回帰熱、レプトスピラ等の希少輸入細菌感染症の実態調査及び迅速診断法の確立に関する研究(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200100719A
報告書区分
総括
研究課題名
回帰熱、レプトスピラ等の希少輸入細菌感染症の実態調査及び迅速診断法の確立に関する研究(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
増澤 俊幸(静岡県立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 神山恒夫(国立感染症研究所)
  • 川端寛樹(国立感染症研究所)
  • 角坂照貴(愛知医科大学)
  • 後藤郁夫(名古屋港検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
レプトスピラ症、回帰熱、ライム病、ペストはいずれもげっ歯類を保有体とする細菌感染症である。古くから日本ではレプトスピラ症は秋疫、用水病などの名で呼ばれる風土病として恐れられていた。1970年代まで年間数十人の死亡例が報告されていたが、近年では農業の機械化等の農業様式や生活様式の変化に伴い、急激に減少した。その一方で1999年に沖縄県八重山諸島で十数名が川などで感染した事例もあり、水辺でのレジャーやスポーツ時の感染が懸念されている。ペストはグラム陰性小桿菌であるペスト菌(Yersinia pestis )の感染による急性熱性感染症で、1類感染症に指定される危険度の高い病原体である。世界的にはペストの患者数は徐々に増加しつつあり、流行地域も南アフリカ・マダガスカル、インド、東南アジア、中国、北米、南米と広範囲にわたっている。ライム病はこれまで北海道、長野などの寒冷地に棲息するマダニにより媒介されると考えられていたが、本研究の過程で沖縄にも存在することとが明かとなった。世界規模の交通網の拡大により、これらげっ歯類を起源とする感染症はの保有体を介しての海外からの侵入が危惧されている。そこで本研究では港湾、並びに都市部で野鼠の捕獲を実施し、これら野鼠の当該病原体の保有状況を明らかにする。また、米国よりペットとして輸入されるプレーリードッグ等のペスト菌、レプトスピラ保有状況を調べ、侵入のリスクを疫学的に分析するとともに、リスクに応じた侵入防止対策を検討する。
研究方法
レプトスピラ研究 北海道から沖縄に至全国規模の野鼠の捕獲、レプトスピラ分離調査システムの確立を行う。分離株はパルス・フィールドゲル電気泳動による全ゲノムDNAの制限酵素断片長多形性解析(RFLP)、鞭毛遺伝子flaBのPCR-RFLPならびにシークエンス解析、免疫ウサギ抗血清を用いた交差凝集試験により遺伝種、血清型を決定する。抗体価上昇以前の感染初期において、レプトスピラ鑑別診断は非常に難しい。そのため、疑診患者全血からレプトスピラflaB遺伝子を直接検出する高感度PCR法を確立する。
回帰熱、ライム病研究 媒介ダニであるOrnithodoros capensisを東京都鳥島にて採取を行い、ボレリアの保有の有無を16S rDNA-PCRにより調べる。また、沖縄でのライム病関連ボレリアの性状、維持伝播機構解明のため、再度沖縄調査を行う。また、酵素抗体法による血清診断法の確立を行う。
ペスト研究 プレーリードック輸出国であるアメリカ合衆国において、ペストの発生状況、輸出の実態を調査する。広く輸入動物および野生動物に吸血するノミを採取し、PCR法によってペスト菌DNAの検出を試み、監視体制を確立する。輸入動物および野生動物の抗体検査を、アメリカ合衆国CDCで標準化された間接血球凝集法により行う。
結果と考察
平成13年度までに、北海道から九州、沖縄に至る検疫所、衛生研究所、大学からなる全国的な野鼠のレプトスピラ保有状況調査体制の確立を行った。また、本年度はかつてのレプトスピラ流行地である宮城県、及び沖縄県本島および伊是名島で調査を実施した。前年度の調査結果も含めて、全調査を通じて野鼠1204匹からレプトスピラ42株(3.5%)を分離した。分離レプトスピラは日本に土着の最も重症型であるワイル病病原体血清型icterohaemorrhagiaeのほか、血清型autumnalis(秋疫A)、hebdomadis(秋疫B)のほかに沖縄に固有の血清型javanicaを見出した。また、新たな知見としてこれまで沖縄土着と考えられた血清型javanicaを北海道の野鼠から見出した。また、これまでに患者1例のみが報告される血清型castellonisを沖縄の野鼠から初めて分離した。さらには沖縄、名古屋、宮城でこれまで日本に存在が予想できない未同定血清型株を分離した。沖縄県、宮城県は今日でも侵淫地であり、感染防御が必要であることを示した。捕獲野鼠のレプトスピラ抗体疫学調査を実施し、レプトスピラ保有野鼠が棲息する同じ場所で捕獲した野鼠では高値を示したことから、環境のレプトスピラ汚染の指標となることを示唆した。レプトスピラ、ライム病症例の血清学的診断を実施した。年間30万頭以上輸入されると推定されるハムスターのレプトスピラ保有の有無を調べた。チェコ、並びに台湾産ハムスター144匹について培養を行い、途中経過ではすべて陰性であった。レプトスピラ病の迅速診断法の確立を目的として、レプトスピラの鞭毛遺伝子(flaB)を特異的に増幅するプライマーを用い、その感度・特異性から、病原性レプトスピラの遺伝子検出に有用であることを明らかにした。さらに、この検出ツールの生体試料への適用を見据えた反応条件・およびサンプル調製法の検討も行った。病原性レプトスピラに特異的な新規診断抗原・ワクチン開発を目的として、感染に伴ってのみ発現が誘導される遺伝子の同定を試みた。まずは従来の感染動物モデルに代わる、マウス致死モデルを構築した、感染に伴って発現が誘導されると考えられる遺伝子44-2を同定した。
沖縄本島野鼠からライム病関連ボレリアの培養に成功した。各種性状解析からこれまで台湾、韓国南部、中国揚子江流域、タイ、ネパールなど東アジアで見出されたBorrelia valaisiana関連群ボレリアであることを明かとした。本ボレリアはIxodes granulatus(ミナミネズミマダニ)を媒介者とする可能性を明らかにした。また、本ライム病診断のためのELISAシステムを構築し、野鼠の血清疫学的解析に応用し、その有用性を確認した。本病原体の毒力をマウスに対する実験的感染により調べ、これまでのライム病ボレリアに比べて全身組織へ拡散、侵襲能の点で弱い可能性を示した。回帰熱ボレリア媒介の可能性がある島産ダニOrnithodoros capensisを遺伝学的に同定した。一方ボレリア属に特異的なPCRプライマーを用いダニのボレリア保有の有無を調べたが、増幅産物は得られなかった。
動物輸入量の最も多い成田空港内において野生齧歯類を捕獲し、ペスト菌に対する抗体保有状況を検査した。捕獲した野鼠23頭のうち、22頭はアカネズミ、残りの1頭は米国テキサス州から到着した航空機内で捕獲されたハツカネズミであった。検査の結果、全てのネズミは抗体価が<1:8と判定され、ペスト抗体保有率は0%であった。米国における近年のペスト発生状況ならびに野生齧歯類等のペスト菌保菌動物の管理に関して、CDCおよび関連の米国連邦政府および州政府機関等で情報の収集と調査を行った。特に野生プレーリードッグはヒトに対してペストの感染源となる危険性が高いため、ペットとして飼育することに対して懸念が示された。わが国への野生齧歯類等の主な輸出州であるテキサス州における調査では、米国からわが国へ輸出される野生齧歯類等に関しては法令による健康管理は行われていないことが明らかとなった。プレーリードッグに関しては輸出前に行われる殺虫剤を用いたノミ駆除処理によるペスト感染の防止は困難であることが示された。調査の結果、わが国においては、ヒトに感染した場合に深刻な健康被害を与える人獣共通感染症の原因動物の輸入に対して監視を行うなどの措置が必要であると考えられた。
結論
レプトスピラを野鼠から見出し、今日でもレプトスピラ症は身近に存在することを明らかにし、監視体制の必要性を示した。これまでみられない血清型のレプトスピラを見出した。これらのさらなる性状解析が必要である。輸入ハムスターについては、感染個体を見出してはいないが、一部の調査であり継続調査が必要である。沖縄の野鼠由来ライム病ボレリアはミナミネズミマダニを媒介者とするBorrelia valaisiana関連群であることを初めて明かとし、血清診断システムの構築を行った。回帰熱ボレリアの浸淫の可能性はない。また、病原体検出法の確立に成功し、本症の監視が可能となった。ペストについては米国から輸入されるプレーリードックを介して侵入する可能性を危惧させる情報を得、検疫体制の整備の必要性を示した。感作赤血球凝集法による血清診断システムを確立した。野鼠、輸入プレーリードッグから病原体は見出していない。

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