薬剤耐性菌の発生動向のネットワークに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100710A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性菌の発生動向のネットワークに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
荒川 宜親(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岩田 進((社)日本臨床衛生検査技師会)
  • 畝 博(福岡大学医学部)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 北島博之(大阪府立母子総合医療センター)
  • 小西敏郎(NTT東日本関東病院)
  • 進藤奈邦子(国立感染症研究所)
  • 武澤 純(名古屋大学医学部)
  • 宮崎久義(国立熊本病院)
  • 山口惠三(東邦大学医学部)
  • 吉田勝美(聖マリアンナ医科大学)
  • 藤本修平(群馬大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1980年代より、MRSAやVREなど様々な薬剤耐性菌が出現し、院内感染症や血流感染症、術後感染症等の起因菌として医療の現場を脅かす主要な要因の一つとなっている。また、近年では、セラチア、エンテロバクター、緑膿菌などによる同時多発性血流感染症が国内各地の医療機関で発生し、死亡者も出るなど、院内感染症は社会的に重大な関心事となっている。院内感染症は、MRSAをはじめとする薬剤耐性菌による場合が多く、国際保健機構(WHO)や米国疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は、各種の抗菌薬に耐性を獲得した細菌が全世界的な規模で広がりつつある現状に対し注意と対策を喚起するため、様々なレベルの警告を発している。例えば、薬剤耐性菌による感染症を、emerging-reemerging infectious diseases の一つとして位置付け、監視と対策の強化のため、WHOの2000年のレポートで「Overcoming Antimicrobial Resistance」が取り上げられ、薬剤耐性菌の問題は医療施設内のみの問題ではなく、地球規模の問題として提起されつつある。
既に、欧米や我が国のような「医療先進国」では、血液疾患治療、癌治療、臓器移植などの先端医療や高度医療を実施する上で、医療施設内で2次的に発生する感染症、特に薬剤耐性菌による感染症は医療の実施に対し大きな障碍となっており、耐性菌や院内感染症の問題を避けては通れない状況となりつつある。この問題に対し実効ある対策を立てるためには、各々の医療施設で分離される薬剤耐性菌やそれらによる感染症の実体や発生動向を正確に把握することが不可欠である。そして個々の医療施設の状況を比較対照とする際の全国的な平均値的指標・基準となるデータを確保するための「ナショナルサーベイランスシステム」の構築が、重要となっている。既に、米国ではCDCが中心となり200余施設の医療施設の参加で米国院内感染サーベイランス(National Nosocomial Infection Surveillance: NNIS)を実施している。その他、ベルギー、オランダ、英国、フランスなど医療先進国でも同様なサーベイランスシステムが検討されたり構築されつつある。
我が国は、国際的にみた場合、これまで抗菌薬の開発の先頭に立ってきたため、カルバペネム、ニューキノロンなど海外では未だ一般的ではない新規抗菌薬が多数臨床現場で使用されてきた経緯もあり、それら新薬等に対する耐性菌の出現と広がりは、ある面では「先進的」な部分が見られ、医療施設内で分離される細菌の状況は、欧米と異なった様相を示している部分も多く存在する。そこで、我が国の現状や実態に即した「院内感染対策サーベイランスシステム」の構築が急務となっており、平成12年度より厚生労働省により「院内感染対策サーベイランス事業」(以下、「事業」とする)が開始されたため、本研究班は、その「事業」を側面から支援する事を主要な目的として研究を行った。
研究方法
平成9年度~平成11年度の「薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステム構築に関する研究」(主任研究者:荒川宜親)と「薬剤耐性菌症例情報ネットワーク構築に関する研究」(主任研究者:岡部信彦)における検討結果や試行を踏まえ、前述した如く、平成12年度より「事業」が厚生労働省により開始された。本研究班では、平成12年度に引き続き「検査部門サーベイランス」、「集中治療部門サーベイランス」、「全入院患者部門サーベイランス」の3つのサーベイランス部門について、各々随時会議を持ち、それぞれの実施や運営方法、データの集積、点検、解析、還元など様々な段階における検討やチェックを行った。
また、細菌検査、特に感受性試験法の精度管理法の向上を図るため引き続き「臨床分離株の薬剤感受性成績調査および各種抗菌薬に対する感受性測定に関する研究」が(社)日臨技の微生物研究班により行なわれた。
さらに、検査部門、ICU部門、全入院患者部門の3つの研究グループ毎に、各グループに固有の問題や研究内容を検討する会議が個別に数回持たれた。また、各グループに共通する課題については合同の検討会議等が随時持たれた。
一方、ICUおよび検査部門グループで用いるデータ収集支援ソフトウエアの修正に関する助言を(財)医療情報シスtム開発センター(MEDIS)に行い改善を図った。
また、各分担研究者により「事業」を側面から補強するため、疫学的側面からの検討や、コンピュータシステムの有効利用に関する検討、データの還元方法に関する検討が引き続き行われた。さらに、新生児における感染症の発生動向の把握のための「NICU部門サーベイランス」と術後感染症の把握のための「外科手術部位感染症(SSI)サーベイランス」の2つを新たに「事業」に加え実施するための検討を行った。
(倫理的側面での配慮)
感染症の起因菌の種類や感受性試験結果に加え感染症患者のIDや生年月日、入院日、基礎疾患名、感染症名など患者個人の情報がデータベースに蓄積されるが、個人名は含まれず、したがって、中央のデータベースの情報から逆に個人を特定することはできない。しかし、データの管理と取り扱いについては、十分な配慮を行っている。
結果と考察
1. データの集積と解析、還元方法に関する点検として以下が平成12年度に引き続き行われた。
a. データ入力支援ソフトの動作の点検
b. データの構造に関する点検
c. データの集計や解析に関する点検
2. 各サーベイランス部門毎の検討として以下が平成12年度に引き続き行われた。
a. ICU部門研究班では18のICUの参加により、収集されたデータに基づいて院内感染に関する臨床指標を算出し、それに基づいて施設間比較が行なわれた。ICU部門のデータ解析はNNIS/CDCに準拠した感染リスクで調整された感染率、および、APACHE ・による内部リスクによって層別化された標準化死亡比に対する、耐性菌/感性菌/非感染の影響を検討した
b. 「全入院患者サーベイランス」では、国立病院・療養所のネットワークを用い、北海道から九州にわたる26施設の協力を得て研究を実施した。調査対象菌種はMRSAを含む6種の薬剤耐性菌とし、それらによる感染症患者情報を蒐集した。
c. 「検査部門サーベイランス」では、院内感染の問題に対して実効ある対策を立てるため、「事業」で収集された血液分離株と髄液分離株のデータについて調査と解析を行った。
d. (社)日臨技による抗菌薬感受性調査として、平成12年、13年に医療施設の日常検査にて得られた薬剤感受性成績の収集および集計が行なわれた。また、臨床上重要な血液、髄液の培養陽性例について検出菌および若干の臨床背景について精査が行われた。
2. その他、「事業」を側面から補強する個別的調査・研究として以下が行われた。
a. 手術部位感染のリスク評価に関する疫学的研究
b. population at riskについての検討
c. 解析結果の還元方法に関する研究
d. 手術部位感染症(SSI)サーベイランスの立ち上げに関する検討
e. NICU感染症サーベイランスの立ち上げに関する検討
f. データの収集及び集計方法の改善に関する研究
米国のNNIS systemは、全米の200数十施設の参加により院内感染症のサーベイランスを実施している。欧州各国も、同様のシステムを構築しつつあり、オランダやベルギーでは電子化されたネットワークによりサーベイランスが進められている。我が国の医療施設はその規模や医療内容、情報管理システムが多様でありこれまで統一した形式に基づくサーベイを実施することは困難であった。しかし、平成12年7月から「事業」が開始され、実際に実施されつつある。しかし、NNISがそうであったように、院内感染対策のためのサーベイランスの運用を行う上で様々なトラブルや改良すべき点が発生し、平成12年度は随時、修正が必要であったが、平成13年度は、検査部門、ICU部門、全入院患者部門とも、事業の運用上では大きな問題点はほぼ解消し、細かい点の修正が行われた。この経験は、SSI部門やNICU部門サーベイランス部門用の入力支援ソフトを作成する際の参考として生かす事ができた。また今後、「事業」で構築されたデータベースを利用して、研究班での詳細な解析を研究班毎に行う事になるが、そのためには、新たな解析ソフトやプログラムを作成する必要があり、その際にもその経験は参考として生かされ得る。
検査部門サーベイランスでは、将来的にはデータの取り込みを全自動化する方向を目指している。そのために、細菌検査システムの製造メーカーに対しサーベイランス用のデータファイル構造を公開し、その規格に適合した形式でデータを出力する機能を細菌検査システムに移植する事を依頼し、複数の製造者はその方向で対応を進めている。また、一方では、HL7という国際規格に準拠して、国立大学付属病院の中で構築されつつある、国立大学共通ソフトウェア「感染症管理システム」により、「院内感染対策サーベイランス事業」用のデータを取り出す事も分担研究者である藤本らにより実現されつつあり、今後、自動化された「事業」の実現に貢献する事が期待されている。
しかし、現在、血液、髄液分離菌についての集計結果を見た場合、皮膚常在菌であるS. aureusや表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)、その他のCNSが上位を占めている。それらによる実際の敗血症や髄膜炎の実数は、報告件数の2~3割と推定されているため、平成14年度に検査部門研究グループによりその点に関する検討と解析を進める予定である。
ICU研究グループでは、患者を重症度別に層別化した上で、感染症の有無、耐性/感性別に患者予後を比較検討しその影響を評価することを目指している。その結果、感染症を起こした場合は予後が悪く、さらにそれが耐性菌によるものの場合、在室日数や在院日数の延長と供に、予後が一層悪くなる事実が再確認された。平成14年度は、ICUサーベイランスで蓄積されたデータを用いてさらに詳細なリスク評価や死亡率に影響を与える因子について分析を行い、ICUにおける感染症発生率の低下や予後の向上に貢献する要素を明らかにすることを目指して研究を行う予定である。
全入院患者サーベイランスでは、感染症の起因菌の圧倒的多数がMRSAによるものであることがあらためて確認された。しかし、多剤耐性緑膿菌や肺炎桿菌などのグラム陰性菌による感染症は、比較的に稀となっている。しかし、正確な集計を行うためには、感染症の診断や耐性菌の判定基準について、再度、基準等を練り直し参加施設に周知徹底する必要があるものと考えられる。また、科別、性別、年齢別、基礎疾患別などの年間患者数などのデータを分母に置いて解析を行うことができれば、より詳細な解析が可能となるため、平成14年度は研究班参加施設において、そのような解析が可能か否か検討を行う予定である。
さらに「事業」の精度を向上させるためには、細菌検査・薬剤感受性検査の精度管理、感染症の診断基準の整備の2点が重要であり、引き続き平成14年度の検討課題とする予定である。
SSI部門とNICU部門のサーベイランスについては、それに必要な収集データ項目の抽出と整理、入力支援ソフトの作成が平成13年度に行われたが、時間の都合で試行と事業の開始は平成14年度に行われる事になった。また、データの還元も現在、進められている3部門とは異なり、半期毎に行い、公的な集計結果は年報で確定する事が検討された。さらに事業の円滑な運用の為には、事業で収集するデータと解析を必要最小限にとどめ、詳細な解析は研究班によって行う事が他の部門のサーベイランスの経験で得られているので、SSI部門とNICU部門のサーベイランスでもその方法を参考とする必要が有る。
その他、事業の推進と円滑な運用の為に平成14年度に引き続き検討が必要な項目を以下に列挙する。
1. 報告データのオンラインによる提出方法の検討
2. データ処理手順の迅速化
3. データベース管理と集計等の中央機能の充実
4. 集計と点検作業の年間計画化
5. 細菌検査の精度管理と検査技術の向上
6. 感染症の診断基準の充実と改定
7. 解析結果のオンラインによる還元方法の検討
また、各々の部門の研究グループでは、蓄積された膨大なデータを活用して詳細な解析を実施し、論文として発表する事を目指す必要が有る。
結論
平成12年度から開始された「事業」の実施と運用を支援するための研究班活動が行われた。平成13年度も平成12年度に引き続き、「事業」の実施にあたり大小様々な問題が発生したが、研究班の助言と支援によりそれらは概ね克服された。今後、「事業」で収集されたデータを活用し、「事業」の質的な向上を支援する研究班活動に、より重点を置く段階に到達したと考えられる。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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