文献情報
文献番号
200100692A
報告書区分
総括
研究課題名
成人麻疹の実態把握と今後の麻疹対策の方向性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
高山 直秀(東京都立駒込病院)
研究分担者(所属機関)
- 稲葉憲之(獨協医科大学)
- 大西健児(東京都立墨東病院)
- 岡部信彦(国立感染症研究所)
- 奥野良信(大阪府立公衆衛生研究所)
- 鈴木宏(新潟大学)
- 田代真人(国立感染症研究所)
- 中込治(秋田大学)
- 中野貴司(国立三重病院)
- 野田雅博(広島県保健環境センター)
- 宮崎千明(福岡市あゆみ学園)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
麻疹は麻疹ウイルスによって引き起こされ、高熱と発疹を伴う感染性疾患であり、伝染力が強いため、麻疹ワクチンが導入される以前には、ほとんどの小児が罹患する典型的な子どもの病気であった。また、麻疹罹患中には一時的に強い免疫抑制が起こるので、重い合併症が発生したり、死亡することもまれではなく、かつては「命定め」と恐れられていた。麻疹に対してはすでに有効な生ワクチンが実用化されており、麻疹ワクチンを的確に接種することによって麻疹の流行を阻止することが可能である。実際に、米国では麻疹ワクチンの接種率を高率に維持し、1歳と5歳前後の2回接種することにより年間麻疹患者発生数を100名未満に減少させることに成功している。一方、国内においては、麻疹ワクチンが定期接種に導入された1978年以降、麻疹患者数はかなり減少してきたとはいえ、麻疹の流行を阻止することができず、毎年地域ごとの流行が発生し続けている。感染症発生動向調査の結果によれば、全国的に麻疹は1歳児で最も患者数が多く、乳児での患者数がこれに次いでいる。成人年齢の麻疹患者も発生しており、近年成人麻疹患者の増加傾向がみられる。一般に、成人での麻疹は小児の麻疹に比べて重症になるといわれているが、その実態は明らかではない。我々は成人麻疹の実態を明らかにするとともに、麻疹の患者数を減少させて、麻疹の流行を阻止するためにはどのような対策が必要であるかを検討するため種々の調査研究を計画して実施した。
研究方法
成人麻疹の実態を解明するために、麻疹のため東京都立駒込病院に入院した患者の年齢分布を過去20年にわたり調査し、成人麻疹の臨床症状を検討するために、2000年と2001年に麻疹のため東京都立駒込病院と東京都立墨東病院に入院した患者の症状を診療録に基づき、個人情報を除外して調査した。ある地域における麻疹患者発生動向については行政機関への報告に基づき、個人情報を除外して調査した。麻疹ワクチン接種率に関しては行政機関へ協力を求め、予防接種台帳に基づく調査ないし健診時などにアンケート調査を行った。若年成人、妊婦、小児およびその母親における麻疹抗体は、本人ないし保護者に検査の意義を説明し、書面による同意を得たうえで血液を採取して抗体価を測定した。麻疹による経済的損失の検討にあたっては医療機関から、個人情報を除外して、提供を受けた治療費に関するデータを使用した。麻疹に対する意識および麻疹ワクチン接種を受けない理由を知るために、麻疹を発病した患者ないしその保護者の一部にアンケートないし面接調査を行って、あるいは健診の機会にアンケート調査を実施した。
結果と考察
麻疹入院の年齢分布は過去20年で大きく変化した。かつて麻疹入院患者は1-2歳児が最多で年齢が上がるにつれて減少していたが、近年では0-1歳と20歳代前半に頂点がある2峰性の分布を示した。岡山県の川崎医科大学病院への麻疹入院患者のうち15歳以上の患者が占める割合を経年的に調査したところ、20年間に数%から20%にまで増加していた。すなわち、小児期に麻疹にかからず、成人したのち麻疹を発症する患者が相対的に増加していることが判明した。成人麻疹患者の症状は、高熱、発疹、咳嗽など基本的には小児患者と同様であった。麻疹入院患者の大多数は麻疹ワクチン未接種であった。
感染症発生動向調査の結果によれば、全国的に麻疹は1歳児で最も患者数が多く、乳児での患者数がこれに次いでいる。成人年齢の麻疹患者も発生しているが、その数は小児患者に比べればはるかに少ない。この麻疹患者発生傾向は我々の研究班による調査でも確認されている。2000年の三重県における麻疹流行では、1歳児の患者が全体の17.4%を占め、0歳児の患者が14.9%、2歳児、3歳児の患者がそれぞれ7.9%、4.6%であり、20歳以上の患者は12.0%であった。1999年から2000年にかけての大阪府における麻疹流行では、定点から報告された全麻疹患者4,117名のうち年齢の記載があった患者数は3,943名であり、1歳児の患者が1,090名、0歳児の患者が666名、2歳児、3歳児がそれぞれ471名、342名おり、15歳以上の患者は109名であった。すなわち、1歳児と0歳児の患者が全体の44.5%を占めていた。また、麻疹ワクチン接種歴調査では、接種歴を確認できた患者3,770名のうち94.3%がワクチン未接種であった。
麻疹ワクチン接種率は、ある年齢人口のうちワクチン接種済みの人口の割合を示す年齢別ワクチン累積接種率および累積接種率曲線を用いた評価法を導入して調査した。これによって年齢別のワクチン接種率が正確に把握できると同時に異なる地域間の比較も可能になり、麻疹ワクチン累積接種率が1.5歳で約80%と高い地域から30%程度の地域があることが明らかになった。また、三重県での調査では麻疹ワクチン接種率に反比例して麻疹患者発生数が減少していた。
各年代での麻疹抗体陽性率の調査は、採用する抗体測定法によって結果が異なるうえ、検査に同意した人々が必ずしも母集団を代表していないため、結果の解釈に注意が必要であるが、ゼラチン粒子凝集(PA)法による調査では、10歳以上では麻疹ワクチン接種の有無によらず、90%以上が麻疹抗体陽性であった。また、医学部学生の調査でもPA抗体陰性者はみられなかったが、抗体価が低い者はみられた。大学病院職員、医学生での麻疹発生例も報告されているので、PA抗体が陽性であっても抗体価が低ければ、麻疹の発病を阻止できない可能性も考えられる。
麻疹罹患による経済的損失は病院職員の場合、入院治療費と休業損失費で一人約50万円と算定された。小児患者を含めた調査では、外来患者で約12万円、入院患者では約30万円の費用を要した。麻疹の場合、ワクチン接種によって患者発生を予防する費用と、治療および休業などによる社会的損失を比較すると、麻疹罹患による損失は、予防に要する費用の2倍ないし5倍であり、費用対効果比は非常に大きいと言える。
麻疹発病者ないし患者の保護者110名へのアンケートでは、麻疹ワクチンの存在を知らない者は3名であったが、麻疹ワクチン接種を受けた者は、患者の年齢から記憶違いと思われる例を含めて14名であった。麻疹に罹れば高熱が続き、肺炎や脳炎を合併することを知っていながらワクチン未接種例が65例あった。1歳未満で麻疹にかかった21名を除いた44例では麻疹という病気の性質を知識としては知っていながら、ワクチン接種を受けるという予防行動には結びついていなかった。ワクチン接種による麻疹予防に反対との回答は2例にすぎなかった。
感染症発生動向調査の結果によれば、全国的に麻疹は1歳児で最も患者数が多く、乳児での患者数がこれに次いでいる。成人年齢の麻疹患者も発生しているが、その数は小児患者に比べればはるかに少ない。この麻疹患者発生傾向は我々の研究班による調査でも確認されている。2000年の三重県における麻疹流行では、1歳児の患者が全体の17.4%を占め、0歳児の患者が14.9%、2歳児、3歳児の患者がそれぞれ7.9%、4.6%であり、20歳以上の患者は12.0%であった。1999年から2000年にかけての大阪府における麻疹流行では、定点から報告された全麻疹患者4,117名のうち年齢の記載があった患者数は3,943名であり、1歳児の患者が1,090名、0歳児の患者が666名、2歳児、3歳児がそれぞれ471名、342名おり、15歳以上の患者は109名であった。すなわち、1歳児と0歳児の患者が全体の44.5%を占めていた。また、麻疹ワクチン接種歴調査では、接種歴を確認できた患者3,770名のうち94.3%がワクチン未接種であった。
麻疹ワクチン接種率は、ある年齢人口のうちワクチン接種済みの人口の割合を示す年齢別ワクチン累積接種率および累積接種率曲線を用いた評価法を導入して調査した。これによって年齢別のワクチン接種率が正確に把握できると同時に異なる地域間の比較も可能になり、麻疹ワクチン累積接種率が1.5歳で約80%と高い地域から30%程度の地域があることが明らかになった。また、三重県での調査では麻疹ワクチン接種率に反比例して麻疹患者発生数が減少していた。
各年代での麻疹抗体陽性率の調査は、採用する抗体測定法によって結果が異なるうえ、検査に同意した人々が必ずしも母集団を代表していないため、結果の解釈に注意が必要であるが、ゼラチン粒子凝集(PA)法による調査では、10歳以上では麻疹ワクチン接種の有無によらず、90%以上が麻疹抗体陽性であった。また、医学部学生の調査でもPA抗体陰性者はみられなかったが、抗体価が低い者はみられた。大学病院職員、医学生での麻疹発生例も報告されているので、PA抗体が陽性であっても抗体価が低ければ、麻疹の発病を阻止できない可能性も考えられる。
麻疹罹患による経済的損失は病院職員の場合、入院治療費と休業損失費で一人約50万円と算定された。小児患者を含めた調査では、外来患者で約12万円、入院患者では約30万円の費用を要した。麻疹の場合、ワクチン接種によって患者発生を予防する費用と、治療および休業などによる社会的損失を比較すると、麻疹罹患による損失は、予防に要する費用の2倍ないし5倍であり、費用対効果比は非常に大きいと言える。
麻疹発病者ないし患者の保護者110名へのアンケートでは、麻疹ワクチンの存在を知らない者は3名であったが、麻疹ワクチン接種を受けた者は、患者の年齢から記憶違いと思われる例を含めて14名であった。麻疹に罹れば高熱が続き、肺炎や脳炎を合併することを知っていながらワクチン未接種例が65例あった。1歳未満で麻疹にかかった21名を除いた44例では麻疹という病気の性質を知識としては知っていながら、ワクチン接種を受けるという予防行動には結びついていなかった。ワクチン接種による麻疹予防に反対との回答は2例にすぎなかった。
結論
現在麻疹は1歳児を中心に流行が続いている。小児期に麻疹ワクチン接種を受けず、麻疹にも罹患せず、成人年齢にたっしたのち麻疹を発病する者も増加している。麻疹流行の現状は、小児人口の減少および不十分な麻疹ワクチン接種による麻疹感受性者数の不十分な減少、生活様式の変化による感受性者密度の低下などに起因すると考えられる。
麻疹ワクチンは現在個人を麻疹から守るために接種されているが、ワクチン接種により麻疹抗体陽性者が増加すれば、ある地域における麻疹の流行そのものが阻止できる。麻疹の流行を阻止するためには、ワクチン接種率を95%まで上げる必要があるとされている。現在、日本における麻疹ワクチン接種率は正確には把握されておらず、3歳児での累積接種率は70%程度と推定されている。これは麻疹流行阻止に必要な接種率をはるかに下回っている。麻疹流行阻止のためには早急にワクチン接種率を、特に麻疹流行の中心となっている1歳児での接種率を上げる必要がある。
早急に実施すべき麻疹流行抑制・阻止策としては、(1)医療および行政関係者は、満1歳に達したら、出来る限り早く麻疹ワクチンを接種するように勧奨する、(2)医療機関における麻疹感染を防止するため、各市区町村と医療機関は麻疹感受性者の把握と感受性者へのワクチン接種に努める、(3)麻疹ワクチンと他のワクチンの接種時期が重なる場合には、優先順位等を例示して麻疹ワクチン接種が遅延しないように努める、(4)行政および医療関係者は機会あるごとに麻疹および麻疹ワクチンに関する情報提供を行い、被接種者ないしその保護者に麻疹ワクチンの効果と副反応について正しく評価できるように努める、(5)学校保健に関わる医療関係者は、麻疹未罹患者・ワクチン未接種者への麻疹ワクチン接種が学校保健上重要であることを学校関係者に理解していただくよう努める、(6)行政関係者は各市区町村の予防接種担当者およびワクチン接種医に、麻疹に関する最新の情報を伝えるよう努める、などが考えられる。
今後本研究班が早急に検討するべき事項として、(1)日本における麻疹の疫学的現状をふまえた最も効果的な麻疹ワクチン接種方式の提案、(2)将来の正確な疫学的検討を可能にする予防接種歴の記録および保存法、およびより正確な予防接種率の把握方法とその標準化の提案、(3)保育園、小・中学校、高等学校において、当該施設の保健担当者が麻疹感受性者調査を実施し、その結果に基づき麻疹未罹患・ワクチン未接種者に麻疹ワクチン接種を行うことの必要性と効果、(4)麻疹患者および麻疹合併症例、死亡例をより正確に把握する手法の調査と提案、などが挙げられる。
麻疹ワクチンは現在個人を麻疹から守るために接種されているが、ワクチン接種により麻疹抗体陽性者が増加すれば、ある地域における麻疹の流行そのものが阻止できる。麻疹の流行を阻止するためには、ワクチン接種率を95%まで上げる必要があるとされている。現在、日本における麻疹ワクチン接種率は正確には把握されておらず、3歳児での累積接種率は70%程度と推定されている。これは麻疹流行阻止に必要な接種率をはるかに下回っている。麻疹流行阻止のためには早急にワクチン接種率を、特に麻疹流行の中心となっている1歳児での接種率を上げる必要がある。
早急に実施すべき麻疹流行抑制・阻止策としては、(1)医療および行政関係者は、満1歳に達したら、出来る限り早く麻疹ワクチンを接種するように勧奨する、(2)医療機関における麻疹感染を防止するため、各市区町村と医療機関は麻疹感受性者の把握と感受性者へのワクチン接種に努める、(3)麻疹ワクチンと他のワクチンの接種時期が重なる場合には、優先順位等を例示して麻疹ワクチン接種が遅延しないように努める、(4)行政および医療関係者は機会あるごとに麻疹および麻疹ワクチンに関する情報提供を行い、被接種者ないしその保護者に麻疹ワクチンの効果と副反応について正しく評価できるように努める、(5)学校保健に関わる医療関係者は、麻疹未罹患者・ワクチン未接種者への麻疹ワクチン接種が学校保健上重要であることを学校関係者に理解していただくよう努める、(6)行政関係者は各市区町村の予防接種担当者およびワクチン接種医に、麻疹に関する最新の情報を伝えるよう努める、などが考えられる。
今後本研究班が早急に検討するべき事項として、(1)日本における麻疹の疫学的現状をふまえた最も効果的な麻疹ワクチン接種方式の提案、(2)将来の正確な疫学的検討を可能にする予防接種歴の記録および保存法、およびより正確な予防接種率の把握方法とその標準化の提案、(3)保育園、小・中学校、高等学校において、当該施設の保健担当者が麻疹感受性者調査を実施し、その結果に基づき麻疹未罹患・ワクチン未接種者に麻疹ワクチン接種を行うことの必要性と効果、(4)麻疹患者および麻疹合併症例、死亡例をより正確に把握する手法の調査と提案、などが挙げられる。
公開日・更新日
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