SIP1欠損症:神経堤障害とてんかんを呈する知的障害患者の病態解明と治療法の開発

文献情報

文献番号
200100652A
報告書区分
総括
研究課題名
SIP1欠損症:神経堤障害とてんかんを呈する知的障害患者の病態解明と治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
若松 延昭(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 長屋昌宏(愛知県心身障害者コロニー中央病院)
  • 佐伯守洋(国立小児病院)
  • 大井龍司(東北大学医学部)
  • 岡田 正(大阪大学医学部)
  • 水田祥代(九州大学医学部)
  • 東雄二郎(大阪大学細胞生体工学センター)
  • 栗原裕基(熊本大学発生医学研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
知的障害は全人口の2-3%に認められ、1000以上の遺伝子が発症に関与していると指摘されているが、その約半数は未だ病因遺伝子が不明である。主任研究者 (若松) は分担研究者 (長屋) と、愛知県心身障害者コロニー (以下、愛知県コロニー) 中央病院で加療している数多くの病因不明の知的障害症例の中にヒルシュスプルング病、先天性心奇形、特徴的な顔貌などの神経堤障害と小頭症が見られる5例 (以下、ヒルシュスプルング症候群) を認め、その中の1例には、染色体2番q22(2q22)と13番q22(13q22)に相互転座が見られた。ヒルシュスプルング症候群は、1981年のGoldbergとSchprintzenの報告以来、世界各国から報告されており、海外の2症例には2q22-23の小欠失が認められている。以上の研究背景により、愛知県コロニーの症例に見られる2q22の転座部位に本症の病因遺伝子が局在している可能性が考えられたので、同症例の分子遺伝学的解析を開始した。
一方、大阪大学の東らは、SIP1 (Smad-interacting protein 1) の胚発生過程での機能を解明する目的で、Sip1のノックアウトマウスを作製していた。その後、我々の研究によりヒルシュスプルング症候群の病因遺伝子がSIP1をコードするZFHX1B遺伝子 (以下、ZFHX1B) であることが明らかになったので、SIP1欠損症の臨床型の確立とSip1欠損マウスを用いてのSIP1 (Sip1) の脳および神経堤の発生・分化における作用を分子レベルで明らかにすることを目標に本研究班が組織された。今後3年間に①SIP1欠損症の臨床像の確立、②脳および神経堤の関与する器官形成におけるSIP1の標的遺伝子 (蛋白質) の解明、③SIP1のシグナル伝達の関与する知的障害の同定と、④Sip1欠損ヘテロマウスを用いた治療の試みを目指す。
研究方法
1) 愛知県コロニーで加療している11例のヒルシュスプルング症候群の全症例に著明な知的障害、小頭症、特徴的な顔貌、運動発達遅滞が共通に認められた。さらに、5例にヒルシュスプルング病、9例にてんかん、5例に先天性心奇形が認められた。ヒルシュスプルング病の見られる5症例の中の1症例 (症例1) に2q22と13q22の相互転座が認められたので、この5例について病因遺伝子の同定を開始した。以下の順に分子遺伝学的解析を行った。①海外で報告されている1例のエンドセリン変換酵素1 (ECE1) 欠損症例が、この5例と知的障害を除く症状が類似していたので、ECE1の解析を行った。②症例1の2q22の転座部位をFISHにて詳細に解析した。③上記の研究によりZFHX1B (SIP1) が病因遺伝子であることが明らかになったので、ヒルシュスプルング病のない6例についてもZFHX1Bの解析を行った。ZFHX1Bの解析は、対象となる各症例よりゲノムDNAを抽出した後に、ZFHX1Bを構成している10個のエキソンと各々のエキソン/イントロン接合部を含む領域をPCRで増幅、精製し、直接シークエンス法で解析した。以上の遺伝子解析は、代諾者である両親のインフォームドコンセントの得られた症例から抽出した末梢血DNAを用いて行われた。本研究は、愛知県コロニーの倫理規定に基づいており、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針 (平成13年3月29日 文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号) を厳守している。
2) SIP1の胚発生過程での機能 (固体の発生・分化における役割) を明らかにする目的で、ジーンターゲティング法を用いてSip1欠損マウスを作製した。この際、組織特異的あるいは時期特異的なSip1遺伝子の破壊を行えるように、その第7エキソン (ヒトの第8エキソンに相当) を欠失させるようにCre-loxP組み換え系を導入した。次にCre recombinaseを発現しているEIIa-Creマウスと交配し、その子孫から、第7エキソンを欠失させたヘテロ変異マウスを単離する。さらに、ヘテロ変異個体を交配させることにより、ホモ変異個体を作製し、その表現型を観察する。
3) 各分担研究者が①東北・北海道地区、②関東地区、③中部地区、④近畿地区、⑤中国・四国・九州・沖縄地区を担当し、同地区の主要小児外科施設に以下のような内容の調査票 (アンケート用紙) を送付した。アンケート用紙の原案は主任研究者が作製した。各分担研究者は、担当地区の状況に応じて原案を一部改変したのを使用した。項目は、ヒルシュスプルング病の症例数、そのうち知的障害の見られる症例数、小頭症を伴った症例数、特徴的な顔貌を伴った症例数などである。回答のいただいた各施設に関しては、同施設が含まれる地区のアンケートの集計結果を送付し、謝辞と同時に今後の本症の臨床研究の参考になるように配慮した。
4) エンドセリン1 (ET-1) の欠損マウスの所見がヒルシュスプルングがないヒルシュスプルング症候群の症状に類似しているので、ET-1シグナルの標的となる神経堤細胞の同定と単離ができるシステムを開発することにより、神経堤幹細胞の分化誘導機構研究への広い展開を目指した。
結果と考察
1) ヒルシュスプルング症候群の病因遺伝子の同定
①ヒルシュスプルング病のある5例には、ECE1変異は認められなかった。②症例1の2q22の転座部位には約5 Mbの染色体欠失を認めた。同部に局在するZFHX1Bに注目して、他の4例の遺伝子解析を行った結果、3例からナンセンスあるいはフレームシフト変異を同定した (Nat Genet, 2001)。③さらに、ヒルシュスプルング病のない6例のヒルシュスプルング症候群からも同遺伝子の変異を同定した。以上の10例からの変異はすべてde novoの染色体欠失とナンセンスあるいはフレームシフト変異であった (Am J Hum Genet, 2001)。
2) Sip1ノックアウトマウスの作製
①ジーンターゲティング法を用いて第7エキソンのないSip1欠損マウスを作製した。へテロマウスでは、Sip1の量が半分に低下していた (Genesis, 2002)。
②マウス同士を交配させてホモ変異マウスを作製し、その表現型を観察した。その結果、ホモ変異胚では、胎生8.75日でおこるturningが起こらず、さらに神経管の閉鎖も見られず、胎生9.5から10.5日で致死となった。
③へテロ変異マウスに関しては、現在、交配により純系化している。
3) ヒルシュスプルング症候群の実施調査
現時点では以下のような結果を得た。①回答のいただいた小児外科の専門医療施設104、②ヒルシュスプルング病症例の総数3,805のうち、③知的障害を呈する症例69、④小頭症を呈する症例27、⑤特徴的な顔貌を呈する症例44であった。主任研究者に直接遺伝子解析の依頼のあった3症例を加えると、41例が本症と考えられた。
4) ET-A受容体プロモーターにGFPをつないだトランスジェニックマウスの作製
神経堤の神経堤細胞のマーキング、単離同定、特異的遺伝子導入のために上記マウスを作製した。
以上の研究により、ヒトでは器官形成期にSIP1の発現量が半分に低下すると、著明な知的障害が発症すると考えられる (ハプロ不全)。脳形成におけるSIP1の作用機序 (分子機構) を解明するために、まずSIP1の標的となる蛋白質の同定が重要である。今回のアンケート調査では、全ヒルシュスプルング病症例の1 %以上がヒルシュスプルング症候群である可能性が指摘された。しかし、ヒルシュスプルング病のない症例やミスセンス変異の症例を考慮すると、ZFHX1Bに異常が見られる知的障害の症例は、多数存在すると考えられる。今後、個々の症例について臨床像の検討とZFHX1Bの遺伝子解析が望まれる。
結論
1) 著明な知的障害を呈するヒルシュスプルング症候群の主病因遺伝子はZFHX1B (SIP1) である。
2) ZFHX1Bにナンセンスあるいはフレームシフト変異の見られるヒルシュスプルング症候群では、著明な知的障害、小頭症、特徴的な顔貌、運動発達遅滞が全症例に共通に見られ、ヒルシュスプルング病、てんかん、先天性心奇形は必ずしも全症例に認められなかった。
3) ホモのSip1欠損マウスは、早期 (胎生9.5-10.5日) で致死になった。へテロのSip1欠損マウスは現在、純系を作製中であるが、多様な所見が出現すると考えられる。
4) 日本では、全ヒルシュスプルング病症例の1%以上にヒルシュスプルング症候群が存在すると推定された。

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