血友病の治療とその合併症の克服に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100736A
報告書区分
総括
研究課題名
血友病の治療とその合併症の克服に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
松田 道生(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 坂田洋一(自治医科大学)
  • 小澤敬也(自治医科大学)
  • 吉岡章(奈良県立医科大学)
  • 長谷川護(株式会社ディナベック研究所)
  • 新井盛夫(東京医科大学)
  • 小林英司(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血友病に対しては、出血時に、血漿由来、或いはリコンビナント凝固因子製剤を用いた補充療法によるcareを中心とした治療が行われている。突然の出血を予防するために製剤を連日投与することは経済的にも非現実的である。血漿中濃度が低く、しかも正常の数%のレベルに維持すれば出血を予防できることから遺伝子治療はこの目的にかなっている。成功すれば、高価な因子製剤の使用量が減り経済的に社会に貢献できるのみならず、患者にcureを導き、生活の改善にもつながる。本研究では1)血友病の遺伝子治療の基盤技術確立を図ること、及び2)濃縮製剤投与により、或いは、遺伝子治療に伴い発生することが予測されるインヒビタに対する対策を検討することを目的とする。
研究方法
#血友病A
1)transgene:第VIII因子のcDNAの翻訳領域よりB domain を除いたBDDSQ の5'側を修飾することにより更なる短縮を図った。CHO-K1細胞に遺伝子導入し、発現タンパク質の分泌、生物活性を検討した。2)プロモータ活性:初年度にプラスミドベクターを用いて選択したPGK1,EF1-α、CMVをFVIII或いはGFPもしくはLacZのcDNAを搭載したSIVベクターに組み込み、種々の標的細胞での発現を検討した。3)標的細胞の検討:臍帯血由来CD34細胞にex vivoでCMV-BDDSQ(或いは、GFPかLacZ)を搭載したSIVベクターを用いて、MOI及びincubation timeを変えてtrasduction効率を検討した。治療目的達成に必要十分な条件を上記in vitroアッセイにて確認し、一定量の放射線を照射したNOD/SCIDマウスにFVIII発現CD34細胞を移植した。数週間後にCD34細胞の骨髄への生着と、末梢血中のヒトFVIII量を測定し、遺伝子導入効果を評価した。生着はフローサイトメトリーによる解析と第VIII因子特異抗体を利用した免疫染色により検討した。肝実質細胞へは上記SIVベクターをFVIIIノックアウトマウスの腸管膜静脈より108 transduction unit(TU)注入して、発現をGFP発色、FVIII免疫染色にて検討した。同量のSIVベクターをマウス骨格筋細胞、皮膚細胞、脂肪細胞へ投与し、発現を検討した。肝実質細胞への発現はヒトレンチウイルスを用いても検討した。4)SIVベクターの改良:ベクターのエンベロープタンパク質としての口内炎ウイルスGタンパク質をセンダイウイルスのF,HNタンパク質或いはインフルエンザウイルスHAタンパク質に変えて感染性の向上と細胞毒性の軽減を図った。5)血友病Aイヌを用いた生体部分肝移植:血友病Aイヌの肝左葉を切除し、同胞イヌよりの肝左葉を同位置に移植した。出血はイヌクリオグロブリンにより、また免疫抑制はTacrolimus 0.16mg/kgにより管理した。術後、血漿中FVIII活性のモニターと種々の生化学的データを解析した。
#血友病B
1)種々の血清型のAAVベクターの検討: LacZ,或いはGFPを搭載した種々の血清型のAAVベクターを作製し、in vivoで1010virus genome(VG)/mouseをマウス骨格筋に、また腸管膜静脈より1011 VG/mouseを投与して肝臓での発現を検討した。ヒト骨格筋の発現は初代培養骨格筋細胞を用いて検討した。ヒトFIXをサルのそれと選別して認識しうるFIXモノクロナル抗体をスクリーニングし、エピトープを同定するとともに、微量測定のためのELISAをセットアップした。2)AAVベクターの改良:Cre/loxP法を更に発展させて、アンチセンス法を利用することで、AAVのRep,Cap両タンパク質の発現を制御可能にするAAVベクター作製用パッケージング細胞株の開発を進めた。
#インヒビタ対策
第VIII因子ノックアウトマウスの頸静脈へ、生後0日にヒト第VIII因子製剤を投与し、10週後から連続投与してインヒビタの産生を観察し、免疫寛容誘導の可能性を検討した。解析は、第VIII因子インヒビタアッセイと3H-チミジンを用いた特異抗原(hFVIII、対照として製剤に含まれているアルブミン)による脾臓由来リンパ球刺激試験で施行した。
結果と考察
1.結果 #血友病A:1)レンチウイルスベクターを利用した血友病Aの遺伝子治療:臍帯血由来CD34陽性細胞にSIVベクターを用いてGFP或いは第VIII因子遺伝子を導入し、in vitroでの発現解析を施行した。MOI1で、24時間培養で、約30%の細胞に発現が確認され、培養上清中に10μg/106cellsのFVIIIが集積し、十分治療量に達することが確認できた。この条件で、放射線照射処置をしたNOD/SCID マウスへ培養細胞を移植して検討したところ、8週後に3-9%のCD34細胞の骨髄生着がフローサイトメトリーで確認され、更に同法でFVIIIの血小板内蓄積も示唆された。骨髄液中及び免疫染色でもヒト第VIII 因子産生が確認された。切除可能な臓器をターゲットとして発現解析を施行した結果、脂肪細胞に強発現することが免疫染色法により明らかとなった。骨格筋細胞、皮膚細胞には発現は確認できなかった。肝実質細胞については、108TUではin vivoでは網内系の細胞に取り込まれ、僅かの取り込みしか見られなかった。ヒト第三世代レンチウイルスベクターを用いた結果も、SIVベクターと同様の結果であった。2)イヌ生体部分肝移植:血友病A犬に対して同胞犬から生体部分肝移植を施行し、第VIII因子として経過中3-60%の活性を得た。免疫抑制剤Tacrolimusの副作用が一因と思われる衰弱が見られ、46日で死亡したが生存期間中出血傾向はなく、又血液検査でも拒絶反応を示唆するデータもなく、移植肝にも、組織所見で異常は見られなかった。
#血友病B:使用するAAVベクター量は治療の可否を決める重要な因子の一つである。パッケージング細胞株の改良などにより、十分量のAAVベクターの産生が可能になった。血清型の異なるAAVベクターにLacZ, 第IX因子、エリスロポエチン遺伝子などを搭載し、in vivoでマウス骨格筋細胞における発現を検討した。3型、4型ではこれまでの2型同様のレベルであったが、1型、5型では極めて高い発現が確認された。一方、肝臓では1型は2型と同レベルであったが、5型で数倍の発現が確認された。また培養ヒト骨格筋細胞では1型は2型とほぼ同様で5型に強い発現が確認された。モノクロナル抗体をスクリーニングした結果、ヒトのFIXのみを選択的に認識する抗体が見つかった。エピトープを同定し、この抗体を利用して, 選択的ヒトFIX微量測定ELISAを確立した。
#インヒビタ対策:インヒビタアッセイ、刺激試験の結果からは生後0日早期の投与がドラマティクな効果を示し、出産直後の抗原暴露がクリティカルであることが示唆された。
2.考察 #血友病A:非分裂細胞に導入可能で、長期発現が期待できる遺伝子導入ベクターとしてSIVベクターを選択した。これはヒトには勿論、hostであるafrican green monkeyにも病原性はなく安全で実用的なベクターになる可能性が高い。血液幹細胞を標的とした導入実験では、骨髄へのCD34細胞の生着、発現、更には血小板にFVIIIの蓄積を示唆する結果が得られている。出血部位へ血小板が濃縮されることも考慮すると極めて将来性のあるプロジェクトであると思われる。また実際ヒトに施行する場合は、自己骨髄移植の形をとるため、免疫抑制は不要となる。現時点では、見積もり計算上の第VIII因子レベルと末梢血中のレベルに乖離が見られており、その原因を検討中である。切除可能臓器を遺伝子導入の標的に選択することは極めて魅力的である。脂肪細胞が候補として有用であることが示唆され、今後の発展が期待できる。ヒト血友病患者に、肝硬変治療目的に肝臓移植が施行され、血友病が治癒したという報告から考えれば血友病イヌを用いた実験の結果は当然かも知れない。しかし、血友病治療のための肝移植の基礎的検討は不可欠である。
#血友病B:米国でAAV2ベクターを用いて1999年6月よりヒト下肢骨格筋細胞を標的にした血友病Bの遺伝子治療臨床研究は、発現量が治療目的量に達せず、現在再検討に入っている。原因は、in vivoで骨格筋細胞に発現効率の悪いAAV-2ベクターを利用したことにある。我々は、種々の血清型のAAVベクターを用いて、in vivo, 臓器、種の違いによる発現の検討を行った。結果、ヒトに近い霊長類で実験を進めることが肝要であることが示唆された。ただ血友病Bサルがいないこと、サルのFIXとヒトのそれとでは97%以上のホモロジーがあることなどにより、発現解析に技術的難題がある。微量ヒトFIXを測定しうる系の確立は今後の霊長類を用いた血友病Bの実験解析に多大な貢献が期待できる。
#インヒビタ対策:生下時、短時間内にヒトFVIII製剤を投与することで、免疫寛容が誘導される可能性を示唆する結果が得られたことは、臨床的には極めて意義深い。キャリアである母親から生まれた男子に投与することで将来のインヒビタ産生頻度が低下する可能性が高い。
結論
遺伝子治療は血友病にcureをもたらす治療法であり、成果を元に今後の臨床応用に向けた発展が期待できる。インヒビタ対策を含め、患者、及び社会に貢献することが大きいプロジェクトであると信ずる。

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