感情障害の発症脆弱性としての神経発達・神経再生機能障害に関する基礎的並びに臨床的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100645A
報告書区分
総括
研究課題名
感情障害の発症脆弱性としての神経発達・神経再生機能障害に関する基礎的並びに臨床的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
三國 雅彦(群馬大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 白尾智明(群馬大学医学部)
  • 川戸 佳(東京大学大学院)
  • 渡辺義文(山口大学医学部)
  • 加藤忠史(理化学研究所)
  • 山田光彦(昭和大学医学部)
  • 池田研二(東京都精神医学総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は脳画像学的に躁うつ病などの感情障害で高率に認められる前頭前野並びに海馬などの辺縁系の機能異常の基盤にある可能性のある神経病理学的異常を、特に神経発達や神経新生の面から解析することを目的としている。とくに、ストレスが海馬における神経新生を抑制することが知られているので、ストレス脆弱性の分子基盤を明らかにし、うつ病態形成のメカニズムを解明するととも、その病態形成機序に根治的に作用する薬物療法を確立することを目指している。
研究方法
A) 東京都精神医学総合研究所に保存されている、共同研究に供することが可能なうつ病死後脳と、非感情障害脳について、FDG-PETで明らかにされた糖代謝異常部位である前頭前野や海馬などにおける細胞構築の異常の有無を検索する。また、新生した前駆神経細胞はbromo-deoxyuridine (BrdU)を生前に投与しておく方法でしか捉えられていないが、通常の病理標本でも神経細胞の新生能を測定できる方法の確立を目指し、うつ病における神経新生の抑制の有無を明らかにする。
B)うつ病患者におけるデキサメサゾン/CRH負荷による視床下部-下垂体-副腎皮質系機能のフィードバック機能の抑制症例と非抑制症例での有意差のある脳部位をFDG-PET検査に基づくSPM解析で明らかにする。また、このフィードバック機能を担うグルココルチコイドホルモン受容体(GC受容体)の分子機序解析の一助とするため、うつ病者と健康対照とでのGC受容体のα,β isoformの発現頻度をPCR法で比較検討する。
C) 海馬の神経保護作用を有するエストラジオールが海馬で合成される可能性があるので、神経ステロイド合成酵素系の存在を免疫組織化学的に検索し、ラジオイムノアッセイ法で神経ステロイド合成の有無を検証する。
D) 躁うつ病の病態に関連する遺伝子の遺伝子改変動物を作成し、発症脆弱性モデル動物となるか、否かを検討する。また、各種うつ病治療法の奏効機転に関与する候補分子をdifferential cloning 法を用いて調査し、機能タンパク質のもつ生理学的機能を解明する。これらの結果に基づいて、新規の抗うつ薬療法の確立を目指す。
(倫理面への配慮) 
患者さん、その家族および正常対照者から承諾を得て行うこれらの研究について、各施設の倫理委員会や臨床試験委員会にプロトコールを提出し、承認を得る。十分な説明と書面による同意を得るとともに、検体は個人の非特定化に留意し、プライバシーの保護に万全を期すこととする。また、動物実験に際しては所属施設の動物実験倫理規定に従うこととする。
結果と考察
池田らは感情障害8例、精神疾患の既往の無い対照8例、萎縮脳の対照としてハンチントン病4例を1%チオニン染色し、各症例のブロードマン9野の皮質幅をNIHイメージにより皮質面積/脳表長で求め、各群で比較した。ハンチントン病(23%減少)だけでなく、感情障害群(16%減少)でも対照群に比較して有意な平均灰白質幅の減少が確認された。次に、neuropeptide Y (NPY) 免疫染色標本でNPY陽性ニューロンの分布を指標にこの部位の細胞構築過程の異常の有無を検討した。感情障害群では対照群に比較してNPY陽性ニューロンは皮質上層で少なく、白質深層に多く分布する傾向が認められ、細胞遊走過程においてNPY陽性ニューロンが皮質上層にまで至らず、白質深層に留まる数が多い可能性が示唆された。また、三國らはG0以外の細胞分裂期に核内に発現するKi 67タンパク質に対する抗体を用いた免疫組織化学的解析によりヒト海馬歯状回病理標本中に分裂中の細胞を発見した。その細胞特性を各種細胞マーカーに対する抗体を用いて二重染色し、ニューロフィラメント陽性でKi 67陽性の細胞を同定することができ、前駆神経細胞の新生を評価できる方法を確立することができた。しかし、この方法では細胞分裂後に移動を開始した前駆神経細胞や前駆グリア細胞は全く染まらないが、白尾らは神経細胞アクチン結合蛋白drebrin(development-associated brain protein)がラット胎児期の神経細胞の移動時には強発現することを発見した。これらの方法を用いてうつ病の既往の無い対照死後脳とうつ病死後脳とでの海馬歯状回におけるKi 67陽性細胞数やdrebrin強発現前駆神経細胞数の比較解析に着手した。
また、三國らはうつ病者を対象としたデキサメサゾン/CRH負荷による視床下部-下垂体-副腎皮質系機能のフィードバック機能検査での抑制症例と非抑制症例とでの有意差のある脳部位が右海馬傍回であることを明らかにした。このグルココルチコイド受容体(GC受容体)の機能異常の分子基盤を明確にするため、渡辺らはうつ病者と健康対照とでのGC受容体のα,βisoformの発現頻度をPCR法で比較する予備的な検討を開始し、うつ病でα/βisoformの発現比率が有意に低下しているという結果を得た。
さて、海馬において合成・分泌されている可能性がある、エストラジオールE2などは神経成長因子として作用することが知られている。また、ストレス刺激による神経新生の抑制にこの神経ステロイドが拮抗する可能性もあるが、海馬での完全なニューロステロイド合成酵素系の発現は確認されてはいなかった。川戸らは新鮮な急速凍結切片を使うことで、ラット海馬錐体神経細胞層や顆粒神経細胞層に沿ってチトクロムP450sccが分布していることを発見し、さらに、ステロイド合成の酵素群、sulfotransferase・チトクロムP45017α・チトクロムP450aromatase ・Steroidogenic Acute Regulatory Protein (StAR)が共存することを、抗体染色で証明した。また、プレグネノロン・PREGS・エストラジオールE2の産生をラジオイムノアッセイ法で確認するとともに、HPLC解析を用いて、3H-プレグネノロンから出発して3H-DHEAが出来、3H-DHEAから出発して3H-E2が出来ることも証明した。神経ステロイドの合成酵素群を発見したので、神経保護作用を有する神経ステロイド合成酵素の活性化因子を明らかにできれば、これらの病態を直接修復する薬物療法を開発できる可能性がある。
一方、加藤らは躁うつ病の病態に関連する遺伝子の一つであるミトコンドリア遺伝子複製酵素遺伝子の一塩基変異を導入して、校正機能を欠く変異体を作製し、トランスジェニック動物を作成することに成功した。ミトコンドリア遺伝子変異の蓄積という表現型がこのトランスジェニック動物で見出すことができれば、このモデルを用いた新たな抗うつ・抗躁薬のスクリーニングができる可能性がある。また、山田らはラット脳から抗うつ薬関連遺伝子・EST約300をdifferential cloningし、これらをスポットした独自の cDNA マイクロアレイを作成することに成功した。これらの候補遺伝子群の一部が神経回路網の再編といった神経可塑的変化に重要な役割を果たすことを、培養神経細胞をモデルにして証明した。したがって、抗うつ療法に共通した作用機序の一つが神経回路の再編であるとすると、この効果をスクリーニングする新たな手段を手に入れたことになる。
結論
機能性精神障害と考えられてきた感情障害の死後脳で器質的な異常の存在が明らかとなり、神経細胞の移動異常のような神経発達期の障害の可能性が示唆される知見が得られるとともに、成人脳の神経新生を病理標本で評価する方法を確立した。また、抗うつ薬の新規スクリーニング法に結びつく可能性のある研究に着手することができた。

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