脊髄髄膜瘤の脊髄・末梢神経機能回復法の開発

文献情報

文献番号
200100651A
報告書区分
総括
研究課題名
脊髄髄膜瘤の脊髄・末梢神経機能回復法の開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
山崎 麻美(国立大阪病院)
研究分担者(所属機関)
  • 岡野栄之(慶應義塾大学生理学)
  • 戸山芳昭(慶應義塾大学整形外科)
  • 三宅淳(ティッシュエンジニアリング研究センター)
  • 有田憲生(兵庫医科大学脳神経外科)
  • 坂本博昭(大阪市立総合医療センター小児脳神経外科)
  • 稲垣隆介(関西医科大学脳神経外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脊髄髄膜瘤は10000出生あたり3人(1998年)と先天性中枢神経疾患のなかでは発症頻度が高く、小児脳神経外科領域では水頭症と並んで重要な治療対象疾患である。現在、早期診断と出生直後の閉鎖術および水頭症治療により、生命予後と知能予後は著しく改善した。しかし、最新の治療法をもってしても、残存する神経機能を温存することはできるが、既に障害された脊髄・末梢神経機能(下肢の麻痺や変形、下肢や仙尾部の知覚障害、排尿・排便障害など)を改善する効果はなく、依然として予後不良の疾患である。近年神経幹細胞(以下、NSC)用いた神経機能の再生、修復をめざした研究が開始され、中枢神経機能、とりわけ損傷脊髄の機能回復には期待を抱かせる報告が続いている。脊髄髄膜瘤は主な機能障害の部位が脊髄及び末梢神経であり、神経発生異常疾患の中ではその効果が期待できる疾患であると考える。脊髄髄膜瘤患者の神経機能を改善させる画期的な治療法を開発することがこの研究の目的である。
研究方法
基礎的研究 
・疾患モデル動物を確立:C57-BL系マウスを使用し脊髄髄膜瘤モデル動物を作成した。妊娠10日から14日に一妊娠雌あたり2~3胎児を外科的に手術し髄膜瘤を作成した。胎児は腹腔内・子宮外腔で培養した。数日経過した時点で妊娠マウスを処理後、胎児を取り出し、その生死ならびに脊髄の外表奇形の有無につき調べた。
・脊髄損傷モデルを用いた神経幹細胞移植術の有効性の検討:脊髄髄膜瘤に伴う神経障害は、開放した脊髄が羊水中で受ける慢性的機械的刺激の結果、もたらされたという報告がある。正常発育した脊髄が生後の外傷によって損傷を受ける脊髄損傷と同一に議論することは難しいが、二次的損傷が脊髄髄膜瘤の神経症状発現への影響は大きい。その観点から脊髄損傷に対する神経幹細胞移植治療の経験から学ぶところは大きいと思われる。そこで・成体ラット頸髄挫傷損傷モデルを作成した。加えて脊髄髄膜瘤の治療で想定される新生児脊髄という環境下での神経幹細胞移植術の有効性を検討するため、・新生ラット中位胸髄半切断モデル、および・新生ラット下位胸髄完全切断モデルを作成した。これら各種脊髄損傷モデルを用いて、神経幹細胞を移植した後の、損傷部位の組織学的修復状態の1)免疫組織化学的検索、2)トレーサーを用いた再生(一部新生)軸索の検索、3) 電顕的検索ならびに4) 運動機能評価による神経機能回復の評価を行った。
移植用細胞の確立とその供給を目指す研究:ヒト胎児脳・脊髄由来NSCの安全・安定・大量培養法の確立のための研究を行なった。ヒト神経幹細胞は分裂増殖が遅く大量培養が難しいことが、経験的に知られている。ヒト神経幹細胞の多分化能を保持したままの増殖に最適な培養条件を検討した。ヒト胎児脳・脊髄由来NSCは、細胞供給源としてその有効性は確立されているが、基本的に同種移植となり、またその利用には多くの倫理委問題をはらみ実際の臨床応用の点で困難な点も存在する。そこで、さらに拒絶反応の問題が無くかつ社会的容認が得られやすい移植用細胞ソースを探索する試みとして、様々な細胞に分化する体性幹細胞(間葉系幹細胞、神経幹細胞など)が存在することが報告されてきた臍帯血と胎盤組織から、体性幹細胞を効率的に分離・増幅方法する技術の開発に着手した。
(倫理面への配慮)
ヒト胎児由来の細胞を研究に用いることは社会倫理的に重要な問題を含む。ヒト胎児組織由来の神経幹細胞を用いた研究については、平成11年8月に、岡野栄之が当時所属していた大阪大学医学部の倫理委員会において承認を受け、平成11年11月に山崎麻美が所属する国立大阪病院において、『神経幹細胞による脳・脊髄の再生・修復法の開発;ヒト胎児の脳に由来する神経幹細胞を用いた基礎的研究』医学倫理委員会の承認を得た。また平成13年8月にテイッシュエンジニアリング研究センター・医の倫理委員会において、「ヒト胎児由来神経幹細胞の選択的分離法および安定・大量培養法の開発、およびそれを用いた脳・脊髄の再生・修復法の開発のための基礎的研究」と題する研究申請を行い、承認を受けた。
また国立大阪病院医学倫理委員会において『ヒト臍帯血、ならびに胎盤組織からの体性幹細胞の分離とその特性の解明の基礎的研究』についても、平成13年10月に承認を受けた。
結果と考察
・マウス胎児を妊娠12日に手術をし、妊娠14日まで腹腔内培養をしたものでは、比較的高率(約7割)に脊髄髄膜瘤様の異常を認めた。その一方で、妊娠10日、妊娠16日に手術を施行した例では長時間生存しなかった。PAX3遺伝子異常によるとされているSpd/Spd系先天性脊髄髄膜瘤マウスのモデル動物としての有効性の検討、およびVit A過剰投与により脊髄髄膜瘤モデルマウスを作製も検討している。実験モデルの作成は可能であるが、出生後はほとんど生存できないため神経機能障害の解析が困難なことが問題点である。我々の実験結果でも、出生後に1日以上に生存したものはなかった。そのため、今後は実験動物のwhole embryo cultureなどの方法を用い必要がある。また最近、比較的長期に生存するモデルも考案されており、このような実験モデルを用いた機能障害の解析が必要となる。
・成体ラット頸髄挫創損傷モデルへの神経幹細胞移植実験; contusion モデルによる脊髄損傷モデルラットを作製し、損傷後9日目にラット胎仔由来の神経幹細胞を移植し、移植後4-5週目に組織学的、行動学的な検討を行った。移植した外来性の神経幹細胞からは、ホストの神経組織内において、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトが新生していることが確認できた。enhanced yellow fluorescent protein(EYFP)を発現するトランスジェニックラット由来の移植細胞を用いて、ドーナー神経前駆細胞由来のニューロンが、ホスト神経回路網に組み込まれていることを確認した。さらにEYFP陽性の細胞すなわち移植細胞由来のニューロンの軸索にミエリン形成が認められた。また移植細胞由来のニューロンとEYFP陰性のニューロンすなわちホストのニューロンとの間にシナプスが形成されていることが確認された。移植後5週間目で、前肢で小さな餌を取りこれを口にもっていくという動作について機能評価を行ったところ(pellet retrieval test)、移植を行わなかった対照群に比べ移植群で有意な機能改善が認められた。すなわち、前肢の巧緻運動について移植により機能改善が認められることが確認された。
・新生ラット中位胸髄反切断損傷モデルへの神経幹細胞移植実験;3日齢ラットを用いて第6胸椎レベルover-hemisection損傷モデルを作成し、胎齢14日胎児脊髄由来神経幹細胞を損傷部に移植した。移植後6-8週に、移植細胞は移植部位で良好に生着し、最大8mm頭尾側方向への移動もみられた。移植部に未熟ではあるが髄鞘化された再生(一部新生)軸索が多数見られ、移植細胞より分化したニューロン、オリゴデンドロサイトもみられた。さらに移植により下肢運動機能とcontact placing reflexの回復を認めた。
・新生ラット下位胸髄完全切断損傷モデルへの神経幹細胞移植実験:出生直後(P0)新生ラットを用いて、低体温麻酔下に下位胸椎レベルにおいて脊髄完全切断を行った。その後同部位に、E15のGFP (Green Fluorescence protein) トランスジェニックラット(以下グリーンラット)脊髄由来神経幹細胞の移植を行った。現在、移植後の組織修復能、神経機能の評価を施行中である。
・ヒト胎児由来神経幹細胞の分離・培養:ヒト胎児前脳および脊髄組織をトリプシン処理した後、回収された神経幹細胞を含む単一細胞集団は、基本培地中で一週間程度培養すると増殖し、細胞凝集塊(neurosphere)を形成する。さらにこれを再度、バラバラにして培養すると再びneurosphereを形成することが確認された。 Neurosphereを1%ウシ血清を含む培地に入れ、分化誘導を行うと、neurosphereがカバーグラスに接着した後、分化誘導してきた細胞が遊走して一面に広がり、樹状突起ならびに神経突起を伸ばして神経細胞としての形態を示す細胞へと分化した。分化後の細胞について免疫染色を行うと、比較的早期に発現する神経細胞のマーカー分子であるβ―・tubulin陽性の細胞に加えて、多くのGFAP陽性の細胞が観察された。分化誘導後の全細胞中での神経細胞の割合は概ね10~30%程度であった。我々の今回用いた培養プロトコールで、自己増幅能と多分化能を保持したヒト神経幹細胞の増殖とその培養に成功したことが示唆される。
結論
以上の結果は、神経幹細胞移植が、脊髄損傷を含む神経疾患の治療法として有効である可能性を示唆しているものと考えられる。これらの技術を脊髄髄膜瘤等の先天異常疾患にさらに発展させることで、脊髄髄膜瘤の治療に画期的な治療法が開発されることが期待される。

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