることが示唆された重要な知見であった。また、antioxidant enzymeであるglutathione peroxidase、眼圧調節因子であると考えられているprostaglandin D2の産生に関与するprostaglandin-D2 synthaseの同定は、硝子体がmetabolic repositoryとしての機能も有すると考える時に、PEDFの同定と同様に眼疾患の病態把握において重要な指標となりうる可能性が高いものと考えられる。
糖尿病網膜症の硝子体サンプルにおいては、黄斑円孔の硝子体サンプルで同定された17個の蛋白質に加えて、C.研究結果2.の項で挙げた18)~27)の10個の蛋白質が同定された。これらのうち、18)~24)の7個については、血清サンプルでも確認されており、これは糖尿病状態において血管透過性亢進を生じた結果として、正常な硝子体には含まれないかあるいは極めて微量にしか存在しない血清蛋白質が、眼内に漏出している結果と解釈される。また、25)~27)の3個については、血清サンプルにおいても現時点で確認されておらず、硝子体ないしは眼局所において特異的に誘導されるか、あるいは増加しており、病態に密接に関連する蛋白質である可能性が考えられる。
検体試料の調整方法、染色方法、スポット解析の各段階のいずれにおいても、現在、手技の改良に関して検討を加えつつあり、今後解析の精度を向上させ、さらに詳細な硝子体蛋白のプロファイルの作成を進める予定である。
結論
正常コントロールと考えられる黄斑円孔眼の硝子体サンプル、糖尿病網膜症の硝子体サンプル、及びそれらのおのおのに対応する血清サンプルの解析を行い、正常硝子体蛋白質のプロファイルの作成と、糖尿病網膜症において眼局所で病態に関与している可能性のある因子の検索の2点を重点的に行い、プロファイルの作成と病態に関与する因子の検索のいずれにおいても、上述のごとく一定の成果をあげることができた。今後さらに多くの蛋白質スポットについて解析を進め、現時点で技術的に可能な範囲で、臨床的に意義のある硝子体蛋白質マップの作成を目指す予定である。
以上述べてきたごとく、硝子体のプロテオーム解析は糖尿病網膜症など多種多様な原因物質、因子が絡み合った病態において、疾患の病態に直接関与する蛋白質の発現異常を網羅的に検討できる検査法になりうる。

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