成人T細胞白血病ウィルス関連ミエロパチーの病態の解明及び治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200100648A
報告書区分
総括
研究課題名
成人T細胞白血病ウィルス関連ミエロパチーの病態の解明及び治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
納 光弘(鹿児島大学医学部内科学第三講座教授)
研究分担者(所属機関)
  • 吉木 敬(北海道大学教授)
  • 木曽良明(京都薬科大学教授)
  • 足立良昭(徳島大学教授)
  • 中村龍文(長崎大学助教授)
  • 中川正法(鹿児島大学講師)
  • 宇宿功市郎(鹿児島大学助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
A. 研究目的
HAMはその発見、即ちレトロウイルスの1つであるHTLV-Iウイルス感染により引き起こされる慢性の炎症性脊髄疾患であると判明してから15年が過ぎ、病態の解明ならびに治療法の開発とかなりの面で研究が進んできている。またこのウイルスはもう1つ重要な疾患、成人T細胞性白血病、を起こすことが知られており、何故同じウイルスが2つの病気を起こすのかは大きななぞであり、かつ両疾患ともに難治であるが故にその治療、発症予測、予防をおこなうことは緊急の課題と考えられる。この一環としてHTLV-Iウイルスの感染様式の解明の後には、感染防止のための試みも行われててきている。その中でも中心的な対策は毋児間の感染を防止するものであるが、この対策が開始されたのは約10年ほど前であり現在中学生以下はその対策の恩恵を受けているが、それ以上の年代では未だに感染未発症者は数多く存在し、感染者の多い地域では重要な公衆衛生上の問題となっている。即ち発症予防の対策が不十分となっている感染者集団が示だに数多く、おおよそ数百万人単位で存在するものと考えられ、HAM、ATLともに未だに毎年新たな患者が発生しており、これまで以上に有効な治療法の開発が待たれている。本研究以前の研究から、HAMの発症を遅らせ、より有効に治療を継続していくには感染個体内のHTLV-Iウイルス量を的確に制御することが極めて有効であることがわかってきている。本研究ではこれまでのこのような知見を踏まえて、これまでにない新たなHTLV-Iウイルス増殖の制御を行いうる薬剤の開発を第一の目標に掲げ、さらにこの薬剤の有効性を実験室的、動物実験的、臨床的に検証するためのシステム構築、運用、運用のための基礎データの収集を行うことを目的としている。
研究方法
B. 研究方法及び成果
1)HAMの臨床経過の検討
納は、東、中川らとともにHAM症例418例の経過、ならびにHTLV-Iウイルス量の変動を解析することから、HAMは緩徐進行性の疾患であるが、悪性腫瘍等の重篤な合併症も比較的高率であるために定期的な経過観察が必要なことを明らかにし、HTLV-Iウイルス量の軽減が長期予後をよくしていくことに重要であることを示した。またHAM患者さん方のアンケート調査から、患者情報とHAMの病態解明の到達点を踏まえて、HAM患者ケアのための指針の作成が必要なことを明らかとした。今後のHAM患者さん方の療養環境の整備に資する情報と考えている。
2)HAM発症とHTLV-Iの関連(ウイルス要因)
納は、古川らとともにHAM、ATL発症のすべてではないが何らかの形でこれらに関係するHTLV-Iウイルスの変異を見出している。特にHAMで今回観察されたHTLV-I taxのタイプわけは、HAM発症の危険率の上昇、低下に関係しており極めて興味が持たれた。今回の研究のポイントはtypeAがHAM発症により関係していることを明らかにしたことであるが、これは鹿児島であるからこそ解明できた点をまず強調しておきたい。従来、HTLV-Iウイルスはその両端のLTRの塩基配列から大きく分けて4種類すなはちA、B、C、Dに分類されておりかつ地域ごとに浸淫しているウイルスタイプが異なっていることが判明していた。しかしながら同一地域で2種類のウイルスタイプが浸淫している地域はあまりなく、ウイルスの亜型すなわちタイプわけと病態の発症の関連を詳しく解析することは可能ではなかった。鹿児島地域ではこれまでもHTLV-IのA型とB型の浸淫地域であることが知られており、今回のHTLV-I tax タイプ分類とHAM発症の関連を精査するのに最適の場所であったと思われる。またATL発症に関連する変異では、ある段階まで経るとHTLV-Iを発現しないまたはエピトープに変異があるほうがATLの発症に都合がよい症例が存在することを明らかにした。これはATL発症の過程を推論する際の重要な一ステップを示しているものと考えている。
3)HAM発症とHTLV-Iの関連(宿主要因)
宇宿らは、これまでの宿主要因の解析をHTLV-Iウイルス量から更なる検討を加え、HAMとHTLV-Iキャリアを区別できるHTLV-Iウイルス量を明らにした。これは各ウイルス量でのHAM、HTLV-Iキャりアの数を数え、その量での感度、特異度を算出し、R0C曲線を描きcut off値を決めている。末梢血リンパ球の2%でHAMとHTLV-Iキャリアを感度、特異度共に80%以上で判別できることを明らかとしている。更にこの値を使ってHAM群とHTV-Iキャリア群共に高ウイルス量と低ウイルス量の群に分け、宿主要因のHAM発症影響を検討している。HLA-A*02、DRB1*0101は低ウイルス量群でHAMの発症抑制または促進に関連していることHLA-B*54は、高ウイルス量群でHAM発症により関係することを示した。更に多変量解析の技術を用いた検討からは、HAMとHTLV-Iキャリアを80%の確率で区別しうる方法を樹立している。今後より精度の高い判別方法を開発し、HAM発症の予測、発症予防を行いうる治療的介入への道筋をつけられるものと期待されている。
4)HAM発症とHTLV-Iの関連(接着因子の検討)
中村らは、HAM発症の過程で患者末梢血中のHTLV-I感染CD4細胞が血管内皮細胞への接着、浸潤する際にHTLV-Iそのものの発現亢進が起きるのではないかと考え、その過程で重要な役割を果たすCD44分子の役割について検討を加えている。CD44分子のクロスリンクでHTLV-Iの発現亢進が起きることを確認し、HAM患者での高HTLV-Iウイルス量の一因を担っているものとしている。
5)疾患発症モデルの作成、解析とそれを用いた治療実験
吉木らは、HAMの病態解明や治療実験を目的に、以前から取り組んでいるHTLV-I感染脊髄症発症ラットモデルでの疾患発症機構の解析を行い、疾患発症には感染初期の脊髄局所に特異的なウイルスの増殖とウイルス遺伝子特にpX遺伝子の発現がその後の髄鞘形成細胞傷害を誘導し、脊髄症を発症させることを明らかにした。その中でHTLV-I感染によるWKAH系ラット脊髄傷害機構としては、1)感染後3ヶ月頃から脊髄での感染細胞が確認され、2)その後7ヶ月をピークに脊髄に限ってウイルスの増殖とそれに伴うpX発現増強が起こる、このpXの発現はその後TNF-?の発現を増加させ、3)この感染後7から12ヶ月にかけてオリゴデンドロサイトのbcl-2の発現が抑制され、TNF-?に対する感受性が増加し、オリゴデンドロサイトのアポトーシスが誘導される、4)このアポトーシスは髄鞘の破壊を招き、その処理にミクログリアが活性化、増殖する、5)これがさらに髄鞘の破壊を促進し、感染15ヶ月以降から脊髄症を発症し始める。したがって、脊髄症発症の引き金となるのは感染後7ヶ月の脊髄局所でのウイルスの増殖にあることを明らかにしている。更によりヒトに近い状態での感染モデル作製のために、HTLV-Iの発現に深く関与するヒトCRM1(Chromosomal Region Maintenance 1)遺伝子導入ラットの作製を行っている。
6)HTLV-I感染価評価システム
足立らは、感染価を迅速に定量するシステムがないため、HTLV-1のウイルス学的解析は極めて困難である状況を打破するために、本研究でHTLV-1の迅速感染価定量システムの確立を目指している。今年度は、K30LTR-LucをTax発現ベクターpCG-Tax(X/B)とともに293T細胞に導入すると約50倍のルシフェラーゼの発現増強が認められること、K30LTR-Lucをneo遺伝子発現ベクターpRVSVneoとともにH9細胞に導入しG418耐性の6細胞クローンを得た(H9/K30-Luc1からH9/K30-Luc6まで)こと、H9/K30-Luc1、2、5はMT2細胞由来のウイルスに感染させるとルシフェラーゼ産生量が有意に増加することを明らかにし、特にH9/K30-Luc1はルシフェラーゼ量が数10万RLU(Relative Light Unit)、H9/K30-Luc1とMT2細胞をco-cultureするとルシフェラーゼ産生量の増加が2000万RLU以上に達することを示した。以上のように本年度の研究でHTLV-1感染価の迅速測定法がほぼ完成し、特にcell-free virusのアッセイが可能となった。このことは大変重要であり、今後このシステムとMT2細胞等のウイルス産生細胞を用いてプロテアーゼ阻害剤の効果の検証を行なうことが可能となっている。
7)HTLV-Iプロテアーゼ阻害剤の開発
木曽らは、HTLV-I阻害薬を目指して、HTLV-Iプロテアーゼ(PR)を阻害する薬物の創製を試み、初年度として組換え型および化学合成HTLV-Iプロテアーゼを調製することに成功、次いで、本プロテアーゼを用いたHTLV-I PR阻害剤のin vitro評価系を確立している。具体的には、大腸菌発現系を用いて組換えHTLV-I PRを発現させ、そこから酵素活性を有するプロテアーゼを調製後、本プロテアーゼと合成基質を用いたHTLV-I PR阻害活性測定法を確立し、更にこれを用いHTLV-I PR阻害剤開発に必要なリード化合物の探索のため、基質遷移状態アナログに基づいて開発されたHIV-1 PR阻害剤のHTLV-I PR阻害活性を測定したのである。確立できた阻害活性アッセイ系は阻害剤を開発するために、充分なシステムであると考えている。加えて、木曽らの研究室で開発した5種類のHIV-1プロテアーゼ阻害剤のHTLV-I PR阻害能を調べ、KNI-727に顕著な阻害活性が見られたことをしめしている。またHTLV-I PR阻害剤の開発では標準的なHTLV-I PRが必要であるが、このためにケミカルライゲーション法を用いて酵素活性を有するHTLV-I PRの化学合成を試みている。これはHTLV-I PRはアミノ酸125残基よりなるアスパラギン酸プロテアーゼであり、ホモダイマーを形成して酵素活性を発現するのであるが、このサイズのタンパク質は通常の固相ペプチド合成法にて合成した場合、高純度の目的物を得ることは困難であるためとしている。この方法はタンパクを二つのセグメントに分割しそれぞれ別々に合成を行い、アミノ酸側鎖官能基が存在する中、化学的に選択的な反応を用いて二つのペプチドセグメントを結合させる方法となっている。この研究からは、HTLV-I PR誘導体の合成に成功し、透析法によりフォールディングを行うことで、合成基質APQVL*NphVMHPLの切断活性を示したとしている。
結果と考察
C.考察
HAMの病態の解明と共に、HAMの発症を予防し、発症後の予後を改善するためにはHTLV-Iウイルス量を制御することが極めて重要であることがわかってきている。今年度の研究では、臨床的側面からの解析でこれまで以上にきめ細かにHAM症例を経過観察することの必要性、HTLV-IウイルスそのものにもHAM発症に関連する部位が存在すること、HAM関連宿主要因がより複雑にHAM発症に関連していること、接着分子の機能亢進そのものがHTLV-Iウイルス発現を引き起こしていること、HAM疾患モデルでの発症機序の詳細がより明らかになったこと、HTLV-Iウイルス感染価を評価するシステムが出来上がったこと、HTLV-Iプロテアーゼ阻害剤開発が開始できたことが報告され、次年度以降の研究への展開ができたと考えている。
結論
D.結論
HTLV-Iウイルス量制御のための新しい薬剤の開発が可能となり、そのためのウイルス感染価評価システムを構築し、さらには投与実験を行うための実験動物システムの基盤となる動物モデルの開発を行った。また臨床情報の解析を行うシステムを再整備し、また発症予防・発症予測に繋がる解析を行い、感染個体内でのウイルスの変異を明らかにすること、ウイルス発現増強の要因を明らかにすることで、開発された薬剤の効果発現を説明する基盤を整備した。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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