精神分裂病の客観的診断法の確立と分子遺伝学的基盤に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100643A
報告書区分
総括
研究課題名
精神分裂病の客観的診断法の確立と分子遺伝学的基盤に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小島 卓也(日本大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 倉知正佳(富山医科薬科大学医学部)
  • 有波忠雄(筑波大学基礎医学系)
  • 松島英介(東京医科歯科大学大学院医歯学綜合研究科)
  • 林 拓二(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
探索眼球運動は分裂病を様々の非分裂病、健常者から比較的高率に判別し、人種や文化の影響を受けず、分裂病ハイリスク群や一卵性双生児の研究結果から分裂病の脆弱性素因を反映することが判明している。疫学的、臨床遺伝学的にみれば分裂病の70-75%は素因に基づいて発症するといわれており、このような分裂病を診断するシステムを探索眼球運動を用いてつくることが本研究の第一の目的である。つぎに診断システムの分子遺伝学的な基盤を明確にし、合わせて総合的な診断システムを確立することが第二の目的である。さらにこれらの診断システムの背景にある脳の形態的、生理学的状態を明らかにすることにより分裂病の特徴的な病態を抽出することが第三の目的である。
研究方法
1.探索眼球運動を用いた分裂病診断システムの開発に関する研究(小島、松島、林)
1)精神分裂病の成因的異種性に関する研究(松島) 対象は15歳以下に発症し、ICD-10による精神分裂病の基準を満たす患者23名および多動性障害患者23名、小児自閉症患者8名、不安障害ならびに強迫性障害21名、健常対照者20名とした。横S字型図形を呈示し、記銘課題および比較・照合課題をおこなった際の探索眼球運動をアイマーク・レコーダーで記録し、記銘課題の運動数、平均移動距離、比較照合課題の再認時の探索スコア、反応的探索スコア、の計5つの指標を析出し、判別分析を行った。
2)精神分裂病と非定型精神病における客観的診断法の確立(林)a) 分裂病、非定型精神病、正常群のそれぞれ15名にMRI検査を行い、海馬に平行な平面に垂直な冠状断を使用して各部位の体積を検討した。b)分裂病18名、非定型精神病19名正常対照者32名に、Oddball課題でP300検査 を施行した。c)分裂病26名、非定型精神病26名、正常対照群45名に探索眼球運動検査を行った。
3)探索眼球運動を用いた分裂病診断装置の開発(小島、松島)刺激提示プログラム、計測プログラム、解析プログラム、診断プログラムに必要なデータをナック社に提供し、オンラインで診断、指標の数値(基準値も示す)を表示する分裂病診断装置を開発中である。
2.精神分裂病の客観的診断法の確立と分子遺伝学的基盤に関する研究(有波、小島)
多施設の共同研究であるJSSLGの連鎖解析と探索眼球運動を量的形質とした連鎖解析結果とをつきあわせ一致した箇所、すなわち22番染色体、3番染色体の領域について検討した。精神分裂病患者での変異検索と関連解析を行った。変異検索は精神分裂病患者48人で行い、関連解析は症例・対照各々282人、229人で行った。
3.探索眼球運動の形態学的、生理学的基盤に関する研究(倉知、小島)
1)探索眼球運動の形態学的基盤に関する研究(三次元磁気共鳴画像を用いた分裂病圏障害の補助診断法の開発:倉知)a) 脳の複数部位の形態測定による分裂病圏障害の診断可能性:分裂病型障害(ICD-10)患者15例、分裂病患者15例、および健常者30例について、1.5 TのMRIスキャナ(Magnetom Vision, Siemens)により、全脳の高解像度三次元MRIを撮像した。脳の各部位の測定値を用いて判別分析を行った。b) 思春期健常者における脳の形態的発達:思春期前期(13?14歳)の健常者20名と思春期後期(18?20歳)の健常者30名について、同様にMRI撮像を行い、統計画像解析ソフトウェアstatistical parametric mapping(SPM)99により解析した。c)探索眼球運動と脳形態:分裂病圏障害患者18例(分裂病10、分裂病型障害8)について、横S字型呈示時の探索眼球運動をアイマークレコーダにより記録し、反応的探索スコアが7点以下の群と9点以上の群のMRIにおける脳灰白質を、SPM99により比較した。
2)探索眼球運動の生理学的基盤に関する研究(精神分裂病患者における眼球運動課題遂行時の局所脳血流?fMRIを用いて:小島)健常者 12名と分裂病患者 8名について記銘課題、保持課題、比較照合課題、再認後(ボタン押し直後;反応的探索スコアの条件と類似)、自由再認課題の順で課題を与え、fMRI検査を行った。すなわち、ベントン視覚記銘検査の図版を一部改変し、記銘図版10秒、暗黒20秒、照合図版5秒、中心固視(1回目)20秒、対照図版(記銘図版と同じ図版)、中心固視(2回目)20秒の順にこれらを15回(15問)呈示した。比較照合課題では記銘図版と照合図版が同じかどうかを照合図版を呈示されたときにボタンを押すことにより答え、自由再認課題では覚える必要はないと教示して施行した。1.5T MRIスキャナ(Magnetom Symphony, Siemens)をecho planar imaging(EPI)法で撮像した。画像解析はSPM99によるevent-related designを適用した。
(倫理的配慮)
以上のすべての検査において本人および保護者に目的、検査方法等を説明し書面で同意の得られた被験者を対象とした。
結果と考察
1.探索眼球運動を用いた精神分裂病の客観的な診断装置の開発(小島、松島、林)
分裂病の発症について成因的には素因、妊娠中の低栄養、ウイルス感染、出産時障害等が考えられているが、素因が関与している割合は分裂病の70?75%といわれている。一方、探索眼球運動の反応的探索スコアが、分裂病の脆弱性素因を反映することが分裂病ハイリスク群等の結果から明白になってきた。家族性分裂病、分裂病の一卵性双生児の一致群、寛解しない孤発性分裂病等で反応的探索スコアが低値であり、寛解分裂病、遅発分裂病、分裂病の一卵性双生児の不一致群などはこのスコアが高値であった。このスコアが低値の分裂病は分裂病素因に基づく中核分裂病で、高値の分裂病は素因以外が主に関与する辺縁分裂病と位置づけた。すなわち本研究で分裂病と診断する一群のものは中核分裂病であり、残りの20-25%は辺縁分裂病で中核分裂病とは異種のものと考えたい。このような立場で診断装置を開発しており、臨床診断との一致率は75-80%が妥当であると考えている。
児童期発症の分裂病では、分裂病と非分裂病を判別するのに有効な変数として、再認時の探索スコアと反応的探索スコアが、この順に選ばれ、この2変数による判別分析の結果は、感受性70.0%、特異性75.0%で精神分裂病を判別できた。すなわち児童期発症の分裂病では成人の場合と比べて判別率が5%程度低かった。これは発達の問題が関係していると考えられ、非分裂病においても分裂病の素因を持つ症例が多いと考えられる。いずれにしても成人用と児童期用の二つの判別式を用いることが妥当と考えている(松島)
非定型精神病の探索眼球運動検査では、反応的探索スコアは分裂病で最も低く、正常対照群が最も高く、これらの中間に非定型精神病が位置した。非定型精神病が辺縁群に属することが確認された(林)。
診断装置については小児精神疾患用、成人精神疾患用の2つの判別式を用いて診断アルゴリズムを作成した。診断装置の指標としては比較照合課題の反応的探索スコア、反応的探索時の運動数、再認時の探索スコア、記銘課題時の運動数、総移動距離を用いた。刺激提示プログラム、計測プログラム、解析プログラムをナック社でほぼ完成させ、これらを統合するプログラムを作成中である。試作機の完成後に臨床に用い妥当性を検討する。この種の装置の開発は世界で最初のものになる。
2.精神分裂病の客観的診断法の確立と分子遺伝学的基盤に関する研究(有波、小島)
本研究で関連の認められたCHL1遺伝子はアミノ酸配列の相同性から細胞接着分子のひとつと考えられている。分裂病の成因のひとつに発達障害が考えられており、CHL1遺伝子の多型は分裂病の発症脆弱性に関係する発達障害をきたすひとつの要因である可能性がある。22q11-12にある遺伝子ADRBK2について1家系でmissense mutation がみつかった。これはG蛋白のcouplingを調節する機能と関係するといわれている。いずれの遺伝子についても眼球運動との関係を調べている。
3. 探索眼球運動の形態学的、生理学的基盤に関する研究(倉知、小島)
探索眼球運動の形態学的基盤に関する研究では、反応的探索スコアが低値の例では、頭頂連合野、前頭前野、補足運動野の灰白質濃度が減少する傾向がみられた。症例を増やした結果を待ちたい。探索眼球運動の生理学的基盤に関する研究では、記銘課題時には皮質では視覚領、頭頂眼野、下頭頂葉、補足眼野、前頭眼野、背外側前頭前野、前帯状回等が賦活され、皮質下では左側のレンズ核が賦活された。分裂病では皮質下のレンズ核の賦活がなかった。比較照合課題では記銘課題時に加えて皮質下で両側の視床、レンズ核が賦活されていた。分裂病では皮質下の賦活がなかった。再認後(ボタン押しをした直後)では健常者では右の頭頂眼野、前頭眼野、が賦活されるが分裂病では賦活がみられなかった。健常者では課題によって賦活される部位が異なり、左右差が生じるという一定の傾向がみられるが分裂病者では認めなかった。また皮質の賦活に比して皮質下の視床やレンズ核の賦活がみられなかった。これらは探索眼球課題時の分裂病の神経回路の障害を示していた。
結論
探索眼球運動を用いた分裂病診断装置の試作機を作成中である。完成次第臨床応用して妥当性を検討する。このシステムの分子遺伝学的基盤の研究は22番、3番染色体で進めており、3p26領域にあるCHL1遺伝子の多型がみつかり、分裂病の発症脆弱性に関係する可能性がある。生理学的基盤に関する研究では、探索眼球運動課題遂行時のfMRI検査で、分裂病の種々の障害が検出され、皮質の過剰賦活、皮質下の低賦活を認めた。これらは探索眼球運動課題時の分裂病の神経回路の障害を示唆していた。

公開日・更新日

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