抗マラリア薬の複合投与による相乗効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100725A
報告書区分
総括
研究課題名
抗マラリア薬の複合投与による相乗効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
相川 正道(学校法人東海大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大友弘士(東京慈恵会医科大学)
  • 金村聖志(東京都立大学)
  • 西野武志(京都薬科大学)
  • 伊藤義博(財団法人生産開発科学研究所)
  • 金子 明(東京女子医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は作用点の異なる2種類の薬を組み合わせ、その相乗効果によるマラリア治療効果の改善ならびに副作用等の患者における負担の軽減をめざすものである。、本研究の特色としてマラリア原虫を直接殺傷することを目的とせずに赤血球侵入を阻止することを目的とする薬と従来のクロロキン(CQ)等の坑マラリア薬を組み合わせることである。また、複合投与をより効率的に行うために、マラリア流行地住民および原虫の遺伝的素因を考慮した研究をも取り入れた。昨年度までの研究から、ジピリダモール (DP)が熱帯熱マラリア原虫の増殖を抑制し、マウス重症マラリアモデルにおいて存命率を高める効果が認められた。また、DP結合赤血球量はDP処理濃度に依存し、DP結合赤血球表層の構造変化が原子間力顕微鏡により明らかになった。以上の結果を踏まえて、独協大学の川合覚博士の協力を得て、マウスよりヒトに近いサルに対するDPの抗マラリア効果を各分担研究者が共同で調べる。また、DPの作用機序を解明するため、同調培養法を導入した系でDP単独の効果ないしCQと相乗効果を調べると同時に原子間力顕微鏡に(AFM)より、DPの赤血球膜吸着機構を調べる。一方、フィールドにおける遺伝薬理研究のため、今年度はマラリア流行地における熱帯熱マラリア原虫のメロゾイト表層抗原1(MSP-1)の多型およびCQ耐性遺伝子の変異を調査する。
研究方法
1)原虫培養系: Plasmodium falciparum Indochina 1株を同調培養し、赤内原虫の各ステージおよび赤血球進入型原虫メロゾイトに対するDPの効果を調べた。DPないしCQアッセイは同調培養してリングが1.4%になったものを用いて薬剤を添加して培養を始め、24時間目に感染率を調べた。2)マウス実験系: BL/6NマウスにPlasmodium berghei ANKAを感染させ(重症マラリアモデル)、静脈注射によりDPを1mg/mlを感染直前に1回ないし、その後24時間置きに2回、合計3回投与した。3)サル実験系:ニッポンザルにPlasmodium coatneyiを感染させた。感染直前、ないし感染後8日目にDP5mg/kgを1回サルに上腕静脈内に投与投与し、。4)抗DP抗体作成:ウサギでDP抗体を作成した。5)DP量測定: HPLCでUVないし蛍光で定量した。6)超微形態観察:透過型電子顕微鏡 (JOEL TEM-1200EX II)により観察した。7)AFMによる超微形態ならび微少荷電分布観察:デジタルインスツルメント社のタッピング型バイオスコープないしセイコーインスツルメント社製の接触型AFMを用いた。8)熱帯熱マラリア原虫の MSP-1の多型: MSP-1の多型は蚊体内でのリコンビナーションにより起るので、バヌアツ熱帯熱マラリア原虫集団におけるMSP-1におけるリコンビナーション頻度を5'および3'末端多型部位間の連鎖不均衡を解析した。9)CQ耐性:マラウイにおいてCQ耐性株増加により1993年以来CQ使用が禁止され、1998、2000年にCQ耐性を調査したサンプルについて、耐性の分子マカーであるPfmdr1およびPfcr1における変異(それぞれN86Y、K76T)の解析を行った。
結果と考察
1)原培養系におけるDP単独ないしCQとの相乗効果:同調培養を導入した当アッセイ系は従来のものよりDPに対する感度が高く、DPは30nM、CQは97nMで原虫の生育を50%阻害し、0.1nM DP存在下では14nM CQで生育を50%阻害した。従って、DPとCQ同時投与による相乗効果の可能性が示された。最近、DPと制ガン剤との複合投与により相乗作用が生じると報告されている。従って、DPにはヌクレオシドトランスポート阻害を始めとして多彩な薬理活性を有することから、CQ以外の抗マラリア薬との適切な組み合わ
せにより、より明確な相乗作用が生じる可能性がある。2)メロゾイトないし赤内型原虫の各ステージ(リング、トロポゾイト、シゾント)に対するDPの効果:DPは、赤内型原虫の各ステージの発育を阻害し、トロポゾイトおよびシゾントではpigment vacuoleの増加・肥大化が電子顕微鏡により認められた。DP処理赤血球ではメロゾイトの進入が阻害された。また、DP処理したメロゾイトの侵入部位では原虫の進入過程に関与すると考えられる進入部位における陽性荷電の消失がAFM観察により認められた。DPは赤血球膜表層タンパク質の1/4を占めるバンド3や細胞膜成分である脂質と結合することが知られている。従って、DPが赤血球表層のバンド3ないし脂質に結合して赤血球膜構造に変化が起こしてメロゾイトの侵入を阻止するのみならずDP結合赤血球内では原虫の正常な発育が阻害されたと考えられた。また、DP結合の結果、メロゾイトの荷電をも含む表層微細構造にに変化が起り、侵入に影響を与えると考えられた。現時点では、赤内型原虫に対するDPの効果が、直接的に原虫の代謝を乱す結果なのか、または赤血球に結合して内部の環境がかわる結果起る間接的効果なのかは不明である。従って、現在、細胞質にどの程度のDPが存在しているかを検討中である。3)AFMによるDPの赤血球吸着機構の解明: DPはほぼ単分子で赤血球膜へ吸着しており、100?MDP処理では表層の3-4割をDPが覆っていた。上記の結果から、平たいDP分子同士が縦に重なるような方法で赤血球膜に先ず吸着し、その後に特異的結合が起ると考えられた。4)抗DP抗体作成および精製:抗DPウサギ抗体価は精製により5000倍に上がり、細胞レベルでの薬理研究に用いることができると考えられた。5)サル赤血球膜結合DP量:1、10、100?MDPで処理したサル赤血球膜結合DP量は、それぞれ37.5、49.2、90.5ng/mg proteinで濃度依存的であった。 6)サルにおけるDP動態:サルへのDP静脈投与後30分でDP血中濃度は最高値になり、その後速やかに減少した。7)サルにおけるDPの抗マラリア効果:マウス重症マラリアモデルではDPの抗マラリア効果が再確認された。サルのDP投与群での感染率は14日後に最高値に達し、無投与群にくらべ1-2日遅く、感染率も低かった。しかし、低い感染率ないし感染率上昇の遅れる現象は無投与群でも、時として認められることなので両群における有意差はないと考えた。この結果から血中DP濃度を高く維持するためのこの点を改善するためには、投与回数を増やすないし徐放性カプセルによる経口投与の方法が等の投与方法を改善する必要があると考えられる。6)MSP-1多型解析:バヌアツ4島嶼で4種類の5'ハプロタイプおよび3種類の3'ハプロタイプが見い出され、これらの頻度は島嶼間で異なっていた。全ての島において5'および3'多型間に強い連鎖不均衡が認められた。MSP-1多型解析の結果は、この地域におけるリコンビネーションが極めて限られていることを示した。7)マラウイにおけるCQ耐性:CQ耐性原虫の増加によりCQ投与が中止されているマラウイの熱帯熱マラリア原虫におけるpfmdr1、pfcrt変異について検討した結果、96例中CQ耐性原虫は9%、pfmdr1変異48%、pfcrt変異7%であった。両変異とCQ耐性との関連は見られなかった。
結論
1)DPの抗マラリア効果: DPは赤血球表層およびメロゾイト表層に結合して、メロゾイトの赤血球への侵入を押さえると同時に、赤内型原虫の正常な発育を抑制すると考えられた。また、DPはCQと同時投与することにより相乗効果の可能性が示された。マウス重症マラリアモデルでは、DPの抗マラリア効果が認められた。しかし、サルを用いた本実験では抗マラリア効果は明確には認められなかったので投与方法を改善する必要がある(現在、投与回数を増やし、メフロキンとの同時投与を実験中である)。2)原虫遺伝子の研究:島嶼等の自然環境やマラリア治療政策等の人為的環境がマラリア原虫集団の様々な遺伝子変異分布に影響を及ぼしており、マラリア制圧戦略においてはこれらの要因を考慮する必要があることが示唆された。

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