インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100701A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
森島 恒雄(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 富樫武弘(市立札幌病院)
  • 水口雅(自治医科大学)
  • 横田俊平(横浜市立大学)
  • 田代眞人(国立感染症研究所)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所感染症情報センター)
  • 奥野良信(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 宮崎千明(福岡市立あゆみ学園)
  • 布井博幸(宮崎医科大学)
  • 豊田哲也(久留米大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
前年度までの調査において、インフルエンザ脳炎・脳症が小児を中心に重篤な予後を示すなど、本症の病像がほぼ明らかになった。今年度、疫学的な情報の解析を進めるため、引き続き全国調査を継続した。また、病態の解明、病理学的な検討を行い、その結果に基づき治療法及び予防方法の確立を目指した。一方、本症がなぜ日本に多発するかについて国際共同研究などを実施していくこととした。
研究方法
本研究では、2001年1-3月の間に発症した患者について、全国調査を実施し、63例の報告があった。また、病態の解明のため、ウイルス学的及び免疫学的な観点から病理学的検討を実施した。神経障害や多臓器不全のメカニズムの解明のため、サイトカインの動態やチトクロームCの推移、各臓器におけるapoptosisの有無などについて検討を加えた。一方、わが国における本症の多発を解明するため、諸外国、特に米国及び東アジアにおけるインフルエンザに伴う急性脳炎・脳症について国際共同研究を計画し、米国CDC及び環太平洋諸国との共同研究が開始された。今までの研究から本症の予後の悪化にNSAIDsの一部が関与していることが示唆されているが、さらなる解明のため、症例対照研究が行われ、本研究班としてこれに協力をした。また、治療法及びリハビリテーションの方法を確立するため、インフルエンザ脳炎・脳症治療研究会によるインフルエンザ脳炎・脳症重症例に対する治療法の多施設共同研究を援助し、また小児のリハビリテーション施設において、後遺症を残した小児のケアの方法についても検討を加えた。
結果と考察
2000年二次調査結果の概要
疫学及び臨床像について:
2001年1-3月のインフルエンザ脳炎・脳症全国二次調査の症例は63例とインフルエンザ流行の規模がこの5年間で最も小さかった割には、多くの症例の報告があった。臨床像については今までの(1999-2000年)の報告と大きな差は認められなかったが、罹患年齢がやや高い傾向にあった。インフルエンザの型別頻度については、A・H3香港型の頻度が、A・H1ソ連型及びB型の頻度の約3-5倍と高いことが判明した。これは、90年代に入り、本症の多発が小児でのA・H3香港型の流行の時期に一致することを支持する結果である。2001年度もA・H3香港型の頻度が高かった。検査所見においては、前年度、血小板数の低下、AST/ALT/LDH/NH3/Cr/CKの上昇が予後悪化の因子であったが、今年度の検討で、各検査異常の中でも、AST、CKが脳症の早期に上昇しており、重症化の早期診断に有用と思われた。
病態について:
重症例ではチトクロームCが本症の急性期に有意に上昇していた。また、サイトカインの中で特にTNF-αとIL-6が高値を示し、中には髄液中の濃度が血中濃度を上回る症例もあった。以上の結果から、インフルエンザの感染に伴い、TNF-αを中心としたサイトカインの上昇が見られ、その結果、apoptosisが誘導され、脳障害や多臓器不全を来す機序が推定された。
一方、なぜ日本において本症が多発するかの原因は未だ不明である。しかしインフルエンザ脳炎・脳症の関連疾患(熱性痙攣、インフルエンザに伴う痙攣、急性壊死性脳症、ウイルス関連血球貪食症候群、川崎病、JRA全身型におけるサイトカインストームなど)の頻度は明らかに東アジアに多いことが判明しており、これらの遺伝的な要因が、わが国での本症の多発に関与している可能性が高い。現在、環太平洋諸国との疫学的な国際共同研究が進行中であり、またDNAチップやSNPを用いた遺伝子多型の解析の準備が進んでいる。
病理学的検討:
病理学的検討では、(1)剖検例の検討では、脳内にインフルエンザウイルス抗原は検出されなかった。(2)脳内グリア系細胞の活性化が認められた。(3)リンパ球の浸潤は認められなかった。(4)脳及び肝臓において広範なapoptosisの存在が確認された。髄液中の高サイトカイン値は、この結果を反映しているとも考えられた。また、脳内でも神経細胞などにapoptosisが確認され、これは神経細胞の障害のメカニズムを考える上でも重要な所見と思われた。
解熱剤の影響について:
今年度も引き続き、全国調査の中から解熱剤の本症の予後に及ぼす影響について検討を加えた。その結果、ジクロフェナクナトリウムは有意に本症の予後を悪化させること、またメフェナム酸もその可能性が高いことが示唆された。その結果、平成13年5月厚生労働省よりインフルエンザにおけるメフェナム酸の使用、ウイルス感染症におけるジクロフェナクナトリウムの使用が小児において原則禁忌となった。
治療法の確立について:
重症例の治療法の確立は緊急の課題である。インフルエンザ脳炎・脳症治療研究会において治療法確立のための多施設共同研究が平成12年11月に開始され、解析が進んでいる。現在までの結果では、平成12年度の致命率はそれまでの30%から14%に低下した。平成13年12月、高サイトカイン血症及びapoptosisの抑制を目的として、前述の治療法のガイドラインが一部改訂され、同研究会により全国に配布された。この2年間の結果をもとに、治療法のガイドラインを作製する予定。
結論
2001年1-3月のインフルエンザ脳炎・脳症全国二次調査の結果は前年に比べ、発症数は63例と前年に比べ、やや減少したが、流行規模が小さかったためと考えられる。型別の頻度ではA・H3香港型がA・H1ソ連型やB型の約3-5倍の頻度で本症を起こすことが分かった。病態の解明として、血中及び髄液中においてTNF-αを中心としたサイトカインの高値が認められ、脳内のグリア系細胞が活性化していた。またこれらサイトカインの影響と思われるapoptosisが脳・肝において進行しており、多臓器不全に至ると推定された。同時に血管内皮細胞の障害が生じ、その結果、高度な脳浮腫や全身の血管の透過性の亢進すると考えられた。なぜインフルエンザ脳炎・脳症が本邦に多発するかについては、まだ不明な点が多く、国際共同研究及び遺伝子多型の解析の結果を待たねばならない。
治療については前述の病態に基づく治療ガイドライン(案)がインフルエンザ脳炎・脳症研究会により提案されており、全国的に普及している。今年度、致命率が14%と低下したが、この治療法の普及または一部のNSAIDsの使用制限の結果の可能性もある。一方、神経後遺症の軽減は重要な課題である。研究班の検討では、特に急性期からのリハビリテーションの開始及び二次性てんかんの防止が重要と思われた。今後、インフルエンザ流行時におけるインフルエンザ脳炎・脳症の対策について一般家庭用の指針及び医療従事者用のためのガイドラインを作っていきたい。

公開日・更新日

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