新興する細菌性腸管感染症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100715A
報告書区分
総括
研究課題名
新興する細菌性腸管感染症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 荒川英二(国立感染症研究所)
  • 土肥多恵子(国立国際医療センター研究所)
  • 山崎伸二(大阪府立大学)
  • 本田武司(大阪大学微生物病研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では腸管出血性大腸菌、新型コレラ菌及び腸炎ビブリオなどによる腸管感染症を対象とし、それらに対する新しい診断・治療法の開発とその発生動向を明らかにすることを目的とする。
最近の分子疫学的解析から、多くの細菌感染症では過去に流行した同一株が再び広がるのではなく、様々な変異を経て新たな流行株が派生することが明らかとなっている。そこでコレラ菌についてエンデミックな地域での系統だった発生動向調査を行うことにより、O139のような新たな流行株の早期発見やその特徴の把握を試み、それらに対する対策を早期に講じて途上国での流行の広がりを未然に防いで世界的な伝播を阻止することを目指す。腸炎ビブリオについてはO3:K6が1996年頃から突然に我が国を含めた世界各地で検出されたことから、この血清型菌株を中心とした分子疫学的解析を行う。
一方、細菌性腸管感染症に対する現在の治療法は抗生物質以外は対症療法に限られ、疾患の原因となる毒素を標的とした治療法はない。腸管出血性大腸菌感染症における主な死因は脳症などの合併症であり、それらは同菌の産生するベロ毒素/志賀毒素(Stx)が引き起こす。本研究ではStxと強く結合する新規化合物を用いた治療法の開発を目指す。また糖鎖は細菌の腸管粘膜への定着にも関与し、さらに消化管免疫能を修飾すると考えられることから、oral rehydration solutionや人工乳に加えたときに腸管感染抑制効果のあるオリゴ糖の種類と量を決定することを試みる。
研究方法
腸炎ビブリオの発生動向:東京都、仙台市、関西空港検疫所、韓国などで分離された菌株のうち、近年増加傾向にある O3:K6 株及びO4:K68株を中心に解析を行った。
コレラ菌の発生動向:インドカルカッタにある西ベンガル州立伝染病院に入院した下痢症患者からコレラ菌を分離し、血清型別を行った。分離したコレラ菌に存在するインテグロンとそこに存在する薬剤耐性遺伝子について解析した。
細菌性腸管感染症に対する新規予防法の開発:コレラ菌が認識する消化管上皮では、血液型や部位によって、発現している糖鎖が異なると考えられるため、3例の小腸粘膜標本についておおまかな糖鎖発現の種類とその個体差をレクチン結合で比較し、さらにこの画分へのコレラ菌粘着に対するオリゴ糖の阻害活性を調べた。
腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法の開発:Gb3糖鎖を分子内に6個有するSuper Twigを合成し、低蛋白食マウスへの腸管出血性大腸菌感染実験に用いた。この系ではマウスに菌接種後2日目には糞便中にStxが検出され、3日目には血清中にもStxが検出される。そこで治療群のマウスには感染3日目から6日目までSuper Twigを1日2回投与した。
腸炎ビブリオ感染症に対する新規治療法の開発:腸炎ビブリオの産生するTDHを単離し、これまで推定されてきたTDHのエンテロトキシン作用を電気生理学的に解析した。また様々な薬品を用いてTDHの作用に対する阻害活性を薬理学的に解析した。
結果と考察
腸炎ビブリオの発生動向:最近の世界流行とも言える腸炎ビブリオ血清型O3:K6による食中毒は、過去の発生で検出されたものとは異なる遺伝子型であり、国内例、海外例でも同一のPFGEパターンを示した。東京都立衛生研究所に保存されていた1996、1997年のO3:K6の分離株は、解析に供した18株すべて新クローンと同一のタイプであり、この他2000年の仙台市の分離例などでも同一であった。また1999年の韓国での分離株では供試した43株のうち37株がO3:K6、O4:K68が1株あり、これらは全てPFGEでは同一のパターンを示した。さらにO3:K6及びO4:K68株で新クローンパターンを示す菌は例外なくf237と名付けた線状ファージ(コレラ菌にコレラ毒素遺伝子ctxを運んだと考えられるCTXφに類似したファージ)に感染しており、このファージはctxを持たない代わりにORF8をコードする遺伝子を有していた。ORF8の機能は不明であるが、このファージ及びORF8が世界的流行に関与している可能性が考えられた。
コレラ菌の発生動向: 2001年に分離されたコレラ菌の血清型を調べた結果、過去2年の結果と比較して、O1とO139の分離件数が減少したのに対し非O1非O139コレラ菌の分離件数は増加していた。一方、薬剤耐性化機構に関わるインテグロンの分布とそれがコードする薬剤耐性遺伝子を解析した結果、O1、O139及び非O1非O139のいずれのコレラ菌でも、大多数はクラス4インテグロンが陽性であり、一部はクラス1インテグロンが陽性であった。クラス1インテグロンが陽性となった株の可変領域を解析した結果、各菌株でさまざまな耐性遺伝子が検出された。また1992年から1993年に分離されたO139コレラ菌はクローナルと考えられていたが、クラス1インテグロンを持つ菌と持たない菌があり、コードしている薬剤耐性遺伝子はO1コレラ菌型のものでなく、非O1非O139タイプのものであると言う興味深い結果が得られた。このことは、インテグロンの解析がコレラ菌の分子疫学的解析の一つとして有用なことを示している。
細菌性腸管感染症に対する新規予防法の開発:3症例の小腸粘膜に対する種々のレクチンの反応性は症例によって差があり、コアにGlcNAcを持つ糖鎖が多く発現しているが、非還元末端のガラクトース、Nアセチルガラクトサミン、フコースの発現に関しては個人差が高いことが示唆された。またこの小腸粘膜を用いて、種々のオリゴ糖のコレラ菌粘着阻害活性を解析した結果、フコース含有糖鎖のうちFL2は全例で濃度依存性の粘着阻害効果を持つことが明らかとなった。このことは、オリゴ糖経口投与による消化管での感染防御の可能性を示唆しており、阻害効果の得られたオリゴ糖濃度はoral dehydration solution1リットル中に約0.1 gの添加で充分であることから、ヒトへの投与試験も可能であると考えられた。
腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法の開発:コントロール群は感染後5日目には震えなどの神経症状が出現し、14日目までに全例死亡した。一方、治療群では死亡したマウスは7匹中1匹のみで、残りの6匹は少なくとも40日目まで無症状のまま生存したことから、Super Twigが同菌感染によるマウスの個体死を有意に抑制することが明らかになった。また死亡した1匹のマウスにも神経症状は全く見られなかった。このことは、ヒトにおける腸管出血性大腸菌感染症の主な死因である脳症に対してSuper Twigが有効に抑制することを示しており、同菌感染症の合併症を防ぐ新しい治療法として有望であることを示唆している。
腸炎ビブリオ感染症に対する新規治療法の開発:腸炎ビブリオの主要な病原因子と考えられている耐熱性溶血毒(TDH/TRH)の腸管毒性の発現機構を主として電気生理学的、薬理学的に解析した。TDH/TRHが腸管上皮細胞に作用すると電導度を上昇させ、この上昇作用はDIDS添加で正常化した。また、TDHを腸管上皮細胞に作用させると、細胞内のCa++濃度が上昇し、この上昇はProtein kinase C阻害剤で阻害された。これらの結果から、TDHが腸管上皮細胞に作用すると、Protein kinase Cの活性化、Ca++の細胞内流入、Ca++-activated Cl-チャンネルを通じてCl-(および水)の流失が起こり、下痢を引き起こす事が明らかになった。またこれらの各ステップの阻害剤は、腸炎ビブリオによる下痢の制御薬のシーズとなる可能性も示唆できた。
結論
腸炎ビブリオのPFGE解析を行うことによって、近年増加傾向の新型クローンO3:K6株及びこれと良く似たDNAパターンを示すO4:K68株が日本国内において急速に広まりつつあることを明らかにした。さらこれらの新型クローンはほぼ例外なくORF8を持つ線状ファージの感染を受けており、ORF8が病原性(流行性?)に関与している可能性を示した。また現在インドカルカッタで分離されるコレラ菌の多くはO1コレラ菌であるが、non-O1, non-O139コレラ菌の分離件数が増加傾向にあり、さらにこのコレラ菌からインテグロンが見つかり、薬剤耐性化に寄与していることが明らかとなった。
ヒト消化管へのコレラ菌の粘着に対してフコース含有糖鎖、特にH型血液型糖鎖が阻害することが明らかになった。また腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法として、同菌の主要な病原因子・Stxに対する新しい中和剤による系を創出し、腸管出血性大腸菌が感染した後でも早期に同薬剤を投与することにより、溶血性尿毒症症候群や脳症といった重大な合併症を防止する可能性を開いた。さらに腸炎ビブリオのTDHの持つエンテロトキシン活性のメカニズムが解明し、数種の薬剤のTDHエンテロトキシン阻害活性を示したことから、新しい治療法開発への基盤が確立されたと考えている。

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