薬剤耐性のモニタリングに関する技術開発研究

文献情報

文献番号
200100730A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性のモニタリングに関する技術開発研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
杉浦 亙(国立感染症研究所エイズ研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 北村義浩(東京大学医科学研究所先端医療研究センター)
  • 金田次弘(国立名古屋病院臨床研究部)
  • 加藤真吾(慶応義塾大学医学部微生物学教室微生物学)
  • 平林義弘(国立国際医療センターエイズ治療研究開発センター)
  • 松下修三(熊本大学エイズ学研究センター病態制御分野)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
多剤併用療法は1995年以来先進諸国のHIV-1感染症の標準的な治療として定着しているが、治療の成功率は高くはなく、およそ40%近い患者が初回治療に失敗するとされている。治療の転機に影響する因子としては服薬アドヒアランス、治療薬剤に対する耐性獲得などが挙げられる。この約半数近い初回治療脱落症例、そしてその後多剤耐性に陥っている症例を救済することは重要な課題である。この研究班では薬剤耐性検査(遺伝子検査、感受性検査)、薬剤血中濃度測定、そして遺伝子診断を統合した治療モニタリングシステムを構築運用し、個々の患者に適切な治療プロトコルを提供することを目的とする。
この目的を達成するために研究班では4つの課題を取り上げる。(1)治療薬剤血中濃度測定と薬剤耐性検査の評価の検討。(2)細胞内薬剤濃度の測定技術の開発とその臨床的意義の検討。(3)簡易薬剤濃度測定検査技術を開発とその有用性の評価。(4)薬剤の有効性を修飾するヒト遺伝子多型の解析。この4項を6名の班員で分担し、その研究成果を融合させシステムを完成させる。
研究方法
本年度は目的を遂行するのに必要な解析方法の確立を目指す。薬剤耐性検査法、血中濃度測定法に関してはすでに技術的に確立しており、臨床現場における運用とその意義に関して検討をする。簡易測定系に関しては、既存のプロトコルの簡略化と全く新しい検査技術開発の二本立てで研究を進める。細胞内薬剤濃度測定に関しては技術的可能性をin vitroでシミュレーションし検討をする。宿主因子の解析に関しては、倫理委員会への申請と健常人ボランテイアの検体を用いた解析手法と条件設定を実施する。
結果と考察
以下各項について担当研究者と平成13年度の成果を含めて記す。
①治療薬剤血中濃度測定と薬剤耐性検査の評価の検討(松下修三、金田次弘)。
今日、薬剤耐性検査が治療の適否を判断する検査として用いられているが、現状では薬剤耐性検査はあくまでも変更薬剤選択の指標であり、検査結果から薬剤変更のタイミングを計ることは出来ない。これは耐性検査の臨床的な閾値、すなわちどのような耐性変異が入れば薬剤を交換する必要があるのか、あるいは何倍耐性であれば薬剤は使用できないのかという基本的な情報がまだ不足していることによる。近年薬剤耐性検査の臨床的閾値を評価するために薬剤血中濃度を考慮したinhibitory quotient(IQ)という概念が提唱されている。これは薬剤のC trough値を薬剤のEC50(実際にはin vitroでのIC50値が代用される)で割った値である。IQ値が高ければ高いほど薬剤の臨床的な効果は期待され、逆に1を下回ると薬剤の効果は限定され、薬剤耐性ウイルスの出現などを来す事となる。研究班では治療における血中濃度測定とIQの有用性の検討を行った。
平成13年度はサルヴェージ療法が成功した症例において、ロピナビルの血中濃度とプロテアーゼ阻害剤耐性変異との関連を検討した。その結果IQ値が高い薬剤を選択することによりサルヴェージ療法を成功に導く可能性が示唆された。カレトラ服用後の血中ロピナビル濃度は2-4時間でC maxに到達するが(健常人でのデーター)、trough値と服薬後2時間(C max)の濃度に大きな変動は無いことが明らかになった。同様の傾向はサキナビル+リトナビル併用療法におけるサキナビル血中濃度においても認められ、リトナビルを含むダブルプロテアーゼ療法では1点の血中濃度測定値で十分IQを判断できることが明らかになった。
②細胞内薬剤濃度の測定技術の開発とその臨床的意義の検討(加藤真吾)
抗HIV-1治療薬剤の主要な作用部位は感染宿主細胞内である。このことから有効薬剤濃度の決定にあたっては血中の濃度よりも、むしろ細胞内の濃度の方が治療の転機、副作用、あるいは薬剤耐性ウイルス誘導などの事象と明確な相関が認められる可能性が期待される。また薬剤の細胞内濃度の維持には細胞膜上の機能タンパク分子、細胞質内の代謝酵素などの宿主因子が絡んでくるため、(4)項のヒト遺伝子多形解析とその評価にもこの研究は密接に関連してくる。
現在核酸系逆転写酵素阻害剤AZT、d4T、プロテアーゼ阻害剤nelfinavirを対象に測定法の開発を行っている。平成13年度はAZT,d4T に関してはリン酸が付与された化合物の合成、入手を行った。Nelfinavirに関してはin vitroで正常ヒト末梢血単核球を用いたシミュレーションを試みた。さらに、細胞内の薬剤濃度を評価するためにはヒト末梢血単核球を用いて有効薬剤濃度(IC50, IC90)を正確に求める必要があり、その測定系の構築も行った。
③簡易薬剤濃度測定検査技術の開発(平林義弘、金田次弘)
抗HIV-1薬剤血中濃度の測定は前述のように薬剤耐性検査を評価する上で必要な検査である。プロドラッグである核酸系逆転写酵素阻害剤以外の2剤、プロテアーゼ阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤が血中濃度測定の対象となるが、いずれもHPLCを用いた濃度測定が行われている。HPLCを用いた濃度測定方法は完成された手技であるが、問題点として測定条件が薬剤毎に異なっており統一されていないことが挙げられる。現在用いられているプロトコルでは薬剤毎個別に濃度測定を行う必要があり、病院の臨床検査室で実施するには負担が大きすぎる。このことから一括して薬剤濃度を測定することが出来れば血中濃度測定はより身近な検査となり日常の診療により活用されると期待される。平成13年度は6種類のPIとその代表的な活性代謝産物 2種類、そしてefavirenzの同一測定が可能な測定系の構築がなされた。
④薬剤の有効性を修飾するヒト遺伝子多型の解析(北村義浩、杉浦亙)
薬剤の吸収代謝には種々の代謝酵素、膜タンパク分子が関与している。近年ヒトゲノム解析の進展に伴い、これらのたんぱく質をコードする遺伝子の特定部位に点変異が存在し(single nucleotide polymorphism: SNP)、特定の点変異と特定の薬剤の薬効が密接に関連していることが明らかになりつつある。研究班ではプロテアーゼ阻害剤の吸収、排泄に関与するATP-binding cassette遺伝子群を中心にSNP解析を行い、血中あるいは細胞内薬剤濃度との関連を検討することを計画している。平成13年度はSNP解析手法を確立した。
結論
薬剤耐性検査と薬剤血中濃度測定が至適治療の選択に有用であることが明らかになった。今後さらに2つの検査を組み合わせて治療の評価を行い、検査の有用性の証拠を蓄積することが重要であろう。両検査に加えて宿主因子の解析は将来的に個々の患者の体質に合った薬剤選択を可能にすると期待される。

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