胚性幹細胞および造血幹細胞を利用した血液生成技術の開発研究

文献情報

文献番号
200100682A
報告書区分
総括
研究課題名
胚性幹細胞および造血幹細胞を利用した血液生成技術の開発研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
平井 久丸(東京大学医学部附属病院無菌治療部)
研究分担者(所属機関)
  • 寺村正尚(東京女子医科大学血液内科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血液製剤の需要は、医療の高度化に伴いますます増大している。現在血液製剤は献血事業に依存しているが、献血による輸血医療は、量的質的な供給の不安定性、感染の危険性などの問題を孕んでいる他、高コストであることから医療経済にも影響を及ぼしている。本研究ではこうした現状に対し、臍帯血や骨髄中に存在する体性造血幹細胞、および、樹立された培養胚性幹細胞(ES細胞)の自己複製能と多分化能を利用して、試験管内で赤血球、白血球、血小板など各血球細胞の分化・増殖による人工血液の産生方法の開発を行い、供血者に依存するの輸血医療を抜本的に再構築することを目指すものである。これらの人工血液が実用化されれば、管理された条件の下に計画的な生産が可能になり、安定供給と安全性の問題が解決するのみならず、大規模な生産系の稼働により、輸血医療のコスト低減につながる。一方、様々な理由により現時点では不可能である白血球、リンパ球の自由な輸血が可能になると、悪性腫瘍や難治性感染症に対する新しい強力な免疫治療法や細胞療法の開発に発展する可能性も見込まれる。さらに本研究では、造血幹細胞そのものや、これに由来する前駆細胞の利用も対象とする。本研究の成果により、造血幹細胞移植療法を実施する上でネックとなっている、ドナー細胞入手の問題も解決される。
研究方法
体性造血幹細胞は、その供給が有限であるため、幹細胞としての未分化性を維持することが肝要である。これにあたっては、次の3つの異なるアプローチを用いて、目的とする培養細胞から血球生成の開発研究にあたった。すなわち、(1)温度に応答して細胞の接着性を変化させる培養皿(東京女子医大先端生命科学研究所の岡野光男教授らが新たに開発)を用いた、造血細胞と造血支持組織の三次元培養系の開発、(2)分化抑制機能を持つNotchのシグナル分子であるHES1を、レトロウィルスを用いて純化した造血幹細胞に導入後に放射線照射マウスに移植し、造血幹細胞未分化性維持の検討、(3)Cre/loxPシステムを応用した導入遺伝子着脱可能なレトロウイルスを用いて、造血幹細胞の分化を阻止する遺伝子を導入し、増幅後にこの遺伝子を取り除いて成熟血球に分化させる系をセットアップである。一方、培養ES細胞の場合、供給についての制限はないが、成熟血球への効率的な誘導が課題であり、このような分化システムを開発することを念頭においた。まず、成熟血球の産生効率に重要な因子の一つは、ES細胞から中胚葉細胞への誘導であるので、中胚葉マーカーとしてFlk1を用い、マウスES細胞からFlk1陽性細胞に分化させる条件を検討した。さらに、OP9ストローマ細胞と各種のサイトカインの組み合わせ、Flk1陽性細胞から成熟血球への分化効率を検討した。また、Flk1陽性細胞から成熟血球を産生する目的で、OP9に替わるストローマ細胞の樹立中である。
我々はすでにヒト由来の造血幹細胞の利用に関して、東大病院の倫理委員会の承認を得ている。ヒト由来の造血幹細胞(骨髄・末梢血・臍帯血)を利用する際には、事前に本研究の目的と方法ならびに個人情報の保護などについて充分に提供者に説明し、承諾が得られた場合にのみ、その一部を研究に利用する。一方、将来的にはヒトES細胞を使用する予定であるが、ヒトES細胞の使用に関しては、平成13年9月25日に文部科学省より示された「ヒトES細胞の樹立および使用に関する指針」に基づいて東京大学の倫理審査委員会に研究計画を申請中であり、承認を待っている段階である。ヒトES細胞については海外の機関から供与の応諾を得ている。東京大学で行っている動物実験については、「東京大学動物実験マニュアル」に沿って研究を行っている。
結果と考察
(1)三次元培養法:造血支持細胞(骨髄間質細胞)を温度応答性培養皿でシート状に培養しそれを重ね合わせ、3-4層からなる三次元培養に成功した。これに造血幹細胞を植え込み、造血環境の変化と造血能との関連性について解析を進めている。生体内の骨髄組織は支持組織の柱帯により形成された三次元空間であり、そこに造血幹細胞が付着して自己再生および分化がおきている。本研究で検討中の三次元培養法は生体により近い生体外培養システムであるため、造血幹細胞の増幅を可能にするのみならず、造血幹細胞を効率よく終末分化させるシステムであると期待される。(2)高度に純化したマウス造血幹細胞は、ストローマとの接触がなければ48時間で造血再生能は著しく低下する。このように高度に純化したマウス造血幹細胞に、レトロウィルスを用いてNotchのシグナル分子であるHES1を導入し、マウス個体における造血再構築能を評価した。この結果、HES1導入により、骨髄幹細胞の試験管内における未分化性が強く維持されることが明らかとなった。今後は、Notchリガンドを含めてHES1発現を促す外来因子を探索し、これによる造血幹細胞の試験管内未分化性維持の技術を確立したい。(3)Cre/loxPシステムを応用した導入遺伝子着脱可能なレトロウイルスにより、レチノイン酸受容体ドミナントネガティブ変異体(DN-RAR)を、マウス32D細胞および臍帯血CD34陽性細胞に導入した。顆粒球分化のモデル細胞である32D細胞は、遺伝子導入により分化が阻止され、Creレコンビナーゼにより再度分化が可能になった。臍帯血CD34陽性細胞もDN-RAR導入により増幅した。このような可逆的遺伝子導入法を用いることにより、造血幹細胞を増幅しその後終末分化させる、という制御が可能である。(4)ES細胞からの血球産生には、1)ES細胞から中胚葉系細胞へ、2)中胚葉系細胞から造血前駆細胞へ、3)造血前駆細胞から成熟血球へ、の各分化ステップを効率よく誘導する必要がある。中胚葉系未分化細胞への分化を、Flk1単独陽性化を指標として評価したところ、タイプIVコラーゲンをコートしたプラスチック上での培養により、もっとも効率よい分化が観察された。しかし、Flk1単独陽性細胞から血球への効率よい分化には、現在用いているOP9のみでは困難であることが明らかになり、新たに樹立しつつあるストローマと、中胚葉系サイトカインを含む種々のサイトカインの組み合わせにより、効率よい血球分化システムを確立する必要がある。
結論
(1)造血支持細胞(骨髄間質細胞)の重層培養に成功した。(2)純化したマウス造血幹細胞へのHES1導入により、造血幹細胞を試験管内で維持することに成功した。(3)遺伝子着脱可能なレトロウイルスを用いて造血幹細胞に分化抑制遺伝子を導入することにより、造血幹細胞を増幅した後に分化させる制御系確立への、足がかりが得られた。(4)マウスES細胞から中胚葉系細胞への効率よい分化系を確立した。

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