重症エンテロウイルス脳炎の疫学的及びウイルス学的研究並びに臨床的対策に関する研究 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100714A
報告書区分
総括
研究課題名
重症エンテロウイルス脳炎の疫学的及びウイルス学的研究並びに臨床的対策に関する研究 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
岩崎 琢也(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 清水博之
  • 岡部信彦
  • 網康至(国立感染症研究所)
  • 奧野良信(大阪府公衆衛生研究所)
  • 塩見正司(大阪市立総合医療センター)
  • 大瀬戸光昭(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 小池智(東京都神経科学総合研究所)
  • 榮賢司(愛知県立衛生研究所)
  • 細谷光亮(福島県立医科大学)
  • 石古博明(三菱化学ビーシーエル)
  • 吾郷 昌信(丸石製薬)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
重篤な神経障害を引き起こすエンテロウイルスを対象に研究を行っている。重篤な神経障害を呈した症例より分離されたエンテロウイルスの同定とそのウイルス学的特徴、本邦ならびに西太平洋地域における流行動態、本邦の地域レベルでの流行状況の違いの把握、RT-PCRを用いた早期診断系の開発、臨床的解析、抗ウイルス剤の開発、ワクチン候補株の選定とその確認方法の確立を目的としている。とくにエンテロウイルス71 (EV71) を主たる対象としている。この理由はウイルスが発見された1970年代当初より北米、南米、ヨーロッパ、オーストラリア、東アジアにおいて重篤な神経症状を来したEV71感染例が報告され、さらに1998年に台湾で起きた大きなアウトブレイクでは大部分はEV71感染による405名の脳炎、無菌性髄膜炎、肺水腫・出血、急性弛緩性麻痺、心筋炎などの死亡例が報告されているためである。
研究方法
地研ならびに国立感染症研究所におけるサーベイランス、分離されたウイルスの同定、血清学的解析、RT-PCR、塩基配列の解析、抗ウイルス剤の試験管内ならびにin vivoの解析、感染性cDNAの作製、カニクイザルを用いた動物実験を行った。
結果と考察
1992年以降の本邦における手足口病の流行は95年と2000年に発生し、2001年は4番目の報告数であった。年間における発生ピークは27-30週を頂点とする。ヘルパンギーナは2001年、2000年、99年の順で近年増加傾向にあり、そのピークは手足口病と重なっている。手足口病患者から分離されるウイルスは2000年はEV 71が優勢をしめたがCA16も分離されている。2001年はCA16が優勢でEV71は殆ど分離されていない。ヘルパンギーナ患者からはCA10, 4, 6, 2, 8が、無菌性髄膜炎患者からはEV71, Echo 25, Echo 9、CB5が分離されている。なお、重症神経障害を呈した手足口病患者からはEV71のみが分離されている。
EV71 流行前後に採取された成人血清251例のEV71に対する中和抗体の解析の結果、1966, 67, 69および72年の抗体保有率は22~48%であり、EV71は初めて分離される7年以上前から、既に国内に存在していたことが示唆された。
2000年に大阪府で流行した手足口病の患者122名について検討したところ、ウイルス陽性者90名中72名からウイルスが分離された。塩基配列の解析から、22株のCA16はすべて同一の遺伝子型に、33株のEV71は異なる2つの遺伝子型に分類され、この流行がこれら3つの異なる遺伝子型ウイルスの同時流行によるものであることが明らかとなった。エンテロウイルス罹患疾患の発生動向と気象条件との相関関係の解析により、発生動向は「気温」・「湿度」と高い相関係数が得られた。
愛媛県、香川県、島根県における手足口病及び重症エンテロウイルス感染症の解析では、原因ウイルスが2000年はEV71、2001年はCA16であり、それぞれの県において流行するウイルスは次々に変わっていることが判明した。
過去13年間の急性脳炎患者170名中7名(4.1%)から分離されたCBウイルスについて検討した。分離されたCBは2型が4名、3、4、6型が各1名であった。これ以外にエコーウイルスが10名、コクサッキーA群ウイルスが3名、エンテロ71型ウイルスが2名、エンテロウイルス以外のウイルスが7名から分離され、急性脳炎からのウイルス分離率は17%であり、その24%がCBで占められ、CBと急性脳炎との関連の高さが窺われた。なお、13年間でCBは小児患者17,251名中368名(2.1%)から分離されている。
2000年夏の兵庫県加古川市で中枢神経合併症を伴う手足口病28例について検討した。性比はなく、年齢分布は1ヶ月~8才で中央値は3.5才であった。合併症の内訳は、無菌性髄膜炎のみが15例(軽症型) 、小脳失調、Myoclonic jerks、弛緩性麻痺、けいれん、脳幹脳炎のいずれかを伴ったのが13例(重症例型)であった。重症例は3才未満に多く、有熱期間が長く、中枢神経症状の発症が早く、髄液細胞比率がより多核球優位であった。26例は後遺症なく治癒したが、1例に右上肢弛緩性麻痺が残存し、脳幹脳炎を来した1例が死亡した。血清抗体価、RT-PCR、ウイルス分離により、71%の症例でEV71感染が証明された。CA16抗体の有無で見ると、CA16抗体陽性群は陰性群に比べ平均1.5日有熱期間が短かく、CA16抗体が交差免疫として有熱期間の短縮に寄与している可能性が示唆された。
99年に経験したEV71感染による肺水腫の発生機序を臨床的に検討するために、心機能について検討を加え、治療法についても考察した。さらに、脳幹部の病変を来したADEM/MSとの比較も行った。
西太平洋地域で流行している小児の急性死を伴うEV71について、日本における分離株も含めて分子疫学的解析を行なった。マレーシア、台湾、日本では2種類の遺伝子型のEV71が伝播している。オーストラリア、台湾等で分離されたEV71と比較したところ、日本のEV71も、西太平洋地域の他の国々と同様、少なくとも2種類のVP1 genogroupが認められたが、EV71の遺伝子型と手足口病の重篤化に直接的関連性は認められなかった。
熱性痙攣に関与するエンテロウイルスを検出・同定した。その結果、夏期の熱性痙攣の多くにエンテロウイルスが関与すること、その多くが、組織培養によるウイルス分離法では検出困難なCA群であることを証明した。さらに、遺伝子系統解析による手足口病の原因となっているエンテロウイルスのPCRを用いた迅速同定についてさらに検討を加えた。
昨年度樹立したSK/EV006/Malaysia株の感染性cDNAクローンの745塩基からなる5'-noncoding regionを Poliovirus 1型 Mahoney 株、Sabin 1株野5'-noncodong region 742塩基と置換し(Mah/EV, Sab/EV)、得られた感染性クローンの1段増殖速度を調べた。親株EV71とMah/EV、Sab/EVはどれも12時間程度で1ラウンドの増殖がみられ、増殖速度には大きな差がみられなかった。
カニクイザルに対し、EV71を静脈内および脊髄内に接種し、二つの感染経路による病態を比較した。両群では初発神経症状が異なり、脊髄内接種後のサルは弛緩性麻痺を、静脈内接種後のサルは小脳失調症状を最初に呈した。ウイルス学的ならびに組織学的解析では、両接種群ともに中枢神経における病変の局在の差異は、脊髄内接種を行った腰髄を除き、認められなかった。EV71の静脈内接種後のカニクイザルの病態はヒトの自然感染と非常に類似しており、ヒトの病態ならびにワクチン開発、治療の実験モデルとして、本感染実験モデルは非常に有用である。
ベンズイミダゾール誘導体のMRL-1237のエンテロウイルスに対する増殖抑制についてさらに検討し、また、EV71の感受性についても検討している。
以上より、同じ手足口病の病原ウイルスであるEV71とCA16は地域によって流行様式が異なることが明らかにされつつある。つまり、人口が比較的少ない地域ではどちらか一方の流行により手足口病が流行しているのに対し、大阪府のような人口密集地域では両者の存在が指摘される年も認められている。興味深いことにEV71は遺伝型上2種類に大別できるが、同一流行時にその両者が流行していることも判明した。
EV71あるいはCA16は一度かかりのウイルスと推定され、一度CA16に罹患した宿主でのEV71感染の重症度が興味がもたれる点であり、今後、この点をさらに検討する必要がある。
感染性cDNAクローンの確立は今後のウイルス病原性の検討上非常に重要であり、また、サルの経静脈的感染モデルはこの解析上重要な役割を果たすことが期待される。
2000年度愛知、兵庫、熊本でEV71による重症EV71感染例が多発したことが2001年の小児感染症学会で報告されている。今回、この内の兵庫の症例について詳細に報告されているが、今後熊本の例についても検討する予定である。
結論
2000年において本邦でもEV71による重症EV71感染例が存在したことが確認されている。このような例の詳細な解析をふまえ、今後の対策上、基盤となる情報を得ていく必要がある。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-