炭疽菌の発症機構の解明と迅速検出法の確立(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100728A
報告書区分
総括
研究課題名
炭疽菌の発症機構の解明と迅速検出法の確立(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
牧野 壮一(帯広畜産大学)
研究分担者(所属機関)
  • 牧野壮一(帯広畜産大学)
  • 倉園久夫(岡山大学)
  • 江崎孝行(岐阜大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
炭疽菌により起こる炭疽は、草食動物を中心とした家畜伝染病であるが、人を含めた他の動物にも重篤な症状を起こす人畜共通伝染病である。炭疽菌は、乾燥状態で容易に芽胞菌となり、一度土壌が炭疽菌で汚染されると、芽胞菌として感染力を保持しながら数十年生残し、炭疽常在地となる。人の疾病は、創傷感染による皮膚炭疽、汚染動物肉の経口摂取による腸炭疽、および芽胞を吸引する肺炭疽があるが、肺炭疽が最も死亡率が高い。そして、炭疽菌の芽胞は、容易にに大量培養でき、しかも無味無臭の粉末として調整でき、容易に生物兵器へ利用される危険性がある。即ち、炭疽は世界で食肉衛生・防疫上最も恐れられている伝染病の一つである。我国での炭疽の発生報告はこの数年無いが、国外では数多く発生している。かつて我国でも炭疽は頻繁に発生したので、土壌の炭疽菌常在化が既に起こっていると考えられ、常に内外から我国は危険にさらされているといえる。しかし、国外で危険視されている炭疽に対する我国の関心は、極めて低い。更に、ワクチンの不備や、炭疽の早期診断技術の確立の不十分さなどの問題点が多く残っている。そこで、本研究では、炭疽に対する国内での発生を未然に防止するために、土壌や不顕性感染動物からの迅速・確実な検出法および国外からの炭疽の伝播に対して未然に防ぐために必要な防疫上の検査法の確立、しいては予防のための基礎データとなる炭疽の発症機構の解明などを行い、炭疽から社会を守るために炭疽の基礎および応用研究を行う。同時に、炭疽が発生した場合に備え、その感染経路を的確に把握するための炭疽菌の遺伝子型別を行う基礎データを作成することも研究目標としている。
研究方法
使用炭疽菌株は34-F2株(動物用弱毒ワクチン株)Pasteur I、Pasteur IIおよび臨床由来株である。DNA抽出は一夜培養菌液3mlを遠心分離後、沈渣を200μlのTris-maleat buffer (pH7.0)に再懸濁、5μlのlysozyme (100mg/ml)、10μlのN-acetylmuramidase SG (10mg/ml)および1μlのRNase (10mg/ml)を加えてマイルドに懸濁し、37℃ 30分保温した。次いで200μlのTE buffer (10mM Tris, 1mM EDTA)、10μlの10%SDSおよび10μlのプロテイナーゼK (20mg/ml)を加え、55℃で一夜保温した。フェノール抽出後、全DNAを得た。各株の毒素産生能と莢膜形成能を調べるため、これらをコードする毒素および莢膜プラスミドの有無を、プラスミド上の塩基配列に特異的なプライマーを用いてPCR法にて確認した。また、PCRは宝酒造株式会社より販売されているSmart Cyclerを使用し、宝酒造株式会社に依頼し製造されたキットを用いた。検出色素はSYBR Greenを用い、リアルタイムで増幅を観察した。反応条件は95℃30秒の後、95℃5秒、68℃30秒を30サイクル繰り返した。その後、増幅産物の融解曲線を調べ、融解温度は、PAプライマーセットの場合は82.5±1℃、CAPプライマーセットの場合は85±1℃となり、陰性の場合、インターナルコントロールによる産物の場合はPAプライマーセットの場合は80±1℃、CAPプライマーセットの場合は82±1℃となる。PCRの反応は精製DNAの場合は10ng基質として用い、集落の場合は、滅菌蒸留水中に僅か濁る程度の菌体を懸濁し、95℃で15分間加熱後、遠心し、その上静1_lを直接PCRに用いた。Random amplified polymorphic DNA (RAPD)法は10塩基対のプライマーを用い、(94℃ 2分 → 38℃ 2分 → 72℃ 2分)×45回反応を行い、1.5%agaroseでPCR産物を確認した。Fluorescent Amplified-fragment length polymorphism (FAFLP)法は、定法に従い実施した。Pulsed-field gel electrophoresis (PFGE)法も
、定法に従い制限酵素SalI処理を行い、実施した。薬剤感受性試験は寒天平板拡散法(ディスク法)により、ストレプトマイシン(SM)、アンピシリン(ABPC)、ペニシリン(PCG)、エリスロマイシン(EM)、テトラサイクリン(TC)、ドキシサイクリン(DOXY)、シプロフロキサシン(CPFX)、ノルフロキサシン(NFLX)およびロメフロキサシン(LFLX)を用いた。発症機構の解明にはパスツール2苗のSm耐性株を親株として用い、dep遺伝子の変異株Sm-1株(莢膜形成は観察できるが、親株と異なり高分子の莢膜が菌体表面に重合された後、加水分解により倍地中に低分子化されて放出するのに必須の遺伝子が変異を起こしている株)、Sm-2株(Sm-1株にdep遺伝子を持つ株)、Sm-3株(莢膜非産生株)を用いた。低分子莢膜(L-capsule)はNBYブロス(Netrient brothに0.3%の割合でYeast extractを添加し、さらに、100ml当り9%の滅菌重曹を7.2ml添加して作製する)に接種し、エタノール沈殿により精製した。感染実験は6週令のマウスを用い行った。マクロファージへの感染実験はBALV/Cマウスの腹腔内から骨髄由来マクロファージを調整し行った。Northern hybridizationは全RNAは定法に従い抽出し、通常の方法にて実施した。
結果と考察
被験株すべてにおいて、PCR法により莢膜形成能と毒素産生性の有無を確認した結果、臨床由来株ではMorioka株、Nakagawa株、P45株およびM9株において毒素産生性の欠落が認められた。また、ワクチン株34-F2株、P44株では莢膜形成能の欠落がみられ、P43株は両形質とも欠落していた。その他の株は全て2つのプラスミドを保有していた。これらをRAPD法により比較すると、モンゴルで分離された炭疽菌株のDNAを加え、21株について行うと、Morioka株、Nakagawa株、P43株およびM9株が他と僅かに異なっていた。同様にFAFLP法による炭疽菌株の比較すると僅かの相違は観察されたが全て非常に近縁であった。さらにPFGE法による炭疽菌株の比較を行うと、M9株、Morioka株およびNakagawa株において、他の株では確認された共通のバンドが欠損していた。また、薬剤感受性試験においては、Morioka株がSMに耐性を示した以外耐性はみられなかった。また、他の薬剤に関しては全ての株が感受性を示した。dep mutant, Sm-1株は菌体表層にH-capsuleを形成するが、L-capsuleを菌体外に放出しない。この現象が生物学的に何をしているのかを明らかにする目的で、Sm-1株をマウスに感染させて病原性を調べた。その結果、親株が平均1.7日で全てのマウスを殺したのに比べ、14日後でもSm-1株を感染させたマウスは生残していた。また、Sm-2株(Sm-1株にdep遺伝子を導入した株)では親株同様マウスが死亡した。さらに6および24時間後のマウス腹腔内炭疽菌はSm-1株以外では確認できたが、Sm-1株では全く検出できなかった。これらの結果からdep遺伝子は炭疽菌の病原性発現に必須の遺伝子であることが明らかになった。また、精製L-capsuleをSm-1株と混合し、マウスの感染実験を行った結果、マウスへの病原性は回復した。同時に、腹腔内に炭疽菌が確認された。このことはL-capsuleが炭疽菌の病原性に関与していることを示していた。マクロファージへの感染実験の結果、Sm-1株はマクロファージ内に数多く取り込まれていたが、Sm株は取り込まれていた数は少なかった。炭酸ガス培養条件および通常の大気中での培養条件で、炭疽菌を培養し、Northern hybridizationを行った結果、4種類の遺伝子は1つのオペロンを形成し、全て同時に発現している可能性を示唆していた。また炭疽菌株を炭酸ガス培養条件で集落を形成させ、実体顕微鏡にて観察した結果、親株、dep変異株そして莢膜非形成株間では菌体の形態が異なっていた。dep変異株は菌体表層に莢膜生成物が蓄積しているように観察でき、親株とは全く異質となっていた。
結論
炭疽菌は1菌種1血清型であり、比較的変異が少ないと言われてきたが、今回の遺伝子型別のための方法では明瞭に区別することは出来なかった。モンゴル由来株のDNAを使用しても全く同じ結果であったことから炭疽菌の染色体は極めて保存されていることが示された。炭疽の発生した場合、更なる遺伝子型別の方法
の使用が必要である。また炭疽菌は多くの薬剤に感受性であることが示され、野外株では多種類の抗生剤が有効であると言える。同時に炭疽菌の検出にリアルタイムPCRが有効であったことが示され、炭疽の疑いがある場合有効であろう。今回炭疽の発症機構において、莢膜物質の低分子化という機構が深く関与しておることが明らかになり、炭疽治療への新たな展開が期待出来そうである。

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