エイズ発症阻止に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100738A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズ発症阻止に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 愛吉(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩田達雄(大阪大学)
  • 照沼 裕(山梨医科大学)
  • 横田恭子(国立感染症研究所)
  • 松下修三(熊本大学)
  • 田中勇悦(琉球大学)
  • 小柳津直樹(東京大学)
  • 志田壽利(北海道大学)
  • 山本直樹(東京医科歯科大学)
  • 小柳義夫(東北大学)
  • 石坂幸人(国立国際医療センター)
  • 渡邉慎哉(東京大学)
  • 渡邉俊樹(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
85,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
以下の4本の柱に従ってエイズ発症阻止の研究を行う。(1) HIV感染症の病態、治療の効果や副作用の発現などに関与するゲノム多型性の研究、(2) HIV感染症におけるウイルス特異的免疫応答とリンパ球破壊に関する研究、(3) HIV感染症に関わる新しい宿主因子の発見と新しい治療標的開発のための基礎研究、(4) HIV感染症に関わる新しい宿主因子解析のための新技術の開発とウイルスゲノム発現機構の解析。
研究方法
ゲノム多型性の研究では、倫理面への配慮を十二分に行った上で、患者本人からインフォームド・コンセントを得る。インフォームドコンセントを得られた患者の染色体DNAをPCR法などにより増幅し、多型性の研究を行う。HIV感染者の免疫応答とリンパ球破壊に関する研究においては、患者末梢血単核球などを用いて、培養、フローサイトメトリーなどにより機能解析を行う。HIV特異的免疫能を定量するための新たな方法を開発する。自己のHIVに対する中和抗体を持つ患者から、中和抗体を精製し、エスケープ変異体との関連を研究する。新しい宿主因子の発見と治療標的開発の研究では、定量的PCR法により、HIV増殖中間体の定量系を確立する。CXCR4の阻害薬として可能性のある物質の CXCR4結合能、培養によるHIV抑制能、動物を用いた経口吸収試験などを行う。また、Vprの測定系を確立する。HIVの潜伏感染におけるLTR上のヒストンのアセチル化を解析し、アセチル化の程度とHIVの転写について検討する。。DNAマイクロアレイに関して独自の技術的な開発を行い、ウイルス感染に際して変動する遺伝子発現の研究を行うための基礎的技術の開発を行う。
(倫理面への配慮)
ヒトゲノム研究については、研究者の所属する施設において倫理審査委員会の承認を受けている。(1)東京大学医科学研究所:受付番号11-2「宿主および寄生体の両面から見たHIV感染症の研究」、(2)大阪大学:許可番号1「HIV感染症にかかわる宿主因子の研究」、(3)山梨医科大学:受付番号79「エイズ発症を阻止する要因に関する研究」。研究の対象となる患者には目的を十分に説明した上で、書面にてインフォームド・コンセントを得ている。
結果と考察
4本の柱にしたがって記載する。(1)ゲノム多型性の研究では、(塩田)CCR2 V64I(64番目のアミノ酸がバリンからイソロイシンに置換した多型)は、ホモ接合体の頻度が1%である欧米においてAIDS発症遅延との相関が指摘されている。HIV-1感染者423名と非感染者288名の比較により、日本人感染者ではこの多型のホモ接合体の頻度は6.6%であるのに対し非感染者では11.8%で、有意差を認めた。感染経路別ではHIV-1感染血友病者9.8%、性感染3.9%であり、この多型がHIV-1感染に対しても抵抗性を付与する可能性が示された。タイ国マヒドン大学病院産婦人科のDiscordant couple 22組において、discordant-negativeの集団はdiscordant ?positiveや非感染者の集団よりも、CCR2 64I変異ホモ接合体の頻度が有意に高かった。従ってアジア人においてはCCR2 64Iのホモ接合体がHIV-1感染抵抗性と関連することが明らかとなった。(照沼)平成13年3月末三省合同基準に従い、研究の承認を得た。検体を採取する施設でも倫理委員会の承認を得、検体の収集を開始した。長期未発症者やHIV陰性血友病患者の比較からCCD2 V64Iがエイズの発症遅延のみでなく、HIVの感染阻止にも関与していることが示唆された。(2)免疫応答の研究では、(岩本)医科学研究所附属病院において、既知および患者のHIV解析により得られたCTLエピトープによるテーラーメイドのペプチド免疫(治療ワクチン)臨床研究を立ち上げつつある。一方、この治療法を遺伝子治療に発展させる目的および新たなHIV特異的免疫解析ツールを開発するためにセンダイウイルスベクターを用いた系を開発した。センダイウイルスベクターによりクラスIテトラマーを作製したり、CTLエピトープを標的細胞に発現させることが可能となった。この研究からは2件の新たな特許申請がなされた。(松下)HAART中にウイルスのリバウンドが認められた3例につき、治療開始時とリバウンド時のV3領域クワシスピーシスを解析し、さらに自己由来のウイルス株に対する中和抗体活性について検討した。3症例いずれもリバウンドウイルスは区別できるクラスターを形成し、治療前の集団から進化し、in vivoで選択されて出現したものと考えられた。組み換えウイルスによる実験では3症例とも中和抗体に対して中和抵抗性となっていた。さらに症例1と2ではgp120のC3部分の関与が同定され、症例3ではV1部分の関与が示された。(田中)TNF刺激によりHIV-1の産生を開始するACH-2細胞にOX40を導入したACH-2/OX40は、OX40Lを発現した細胞(SV-T2/gp34, PFA固定)との混合培養によりTNFと同程度のHIV-1を産生する。この反応はOX40やOX40L特異的単クロン抗体で阻止される。一方、OX40LとTNFを同時に作用させると、ウイルス産生が見られなくなり、この現象はOX40またはOX40L特異的単クロン抗体で解除された。顕微鏡下では、この二重刺激によってACH-2/OX40細胞の急激なアポトーシスが観察された。このような細胞自殺によるウイルス産生防止は、Molt4細胞にOX40を導入したMolt4/OX40細胞にNL4-3株を急性感染させた培養系でも同様に観察された。T細胞に補助刺激シグナルを入れるOX40/OX40LはHIV感染においても大きく関与する可能性がある。(横田)HIV感染者のPBMCをp24抗原で刺激すると、2/5の患者でIL-10産生細胞が多く誘導された。しかし、各人のDCを十分分化させてin vitroでT細胞を刺激すると、IFN-γ産生細胞が誘導され、IL-10産生細胞は検出されなかった。感染者の抗原提示能力を高めれば、機能的CTLを誘導可能であることを示唆している。(小柳津)HIV‐1 env蛋白 による機能的T細胞アポトーシス誘導モデルとして、正常人PBMCにCD4分子の架橋形成(CD4
XL)をもたらし更に抗CD3抗体で刺激することによりCD4+T細胞のみならずCD8T細胞のアポトーシスが誘導されることを見出した。この現象にはFas-Fas ligand相関だけでなく、TRAILも関与していることを明らかにした。(志田)国立感染症研究所の向井鐐三郎博士とドイツ霊長類センターのHunsmann博士と共同で、猿の感染実験を行った。感染後4週間PMPAを投与した。また、投与開始直前に採血したプラズマからSIVゲノムを抽出して、PCR法によってgag-pol領域とrev-env領域を増幅し、発現ライブラリーを作製しオーダーメイドワクチンとした。ウイルス量にワクチン接種群と非接種群間で差は見られなかった、しかしPMPA非投与群との間には感染1年後でも有意な差が見られた。(3)宿主因子と新たな治療標的の研究では、(山本)CXCR4阻害物質、T-1636と4種の誘導体について実用化を目指した解析を行った。抗SDF-1α活性は抗HIV-1活性と相関しない。ラットに強制経口投与を行った結果、毒性学的な危険性はなく、病理組織学的には特に異常はみられなかった。(小柳)preintegration complex(PIC)を感染早期の細胞から回収し、その機能的解析をおこなった。VSVG蛋白質にコートされたGFP蛋白質を発現するHIVベクターをMOI 200にて感染後6から8時間後に細胞質分画よりPICを抽出した。PIC抽出液による実験の結果、細胞質内の全full-length DNAのうち、わずか1%のDNAがインテグレーション能のあるPICであること、そして、そのうちのさらに12%が核内に移行し染色体へインテグレーションをする活性があることがわかった。今後、これらの過程のメカニズムを詳細に解析し、エイズ発症抑制のための基盤となる薬剤開発のための新たな知見を得ることを目標とする。(石坂)Vpr由来のペプチドに対する抗体を作成し、サンドウイッチ法により30 ng/mlまでのVprを測定することが可能になった。VprがCdc2の活性を上昇させること、Heat shock protein70に結合し、そのATPase活性を上昇させること、を見出した。(4)新技術開発の研究では、(渡邉慎哉)平成13年7月までにhuman RefSeq 9,600遺伝子、平成14年1月までにhuman RefSeq 12,000遺伝子からなる合成DNAマイクロアレイの作製を完了した。合成DNAマイクロアレイに特化したハイブリダイゼーションにおいてシグナル・ノイズ比を極大化する装置を開発し、特許出願した(特願2001-323412; スライドガラスハイブリダイゼイションチャンバ)。(渡邊俊樹)HIVの転写に伴って選択的脱メチル化がおこるCpGを含むCREB/ATF siteに特異的に結合するタ ンパク質の同定するため、DNAカラムによる精製と MALDI-TOF質量分析をすすめている。OM10.1細胞を用いてメチル化を介さないHIV潜伏機構の解析を行った。クロマチン免疫沈降法でLTR上のヒストンのアセチル化状態を解析した。転写j開始点近傍のヌクレオソームB(NucB)において、H3のリン酸化およびメチル化には変化が認められず、非刺激時にはH1の結合とH3の低アセチル化が認められ"repressive histone code"に合致する事、TNFa刺激後は H1の解離とH3のアセチル化の亢進が認められた。この結果は、非メチル化HIVの潜伏に抑制的ヒストンコードを介したクロマチンの凝集が関与している可能性を示唆している。
結論
ゲノム解析研究では、CCR2 V64Iについて感染抵抗性との関連という新たな知見が得られた。日本人血友病者でHIV感染したものの長期未発症でいる患者群について、必要な承認手続きが終了し、患者検体の収集と解析が始まった。センダイウイルスベクター系を応用し、独自のMHC Class Iテトラマー分子の作成法が確立された。同じ系を用いて、将来HIV特異的免疫能を誘導するための遺伝子治療法が開発される可能性がある。HIVに対する中和抗体の標的がgp120分子のC3やV1部分にあるとの予想外の結果が得られた。今後のワクチン作製のために示唆を与える結果である。OX40/OX40LとTNFの刺激により急激なアポトーシスが誘導されるとともに、ウイルス産生が停止した。ウイルス産生を抑制する新たな機構が今後明らかになる可能性を秘めた結果である。経口投与可能なCXCR4阻害物質T-1636は毒性も少ないことが明らかとな
った。HIV複製中間体を用いて、試験管内で組み込み効率を測定できる系が完成した。12,000遺伝子を搭載したマイクロアレイが完成した。以上、2年目の本研究もほぼ順調に成果を出していると考えられる。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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