クリプトスポリジウム及びジアルジアの診断、治療及び疫学に関する研究

文献情報

文献番号
200100721A
報告書区分
総括
研究課題名
クリプトスポリジウム及びジアルジアの診断、治療及び疫学に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
国包 章一(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
  • 井関 基弘(金沢大学)
  • 遠藤 卓郎(国立感染症研究所)
  • 大垣 眞一郎(東京大学)
  • 金子 光美(摂南大学)
  • 黒木 俊郎(神奈川県衛生研究所)
  • 更科 孝夫(帯広畜産大学)
  • 西尾 治(国立公衆衛生院)
  • 平田 強(麻布大学)
  • 眞柄 泰基(北海道大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症新法)において、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症は全数届出の四類感染症に指定されており、また、わが国でもこれまでに水道水を介して大規模な集団感染が起きたことから、厚生労働省(旧厚生省)では「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」を定めて、水道水質管理の徹底につき指導しているところである。しかしながら、クリプトスポリジウム等の健康リスク評価に関わる科学的な情報がいまだ十分でないため、確実な予防対策を立てることが困難な状況にある。本研究では、水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスクの適切な管理に向けて、水系の汚染状況や浄水処理における挙動と関連付けた健康リスクの的確な評価方法を確立し、これをもって水道水の安全確保と国民の健康増進に寄与するものである。
研究方法
ヒト等の感染実態の把握と評価、濃縮・精製手法、浄水処理における除去技術等につき検討した。ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、1)金沢市内のある医療機関を受診した外来患者及び健康成人を対象に、下痢便47検体、有形便91検体の合計138検体につき糞便検査を行い、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症の感染状況につき調査した。また、これとは別のある病院で高齢(60歳以上)の下痢症患者80名を対象に糞便検査を行い、クリプトスポリジウム症の感染状況につき調査するとともに、同地域の河川水やその河川水が流入する海域で養殖されているホタテ貝についても、クリプトスポリジウムの検査を行った。このほか、北海道十勝管内畜産農家60戸の0~9ヶ月齢の健康な若齢雌牛157頭を対象に糞便を採取し、クリプトスポリジウム症感染状況を調査した。また、動物飼養施設で飼育されている爬虫類、カメ類25種39検体、トカゲ類30種78検体、ヘビ類34種45検体、ワニ類2種2検体、計91種164検体、及び、野外で生息する爬虫類、カメ類3種7検体、トカゲ類3種30検体、ヘビ類2種3検体、計8種40検体を対象に、クリプトスポリジウムの保有状況を調査した。2)昨年度に引き続き、横浜市立市民病院に来院した下痢症患者等を対象に、海外渡航歴の有無、国内旅行歴の有無、飲用水の種類、水浴等の有無、動物飼育の有無等につきアンケート調査を行い、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症の感染経路や感染に至る背景を検討した。3)昨年度に引き続き、クリプトスポリジウムの遺伝子型につき、ヒト由来のもの2件、ウシ由来のもの1件、ネズミ由来のもの2件及びネコ由来のもの1件の計6件を用いて18SrRNA塩基配列による解析を行うとともに、クリプトスポリジウムに関する分子疫学情報を一般に公開して調査等に役立てるため、情報の整理・加工及びインターネットを通したホームページによる情報発信を行った。4)昨年度に開発した酵素免疫法によるクリプトスポリジウム血清抗体価試験法をIgG抗体用に改良し、国立感染症研究所感染症情報センター血清バンクに保存されている血清試料等を用いて、全国の6県におけるヒトの血清抗体価につき調査した。濃縮・精製手法に関しては、1)大孔径中空糸膜(90%除去孔径2.0μm及び3.6μm)を用いて水中のクリプトスポリジウムオーシストの濃縮手法につき検討し、それぞれの場合における回収率を比較評価した。2)大容量の環境水試料からクリプトスポリジウム及びジアルジアを濃縮して、これらを精度良
く検出する方法につき検討し、PS法(Percollショ糖浮遊法)、IMS法(免疫磁気ビーズ法)、SIMS法(高比重ショ糖浮遊-免疫磁気ビーズ法)及びPSIMS法(Percollショ糖浮遊-免疫磁気ビーズ法)による精製手法を比較した。浄水処理における除去技術に関しては、1)浄水処理におけるクリプトスポリジウム及びジアルジアの除去性能を明らかにするため、ある浄水場の原水及び浄水を9ヶ月間にわたって月1回の頻度で調査した。2)90%除去孔径が2.0~2.2μmの範囲にある4種類の大孔径中空糸精密ろ過膜を試作し、クリプトスポリジウムオーシストの除去特性を比較評価した。3)昨年度に引き続き、凝集-砂ろ過の室内実験装置を用いて、クリプトスポリジウムオーシストと緑藻Scenedesmus quadricaudaのろ過による除去特性を比較検討した。
結果と考察
ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、1)金沢市内のある医療機関の受診者を対象に合計138検体につき糞便検査を行った結果、全てクリプトスポリジウム症及びジアルジア症陰性であった。また、これとは別に、ある病院の高齢下痢症患者80名を対象に糞便検査を行った結果、全てクリプトスポリジウム症陰性であり、同地域の河川水やその河川水が流入する海域で養殖されているホタテ貝についても、クリプトスポリジウムは全く検出されなかった。北海道十勝管内畜産農家60戸の健康な若齢雌牛157頭を対象に、クリプトスポリジウム症感染状況を調査した結果、3農家6頭からCryptosporidium parvum、2農家3頭からCryptosporidium murisの糞便内排出が確認された。陽性牛の年齢は、C. parvumが8日~2ヶ月齢、C. murisが8~9ヶ月齢であった。また、動物飼養施設の爬虫類91種164検体及び野外で生息する爬虫類8種40検体を対象に、クリプトスポリジウムの保有状況を調査した結果、飼養されている爬虫類では保有率が高く、ヘビ類が45検体中11検体で24.4%、トカゲ類が28検体中4検体で14.3%であったが、野外で生息するものでは保有率が低く、トカゲ類のヤモリ1検体から検出されただけであった。2)横浜市立市民病院に今年度来院した下痢症患者等のうち、クリプトスポリジウム症患者1名は海外渡航歴がなかった。ジアルジア症患者及び感染者6名のうち3名は海外での感染の可能性が高く、残り3名は海外渡航歴がなく国内での感染が疑われた。昨年度と今年度を合わせた両感染症患者で海外渡航歴がない6名のうち4名は、発症前にプールで水泳をしていた。3)クリプトスポリジウムの遺伝子型につき検討した結果、ヒト由来のもの2件とウシ由来のもの1件は同じ塩基配列であったが、ネズミ由来のもの2件は別のクラスターに属しており、ネコ由来のもの1件はこれらとは全く異なるクラスターに属していた。このほか、クリプトスポリジウムに関する分子疫学情報を一般に公開して調査等に役立てるため、これまでに得られている情報を整理・加工し、国立感染症研究所のホームページに掲載してインターネットによる情報発信を行った。4)全国の6県におけるヒトのクリプトスポリジウム血清抗体価につき調査し、陽性/陰性のカットオフ値OD=0.300を決定するとともに、集団感染患者のOD値は1例の陰性者(OD=0.161)を除いて0.557~1.791の範囲に分布し、その中間項平均はOD=1.171であることを明らかにした。濃縮・精製手法に関しては、1)孔径2.0μmの大孔径中空糸膜を用いて水中のクリプトスポリジウムオーシストを濃縮した場合、オーシスト漏出率はわずか0.8%でほとんどすべてを捕集することができたが、孔径3.6μmの中空糸膜を用いた場合のオーシスト漏出率は60%程度であった。2) PSIMS法を用いて大容量の環境水試料からクリプトスポリジウム及びジアルジアを濃縮すれば、試料中の濁質量に関係なく安定した回収率(クリプトスポリジウム:64%、ジアルジア:69%)が得られることが示された。しかし、MFカートリッジフィルターによるろ過及び遠心分離による濃縮過程では、既存の方法と比べて十分な回収率が得られないことがわかった。浄水処理における除去技術に関しては、1)ある浄水場において9ヶ月間にわたって調査した結果、Cryptosporidium parvumについては原水9試料すべて(100%)
が陽性でその濃度範囲は110~1,700個/1,000L、浄水では18試料中12試料(67%)が陽性でその濃度範囲は0.7~190個/1,000L、Giardia lambliaについては原水9試料中8試料(89%)が陽性でその濃度範囲は31~600個/1,000L、浄水では18試料中3試料(17%)が陽性でその濃度範囲は0.3~0.5個/1,000Lであった。これらに基づき浄水処理による除去率を計算すると、C. parvumが2.37 log10以上、G. lambliaが2.31 log10以上となった。2) 90%除去孔径が2.0~2.2μmの範囲にある4種類の大孔径中空糸精密ろ過膜のうち2.0μmの膜が、約7 log10と他の膜に比べて高いクリプトスポリジウムオーシスト除去能力を有していることが確認された。3)原水中のクリプトスポリジウムオーシストもしくは緑藻Scenedesmus quadricaudaの濃度が変化した場合、その濃度に比例して凝集-砂ろ過水中の濃度もほぼ同じ程度に高くなり、清澄期における両者の除去率もほぼ同じで2.0~2.5 log10の範囲にあった。
結論
水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスクの的確な評価方法を確立するため、ヒト等の感染実態の把握と評価、濃縮・精製手法、浄水処理における除去技術等につき検討した。ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、今年度の調査においても、ヒトのクリプトスポリジウム症等の感染率は必ずしもそれほど高くないことが認められ、水道水を介してよりはむしろプールでの水泳との関係が示唆された。しかし、畜産農家で飼育されている1歳未満の若齢牛や動物飼養施設で飼育されている爬虫類は、ある程度の割合でクリプトスポリジウム症に感染していることが明らかとなった。このほか、クリプトスポリジウムに関する分子疫学情報を一般に公開して調査等に役立てるため、これまでに得られている情報を整理・加工し、国立感染症研究所のホームページに掲載してインターネットによる情報発信を行った。またIgG抗体を用いた酵素免疫法によるクリプトスポリジウム血清抗体価試験法により、全国の6県におけるヒトの血清抗体価につき調査し、陽性/陰性のカットオフ値OD=0.300とすることによって両者を判別できることを明らかにした。濃縮・精製手法に関しては、大孔径中空糸膜(孔径2.0μm)を用いることにより、水中のほとんどすべてのクリプトスポリジウムオーシストを捕集・濃縮できること、PSIMS法(Percollショ糖浮遊-免疫磁気ビーズ法)により、試料中の濁質量に関係なくクリプトスポリジウム及びジアルジアの安定した濃縮・精製が可能であることを明らかにした。浄水処理における除去技術等に関しては、ある浄水場におけるC. parvumの除去率が2.37 log10以上、G. lambliaの除去率が2.31 log10以上であること、大孔径膜(90%除去孔径が2.0μm)のクリプトスポリジウムオーシスト除去能力が約7 log10と極めて高いこと、クリプトスポリジウムオーシストと緑藻Scenedesmus quadricaudaの凝集-砂ろ過における除去特性がほぼ同じであることを明らかにした。本年度は3ヶ年計画の研究の2年度目に当たるので、最終年度にあたる次年度の研究では本年度までの研究成果をさらに発展させるとともに、水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスクに関して、汚染源から発症に至るまでの主な要因を見極めてその的確な評価手法の確立を図りたい。

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