わが国におけるアメーバ症の実態の解明と対策確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100727A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国におけるアメーバ症の実態の解明と対策確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
竹内 勤(慶応義塾大学医学部教授)
研究分担者(所属機関)
  • 橘 裕司(東海大学医学部)
  • 牧岡朝夫(東京慈恵会医科大学)
  • 野崎智義(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は最近届け出で数が増加しているアメーバ症のわが国における実態の解明のため、知的障害者更正施設など、施設内のアメーバ感染に焦点をあてて疫学調査を実施し、施設内感染予防、制圧に関する手法、指針作成を行い、更に対策確立に資するため、診断・治療の新技術を開発しようと試みる事を目的としている。具体的には(1)ハイリスク集団のうち諸種施設における施設内アメーバ感染の疫学調査を実施して実態を明らかにし、制圧対策立案とその試行、及び感染予防ガイドライン作成を行なうこと、(2)無菌培養系の確立等を通して両種アメーバの鑑別法確立に資すること、(3)E.histolyticaのサブポピュレーションの同定法の開発を行い、疫学調査に応用すること、・アメーバ表面レクチンのワクチンとしての評価を行なうこと、・新規薬剤開発のため標的およぴその阻害剤を探索すること、を目的としている。
研究方法
(1〉施設内アメーバ感染の実態の把握:これまでの成果に基づいて、各種施設における実態調査を継続実施した。調査は糞便検査、血清学的検査、E.histolytica llkit(TechLab lnc.,USA)による抗原検査を併用して行った。また試行した環境衛生対策に基づいた感染予防策を立案し、ガイドラインとして公表した。
(2)アメーバの免疫学的・遺伝学的同定法の開発と応用:本研究でアメーバ鑑別の標的としてきたperoxiredoxin遺伝子を取り上げ、E.histolyticaに近縁のE.moshkovskiiとE.disparの遺伝子を発現ベクターに組み入れ、大腸菌にて組み替え蛋白を作成した。組み替え蛋白を精製後、モノクロナル抗体を作成し、免疫学的なアメーバ同定に応用した。
E.disparの無菌培養系は初年度開発したYIGADHA-S mediumを使用して有効な植物由来の増殖促進物質の同定、精製を行なった。精製はツユクサの葉肉細胞からアセトン抽出、SDS及びNative電気泳動、分離用ディスク電気泳動によった。
(3)アメーバのレクチンのワクチンとしての可能性の検討:今年度は150-kDaレクチンの遺伝子のクローニングをE.histolyticaより試みた。まず精製した150-kDaレクチンのN末端のアミノ酸配列を決定し、その配列に基づいてdegenerateプライマ-を作成し、ゲノムDNAを標的としてPCRにて増幅した。得られた産物をプロープとしてcDNAライブラリーの検索を行ない、最長のクローンを更にサブクローニングして塩基配列を決定した。
(4)サブポピュレーション特定化の方法の開発:4種類の異なるプライマー;非翻訳領域のLocus1-2、Locus5-6、及びSREHP(serine-rich E.histolytica protein)、Chitinase遺伝子;を用いたPCR、ついでアガロースゲル泳勤によってバンドを分離、塩基配列を決定した。
(5)新規薬剤の開発研究:今年度は一連のカルシウム機能阻害剤とプロテアソーム阻害剤を使用して、E.histolyticaの増殖阻害、及びモデルとしてE. invadensを使用したin vitroでの彙子形成、脱嚢阻害作用を検索した。
疫学調査に際しては、倫理面にはこれまでと同様の注意を払った。特に入所者の家族には説明を十分に行なったが、施設職員からも同意を得てから調査を進めた。調査対象施設に倫理委員会が存在する場合には、それらをクリアーして後に調査を開始した。
結果と考察
これまでの調査で赤痢アメーバ感染が確認された更正施設3カ所の治療後のフォローアップでは全ての感染者の陰転が確認され、その後の再フォローでも陰性が確認された。しかし重症障害者施設では依然として11名の糞便検査、抗原検査陽性者が確認され、うち6名は新感染者であることが判明した。また精神科患者療養施設1カ所からは17名の検査対象者中からELISAによって9名の陽性者が検出された。
今回はE.histolytica II kitを導入したが、今後各施設レベルでの導入を企図する価値のあるものと判断された。また昨年度より継続調査の結果に基づいて、CDCの種々のガイドラインを参考として施設内アメーバ感染予防ガイドラインを作成した。
アメーバ同定法の検討においてはE.histolyticaに近縁のE.moshkovskii、E.disparのperoxiredoxin遺伝子を使用して組み替え蛋白を作成し、それに対する一連のモノクロナル抗体を作成し、反応性を検索した。これらの抗体パネルを使用することによってアメーバの簡易診断法の開発が促進されるものと考えられた。
E.disparの無菌培養系作成に関しては、これまで最も優れた増殖促進作用を有していたツユクサの促進因子の同定を試みた。その結果この因子は葉緑素に結合している分子量約5,000の鉄蛋白であることが明らかになった。
150-kDaのレクチン遺伝子の解析の結果、クローニングされた遺伝子は1101個のアミノ酸をコードしており、予想分子量は119,512Daであった。また精製蛋白のN末端と中間部分のアミノ酸配列に基づいて、別個の遺伝子のクローニングを行い、1105個のアミノ酸をコードしている遺伝子を得た。予想分子量は120,386Daであった。二つの遺伝子の存在はサザンプロット解析によっても確認された。
サブボピュレーションの同定方法の開発では、Locus1-2、Locus5-6、SREHP、Chitinaseを標的にしたPCR産物をアガロースゲル電気泳勤で解析した結果、何れの場合も1本あるいは2本のバンドが株間で異なったパターンとして認識された。更に施設内でのみみられるタイブ、同性愛者のみに見られるタイブが存在する事も明らかになった。また同-の施設に関してみると、ほぼ単一のタイブが検出された。
新しい築剤標的の探求はE.invadensをモデルとした嚢子形成・脱嚢阻害とE. histolyticaの増殖阻害をマーカーとして行なわれた。その結果、カルシウム機能阻害剤やカルシウムfluxの阻害剤TMB-8などがアメーバの増殖及び嚢子形成を阻害する事が明らかになった。またプロテアソーム阻害剤では1actacystin,β-lactoneによるアメーバ増殖、嚢子形成阻害が見いだされた。
本研究の成果はわが国の衛生行政上、アメーバ感染症が無視できない問題である事を示している。今年度はフォローアップ調査を実施し、対策の実効性の確認を試みた。その結果アメーバ感染は制圧された事が示唆される所見が得られたが、今後更にフォローアップを継続する必要がある。また重症の障害者施設では高度な感染が昨年度に確認されたが、依然として新しい感染が起こっている事を示すデータが得られ、加えるに精神障害者施設においても感染が拡大している事が示唆された。また施設内アメーバ感染予防対策のガイドライン化を試みた。今年度に既に出版されており、今後改編される可能性はあるものの、対策確立に活用される事が期待される。E.disparの無菌培養系の作成や、種・サブポブレーション同定法の確立、新規薬剤の開発についても新しい展開が見られた。
結論
わが国の施設内アメーバ感染が当初予測した以上に拡大していることが明らかになったが、集団治療及び環境衛生施策の実施によって、一部では確実に抑圧できる見通しが立ちつつある。今後実態を拡大して明らかにする必要はあるが、知的障害者更正施設のみならず精神科患者施設にも感染が拡がっている可能性が指摘された事は注意に値しよう。

公開日・更新日

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