食品由来のウイルス性感染症の検出・予防に関する研究

文献情報

文献番号
200100716A
報告書区分
総括
研究課題名
食品由来のウイルス性感染症の検出・予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
武田 直和(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国において、厚生省研究班および病原体検出情報で集計した1990~1994年、1997年1月~10月、及び1997年10月~1999年9月のデータから、ウイルス性集団食中毒を含む食品を介した非細菌性胃腸炎は、実にその92,96及び97%の事例がノーウォークウイルス(NV)(SRSVあるいは小型球形ウイルスと同義語、1999年の国際ウイルス命名委員会でノーウォークウイルスに統一された)によって引き起こされていることが明らかになってきた。また、これらのおよそ30%は生ガキによるもので、カキが本疾患の新たな感染源になっていることもわかってきた。したがって、早急にカキの汚染状況を把握し品質管理のシステムを確立する必要がある。またウイルスはカキの中で増殖するわけではないので、NVのヒトでの伝播経路を明らかにして、カキに濃縮されるまでの経路と汚染状況を解明してその経路を遮断する方策を示すことが必須である。さらに、半分以上の事例は原因となった食品が特定されていないか、原因が全く不明となっている。カキ以外の食品では、含まれるウイルス量が極端に微量であることが原因ウイルス検出の効率が極めて低いレベルにとどまっている第一義の理由である。したがって、より高感度なウイルス検出を開発し、ウイルスの生態を詳細に解析できる手法を確立する必要がある。電子顕微鏡に代わる抗原ELISAを完成させ、キット化することによって3-4時間で結果が得られるようになり、迅速な行政対応が可能になる。抗体ELISAはこれまで原因不明として処理されていた事例において、病原体を血清側から確認することを可能にする。病原体の同定は、PCR産物の塩基配列を直接決定し、遺伝子系統解析から判断するのが最も確実で迅速であることが明らかになってきている。シークェンサーが相当普及した現在、定着しつつある基本的な手法である。これを支援するためのデータベースの整備と各研究機関からアクセスできるネットワークを構築することによって、各検査機関のレベルで分子系統解析が可能になる。統一した検査法を堅持するため、RT-PCRのプライマーおよびハイブリダイゼーションのプローブを供給する。わが国が世界に誇る検査技術レベルを高度に維持し、研究者間でのデータの相互比較を容易にするため、RT-PCRを含めこれらの検査法、解析法をマニュアル化する。
研究方法
(1)抗原ELISA法
モノクローナル抗体はGIを特異的に認識するNV3912を、またGIIを特異的且つ広範囲に認識するNS14をGⅠ、GII NLV抗原捕獲抗体としてマイクロプレート上に固層した。検出抗体としてGIにはr124, r258, rCV, r645の4血清, GIIにはr104, r809, r18-3, r336, r754, r1876, r485, r47, r7K, r10-25の10血清を用いた。糞便材料10%懸濁液を2~10℃で15000rpm、10分間遠心、その上清を測定用検体とした。100ulづつをそれぞれGⅠ及びGⅡプレートと室温で一時間反応させ、洗浄後標識抗GⅠ及び抗GⅡウサギIgGを加え、同様に一時間室温にて反応させた。洗浄後、基質液を加え30分後に波長450/630nmの分光光度計で測定した。検体の指数が1.0以上を陽性、1.0未満を陰性と判定した。全国38地方衛生研究所で本ELISAキットを用いた測定が実施され、その結果が集積・解析された。材料は集団及び散発性食中毒事例の糞便1,502検体である。ELISA法との比較検討にRT-PCR法, 電子顕微鏡(EM)法が用いられた。また、2小児科医院より得られた主に冬季における下痢便のウイルス学的検索を目的とした142糞便検体、およびNLVの保菌状態を検索する目的で、調理従事者及び一般健康人の糞便664検体についてNLV検索を行った。採取時期は4月から10月である。この検体はNVのpolymerase領域であるYuri系とNV系のプライマーセットを用いたRT-PCR法でも測定された。
(2)ノーウォーク様ウイルス(NLV)抗体ELISA法
精製したVLPsを抗原として98穴マイクロプレートをコーティングした。患者あるいは健常人血清をこのマイクロプレート上で2倍階段希釈し、パーオキシダーゼをラベルした抗ヒトIgM、および抗ヒトIgGを反応させた。基質OPDの吸光度を測定し、カットオフ値を示す最高希釈倍数の逆数を血清抗体価とした。IgM抗体測定にはIgM捕獲ELISAも行い比較した。
(3)ノーウォーク様ウイルス(NLV)高感度RT-PCR法の確立
某県内で給食弁当が原因の集団食中毒事例で、胃腸炎患者9名から採取された糞便9検体と弁当の残品9品目を使用した。RT-PCR法と抗原検出ELISAを用いて原因NLVの遺伝子型を同定し、これと同じ遺伝子型のNLV抗体結合磁気ビーズを調製した。食品の表面を精製水で洗い流した後、遠心して上清を回収した。抗体結合磁気ビーズを加えて反応させた後、磁気ビーズからRNAを抽出した。糞便検査と同様の方法でRT-PCRを実施した。
(4)ノーウォーク様ウイルス(NLV)、およびその他の下痢症ウイルスの疫学および遺伝子解析
感染症発生動向調査病原体検査定点で主に小児の感染性胃腸炎患者から採取した検体を用いた。NLVとSLVは糞便の電子顕微鏡法(EM)及びRT-PCRで行った。RT-PCRはNLVを標的としたプライマーとSLVを標的としたプライマーを用いた。SVの遺伝子解析は、PCR産物のダイレクトシークエンス法で塩基配列を決定しNJ法により系統樹解析を行った。RVとAdの検出は市販のEIAキットを用いた。Ast検出もRT-PCR法で行った。
(5)ロタウイルスの疫学および遺伝学的解析
下痢便の10%懸濁液を作成し、ELISAによるサブグループ、G血清型の型別に使用した。また、一部の検体については、MA-104細胞に接種し、ウイルス分離を試みた。ロタウイルスdsRNAを調製し、ポリアクリルアミドゲル電気泳動 (PAGE) を行い、RNAパターンを調べた。調製したRNAを鋳型とし、RT-PCRを行い、G型、P型を決定した。さらに、PCR産物より、塩基配列の決定を行った。
(6)新規ノーウォーク様ウイルス(NLV)の遺伝子解析とデータベースの整備
採取されたNLV感染患者糞便よりキアゲン社のViral RNA kitを用いて抽出したRNAを鋳型として、Taqqed Long RT-PCRでNLVゲノム全長を互いに200ntほどオーバーラップするように2分割して増幅した。この増幅産物の塩基配列をprimer walking法を用いて決定した。さらに、リコンビネーションの確認された株は、株特異的なprimerをゲノムの5'末端、3'末端付近に合成し、これらを用いたlong RT-PCRにより約7000ntを改めて増幅し、リコンビネーション部位付近の塩基配列を再決定した。
(7)ノーウォーク様ウイルス(NLV)感染に対する治療薬の創出
N末端にHisタグを導入した3C様プロテアーゼをコードするプラスミド(pUCHisPro)を大腸菌BL21-CodonPlus- RIL株に導入し、IPTG添加により発現を誘導した。菌体を超音波破砕後、超遠心により可溶性画分を調製した。この画分よりTALON Metal Affinity Resin(Clontech)を用いて目的タンパク質(HisPro)を精製した。結晶化条件は、Crystal ScreenおよびCrystal Screen II(Hampton Research)を用い検討した。
結果と考察
(1)ノーウォーク様ウイルス(NLV)抗原ELISA法の確立
NLVの構造蛋白領域遺伝子から発現された中空ウイルス様粒子に対するモノクローナル抗体を固相抗体とし、免疫ウサギ標識抗体を検出抗体としてNLV抗原検出ELISA法を構築した。全国地方衛生研究所での検出成績では、ポリメラーゼ領域を用いたRT-PCR法との一致率は69%、構造蛋白領域を用いた場合は71%であった。本ELISAは最初のスクリーニングの手段として有用であることが確認された。
(2)ノーウォーク様ウイルス(NLV)抗体ELISA法の確立
患者の抗体側から原因ウイルスを同定するため、既に発現した18株のウイルス様中空粒子を抗原にしてIgM捕獲抗体検出法、ならびに高感度IgG検出系を検討した。病院内で発生した集団食中毒事件で採取された血清について検討し、有用性を確認した。
(3)ノーウォーク様ウイルス(NLV)高感度RT-PCR法の確立
抗体を結合した磁気ビーズを用いて推定原因食品からNLVを回収した後に、RT-PCRを実施し、NLVの検出を試みた。残品食品9品目のうち、2品目からNV遺伝子を検出することができた。また、PCR産物の遺伝子解析の結果、食中毒患者糞便及び食品に由来するNVは互いに遺伝学的に近縁なNVであることが確認された。
(4)下痢症ウイルスの疫学および遺伝子解析(1)
地域社会におる種々な下痢症ウイルスの流行状況を把握するため、1999年から2001年の散発性下痢症について電子顕微鏡法とRT-PCRを用いて、継続的病原検索を行った。その結果、患者数が多い冬季を中心に、Norwalk virus、Sapporo virusのカリシウイルス、ロタウイルス、アストロウイルス、腸管アデノウイルスが混在して流行していることが示された。特に、Sapporo virusがカリシウイルスの25%を占めていたことは注目され、今後のSapporo virus検査法の普及が課題として提起された。
(5)下痢症ウイルスの疫学および遺伝子解析(2)
小児急性胃腸炎患者について下痢症ウイルスの検索を行った結果、3年間で491名中376名(76.6%)からNLV、 RV、 Ad、 SLV 、Astを検出した。また、これらウイルス検出者の16.2%からは複数のウイルスを検出した。NLVの遺伝子型は3シ-ズンともGIIのLV型が最も多く、NLV検出数の60%以上を占めた。SLVの遺伝子型はSapporo型が最も多く検出された。
(6)新規ノーウォーク様ウイルス(NLV)の遺伝子解析とデータベースの整備
現在までに全塩基配列が明らかにされたNLVは10株に満たない。本研究では新たに NLV 10 株の完全長ジェノム塩基配列を決定し、遺伝子全長にわたる詳細な解析を行った。Similarity plot analysisの結果、NLVはORF1とORF2のジャンクション領域がもっとも高度に塩基配列が保存された領域であること、Similarity window analysisの結果、NLVはGI, GIIともにORF1とORF2のジャンクション領域でrecombinationを起こすことが確認された。また、統計学的手法を用いて分子系統解析を評価した結果、ORF1のポリメラーゼからORF2にコードされる構造蛋白 N-terminal/shell domainにかけての塩基配列を用いてpairwise distanceを算出し、遺伝子型別を行うと、組換え中空粒子の違いを反映した型別が可能であることが明らかとなった。
(7)ノーウォーク様ウイルス(NLV)の遺伝子解析
全国で発生した食品関連下痢症患者のふん便、推定原因食品およびカキ養殖海域からの海水から検出されたNV257件の遺伝子型を明らかにした。わが国ではNVのgenogroup 2がgenogroup 1よりも3倍程度多く、MXおよびYuri型が主流であった。多く検出された型は食品および海水から主として検出され、食品のウイルス汚染と食中毒様下痢症集団発生の関連性が強く示唆された。
(8)ロタウイルスの疫学および遺伝学的解析
ロタウイルスにはG1?G14のG血清型が存在する。G12ロタウイルスは1990年にフィリピンで初めて検出されて以来、世界でまったく検出されなかった。しかし、2001年に、タイの下痢症患児からG12特異性を有するウイルスが検出されたので、その性状を検討した結果、T152株は自然界で生成したリアソータント株であることが判明した。
(9)ノーウォーク様ウイルス(NLV)感染に対する治療薬の創出
チバウイルスが有する3C様プロテアーゼに着目し、遺伝子工学的手法によりその活性中心アミノ酸残基の同定とX線結晶構造解析による立体構造解明に向けて3C様プロテアーゼの結晶化を試みた。チバウイルス3C様プロテアーゼの活性中心はHis30とCys139の2残基で構成されるcatalytic dyadであることが明らかになった。
(10)ウイルス性下痢症診断マニュアルの整備
ノーウォーク様ウイルス(NLV)のRT-PCR法に関し、改訂版を作成した。
結論
RT-PCR法と抗原ELISA法の確立、診断マニュアル作成と標準プロトコールの配布、プライマーとプローブの配布によって、NLVの検出はほぼ確立した。抗体ELISAによる診断も可能になった。カキ以外の食品からのNLV検出も一部開発できた。SLVが新たな問題として登場し、SVの遺伝子解析を推進する必要が生じてきた。ロタウイルスのリアソータントを検出し、NV治療薬開発の足がかりもできた。輸入海産物の衛生確保のために、監視体制を整備する必要がある。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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