マラリアの病態疫学、流行予測及び感染動向に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100707A
報告書区分
総括
研究課題名
マラリアの病態疫学、流行予測及び感染動向に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 守(群馬大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 狩野 繁之(国立国際医療センター研究所部長)
  • 片貝 良一(群馬大学工学部教授)
  • 竹内  勤(慶應義塾大学医学部教授)
  • 桑野 信彦(九州大学大学院医学系研究院教授)
  • 姫野國祐(九州大学大学院医学系研究院教授)
  • 鳥居本美(愛媛大学医学部教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
研究目的(1)申請者は、マラリア流行地を調査し、一定地域内の流行状況が非均一に分布していること、そのため、同一地域内でもマラリア罹患者の病態が多様性に富み、ある者はマラリアに抵抗力を示し、ある者は重症化することを観察してきた。新しいマラリア対策指針を推進させるためには、病態疫学調査を進め、マラリアに罹患した場合に重症化する住民と軽症で済む住民との分布図を作成し対策計画をたてる必要がある。そのためには重症化を反映するマラリア抗原エピトープおよび抵抗性を反映するエピトープを特定し、住民の血清との反応を計測することが必要となる。13年度は研究期間も残り1年間となったため上記の基礎研究を進める一方、世界52か国の流行地に2年間滞在してきた国際協力ヴォランティアより供与を受けた1352検体の血清についてマラリア間接蛍光抗体法により各自の過去のマラリア罹患歴を調べ、52か国のマラリア罹患の危険度を予測する数値を出すことができた。平成14年度には罹患者、非罹患者の血清と現在までの研究結果として合成に成功した熱帯熱マラリア原虫のエノラーゼの活性部位抗原との間で反応系を組み、本研究班によって作られた病態調査法が世界のどの国においても利用できるか否かについて最終検討を行う。
マラリア対策は有効かつ安全な薬剤の使用をプライマリーケアー組織に組み入れて推進させ、マラリア罹患による死亡者ができるだけ発生しないようにすることを理念として進められる。この時最大の難問は薬剤耐性とくにクロロキン耐性マラリアである。本研究班は薬剤耐性に対処するための研究として耐性因子を除去する方法を追求し、一定の成果をえてきたが、現在までの成果を臨床応用に供することはできない。臨床応用が可能でしかも薬剤耐性マラリアに著効を示す薬剤を選択するために、平成13年度はすでに感染症に対して使用されている抗生物質をしらべ、minocyclineが薬剤耐性マラリアに著効をしめすこと、およびその理由について報告した。さらに現在WHOが進めているin vitro 薬剤耐性試験法が必ずしも信頼出来る方法ではないため、われわれ独自の方法をソロモンにおける野外調査をもとに確立させ報告した。
マラリアワクチン研究は今後のマラリア対策推進上欠かすことのできない課題である。本研究班もこの課題に挑戦し、伝播阻止ワクチン、上記エノラーゼ活性部分合成ポリペプチドについて検討を進めている。エノラーゼ活性部分合成ポリペプチドの防御効果についてはヨザルの感染試験の予備試験を13年度に行った。基礎的研究からは、遺伝子銃をつかったDNAワクチンの効果発現に至る機序が報告された。
研究方法
52か国のマラリア流行地域でヴォランティア活動に2年間従事してきた1352人から採取した血清について抗体価を測定し、どの国でどのくらいマラリアに罹患するかを調査した。間接蛍光抗体法の結果は、日本人の場合、臨床所見とほとんどの場合一致する。血清供与者は赴任地を離れて近隣諸国にいくことはないので、抗体陽性率は正確に赴任地のマラリア状況を反映する。日本独自の方法で世界のマラリアの感染動態を把握できる点評価されるものと思われる。今般の血清で測定された抗体価は高い場合と低い場合があるが、高い場合は急性発症している時に近く、日本人の場合、エノラーゼ合成抗原との反応は高くでるものと想定される。低い抗体価の血清はマラリアから回復して一定の日時がたったことを示し、エノラーゼ合成抗原との反応は低いものと想定される。エノラーゼ合成抗原としてGG14, AA13, GL16, AD22の4種類が現在用意されているので、ELISA法によりこれら合成抗原と感染経験者血清との反応をみる予定である。
ミノサイクリンが薬剤耐性熱帯熱マラリアに対して卓効する知見は、そのまま臨床応用が可能である。日本の多くの臨床医はミノサイクリンの使用法を熟知し、本薬剤の安全性に関する資料は十分揃っている。したがって使用したことのない抗マラリア薬の量を減らし、その分ミノサイクリンで補うなどの利用方法も考えられよう。本研究にあたっては、われわれがソロモン諸島国において試みたin vitro 耐性試験をつかってメフロキン耐性、ピリメサミン耐性、クロロキン耐性の熱帯熱原虫を調べミノサイクリンがいずれの耐性マラリアにも卓効することを確認した。13年度の研究においてタンザニアから35株の患者分離株が搬入され耐性試験に供せられる予定である。
三日熱伝播阻止ワクチン開発研究ではタイの流行地で分離した13種の三日熱原虫株がいずれもワクチンによって産生された抗体の作用を受けることが立証された。
結果と考察
マラリア流行地において2年間ヴォランティア活動に従事した者の内で特にマラリア罹患者の多かった国は以下の11か国である。マラウイ:陽性者20名/全被験者86名(以下陽性者、全被験者の説明をはぶく)ニジェール:29/66、タンザニア19/183、セネガル:19/76、ジンバブエ:17/100、ザンビア25/88、コート・ジボアール:25/78、ケニア:12/93、ガーナ:28/82、パプアニューギニア:11/53、ソロモン諸島国:12/48。この中で9か国まではアフリカに所属する国々で、アジア・太平洋地域の国はパプアニューギニアとソロモン諸島国の2か国である。アジア諸国およびラテンアメリカは陽性者は散発的である。過去3年間の調査で得られた血清で特に高い抗体価(1:256、1:1024、1:4096)を示す件数は72検体、中等度抗体価(1:64)をしめす例は55検体で残りは1:16と低値をしめした。高値、中等値、低値を示す血清を利用して合成抗原との反応をしらべること、さらに血清の例数を増やすことが必要であれば、海外のヴォランティアに関するマラリア血清調査はすでに過去十数年におよぶ数千検体の資料がそろっているのでそれが利用できる。過去十数年のマラリア間接蛍光抗体法による海外ヴォランティアに対して行ったマラリア調査結果をまとめることは、世界のマラリア流行状況を知る上のさらに強固な資料が用意されることになる。以上の研究予定により、14年度中に病態疫学、流行予測および感染動向に関して厚生行政に有用な研究成果は提出可能であると考えている。
薬剤耐性マラリアに対するミノサイクリンの効果に関してはタンザニア、タイ、フィリピンにおいて現地のエキスパートに臨床試験を依頼することが考えられるほか、日本の輸入マラリアに関してもキニーネ、メフロキン、アルテミシニンなどとの併用療法を試みることは可能であろう。日本の臨床医は、あまり使用したことのない抗マラリア薬を使うことに抵抗があるので、日常的に使用に慣れたミノサイクリンを併用し、使用慣れしていない抗マラリア薬を早めに打ち切る上にも本剤の試用が薦められよう。薬剤耐性熱帯熱マラリアの測定法は、前述したようにWHO標準法では正確な答えがえられない。本研究班がソロモン諸島でおこなった方法(文献参照)によれば、臨床結果とよく合致する耐性試験が可能である。日本の輸入マラリアに関しては是非本班の主張する耐性試験を標準法としたいものである。
以上の成果を踏まえて先端的なマラリアワクチン研究を進めることは、単に研究室内にとどまって行うワクチン研究よりもはるかに多角的な検討によりマラリア・ワクチンの可能性を探索することになるものと考えている。
結論
平成12年度においては特に基礎的研究を固めるための作業が進められ一定の成果を得た。平成13年度の研究においては、基礎的研究課題に取り組むと同時に厚生行政に現実的に有益な資料を揃えることを念頭において、マラリアの疫学、流行に関してマラリアに対して免疫力に乏しい日本人が流行地に赴任した場合、どの国では、どの程度の危険度を予測すればよいかについての検討を進めた。流行地に赴任して現地の人と一体化した生活を2年間過ごしたヴォランティア1352人から帰国後血清を採取し、間接蛍光抗体法によりマラリアの罹患歴をしらべることにより、該当国の危険度を数値化することを試みた。その結果、52か国について一定の結果をだすことができた。平成14年度は過去十数年間にわたって行った調査を集計し、さらに各国のマラリア危険度予想の精度を高める資料を用意することを計画している。過去集積された数千例の血清は記録とともに保管されてあるので、本研究班によって用意された4種類の合成抗原との反応を調べる予定である。この結果は、病態疫学の新しい方法を提示し同時に合成抗原の内のどれかがマラリアワクチン候補物質として有望かを調べる研究にもつながることになる。
マラリア対策の推進が、安全、効果的かつ廉価な抗マラリア薬を中心に進められるWHOの方針を受けて本研究班は、既存の抗生物質を検討した結果ミノサイクリンが、テトラサイクリン誘導体の中でもっとも効果的であり、薬剤耐性マラリアに対しても奏功することを報告した。ミノサイクリンの脂肪親和性の性質が、特にマラリア原虫のプラスチッドの膜を通過する上に有利であることがその理由であることも報告した。本研究班の提唱する薬剤耐性マラリアの正しい測定法と相俟って今後日本に輸入されたマラリアに対して、ミノサイクリンを試用するための行政的検討もあってよいのではないかと考える。

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