文献情報
文献番号
200100735A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV等のレトロウイルスによる痴呆や神経障害の病態と治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
出雲 周二(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
研究分担者(所属機関)
- 田平 武(国立中部病院・長寿医療研究センター)
- 岸田修二(東京都立駒込病院)
- 馬場昌範(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
- 納 光弘(鹿児島大学医学部)
- 宇宿功市郎(鹿児島大学医学部)
- 斉藤邦明(岐阜大学医学部)
- 高宗暢暁(熊本大学薬学部)
- 木戸 博(徳島大学分子酵素学研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
38,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
HAARTの確立により、HIV感染症は不治の病から長期間コントロールしうる慢性疾患へと変貌しつつある。しかしリンパ組織病変とは独立して起こるHIV脳症がHAART療法によりどのように変貌するかは不明である。HIV脳症はウイルスが直接神経細胞に感染するのではなく、中枢神経内に侵入した感染細胞でのウイルス抗原発現と宿主の免疫応答との関連で神経組織が傷害される、HTLV-Iが引き起こすHAMと共通する機序も想定される。本研究の目的はHAMとHIV脳症の病態を比較解析することにより、発症病態の共通するもの、特異的なものを明らかにし、病態に則した治療法を開発することである。
研究方法
HIV脳症に関しては感染者の解析、動物モデルの解析、in vitroの解析の3方向から研究を行った。岸田らはHIV脳症8剖検脳で、痴呆重症度・髄液中ウイルス量・β2MGと、病理組織所見の程度、HIVp24陽性細胞数、活性化ミクログリア・マクロファージ数とを比較検討し、脳組織内ウイルスの存在とHIV脳症との直接の関連を解析した。動物モデルの研究として、出雲らはサルエイズモデルで早期脳病変の病理組織学的解析を行い、リンパ組織の病変の進行と比較した。斉藤らはTNF-?を介するエイズ脳症様の記憶障害を起こすLP-BM5ウイルス感染マウスを用い、治療薬としてのTNF-?阻害剤の評価と発症機序解析のためのTNF-?欠損骨髄キメラマウスの作成を行った。in vitroの系では、馬場らは分化させた神経芽腫細胞株SK-N-SHを、HIV-1感染マクロファージと直接あるいはセルカルチャーインサートを用いて間接共培養し、神経細胞死を引き起こす系を作成した。高宗らは同様の共培養系でウイルス粒子の直接刺激で誘導される神経細胞死に関連する分子群を探索した。木戸らは中枢神経障害を把握する髄液14-3-3蛋白質検査法の確立を目指して、6種のisoform特異抗体と全isoform共通認識抗体の組み合わせで、脳脊髄液中の全ての14-3-3蛋白質と各isoform量を特異的に測定するEIAの確立をめざした。
HAMについてはHTLV-Iウイルス量とHAM発症の宿主要因との組み合わせによる発症予測について検討した。ウイルス側の発症関連要因であるTaxのサブグループTax A、Tax Bについて、患者PBMCの感染細胞あたりのTax発現とTax発現細胞でのサイトカイン産生の違いを検討した。また、自覚症のないキャリアー111名を対象に、潜在するHTLV-I関連疾患症状・検査所見の有無と感染ウイルスサブタイプを検討した。HAM動物モデルとして、受け身移入で中枢神経に組織傷害のない細胞浸潤を引き起こすS100?蛋白特異的ルイスラットT細胞株にHTLV-Iを感染させ、血流を介して中枢神経内へHTLV-Iを持ち込むモデルを用い、HTLV-I抗原前感作ラットへの感染S100?蛋白特異的T細胞株投与により中枢神経内で感染細胞に対する免疫応答を誘導するバイスタンダー脳脊髄炎モデルの確立をめざした。
田平らは髄鞘構成蛋白として再認識されているCD9に対する抗体の出現を種々のウイルス性炎症性神経疾患で検索した。
HAMについてはHTLV-Iウイルス量とHAM発症の宿主要因との組み合わせによる発症予測について検討した。ウイルス側の発症関連要因であるTaxのサブグループTax A、Tax Bについて、患者PBMCの感染細胞あたりのTax発現とTax発現細胞でのサイトカイン産生の違いを検討した。また、自覚症のないキャリアー111名を対象に、潜在するHTLV-I関連疾患症状・検査所見の有無と感染ウイルスサブタイプを検討した。HAM動物モデルとして、受け身移入で中枢神経に組織傷害のない細胞浸潤を引き起こすS100?蛋白特異的ルイスラットT細胞株にHTLV-Iを感染させ、血流を介して中枢神経内へHTLV-Iを持ち込むモデルを用い、HTLV-I抗原前感作ラットへの感染S100?蛋白特異的T細胞株投与により中枢神経内で感染細胞に対する免疫応答を誘導するバイスタンダー脳脊髄炎モデルの確立をめざした。
田平らは髄鞘構成蛋白として再認識されているCD9に対する抗体の出現を種々のウイルス性炎症性神経疾患で検索した。
結果と考察
HIV脳症患者の臨床と病理の比較では、臨床的重症度に比例して基底核、髄質、皮質の順にHIV感染細胞数が多く、全例で活性化ミクログリア・マクロファージが基底核で増加し、重症度に応じて髄質、皮質に広く発現していた。髄液β2MG値と脳内活性化ミクログリア・マクロファージ数とは相関する傾向がみられた。この結果より、高度なHIV脳症の基礎病変はHIV脳炎で、活性化ミクログリア・マクロファージ数はHIV陽性細胞数以上に臨床的な痴呆重症度と相関していることが明らかとなった。髄液中HIV量とともに、髄液β2MGは中枢神経内の出来事を反映し、HIV脳炎活動性の指標となることが示された。
サルエイズモデルの解析では、マクロファージ指向性ウイルス感染サルで典型的なエイズ脳症の病理組織像がエイズ未発症の段階で認められた。T細胞指向性ウイルス感染サルではリンパ組織の破壊と典型的なエイズを発症したが、脳症の病理組織像であるグリア結節や多核巨細胞の出現はみられず、感染細胞もほとんどみられなかった。しかし、大脳皮質ニューロピルに局所的なグリオーシスがみられ、免疫組織化学、電顕によりシナプス構造の微細な変性像が認められた。これらの結果より、エイズ脳症には免疫不全の進行に伴いウイルス蛋白やサイトカインを介して大脳皮質の神経細胞・ニューロピルを傷害する脳症と、エイズの進展とは独立して生じるHAMと類似した機序、即ち感染細胞が血流を介して脳に持ち込まれ、その場でのウイルス増殖とそれを排除しようとする免疫応答が周囲神経組織を徐々に傷害する慢性神経疾患としての脳症、という二つの独立した神経障害機構が存在することが示唆された。エイズ多発地域で、エイズのみをみている研究組織では気づかない視点で、この視点での研究は国際的にもほとんどなされていない。
マウスの系では、LP-BM5ウイルス感染により亢進した脾臓および脳のTNF-?合成がペントキシフィリン投与で抑制され、記憶障害の改善が認められた。また、WTマウスにTNF-?欠損骨髄を移植したTNF-?骨髄キメラマウスの作成に成功した。脳内グリア系細胞と骨髄由来浸潤細胞のいずれが産生するTNF-?が痴呆の発症に関係しているかを明らかにする実験動物として有用である。
馬場らの神経細胞死を起こす培養系では、生じた神経細胞死はマクロファージとの直接接触を必要とせず,また、サイトカイン、ケモカインの中和抗体添加で抑制出来なかった。HIV-1転写阻害薬K-37、CXCR4拮抗薬AMD3100は神経細胞死を部分的に抑制した。この神経細胞死にはマクロファージから産生される HIV-1抗原に加え、ウイルスもしくは細胞由来の他因子の関与が必要と思われた。また本実験系はHIV-1脳症の予防・治療薬のスクリーニング系として有用である。一方、高宗らのウイルス粒子の直接刺激により誘導される神経細胞死の系では、抗gp120抗体、dextran sulfate、CXCR4拮抗薬Z-8による細胞死の抑制効果は部分的で、既報のgp120とCXCR4を介する機構とは別の神経細胞死誘導機構の存在が示唆された。
14-3-3 蛋白質を認識する各抗体によるEIAは、Western blot法に比し反応性が悪く、原因として髄液中のLentil lectin反応性の糖蛋白質がEIAの反応を阻害していた。臨床検体の測定にはさらに約5-10倍の高感度化が必要である。また、細胞内のアミノ酸センサーであるリン酸化FRAPと14-3-3蛋白質が結合した。
HAM発症関連宿主因子とウイルス量の関連については、ウイルス量2%以下、或いは以上に絞ることにより、より宿主因子効果が明瞭で、HAM発症関連因子の中にはウイルス量が低い群で関連する因子と高い群で関連する因子があることが示された。TaxサブグループとHAM発症リスクの差については、Tax発現細胞でのIFN-?、TNF-?産生には有意の差は見いだされなかったが、自覚症のないキャリアー111名において、HAM発症リスクが高いTax AをもつキャリアーはHAM関連所見、ブドウ膜炎の既往が高頻度で、Tax Aとの関連が改めて示唆された。HAMの研究は免疫機構の特異性を中心に研究がすすめられてきたが、本研究組織でHIV脳症と比較しながら研究をすすめる中でウイルス動態に注目した解析が進展した。昨年度報告のウイルス量変動と臨床像との相関や本年度の発症関連宿主因子との関連、発症に関わるウイルス要因の研究は本研究組織の特徴であるHAMとHIV脳症を比較しながら研究をすすめる体制がもたらした成果である。
HAMの病態モデルの確立をめざしたバイスタンダー脳脊髄炎モデルではHTLV-I感染S100?蛋白特異的T細胞のHTLV-I抗原感作ラットへの受け身移入により、非感作群に比してやや強い炎症性病変が認められた。今後、感染効率の向上と免疫応答を高める工夫が必要である。
抗CD9抗体の検索ではSSPE患者において特異的に強く検出され、病勢と相関していた。抗CD9抗体の検索はSSPEの診断、病勢の把握に有用で、さらに、中枢神経の変性過程におけるCD9とその抗体の役割についての解析はHIV脳症の発症機序との関連でも重要である。
サルエイズモデルの解析では、マクロファージ指向性ウイルス感染サルで典型的なエイズ脳症の病理組織像がエイズ未発症の段階で認められた。T細胞指向性ウイルス感染サルではリンパ組織の破壊と典型的なエイズを発症したが、脳症の病理組織像であるグリア結節や多核巨細胞の出現はみられず、感染細胞もほとんどみられなかった。しかし、大脳皮質ニューロピルに局所的なグリオーシスがみられ、免疫組織化学、電顕によりシナプス構造の微細な変性像が認められた。これらの結果より、エイズ脳症には免疫不全の進行に伴いウイルス蛋白やサイトカインを介して大脳皮質の神経細胞・ニューロピルを傷害する脳症と、エイズの進展とは独立して生じるHAMと類似した機序、即ち感染細胞が血流を介して脳に持ち込まれ、その場でのウイルス増殖とそれを排除しようとする免疫応答が周囲神経組織を徐々に傷害する慢性神経疾患としての脳症、という二つの独立した神経障害機構が存在することが示唆された。エイズ多発地域で、エイズのみをみている研究組織では気づかない視点で、この視点での研究は国際的にもほとんどなされていない。
マウスの系では、LP-BM5ウイルス感染により亢進した脾臓および脳のTNF-?合成がペントキシフィリン投与で抑制され、記憶障害の改善が認められた。また、WTマウスにTNF-?欠損骨髄を移植したTNF-?骨髄キメラマウスの作成に成功した。脳内グリア系細胞と骨髄由来浸潤細胞のいずれが産生するTNF-?が痴呆の発症に関係しているかを明らかにする実験動物として有用である。
馬場らの神経細胞死を起こす培養系では、生じた神経細胞死はマクロファージとの直接接触を必要とせず,また、サイトカイン、ケモカインの中和抗体添加で抑制出来なかった。HIV-1転写阻害薬K-37、CXCR4拮抗薬AMD3100は神経細胞死を部分的に抑制した。この神経細胞死にはマクロファージから産生される HIV-1抗原に加え、ウイルスもしくは細胞由来の他因子の関与が必要と思われた。また本実験系はHIV-1脳症の予防・治療薬のスクリーニング系として有用である。一方、高宗らのウイルス粒子の直接刺激により誘導される神経細胞死の系では、抗gp120抗体、dextran sulfate、CXCR4拮抗薬Z-8による細胞死の抑制効果は部分的で、既報のgp120とCXCR4を介する機構とは別の神経細胞死誘導機構の存在が示唆された。
14-3-3 蛋白質を認識する各抗体によるEIAは、Western blot法に比し反応性が悪く、原因として髄液中のLentil lectin反応性の糖蛋白質がEIAの反応を阻害していた。臨床検体の測定にはさらに約5-10倍の高感度化が必要である。また、細胞内のアミノ酸センサーであるリン酸化FRAPと14-3-3蛋白質が結合した。
HAM発症関連宿主因子とウイルス量の関連については、ウイルス量2%以下、或いは以上に絞ることにより、より宿主因子効果が明瞭で、HAM発症関連因子の中にはウイルス量が低い群で関連する因子と高い群で関連する因子があることが示された。TaxサブグループとHAM発症リスクの差については、Tax発現細胞でのIFN-?、TNF-?産生には有意の差は見いだされなかったが、自覚症のないキャリアー111名において、HAM発症リスクが高いTax AをもつキャリアーはHAM関連所見、ブドウ膜炎の既往が高頻度で、Tax Aとの関連が改めて示唆された。HAMの研究は免疫機構の特異性を中心に研究がすすめられてきたが、本研究組織でHIV脳症と比較しながら研究をすすめる中でウイルス動態に注目した解析が進展した。昨年度報告のウイルス量変動と臨床像との相関や本年度の発症関連宿主因子との関連、発症に関わるウイルス要因の研究は本研究組織の特徴であるHAMとHIV脳症を比較しながら研究をすすめる体制がもたらした成果である。
HAMの病態モデルの確立をめざしたバイスタンダー脳脊髄炎モデルではHTLV-I感染S100?蛋白特異的T細胞のHTLV-I抗原感作ラットへの受け身移入により、非感作群に比してやや強い炎症性病変が認められた。今後、感染効率の向上と免疫応答を高める工夫が必要である。
抗CD9抗体の検索ではSSPE患者において特異的に強く検出され、病勢と相関していた。抗CD9抗体の検索はSSPEの診断、病勢の把握に有用で、さらに、中枢神経の変性過程におけるCD9とその抗体の役割についての解析はHIV脳症の発症機序との関連でも重要である。
結論
今年度の研究によりHIV脳症には独立した二つの発症病態が存在することが示唆された。また、治療薬開発のためのin vitro、in vivoの系が確立した。HAMに関してはウイルス動態、宿主の免疫動態、及び臨床像の相互関連が明らかとなった。また、発症病態を再現する動物モデルの開発が進められた。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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