即戦力的クロイツフェルト・ヤコブ病治療法の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100655A
報告書区分
総括
研究課題名
即戦力的クロイツフェルト・ヤコブ病治療法の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
堂浦 克美(九州大学)
研究分担者(所属機関)
  • 吉良潤一(九州大学)
  • 山田達夫(福岡大学)
  • 広野修一(北里大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は稀少な神経難病であるが、本邦では多数のヒト乾燥硬膜移植後のCJD患者が発生しており潜在的に危険な硬膜移植患者は10万人を越える。また、本邦でも狂牛病が発生し変異型CJD勃発の脅威が迫っている。このような急迫した状況にありCJDの即戦力的治療法が至急に必要である。本研究ではCJDの発症予防と発症患者の生命予後改善をめざし、即戦力的治療法の確立に関する以下の2点の研究を行う。
(1)他の目的に使用されている臨床薬剤の中で抗プリオン作用を持つ薬剤による第1世代型CJD治療法を確立するための臨床研究を行う。この研究は疾患モデル動物によるin vivo薬効評価の成果を踏まえたものであり、同薬効評価にて有効性を確認した臨床薬剤を患者に応用する。(2)次世代型の治療薬候補化合物をin vitro系スクリーニングで探索するとともに、発見した治療薬候補化合物をもとにより強力な抗プリオン作用を持ち脳移行の良い医薬分子をコンピュータを使った合理的医薬分子設計技術を駆使して開発する。本年度は、これらの研究の基盤を整備することを主な目的とした。
研究方法
(1)薬剤スクリーニング及びin vitro/in vivo薬効評価:in vitroシステムを用いて抗プリオン作用を持つ新規な臨床薬剤や化合物及びそれらの誘導体の探索を行った。有効性が見られた代表的なものについて脳内投与によるin vivo薬効評価システムによりプリオン病治療効果の評価を行った。(2)患者における臨床研究:末梢投与型薬剤の臨床試験としてキナクリンを用いた臨床試験を行った。薬剤の投与量・治療期間や治療効果判定のための評価方法や副作用について詳細な検討を加えた。一方、脳内投与型薬剤の臨床試験については、ペントサンの脳内投与の安全性について治験薬の安全性検査に準じて動物実験で検討した。(3)次世代型治療薬の開発:これまでに発見している抗プリオン作用を有する化合物のうち構造の全く異なる代表的な6個の化合物とプリオン蛋白の相互作用を原子レベルで解析するために、6個のリガンド-プリオン蛋白複合体の立体構造を構築した。プリオン蛋白-リガンド複合体の立体構造の構築と定量的特性予測のため、1)分子動力学法によるプリオン蛋白リガンド分子(6個)の立体配座サンプリングとクラスタリングよる代表配座集団の生成、2)プリオン蛋白質中の化合物結合サイトの探索を行った。
結果と考察
(1)in vitroスクリーニングシステムを用いて、100種近い市販の化合物を調べ、新たに8種の化合物に異常型プリオン蛋白産生阻害効果があることを発見した。これらのうち臨床薬剤であるキニーネについてin vivo実験を終了し、延命治療効果を確認した。8種の化合物のうちキノリン環をもつ化合物は、極めて低濃度で有効であった。それらのIC50は10 nM以下であり、既報の有効化学物質と比較してもっとも低い値を示し、異常型プリオン蛋白産生阻害に特異的に作用している可能性があると推測された。これらの化合物のうち比較的単純な化合物を中心に修飾・合成を行い構造活性相関を展開し、ファーマコフォア導出をめざす必要がある。また、発見した有効化合物にはキレート作用を有することが推定されるものが複数あったことより、様々なキレート化合物をスクリーニングした。その結果、水溶性キレート化合物はいずれも効果が極めて低いかあるいは全く効果が見られないことが明かとなった。キレート能を有する化合物の効果発現には膜透過性が重要であることが示唆されたが、この点を明らかにするとともに異常型プリオン蛋白産生における金属イオンの関与についても明らかにする必要がある。一方、脳内移行性の良好なコンゴーレッド類似化合物に異常型プリオン蛋白産生阻害効果のあるものを発見した。その機序として異常型プリオン蛋白と結合することにより新たな産生を阻害することが推測された。これらは組織切片上で異常型プリオン蛋白の沈着を描出することができることから、末梢投与型治療薬としてだけでなくヤコブ病の診断や病勢診断のためのプローブとして有用な可能性がある。
(2)臨床薬のうち既にその有効性をin vivo実験で確認済みの臨床薬剤のうち、キナクリンについて治療プロトコールを作製し臨床試験を開始した。散発性CJD4例と硬膜移植後のCJD2例に対し300mg/日の経口連日投与を行った。このうち比較的早期に治療を開始しえたものと、発症から1年以上を経ていても進行が緩徐であったものでは一過性ではあるが症状の明らかな改善が得られた。しかし、進行例の2例では効果を認めなかった。副作用では3例で投与中に肝機能障害が出現し、全例に投与開始後10日前後から皮膚の黄染を認めたが、全身痙攣や骨髄抑制などの重篤な副作用は出現しなかった。以上のことから今回の検討でキナクリンによる神経症状改善作用が比較的発症早期に治療を開始した症例と緩徐に進行しているものに限られ、また効果が一過性であった原因として、キナクリンの薬理作用が疾患形成過程のうち神経細胞の機能異常にとどまっている段階のものに効果を示し、すでに器質的変化に至ったものについては作用しない可能性が考えられた。今後治療研究を継続する上で、薬剤の用量および投与期間などを再検討するとともに、より早期に確実に診断できる方法を取り入れる必要がある。一方、ペントサンは脳内投与法による臨床試験を開始すべくペントサン脳内投与の安全性の検討を動物実験で行った。0.2mg/day/kg以下の濃度の脳室内投与ではマウス・ラット・イヌで異常を生じなかったが、0.3 mg/day/kg濃度ではイヌに毒性が認められ半数以上が投与開始1週間以内に死亡した。マウスを用いた実験では最も延命効果が見られるペントサン濃度は0.2 mg/day/kgであることより有効濃度と毒性濃度がかなり近いことが明かとなった。今後は死亡した原因を病理学的に解明することが必要である。なお、実験に用いたペントサンは末梢投与薬として製剤化されているものであり、薬液中に含まれる保存剤などの添加物が脳室内投与の安全性データに影響している可能性を検討する必要もある。
(3)コンピュータによる合理的医薬分子設計のための準備として、6種の有効化合物とプリオン蛋白の相互作用を原子レベルで解析するために、高温分子動力学法による分子の立体配座解析プログラム(CAMDAS)を用いて、正常型プリオン蛋白に対する6個のリガンド化合物の立体配座集団を得た。これらの配座集団の中に蛋白結合時のリガンドの立体配座が含まれていると考えられる。次に、核磁気共鳴装置による溶液構造解析により得られた正常型プリオン蛋白の3次元座標(PDBエントリ:IQM3)を基に、プリオン蛋白表面の薬物結合部位をSite ID コンピュータプログラムを用いて探索した結果、結合部位候補として2カ所のサイトが検出された。今後はこのサイトをさらに詳細に検討し、6個のリガンド分子-プリオン蛋白複合体の立体構造を構築するため、3Dデータベース検索法による結合候補配座の選択、蛋白質との結合相互作用エネルギー評価による結合配座と結合様式の決定、蛋白質-化合物複合体の立体構造決定が必要である。また、理論計算学的手法により求められる化合物とプリオン蛋白との相互作用を実験的に実証することが重要である。
結論
(1)in vitroスクリーニングシステムを用いて、新たに8種の化合物に異常型プリオン蛋白産生阻害効果があることを発見した。それらは、キノリン環をもつ化合物、キノリン環を持たないキレート能を有する化合物、コンゴーレッド関連化合物であった。これらのうち臨床薬剤であるキニーネについてin vivoで薬効評価を行い延命効果が見られることを明らかにした。(2)キナクリンの経口投与は、一過性ではあるがプリオン病に有効であり十分な観察下であれば比較的安全に用いることが示された。また、ペントサン脳室内投与については有効濃度域と毒性濃度域が近いことより、動物実験にてさらに詳細な安全性の確認を行う必要性を認めた。
(3)正常型プリオン蛋白に対する治療薬候補となるリガンド分子の結合部位候補として2カ所のサイトが検出され、正常型プリオンと異常型プリオンの結合を阻害する分子設計の実現可能性が高まった。

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