動物由来感染症対策としての新しいサーベイランスシステムの開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100688A
報告書区分
総括
研究課題名
動物由来感染症対策としての新しいサーベイランスシステムの開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
山田 章雄(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 喜田 宏(北海道大学)
  • 辻本 元(東京大学)
  • 神山恒夫(国立感染症研究所)
  • 渡邉治雄(国立感染症研究所)
  • 倉根一郎(国立感染症研究所)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 高山直秀(都立駒込病院)
  • 井上 智(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
社会の高齢化に伴い、伴侶動物の重要性が強調されており、高齢者における動物飼育が増すことが予想される。一方、開発に伴う自然生態系の変化やアウトドアブームなどにより、野生動物や節足動物とヒトとの接触の機会が増してきている。また感染症法で挙げられている感染症の多くが動物由来感染症であるにもかかわらず、これらの感染症の動物における実態は不明な点が多い。本研究では、これら動物由来感染症の実態を把握するためのサーベイランス体制を構築する基礎として、サ-ベイランスモデルシステムを作成し、運用することによりその実効性を検証することを目的とする。
研究方法
本年度は対象動物を動物園を中心とする展示動物、開業獣医師を受診する伴侶動物、及び野生動物とし、それぞれに関し、疾病としての重要性、研究推進の実現性を考慮し、調査対象感染症を選定した。(1)動物園動物では実際に起きた感染症集団発生を取り上げ、疫学的に解析するとともに病原体の微生物学的同定を行った。海外でのQ熱感染症例についても事例調査した。(2)伴侶動物におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)のイヌ・ネコでの保有率を東京大学動物医療センターの患畜を対象に調査した。同様に開業獣医を訪れる患畜と飼い主についてランダムにMRSAの保有状況を調査した。(3)狂犬病のスポットサーベイランス、野生ザルにおけるBウイルス抗体調査のために関係機関と調整を行った。(4)レプトスピラの属特異的抗体を得るためにモノクローナル抗体を作出した。(5)多剤耐性化が進むサルモネラに関してもその実態を把握すべく調査を行った。
結果と考察
(1)川崎市の動物公園の飼育係の間でインフルエンザ様疾患が集団発生した。当初ブルセラ症と報道されたが、野外疫学的手法を用い精細に調査したところ、ヘラジカの出産介護と密接に関連していることが明らかとなった。また、当初報道されたブルセラは否定された。これらの患者血清にはクラミジアに対する抗体が検出された。一方、ヘラジカの胎盤を細菌学的に検査したところ、クラミジアが分離された。このクラミジアは遺伝学的にオウム病の病原体であるChlamydia psittaciと同定された。(2)長期間抗菌剤投与を受けている各種疾患の犬および猫からMRSAの分離を試みたところ、4頭の犬および5頭の猫からMRSAが分離された。これらの動物の飼い主からはMRSAは検出できなかったが、診療にあたった獣医師1名からMRSAが分離された。一方、開業獣医師を受診する動物について無作為にMRSAの検出を試みたが、6か所56匹については陰性であった。これらの動物の飼い主についてもやはり陰性であった。(3)近年ロシア船の寄港地におけるイヌ等の不法上陸が問題となっており、これらのイヌが国内に狂犬病をもたらす可能性が指摘されている。そこでこれらの地域における狂犬病監視のためのシステムを試験的に立ち上げることとした。本年度は北海道稚内、根室、小樽及び富山県伏木富山港をモデル地域とし、各地域の衛生担当者と連絡をとり、実施体制を整備した。また、野生化したマングースの狂犬病対策における意義を明らかにするために環境省奄美野生生物保護センターの協力を得て、奄美大島に生息するマングースから血清を採取した。マカカ属サルにおけるBウイルスは公衆衛生上極めて重要であるが、野生のサルにおける浸淫状況は不明である。そこで千葉県で野生化しているアカゲザルについてBウイルス抗体保有
状況を調査することとした。Bウイルス抗体検出法を確立するとともに、千葉県自然保護課との調整により房総半島のアカゲザルの捕獲事業の際に採血することとなった。(4)レプトスピラの診断は普通血清学的に行われるが、的確な治療を行うには病原体検出が望まれている。しかしレプトスピラは株間で抗原性が異なるため病原体診断用に多くの標準血清を用意せねばならない。そこで本研究では属特異的な抗原を見出し、これを検出する方法を開発することを試みた。Leptospira interrogans serovar icterohaemorrhagiae5株をShenbergの合成培地に馴化させると同時にLeptospira interrogans australis Akiami C株の軸糸に対するモノクローナル抗体を137クローン作出した。これらのモノクローナル抗体は、血清型の異なる5株のレプトスピラとの反応性から、7群(A~G群)に分類された。このうちG群のモノクローナル抗体は5株すべての菌株と反応することが明らかとなった。(5)動物由来感染症には食品を介して感染するものがあり、サルモネラ感染症はその代表的なものである。今年度はネズミチフス菌の薬剤耐性の実態を調べたところ本菌の耐性化が進んでおり,9剤に耐性を示すものも見られた。多剤耐性菌の半分ぐらいが,ファージ型DT104を示しており,クロナールな菌の伝播が遺伝学的解析から示唆された。諸外国で問題となっている菌と類似しており,国際的伝播をしていると考えられる。(6)国内における狂犬病対策強化に資するため、タイ国における狂犬病の実態ならびに検査診断体制に関する現地調査を行った。一方、国内でのイヌの登録の実態を把握するため、アンケート調査を行った結果、イヌの登録を徹底するために、国及び自治体が具体的取組を進める必要があることが明らかとなった。また、諸外国における野生動物、ペット対策を調査したところ、多くの国で、野生動物の輸入に関してはわが国よりも厳しい規制があることが明らかになった。動物園は本来野生である動物が、多種類集められた場所であることから、感染症に対する対策が講じられているべきであるが、現実には動物の感染症には留意されていても、動物由来感染症対策は十分とはいえない。今回動物公園での呼吸器疾患の集団発生事例について疫学的、病因学的に検討したところ、動物園におけるサーベイランスシステムの構築の必要性が明らかとなった。今回の成果をもとに動物園におけるサーベイランスを含めた動物由来感染症防止策のガイドラインを作成できるようにする予定である。一方、ペットにおいてはMRSAがイヌやネコに定着している可能性が明らかになったため、今後更に例数把握をするとともに、一般市民のみならず、医療従事者、福祉関係機関等への啓蒙が必要である。今年度の研究ではレプトスピラに対する属特異的抗体を作出することに成功した。この抗体を用いた、抗原検出法を開発すれば国内におけるレプトスピラの診断体制がヒト及び動物に関して可能になることが期待できる。また狂犬病、Bウイルスに関しては端緒についたばかりではあるが、国内における実態調査に向けた体制を整えることができた。ネズミチフス菌の薬剤耐性の問題は他の多くの動物由来感染症でも問題になる可能性があり、そのモデルとなると考えられる。
結論
動物由来感染症対策としてのサーベイランスシステムを考えて行くうえで、少数ではあるが、対象疾患あるいは対象動物群を選定し、実際にモデル的なサーベイランスの準備を整えた。またそのうちの一部については実際にサーベイランスを行い、成果を得ることができた。

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