エイズに関する人権・社会構造に関する研究

文献情報

文献番号
200100746A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズに関する人権・社会構造に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
樽井 正義(慶應義塾大学文学部)
研究分担者(所属機関)
  • 浅井篤(京都大学大学院医学研究科)
  • 池上千寿子(ぷれいす東京)
  • 今村顕史(東京都立駒込病院感染症科)
  • 川口雄次(WHO健康開発総合研究センター)
  • 沢田貴志(港町診療所)
  • 杉山真一(原後綜合法律事務所)
  • 服部健司(群馬大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、HIV/AIDSに関して、わが国の状況に即した人権擁護のガイドラインを提案することを目的とし、人権に関する理解の社会における広範な共有と、それに基づいて人権に配慮する社会構造の構築に貢献しようとするものである。こうしたガイドラインの提示は、とくに医学医療の場における診療と研究に不可欠かつ有用である。また、この疾患は感染症であるとともに慢性疾患であり、さらに障害認定の対象とされていることから、本研究は他の感染症の患者、慢性疾患の患者、障害者の人権擁護を促進する社会構造の研究や施策にも広く寄与しようとするものである。
研究方法
「HIV/AIDSと人権に関するガイドライン」を、次の方法に従って策定した。
1.対象領域の限定と人権間の整理 人権の原則に則り、社会的に弱い立場(vulnerability)に置かれている人はだれかという観点に立って、まずはHIV感染者・AIDS患者の人権を検討した。また対立するかに見える感染者と非感染者の諸権利は、いわゆるcase by caseの判断に委ねるのではなく、基本的な原則と条件に規定される例外として整理した。感染者・患者の人権のなかでも、今回のガイドラインは広い意味での医療の場、つまり医療を受ける場面と医学研究に参加する場面において問題となることに限った。
2.ガイドラインの構成 ガイドラインでは、1.医療機関、医療者ないし研究者に勧告されるガイダンスポイントを挙げ、あわせて2.それを実現する具体策を提言することとした。本研究において先行する感染者と非感染者の人権の研究、および外国人感染者の人権の研究では、感染者が社会のなかで直面している人権問題の調査・分析が行われたが、ガイダンスポイントの列挙と整理は、この先行研究の成果に基づき、わが国の実情に即したものとした。具体策の提言も、同じ研究成果を踏まえ、実効性に考慮した。また3.ガイドラインの根拠の提示には、同じく先行するガイドラインの研究における自己決定権、健康権等個別課題の考察と、既存の国内法規、国際的ガイドラインについての検討が援用された。
結果と考察
医療の場における感染者の人権擁護のガイドラインを、A.抗体検査と告知、B.個人情報の取り扱い、C.診療、D.研究、E.外国人感染者医療 という5つの領域に分けて提示した。
A. HIV抗体検査と告知 1. 本人の自発性に基づき、カウンセリングとともに提供されること。2. 検査を拒否する選択、検査結果を知らないでいる権利も尊重されること。3. プライバシーが尊重され、検査結果が本人の同意なしに第三者に通知されないこと。4. 自宅検査は推奨されないこと。5. 陽性告知の方法と内容(守秘、情報提供、カウンセリング)。6. 陰性告知の方法と内容。7. 民法上の制限能力者等の検査と告知の条件。
B. 個人情報の取り扱い 1. 個人情報の収集、および2. 個人情報の利用・提供は、ともに原則として本人の同意により治療目的で行われること。3. 個人情報の管理は、その責任者を明確にして行われること。4. 個人の開示、訂正、中止請求権を保障すること。
C. 診療 1. 診療が提供されるべきこと。2. インフォームド・コンセントに基づくこと。3. 医療に関連する情報が提供され、希望によりセカンドオピニオンを得る機会が与えられること。4. プライバシーに配慮すること。5. 感染者が個人として尊重され、生き方や家族形成に関わる意思が尊重されること。過剰な感染防御が行われないこと。
D. 研究 1. 研究へ参加する義務、研究を実施する優越的な権利はないこと。2. 倫理原則は、参加者の人としての尊重、プライバシー保護、無危害、利益還元、公正を基本とすること。3.研究の倫理規範は、すべての研究に同一であること。5. 倫理委員会における検討が望まれること。 4. インフォームド・コンセントが、身体的精神的侵襲のない研究においても基本とされること。6. 治験はGCPに従って行われること。7. 研究成果の公表に際してプライバシーが保護されること。8. 国外国内とも同一の倫理規範に従うこと。
E. 外国人医療 1. 診療の提供は、外国人にも行われるべきこと。2. とくに緊急医療は、医療費支払いに困難があっても提供されるべきこと。3. インフォームド・コンセントに基づく医療が提供され、そのために通訳が養成されること。4. 治療方針においては本人の自己決定が尊重され、医療者によってそのために必要な情報が提供されること。5. プライバシーを尊重し、言語理解の困難を理由に第三者に通知されてはならないこと。6. 個人の生き方や生活の場の選択が尊重され、多様な文化、宗教、価値観が尊重されること。7. 社会資源の利用がソーシャルワーカー、カウンセラー、NGO等を通じてはかられること。8. 理解可能な言語でHIV/AIDSに関する情報が提供されること。9. 母国での医療事情に関する情報が提供されること。
結論
このガイドラインにおいて強調した権利は、医療を受ける権利と医療における自己決定の権利である。自己決定を保障するインフォームド・コンセントの原理は、慢性疾患であるとともに、実験的治療が試みられている疾患でもあるHIV/AIDSにおいて、とくに要請される。また同じく自己決定に関わるプライバシーの権利は、残念ながらいまだに偏見と差別が見られるこの疾患において、わけても配慮が求められる。この自己決定権利は医療の場における患者や被験者の人権の中核をなすものであり、それゆえにHIV/AIDSと人権に関するガイドラインは、この疾患の診療と研究だけでなく、医療の場に広く適用されるものである。
またこの疾患に特徴的な問題として、感染を理由に医療が提供されず、健康権がまもられないという事態がある。疾病に対する偏見・差別が、その範を示すべき医療機関から生じていることには、医療者自身の反省が求められる。この問題は、医療費の問題も関連して、外国人感染者にとってとくに憂慮すべきものとなっている。
このガイドラインは、医療者、医療機関、行政等それぞれの当事者が感染者の人権に関して配慮すべき基本的な項目、また実行可能な具体策を提示することによって、HIV/AIDS対策に寄与しようとするものである。

公開日・更新日

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