エキノコックス症の監視・防御に関する研究 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100706A
報告書区分
総括
研究課題名
エキノコックス症の監視・防御に関する研究 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
神谷 正男(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 金澤保(産業医科大学)
  • 田村正秀(北海道立衛生研究所)
  • 野崎智義(国立感染症研究所)
  • 伊藤亮(旭川医科大学)
  • 伊藤守(実験動物中央研究所)
  • 土井陸雄(横浜市立大学)
  • 福本真一郎(酪農学園大学)
  • 佐藤直樹(北海道大学)
  • 神谷晴夫(弘前大学)
  • 松田肇(獨協医科大学)
  • 二瓶直子(国立感染症研究所)
  • 佐々木信夫(北海道大学)
  • 伝法公麿(藤女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
26,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1990年代に北海道ではキツネにおけるエキノコックスの感染率が急激に上昇し、近年本州への侵入・定着も危惧されている。人の多包虫症の発症は感染後十数年を経てから起こり、現在の深刻化した動物における流行状況から、将来における患者数の増加が懸念される。北海道だけでなく本州における実態を明らかにし、その監視体制の整備が必要である。このような現状では、野生動物、キツネだけでなく人の感染源となりうるイヌ、ネコの感染状況調査も重要で、かつ感染源対策の確立が急務である。人への虫卵の感染経路については不明な点が多く、人への感染予防のためには虫卵の拡散や人への伝播様式を解明する必要がある。また、現在では完治には早期診断が必須であるため、人の的確かつ早期の診断法が必要で、さらに有効な治療薬の開発も必要である。
流行地の汚染環境修復を目的としたキツネに対する駆虫薬入り餌(ベイト)散布による感染源対策は、人への感染機会を抑えるだけでなく、エキノコックス虫卵による農産物汚染の危惧を取り除くためにも重要で、エキノコックス問題の根本的な解決法となる可能性がある。本研究では感染源対策、すなわち、野生動物への集団駆虫法の確立を主眼として、さらに、人への感染経路の解明、人の診断・治療の改善、および本州におけるエキノコックス症調査と監視体制の構築を含む総合的エキノコックス症対策を確立することを目的とした。
研究方法
まず、北海道および本州におけるエキノコックスの動物間での流行状況を剖検調査するとともに、宿主動物であるキツネと野ネズミの生態を調べた。関東甲信越地域1都10県では、食肉検査された養殖豚についてエキノコックス感染の有無を調べた。さらに、北海道小動物獣医師会と協力し、北海道において糞便内抗原検出法と虫卵検査を実施し、大規模な犬猫の感染状況調査を行った。人への虫卵の感染経路を明らかにする一環として、キタキツネの巣穴周辺やフェリーの土壌から虫卵の検出を試みた。人のエキノコックス症の監視のため基礎データとして、北海道におけるエキノコックス症の患者の発生動向について地理情報システムを用いて解析した。
今後のワクチン開発のための動物モデルを作成するために、多包条虫と単包条虫の代替終宿主として、中国産の齧歯類の有用性を調べ、スナネズミについては免疫の関与を解析した。さらに、多包虫に対する薬剤開発の基礎データとして、多包虫の蛋白分解酵素(プロテアーゼ)に注目して実験を行った。人の診断法の改善のために、診断用の抗原(Em18およびアクチンモジュレーター蛋白)について検討した。エキノコックス症の危険因子解析のために、肝エキノコックス症と診断された症例についてアンケート調査を実施し、職業・居住歴・生活習慣などの環境条件について、また手術時の病態(進行度)との関連について解析した。
研究の主眼とした感染源対策のために、北海道の水産廃棄物を用いた新規の安価なベイトを試作し、小清水町において自動車から道路沿いに散布し、ベイト散布法の効率化をはかり、キツネへの駆虫効果を解析した。根室においても輸入ベイト散布を試みた。
結果と考察
根室地区では69.2%で前年の30.4%から上昇した。小樽でキツネの剖検調査では62%の感染率を示し、かつ寄生虫体数も多く、都市周辺でのキツネにおける濃厚な流行が示された。北海道における過去の流行地域の拡大を調べるために、1980年代に石狩管内で捕獲されたキタキツネの内部寄生蠕虫の再検討を行った。この時点では多包条虫は検出されなかったことから、近年、石狩管内に急速に分布拡大したことが示唆された。さらに、小樽の剖検結果と糞便内抗原の検出結果を比較し、糞便内抗原検出法の信頼性を評価したところ、特異度・感度ともに約90%であり、ある地域のキツネの感染率の指標になることが示唆された。
北海道における多包条虫流行地拡大について地理情報システム(GIS)解析により、まず、発生の核心地域を抽出し、その後、隣接地域に拡大し、1990年代後半には人口の集中している都市域等へ、階層的拡散にいたる状況を明らかにした。初期の段階では農業・酪農地域に患者の発生が見られていたが、患者の発生密度は低下したものの、広域にまた都市域に拡大した。さらに、基礎的なエキノコックス伝播の数理モデル構造を提示し、これに季節的な要因を考慮し、エキノコックス流行状況のシミュレーションを行った。
犬猫の調査において、721例の犬糞便サンプル中6例が抗原陽性で、陽性例は屋外飼育犬であった。猫では158例中2例の陽性であった。猫は抵抗性の終宿主と考えられているが、仔猫ネコも同様であった。臨床獣医師のためのホームページを追加し、エキノコックスについての様々な情報を提供し、さらにCD-ROMを作成し、犬猫の検査の重要性を強調した。
東北地方における診断機関としての充実並びに整備を行い、検査要請への対応、患者の治療後の抗体検査等を行った。青森県内で採取したキツネ、タヌキ、テン、イタチでの感染は認められなかった。またブタからも多包虫は検出されなかった。関東甲信越地域1都10県では各種野生動物のみならず、食肉検査所で検査される養殖豚(約570万頭)についてエキノコックス感染の有無を調べたが、全くエキノコックス感染例は検出されなかった。このように現時点では本州へのエキノコックスの定着の証拠は得られなかったが、北海道では高度に流行していることから、感染源侵入を早期に摘発するために、今後も監視を続けていく必要があると考えられた。北海道から本州へ毎年約300~400頭が本州へ犬が移動すると推計され、また欧州等のエキノコックス流行国からも数百頭が来ていることから、これらの感染源動物、主として犬の移動に対する対策の必要性が示された。
北海道でキタキツネの巣穴周辺の土壌の調査では虫卵は検出されなかった。また、北海道から本州への車輌を介する虫卵の伝播の可能性が否定できないため、青森港に入港するフェリー内の土砂を継続的に調査したが、虫卵は検出されなかった。
代替終宿主としての中国産の齧歯類の実験では、単包条虫は早期に排除されたが、多包条虫の代替終宿主としてMeriones meridianusの有用性が示された。さらに、T細胞枯渇スナネズミを用いた終宿主動物モデルの感受性について検討を加えた。ワクチン開発のために、代替終宿主(ハムスター)を用いてエキノコックス感染時の免疫応答を調べ、IgA応答が認められたが、リンパ球幼若化反応は明瞭ではなかった。
多包虫シスト液から強力なプロテアーゼ活性が確認された。さらに感染動物血清や組織での経時的発現を検討し、共通抗原の存在が確認された。単包虫感染における弱い交差反応が認められたが、Em18の多包虫症の鑑定診断における有用性が示された。
危険因子解析のためのアンケート調査では、多包虫症患者75症例から回答が得られ、71名はキタキツネの生活圏と職域が交錯していた。診断はマススクリーニングで発見されたもの47名、自覚症状のために医療施設を受診したもの28名であった。完全切除困難あるいは遠隔転移を伴うものは30例で、林業および土木・建築業の中では89%を占めていた。一方、酪農業・農業では28%と明らかに低く、彼らのマススクリーニングへの積極的な受診と衛生教育の普及が行われたため早期診断されたと考えられた。エキノコックス症に関する住民の意識について、石狩市の地域住民を対象としたエキノコックス症予防に関する効果的な衛生教育の実施を目指した。しかし、全体的に住民のエキノコックス症についての関心がうすれている中で、衛生教育の実施には様々な課題があり、検討する必要がある。
ベイト散布による感染源対策で、野外で採取されたキツネの糞便内の虫卵の検査結果から、キツネの虫卵排泄率が非散布区では上昇したが、ベイト散布区では減少し、ベイト散布の駆虫効果が認められた。根室地区でもベイト散布を試みたが、小数のキツネの剖検で陽性個体が見つかり、完全な駆除は達成できなかった。このように、感染源対策として、プラジクアンテル入りのベイト散布により、野生キツネへの集団駆虫法の効果が実証された。
結論
終宿主診断法の確立により、感染源の監視が可能になった。この新たな診断法により畜犬の陽性例も確認された。本州の野生動物の陽性例はまだ確認されていないが、本州への移動畜犬数の調査から、移動動物による流行拡大の可能性が示された。市民向け成果発表会、CD-ROM、ホームページなどを通して、地域住民へ有効な情報提供が行なわれた。駆虫薬入りベイトの散布により、野生動物の集団駆虫効果が確認され、本研究で得られたエキノコックスの生態に関する知見をもとに、効果的な感染源対策確立の可能性が出てきた。

公開日・更新日

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